14.一緒がいい
嬉々として大狼に獣化したファングは、私の足元に寝そべり、見事なソファとなった。「早く!早く!」と急かすように紅い瞳で見上げてきている。ふさぁ、と揺らした尻尾も私を手招くようだった。
やっぱりソファにするのは戦闘時のかっこ良さを思うと悲しくて、ちょっとだけ涙がでそうだった。
ちらりとグランを見れば、真剣な顔で首肯されてしまい、アリアにも促され、狼ソファに座らざるをえない状況へ追い込まれる。
「毛皮ーっ!」
「ぐはぁっ!お前じゃねぇ!こらっ!ひっぱんなっ!」
喚声と怒声とともに、ウラハがファングの背に跨がり、狼の耳を引っ張ったり、毛皮をぐちゃぐちゃにしていた。
じゃれあう姿が微笑ましく、しばらく放置していたのは誰の責任でもないだろう。
ひとしきりファングで遊んで気がすんだのか、ウラハはファングの背中側に回り、そこから身を乗り出してきた。
「あるじー、ここ、ここっ!」
バシバシとファングの腹側を両手で叩き、そこに来いと私に言う。ファングはせっかくの毛並みも乱れ、息も絶え絶え、腹部を叩かれ「ぐぇ」と声をもらしていた。
恐るべし、ウラハのお子ちゃま気質である。
可哀想なファングには、あとでブラッシングしてあげようと決めた。
「ファング、お邪魔するよ?」
ぐったりとしている彼に声をかけ、その頭をひと撫でしてやると、ピクリと耳を動かし破顔する。やっぱり獰猛な狼の顔は笑ってるように見えないが、雰囲気は大事である。
寝そべったファングの腹に背を凭れかける。
ぬっと狼の鼻面が私の胸を押し、私の体を自分の腹に押し込んできた。体重をかけるのを躊躇っているのがバレたらしい。
鼻筋を撫でてやると、私の匂いを嗅いでから顔を離した。
次いで、ふさふさの尻尾が目の前にやってきて、首筋に当たるそれのくすぐったさに思わず両手で膝の上に抱えてしまった。
もふもふ気持ちいー
これは【獣化】の使い途、新発見だね
普通のソファよりいいかも!
私が狼ソファに落ち着くと、グランとアリアも石床に座った。ウラハは狼の背中越しに私の髪を弄っているが、特に気にならないから、好きにさせていた。
「主様、ウラハはお邪魔ではありませんか?」
「へ?いや、大丈夫だけど…」
「そうですか。では、後程わたしにも主様の髪を結わせてくださいね?」
唐突なアリアのお願いに驚いた。グランは苦笑しており、ファングはたぶん、にやにや笑っている。
「わたしにも、結わせてくださいね?」
もう一度言われた。どうやら大事なことらしい。
お願いの体をとりながら、言葉に強制力を滲ませてくるという器用なアリアの笑顔がコワイ。
「あ、うん。いいよ…?」
「ありがとうございます」
アリアは深々と頭を下げ、顔を上げた時には何事もなかったように、すました様子でいた。
今のやりとりは、いったい何だったのだろうか。
ウラハはきょとんとしていたが、グランとファングは訳知り顔である。誰も理由を教えてくれそうもなく、私は首を捻るしかなかった。
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
誰が仕切り直すんだ、という雰囲気となった今、打破するのは私しかいなかった。
「あー…。んじゃ、【時間管理】スキルで把握できてること、教えてほしいんだけど」
「申し訳ありません、主。具体的にどのようなことをお知りになりたいのでしょうか?」
漠然とした私の質問では意図がつかめなかったようで、恐縮した様子でグランが訊いてきた。
【時間管理】スキルの詳細は、まず日付システムがあり、日時が現実時間と連動していた。
さらに、時間帯システムで、現実時間を、4時から10時が朝、10時から18時が昼、18時から0時が夜、0時から4時が深夜、と4つの時間帯に分けていたものだ。
その他、ゲーム内では時間の指定や制限のあるクエストをする際にアラーム機能を使っていたし、戦闘時の詠唱時間、待機時間を測るのにカウント機能も使用していた。
この世界でもスキルが現実時間と連動されているのか、時間の流れが地球と同じなのかが知りたい。
さっきグランは「時間帯は判る」と言っていた。
あの言い方だと、何時何分という時間は判らないということだろうか。
日付システムが機能していないのか。だが、それなら私が眠っていたという1年はどうやって判るのだろう。
自分の判断でカウント機能を使用していたとしたら、NPCの域を超えている。とっくにNPCだなんて思っていないけど。
何と言って確認しようかと黙りこんで考えていると、ウラハが髪を引っ張ってきた。
「あるじ、怒ったの?」
はっとして顔をあげると、不安そうな顔が並んでいた。
急に黙りこんだから、また怒ってると勘違いされたみたいだ。
あ、はい、ごめんねー…
そんな怒ってるようにみえるのかな?
でも、今のは私が悪いよね
「怒ってないよ。どうやって説明しようか考えてただけ。不安にさせたなら、ごめんね」
「いえ、大丈夫でございます。以前と違って主は言葉数多くお話しされておられるので、真意を諮れない我の不徳でございます」
ん?以前?
この世界に来てからしか話してないよね?
ゲーム内では会話ってしてないよね?
「えっと、私の言葉の数って多くなった…?」
「左様でございます。ですが、畏れながら主のお話しの中には我らには存じ上げない御言葉もございまして…申し訳ございません」
私としては、会話をするのは今日が初めてだったのだが、どうやらグランたちには違うらしい。そして、私が話す内容で解らない言葉もあるらしい。
今日の会話で、そんなに小難しい話をした覚えはない。どちらかというと、今後の話のほうが難解になる、かもしれないと思う。
「ま、前って、どんな感じで話してた?」
「以前は『攻撃』『防御』『待機』や『相談』等、短い御言葉で御命じいただいておりました」
「それって行動選択じゃん・・・」
なるほど、と私はひとり納得した。
彼らにとっては、行動選択で出した私の指示が言葉として認識されていたのだ。
「あの、主様?『コマンド』とは・・・?」
「あ、えーっと…。ゲームの中で、端的かつ効率的に精霊へ指示をだして、行動を起こさせるための操作だったんだけど…」
グランとアリアは「?」がいっぱい飛んだ顔をしている。
ちなみに、ウラハは私の髪を弄り続けており、ファングは時折り顔を寄せてきては私の匂いを嗅いでいる。
全く興味なしを決め込むお子ちゃま組と、一生懸命に私の話を理解しようと頑張る大人組に見事に別れた。
同じゲーム用語でも、「スキル」は解っても「コマンド」は解らないのか。ちぐはぐな感じが落ち着かない。
っていうか・・・
これ、もう全部話さなきゃしょーがないんじゃ?
休憩タイム消えたし!
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
私はこの世界に黒竜ヴェルフィアードによって召喚されたことを話した。
召喚される前は、私は地球という所で生きていて、そこで精霊たちのいる世界、想像世界に転移することでグランたちと会っていたが、私自身の言葉で話すことはできなかったと説明した。
いま、目の前で意思をもって存在する彼らに『遊び』だったとは言えなかったし、言いたくなかった。たとえゲームだったとしても『遊び』と軽く言えないほど、私は『THE NEWWORLD』にのめり込んでいた。
そして、私がヴェルフィアードに神として召喚されたことによって、グランたち精霊も一緒にこの世界に召喚され、同じ世界に存在することが可能になり、今に至ると。
「つまり、主は元々我らと別の世界に生きておられた。以前は主が我らの世界に転移して来られた時だけお会いしており、主自身の御言葉で我らと話されることはできずにいらっしゃった。以前は話すことができない代わりに、行動選択という念話に近いもので御命令いただいていた、ということですね」
「そうそう、そんな感じだね」
グランは拙い私の説明でも要旨を汲み取ってくれる。
「今わたしたちがいる世界は、主様がおられた世界とも、わたしたちがいた世界とも違う、まったく未知の世界であるということでしょうか?」
「うーん、今までとは全然違うってわけでもないらしいんだけど…。ほら、新しくできたサーバーに行く、生活する土地を変えたことあったでしょ?あれと同じ感じかな。ただ、新しい土地に行ったら、精霊であるグランたちには、そこの歴史的なことや風土についての知識がアップデータじゃなくて、えーっと、グランたちには自然と解ったと思うんだけど」
私の言葉に「はい」と頷き、先を待つ2人に続ける。
「例えば、この世界ではヴェルフィアードが神様のような存在となってるみたいなんだけど、そういう史実や伝承についての知識ってある?」
「黒竜ヴェルフィアードが、神として祀られているという史実は存じません。しかし、今のお話しで、我の知識で不可解であったことが得心できました」
「どんなこと?」
「我がここで主の目覚めを待つ間、見知らぬ場所であり、さらにこの土地の知識がなかったため最初は困惑いたしました。これまでに、我は己が存在する地について解らないということがなかったからでございます。しかし、ここが我らのいた世界とは違うというのでございましたら、それも当然のことかと…」
「森の探索でも、遭遇した魔物は既知のものでしたが、グランも知らない石柱がありましたわね」
「何か見つけたの?」
「はい、発光石で人工的に造られたと思われる奇妙な形の石柱がありました。グランの知識にもないということですので、主様に一度ご覧いただきたいと思っています」
「うん、じゃぁ、それは朝になったらね」
そう、朝になったら、というわけで、【時間管理】スキルのことを確認しなければならない。
その前に、彼らに訊いておきたいことがあった。私は深呼吸をひとつして、口を開いた。
「あのさ、みんな私の所為でこの世界に召喚されたのは解ったよね?元の世界に還りたいなら、戻してあげられると思う。……どうする?」
ヴェルフィアードが私を召喚にできたのだから、たぶん私はこの子たちを元の世界に還してあげられると思う。
いや、できるという確信があった。根拠を問われても困るが、感覚として解るのだ。
この世界で一緒に過ごすつもりでいたのは私の傲慢だ。
契約しているから、彼らが忠誠を誓ってくれてるから、それが当然だと思っていた。
よくよく考えてみれば、彼らは私の召喚に巻き込まれた状況なのだから、還りたいと思ったかもしれない。巻き込んだ私のことが嫌になったかもしれない。
この世界でも一緒にいてほしいと思うのは私の我が儘だ。
「どうするって、なんで?マスターは俺らといるのイヤなの?」
私の問いにイラついたような声でファングが言い、顔を近付けてきた。
鼻筋に皺が寄り、威嚇されてる気になってくる。
こえぇぇぇーっ!
狼まじ迫力半端ないよっ!
「そうじゃなくて、なんか解らない世界だと不便っていうか、戻れるならそっちの方がいい、でしょ?」
「マスター、俺の質問の答えになってない。違う世界とかって難しいこと解んないけど、元の世界に戻るってのは俺たちだけなんだよね?」
眼前に迫る狼面の迫力に圧倒されて、首を縦に振ることで返答した。
私が元の世界に還ることができないことは、この話の最初に説明していた。何にも聞いてない風で、意外にもちゃんと話は聞いていたようだ。
私はこの世界で生きることを享受している。
「マスターがいないなら意味がない。俺はマスターとここにいる。それとも、マスターはもう俺が要らない…?」
鼻筋の皺が消えて、耳が力なく垂れ下がり、私に顔を擦り付けるファング。
懇願、という想いが伝わってくる。
「私は、みんなと一緒がいい」
声が震える自分が情けなくなって、ファングの顔にぎゅっと抱きついてしまった。
「ボクもーっ!」
どっすん!!
「うぎゃ…っ!」
「ぐぇっ」
私の上からウラハが飛びついてきて圧迫された。
シリアスな場面のはずが、私とファングのまぬけな呻き声があがる。
「あるじ、考えすぎなのー。一緒にいればいいのっ!」
「ふふっ…。ウラハの言う通りですわ。わたしたちへの無用な気遣いはなさらないでください」
頭上から降ってくるウラハの声と、笑いを含んだアリアの声が聞こえる。顔をあげてグランを見れば、渋い顔をしていた。
「主は我らの忠誠を甘くみすぎですぞ?主がお嫌になるまではお仕えさせていただきます」
「…うん。……ありがとう」
抑制できずに泣きそうになった顔を見られたくなくて、もう一度ファングに抱きついて顔を隠した。
お読みいただき、ありがとうございます。




