15.遠慮がちな俺のマスター(ファング視点)
俺の出番きたーっ!!
ウラハも戻ってきて、マスターの精霊がそろったんだ。
これで、怖いもんなしだぜ!いや、俺にとってはコワイモノがきたんだけどさ…。まぁ、それはいいや。
グランが夜の時間帯になってるから、マスターに休むように言ったら、時間のガイネン?が気になるって言って休んでくれない。
マスターは目覚めてからからずっと休んでないのに。そりゃあ戦闘はしてないけどさ、グランがちょっとヤバかったし、ウラハのために色々調べるのに黒竜とも長い時間しゃべってたみたいだし、さっきも魔力のコントロールおかしくなってたし。
たぶん神格とってから自分の力に馴染んでないんじゃないかな。俺もステータスが上がると、最初は加減わからなくて困るからさ、同じだと思うんだ。
「お休みになられた後でもよろしいかと思いますが…」
話するのは後でもいいんじゃないかって、グランがマスターに言ってる。こういう時、マスターに意見できるグランはすごいと思う。
でも、マスターって俺たちがワガママ言っても、ほとんど何でも許してくれるけど、自分がやりたいことは譲らない気がするんだよな。
ほら、今だって話が聞きたいってのが優先してて、グランの言葉に耳を貸してくれないし。
こ・れ・は・っ!
俺の出番きたーっ!!
俺、いいこと思いついた!
戦闘以外でも役に立つことをマスターに知ってもらうチャンス到来だぜ!別に森でアリアに言われたこと気にしてるんじゃないけどなっ!
マスターは話が聞きたい、俺たちはマスターに休んでほしい、これを解決するには…これだ!
「じゃあ、俺に凭れて体休めながらお聞きになったらいいですよ!」
俺ってかしこいんじゃねっ!?
「…?どういうこと?」
あれ?マスターの反応が…?
もしかして、マスターさえ思い付かない名案だったのか!
すぐに【獣化】スキルを使って大狼の姿になってみせたんだ。体長は人型よりも大きくなるから、マスターの体をすっぽり囲めるのさ。俺の毛並みはもふもふクッションにもなって、凭れて休めば最高だって折り紙付だしな!気持ちよすぎて寝ちゃってもかまわないぜ!
「マスターどうぞっ!」
マスターが俺のもふもふで気持ちよくなって、また笑ってくれるかもしれないと想像して、顔の筋肉がゆるみそうになるのを必死に堪えた。
マスターにすり寄ると背中を撫でてくれた。優しい手つきで、ちょっと毛の間に指を潜り込ませてて、くすぐったかった。
マスターの顔を見上げたら、違うとこ見てたけど、俺の背中をぽんぽんって叩いたからその場に伏せて座ってもらえるようにしたんだ。
早く座ってほしくてマスターを見てると、勝手に尻尾が揺れちまって恥ずかしかったけど、気にしない!
グランとアリアがマスターに座るように言っても、なかなか座ってくれない。
どうしたんだろう?どっか気に入らないとこでもあるのかな?ぐるりと顔を背中へ向けて俺は自分の体を見てみた。
どこも変じゃないと思うんだけど、と考えてたら背中に衝撃が!
「毛皮ーっ!」
「ぐはぁっ!お前じゃねぇ!こらっ!ひっぱんなっ!」
ウラハが俺の背中に飛び乗ってきやがった。
誰が毛皮だ!いててっ!耳を引っ張っるな!毛並みも乱れてしまうから怒鳴り返してしまった。
それでも、俺の首回りを掻き回したり、耳を引っ張るのを止めないから振り落としてやろうとしたら、俺にだけ聞こえるように低く囁いてきた。
「あるじに座ってほしいんでしょー?」
「そうだよ!今日はお前のためじゃねぇ!」
いつもウラハにせがまれてベッド代わりになってやるが、今日は違うんだと俺も小声で言い返してやる。
俺がもふもふで気持ちいいのがコイツのお気に入りで、保証付きだとしても、今日はマスターのためだ。
「毛皮、あるじ見つめすぎ。あるじが遠慮してるのわかんないの?」
「え?」
なおも低く、冷ややかに囁かれて意味をつかみ損ねた。
「わかんないなら、今はボクに遊ばれてればいいよ」
コイツに遊ばれるのは毎度のことで、って違う!そうじゃなくて、マスターが遠慮してるって言ったか?なんで?
ぐるぐる考えてるうちに、頭の先から尻尾まで毛並みを乱されてしまっていた。
相変わらず、コイツ容赦なくヒドイ…。
俺が心も体もぐったりとしてしまっていたら、ウラハが俺から降りて後ろ側からマスターを呼んだ。
「あるじー、ここ、ここっ!」
そう言ってバシバシと叩かれた腹が痛い…。
顎を石床にくっつけて呆けていたらマスターの声がした。
「ファング、お邪魔するよ?」
さらりと俺の頭を撫でて、逆立った毛を直してくれて、嬉しくなって顔がにやけてしまった。
ゆっくりとした動作で、マスターは俺に背を預けてくれたけど、おかしい。
全然重くない。ウラハのほうが重かった。
ああ、遠慮ってこういうことだったのか。やっと俺はウラハの言った意味が解った。
そんなんじゃ、マスターの体は休まらないじゃないか。
俺はマスターの体に顔を押し付けて、もっと体重をかけるように促した。そうしたら、俺の鼻筋を撫でたマスターの体から力が抜けて、腹に暖かい体温が伝わってきた。
ほっとしたら、マスターのいい匂いが俺の鼻孔に漂ってきて思わず嗅いでしまった。
嫌がられるかと思ったけど、マスターは特に何も言わなかった。これは大丈夫なんだと思ったら、また勝手に尻尾が揺れてしまった。それは邪魔だったみたいで、動かないように捕まえられてしまった。
ウラハに背中を軽く殴られたけど、そのままマスターに抱え込まれた尻尾を動かさないように俺は真剣だった。
尻尾に集中しすぎていたら、アリアがなんか言ってた。
「そうですか。では、後程わたしにも主様の髪を結わせてくださいね?」
あ、コイツまたウラハに先越されて怒ってやがる。
おもしれーっ!
今度は何事かと思ったら、マスターの髪の毛かよ。そんなこと取り合いするもんでもないだろうが…。
まぁ、アリアは森で散々悩んでたのがどっかで吹っ切れてるみたいで、随分と素直になってていっか!
アリアの態度が面白いしな!
マスターも俺とグランに視線で「なにこれ?」って尋ねてくるけど、言うとアリアに半殺しにされそうだから黙っておこう。
昔からウラハは状況把握が得意なヤツだから、猫かぶって上手く立ち回るんだよな。
さっきのことにしたってそうだ。マスターが遠慮しているなんて思いもしなかったのに、ウラハには解ってた。俺はいつもウラハに後から気付かされる。ちょっと凹む…。
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
マスターとグランが【時間管理】スキルのことを話しだした。
正直、俺には難しくて割り込めない会話だ。頭使うのが得意な人同士で話してくださいってなもんだな!
でも途中でマスターが黙り込んでしまった。
「あるじ、怒ったの?」
ウラハが必殺上目遣いでマスターに訊いている。この技、まじ卑怯だと思う。コイツには言えないけど!言うと100倍になって返ってくるからコワイんだよな。
で、マスター怒ってるのか…?
「怒ってないよ。どうやって説明しようか考えてただけ。不安にさせたなら、ごめんね」
なんだ、怒ってないじゃんか!
またマスターたちが話し始めたから、俺は時々マスターのいい匂いを嗅いで楽しむことにした。
たまにウラハが俺の背中を小突いてくる。マスターの髪を弄っているふりをして、振動が伝わらないようにしてて、抜け目ないヤツだ。
ウラハが小突いてくるのはマスターが話してる時で、マスターの言葉を聞いておけってことだろうな。
マスターは黒竜ヴェルフィアードに召喚された。
俺たちとは元々違う世界にいて、それは今いる世界とも違うし、マスターは元の世界に帰れない。
マスターが召喚されたから、俺たちもこの世界に来た。だから、マスターといっぱい話せるようになった。
大体こんなもんだな!よしっ!
マスターと一緒に来れて良かったなぁ、と喜んでいたらとんでもない言葉をマスターに言われた。
「あのさ、みんな私の所為でこの世界に召喚されたのは解ったよね?元の世界に還りたいなら、戻してあげられると思う。……どうする?」
「どうするって、なんで?マスターは俺たちといるのイヤなの?」
どうするって何だよ?
なんでそんなこと訊くんだよ?
俺たちのこと追い払いたいって思ってるわけ!?
ウラハが背中をつねってくるけど、そんな痛みなど微塵も感じないほど頭に血がのぼっていて、マスターを睨み付けていた。
「そうじゃなくて、なんか解らない世界だと不便っていうか、戻れるならそっちの方がいい、でしょ?」
俺の質問の答えになってなくて、なんではぐらかすのか解らない。
マスターがあまりにも冷静に言うから、必死になってるのは俺だけなのかと思うと苛立ってくる。
「マスター、俺の質問の答えになってない。違う世界とかって難しいこと解んないけど、元の世界に戻るってのは俺たちだけなんだよね?」
俺たちを元の世界に戻したって、マスターはこっちから戻れないのに、離ればなれになるって本当に解って言ってるのか?
マスターはしっかりと頷いた。
俺は愕然として、全身の魔力が根刮ぎ奪われたような気分になった。そうだよな、マスターがそんなこと解らずに言うはずないよな。
イヤだイヤだイヤだ!
「マスターがいないなら意味がない。俺はマスターとここにいる。それとも、マスターはもう俺が要らない…?」
どうしたらいいんだ?
お願いしたらマスターは、俺のワガママをいつもみたいに聞いてくれるのか?
痛みに耐えてるみたいに体を強張らせているマスターに頭を擦りつけて、ただひたすら願う。
「私は、みんなと一緒がいい」
ぽつりと呟かれたマスターの言葉と、俺の頭を抱きしめてくれる温もりがあった。
マスターの声が震えてた…?
なんで?
俺、マスターにイヤなこと言わせた?
でも抱きしめてくれる腕は優しい…。
今の言葉を信じたいのに、マスターの震えていた声が俺を躊躇わせる。今度は別の意味で頭に血がのぼる。
チッ、と小さな舌打ちが聞こえた。それは狼の俺の耳だけが拾える大きさだった。
「ボクもーっ!」
どっすん!!
「うぎゃ…っ!」
「ぐぇっ」
ウラハがマスターの上から俺に飛び乗ってきた。そのどさくさに紛れてウラハに殴られた。目が飛び出そうなほど痛かった。
「あるじ、考えすぎなのー。一緒にいればいいのっ!」
「ふふっ…。ウラハの言う通りですわ。わたしたちへの無用な気遣いはなさらないでください」
「主は我らの忠誠を甘くみすぎですぞ?主がお嫌になるまではお仕えさせていただきます」
ウラハに殴られて頭が冷えたけど、よく見たらアリアもグランも落ち着き払ってて、話がまとまってるっぽい?
「…うん。……ありがとう」
マスターも肩から力が抜けてた。
なんか、俺だけ空回ってたりしてないか…?
一緒がいいって言ってくれたよね?
もう俺たちだけ戻れとか言わないよね?
マスターの顔を見ようとしたら、俺の首のとこに抱きつかれてしまった。
一瞬見えたその顔が、泣き顔に思えた。
マスター泣いてるの…?
顔を上げてもらいたくて、鼻を近付けようとしたら、ウラハに耳を引っ張られた。動くなってことなんだろうな。
俺はマスターの息づかいが寝息に変わるまでじっと動かずにいた。
お読みいただき、ありがとうございます。