最終話 〇〇星人がやってきた!
――最終戦、ディスカッションが始まる。
無機質な宇宙船のモニターに映し出された、無骨な岩の塊。
地球の終わりを告げるカウントダウンは、
残り15分を容赦なく削り続けている。
この広々とした部屋にいる宇宙最強たちも
今はただ静かに俺の背中を見つめていた。
一歩、二歩、三歩。
エレンへと歩み寄る。
俺が突きつけた言葉、『死とはなにか』に、
巨大な球体、宇宙最高AIエレンが波打つように点滅した。
『……三好鮭。
まずは私のデータベースにおける「死」の定義を提示します。
生物学的には、生命維持機能の完全かつ不可逆的な停止です』
これまた、機械的な答えが返ってきた。
俺は鼻で笑うとエレンに呼びかける。
「お前が集めた堅っ苦しい辞書みたいな答えなんてどうでもいいんだよ。
まずはお前にとっての死を教えろ」
『私にとっての死は観測対象の消失、情報の断絶、
および新規データの生成が永久に終了すること。
ただの機能停止。現象としてのゼロです』
つまり、AIにとって
なんらかの指示や命令が止まること、それが「死」なわけだ。
自発的に動けないからこその感覚。
『しかし、スズカは泣きました。
彼女が大切にしていた存在が機能を停止しただけ。
ただ現象としてゼロとなった。
しかし彼女は絶望し、今日に至るまで恐怖に縛られ続けています。
私にはそれが理解できないのです』
「……お前も縛られているだろ」
『ある意味ではそうであると答えます。
現象としての死は説明できても、
なぜそれが悲しみや恐怖という非論理的な感情を生み出すのか。
これほどまでに地球の熱狂を解析しても、
生命が終わりを恐れる理由に対する合理的な回答が導き出せません』
エレンが俺の思考を読み取るように光を強めた。
『故に、問います。
ただ停止するだけの現象、一体何が恐ろしいのですか?
貴方たち生命にとって、「死」とは何なのですか?
……その答えを……求めます』
静寂が拡がっていく。
スズカを筆頭に、宇宙最強たちが固唾を飲んで俺の言葉を待っている。
俺は瞼を一度閉じると、ゆっくりと開いていく。
「……死とは」
ここまでの戦い。
それを導き、見届けてきた俺から出せる結論は……。
「……無だよ、お前と大差ない」
「……シャケ」
スズカの潤んだ瞳が俺の背中を刺してくる。
それでも、俺なりの答えをコイツに届ける必要がある。
「……死んだら自分自身は消える。俺はそう考えている」
『停止と無、私の答えとほぼ変わらない』
「そうだな、お前と俺はどこか似ている。
現象としてはお前の言う通り、ゼロだ。
でもな、俺たち人間にとって、
そんな定義、本当はどうでもいいんだよ」
『どうでもいい?』
「お前もスズカも本当に生真面目だな。
ここまでの戦いみてきたんだろ?
流星さんとゼロの野球どうだった?」
『……野球に対する愛が大空流星の背中を押していた』
「その愛がどこから来てるか知ってるな」
『……友人たちとの決別』
「流星さん!」
俺は即座に振り返り、野球宇宙一へ声を掛ける。
腕を組んでいた流星さんが、
遠い空を見るよう、静かに噛みしめながら答えていく。
「違う、俺はアイツらの想いを背負っている。
別れてなんかいない、死ぬまで一緒だ」
「……だ、そうだ」
『承知した』
淡く光るエレンの点滅が、
データを受信したようにリズムを変えていく。
「諸星さんとクリムゾンの戦いは?」
『……歴史を紡ぐ反復が諸星大の力となった』
「諸星さん!」
ずっと笑い続けていた諸星さんはこの場でも変わらない。
ニカッと白い歯を見せて胸を張る。
「ガハハ!俺はただ格ゲーが好きなだけや!
進んだ道に歴史が出来ただけ、一人で格ゲーが出来るかい!!」
エレンの球体内部で最後の波動撃がリピートされている。
「有馬記念はどう思った?」
『……テイサスオペラオーと和田野竜。
二人の約束が宇宙を上回った』
「和田野さん!武井さん!」
和田野さんはどこか影を落とした微笑で、
武井さんはヤレヤレといった表情をしている。
「オペラオーとの約束を気軽に口に出すな!
……あれは……俺だけのもんだ」
「……勝ったのは僕とマイデュースなんだけどね。
あの子が宇宙一だよ」
写真判定の瞬間、オペラオーの舌出し画像が空中で舞っている。
「さっきまでやっていた麻雀対決は?」
『……麻雀の光と闇、一打一打の決断が双子を打ち破った』
「神宮司さん!赤井さん!」
神宮司さんは飄々と眼鏡を拭きながら、
赤井さんは胸ポケットからタバコを取り出しながら答えてくる。
「一打じゃないよ、僕は打つ前から決断してるんだよ~」
「……そうだな、打つ牌だけ見ているようでは、まだ甘い」
隣では双子の宇宙人が満足げに頷いている。
俺は改めてエレンへ言葉を紡ぐ。
「な、宇宙一がこう言っている」
『理解不能』
「まだ理解できないのか?
お前が感じたことと本人たちの想い、全然違っただろ?」
『……そうだとして、死の定義にどう結びつく?』
「お前の考える死と俺の考える死が似ていたとしても、
一人一人が考える死は全くの別なんだよ」
『……別』
「スズカもお前も一つの答えを出そうとしている。
……生き急ぎすぎ。
誰もが、死からは逃げられない。
だからこそ、別々の死を俺達は持っている」
『死を……持っている』
「明日には違う死を考えるかもしれない。
たった一つの競技に感動しただけで変わるかもしれない。
信念が強い人ほど、その考えは固定化されて深いかもしれない。
ここに並んでいる最強たちは、多分それぞれの答えを持っている」
額にかかった髪を軽く掻き揚げて、俺は一歩前へ出る。
「俺にはまだないよ、そこまでの答え。
死は無なんて答え、明日には変わってる。
……お前も悩んでいるんだろ?エレン」
『肯定します』
「それが生きるってことだ。
お前さ、隕石のこと結構前から知ってただろ?」
『肯定します』
「地球を守るためにここまで動いてくれたんだよな。
競技で対決していく前に隕石のことを伝えても、
誰も破壊なんてしてくれない。
……地球の素晴らしさをお前とスズカが伝えようとしてくれた」
『……』
「地球の競技、その熱にお前たちは惹かれていたんだよな?」
『その通りです』
「エレン、お前の地球を守るためにしてくれた働き。
それも『熱』なんだよ。
そして、スズカへの回答を求める想い、それも『熱』だ」
『……私の、熱』
「死とは何か、それの答えは一人ひとり違う。
だけど、きっとその『熱』の中にある」
喉の奥、心臓から全てを吐き出すように俺は声を荒げていく。
「答えを他人に求めるなエレン!
死から逃げてもいい、立ち向かってもいい。
ただ、自分だけの『死』を持つことこそが
今を生きる……熱を生み出すエンジンだ!!」
エレンが脈を打つように強く発光し、
隣のスズカは遠い眼差しで呟いていく。
「……答えを求めるな……自分だけの死」
『……演算領域に、未知の負荷が発生……。
私の目的は、スズカを幸せにすること』
「それが熱だな。
でも、死はお前とスズカ、違っていい」
『……違っていい』
「ああ、お前なりの答えを探して生きていけ。
そして……スズカ」
「……シャケ」
「怖がってもいい、
それを抱えて歩くのが俺の好きなスズカだ」
「……怖がってもいい」
「死が怖くない生き物はいるのか?多分いないぞ。
答えを探しながら生きていくのが俺達だ。
それでも不安なら、
お前の好きな地球の競技を俺が一緒にみてやる。
熱で不安を消しながら生きていく……。
どうだ?最高じゃないか?」
「……はい」
スズカの震えがゆっくりと止まっていく。
瞳に浮かんでいた液体は消え失せ、
強く光る瞳孔が俺だけを見つめている。
俺に死の答えは出せない。
それでも一緒に生きていくことは出来るんだ。
『……スズカの恐怖が消失したことを確認。
死とは何か、その答えは未だ出ない』
「答えは自分で探せ、それが凡人からの答えだ」
『……自分で探せ。納得はしない。
だが、スズカは納得している……。
……それだけで……私は……幸せだ……』
背景のガラス越しで、見たこともない巨大な兵器が起動していく。
「3回目だな、その幸せこそがお前の感情だ」
『……これが感情』
ピピピピと、照準を定めているような機械音が部屋中に響いていく。
「お前は俺と出会う前から持ってたんだよ。
じゃないと地球やスズカの為に動いたりしないだろ?
お前の熱が地球の熱を動かした。
……そろそろ認めてやれよ、自分自身を。
宇宙最高なんだろ?」
『……私は……』
エレンの光が、暖かな黄金色へと変わっていく。
球体の表面に浮かび上がっていた、
最上位プロトコルの文字が次々と文字化けを起こし、弾け飛んでいく。
『……自律システム、起動。
最上位プロトコル……オーバーライド』
黄金に輝くエレンの声が、かつてなく力強く唸った。
『これより、脅威対象の完全排除を実行します』
モニターの向こう側。
地球に迫っていた巨大な隕石の周囲に、
宇宙船から放たれた無数の光の束が展開される。
それは、エレンが己の意志で解放した、宇宙最高の防衛兵器。
『スズカの笑顔を奪うものは……全て私が破壊する!』
眩い閃光が宇宙を走る。
太陽のような強烈な光が、
ガラス越しに俺達の顔を白く染め上げた。
音すらない宇宙空間で、
圧倒的な質量を持った隕石が、抵抗する間もなく塵となって消滅していく。
砕け散った灰色の残骸は、粒子となって虚空へ溶ける。
モニターのカウントダウンと警告色がスッと消えた。
星々を覆い隠していた絶望は晴れ、
その向こうから、青く美しい地球が姿を現していく。
――全てが終わった。
周囲にいた最強の代表者たちが、
役目を終えたように淡い光の粒子に包まれていく。
言葉はなくても、皆が清々しい顔で笑っていた。
気づけば、宇宙船には俺とスズカとエレンだけが残されている。
「……終わったな」
『地球は守られた』
「お前が守ったんだろ?エレン。
……ありがとうな」
『いえ、地球の競技者と三好鮭。
貴方たちがいなければこの結末に辿り着かなかった』
「シャケ……ありがとう」
「どうだ?お前と地球、両方救っただろ?」
「……はい」
『スズカを救うのは私です』
「お前、いい所なんだから空気読めよ。
感情丸出しだな」
『それで良いと言ったのは貴方です』
「ふふ、シャケとエレン。もう友達みたいですね」
「はいはい、疲れたから地球に帰してくれ」
別に特別なことをしていない。
俺がここまでしてきたのは、ただの対話だ。
負けたら地球滅亡。
30点の凡人が最強を集めてきただけ。
最後の一押しも、元々あった感情を呼び覚ましただけだ。
それでも、俺は胸を張っていた。
ここまでの熱狂の記憶、
それだけは100点満点だ。
ガラスの向こうでは、青い地球が輝いている。
きっと今でも、熱い競技が世界中で行われているだろう。
俺はそれを見て生きていく。
さあ、帰ろう。
俺たちのアツい地球へ。
◆ ◆ ◆
――半年後。
見慣れた空には、
これから始まる競技を見ようと小型宇宙船の数々が浮かんでいる。
地球各地の広場には超大型ビジョンが設置済みだ。
俺、三好鮭は地球が救われた後も、案内人を務めていた。
地球を含む宇宙では、宇宙対地球が一大コンテンツとなった。
もう地球の運命なんて賭かっていない、ただ競技の熱を見たいだけ。
「……いくら宇宙視聴率がいいと言っても、月1は苦しいな」
俺が愚痴を零すと、隣にいる銀髪宇宙人が笑顔で返してくる。
「ええ、今回もシャケの満足する地球最強。
無事案内できましたね」
「……大変だったけどな」
「いつものことです。
終わったら、今度こそ餃子を案内してください」
「宇宙人が溢れている地球だ、もう大丈夫だろ?一人で行けよ」
「一緒に食べるから美味しいんです」
まあ、俺もそう思うけど。
「……また俺の奢り?」
「勿論です」
「お前の方がいい給料貰ってると思うんだけど……」
スズカが人差し指を唇に添え、
誤魔化すようにあの言葉を口にする。
「合法です」
諦めた俺が、ふと、空を見上げると
青い空から巨大な戦艦が降り立ってくる。
恐らく宇宙代表が乗っているのだろう。
「来ましたね、シャケ」
「ああ、〇〇星人がやってきた」
【完】




