9-17 俺と祐樹と殴り合い
高松さんが外へ行ってしまえばひっくひっくとしていたそれも段々治まってきた。
借りたままのハンカチをそっと彼女の席に置いてカプチーノをまた一口飲む。
本当に甘くて苦くて私の思い出とも重なる。
ランチの時間はもうそろそろ終わりらしくお客さんもまばらだ。
そんな店内にカツカツとヒールの音が響いて振り向けばそれはやっぱり高松さんで頭をぺこりと下げる。
「すみません、取り乱してしまって。ハンカチもありがとうございました」
と、言えば彼女は鼻息荒くものすごく怖い顔をして怒っていた。
祐樹さんから電話で急いで行ったのでまた結婚式の事で揉めたのだと思う。
「漆器は駄目って仰ってました?」
そう聞けばそれには首を振り私の向かいの席に座る。
足を組み長いそれはテーブルの下では窮屈なのか隣の空いている席の方へとはみ出している。
「私、許せないわ、涼ちゃんの過去の男もそうだけど、佐久間さんも同じくらい最低よ。過去を知ってて受け入れた振りをしながら陰で突き放すなんてっ!その上彼女をレイプするなんて言語道断よっ!」
声が大きいですってと呟きながらそれでも少し嬉しくなって笑ってしまった。
何か味方が増えたような気がする。
そんな私に高松さんは眉を片方吊り上げた。
「笑ってる場合じゃないでしょっ!そんな家とっとと出てっちゃいなさいっ。ホテルでも何でも取ればいいのよ、お金が無いなら出してあげるからっ」
そんな事までは恐れ多くてとてもじゃないけど甘えられなくて首を横に振る。
それから礼は私を抱けないと言ったんですと告げればますます怒っている。
「それも酷いわっ!とにかく帰っちゃだめよ、絶対。ホテル取りなさいっ」
結構強引だと思いながらうんうんと頷けばようやく満足したのかカプチーノを一気飲みした。
それから立ち上がりちょっとストレス発散しに行きましょうとコートをさっと着込めば伝票を持ってすたすた歩いていってしまって、慌てて後を追えばお会計を済ませ
先に出て行く所だった。
「私も払います」
とその背に告げればまだ眉をしかめたまま首を振り行くわよと腕を掴まれそのまま連行された。
「お前のその腐った根性だよ、吐き気がするぜ」
祐樹が怒っているのはよく分かった。
口調も顔も雰囲気もそれを表わしていた。
今までだって散々こうやって怒られた。
小さなミスから大きな我儘までいつだって真剣に怒ってくれているのは知っていた。
でもそれは変な話愛情がそこにあった。
今は、無い。
まったく無い。
睨みつけたままその言葉に眉を顰める。
何だってと思い当たる節がまったくない。
「腐った根性?何を根拠に言ってるんだよ、お前は」
低く唸るようにそう怒鳴れば彼は負けじと怒鳴り返す。
「あ?んな事も分かんねーのかよ、このボケ!自分の胸に手ぇ当ててよーく考えてみろよ」
素直に手を当てるような気にはなれなくてそのまま彼に近づいて行く。
彼は逃げも後ずさりもしなかった。
僅かに背が高い俺が見下ろす形になる。
「分かんないから聞いてるんだよ、何だって言うんだ、いきなり」
冷静でなんていられない。
俺は何もしていないのに突然喧嘩を売られた。
言いがかりだ。
「何だってだって?お前のせいで笹川が泣いてるんだってよ!お前何したんだよ!幸せにするんじゃなかったのかよ?!」
寝耳に水だ。
泣いてる?
どこで?
電話の相手は涼だったのか?
なんで祐樹に?
血が繋がっているから?
俺には埋められない何かがあるのか?
「涼が?泣いてる?!」
そうそれだけ聞き返せば彼は俺の腹を思いっきり殴った。
身構える時間も無くてそれを受けて吹っ飛び地面に叩きつけられる。
スーツが地面に引きずられて毛羽立った。
「泣いてるじゃねーよ、アホったれが!!」
彼が怒鳴り俺が起き上がるより前に走ってきて蹴り上げた。
さすがに二回目は身構えるがやはり痛い。
手をついて起き上がりその顔に向かって拳を握り締めて振りおろす。
反撃されるとは思っていなかったのか彼の左頬をしっかりと捕えあまり良いとは言えない感触が手に伝わった。
「分かんないって言ってんだろ!!」
吹っ飛んだ彼に怒鳴れば頬を押さえたまま立ち上がり俺の方へ向ってくる。
そのまま胸倉を彼は掴んだ。
目が血走って鼻息も荒く、口の端からは血が垂れてきている。
少し持ちあげられるように体が上がりその手を両手で振りほどこうと掴めば逆に振り払うように揺さぶれた。
「じゃあなんであの子が泣いてんだよっ!!」
鼻っ柱に彼の頭突きが飛んできてそれをまともに食らった。
仰け反り彼が手を離したおかげでまた後へ吹っ飛ぶ。
鼻が痛み何かが垂れる感覚。
拭えば真っ赤な鮮血が手に付きスーツに染み込んでグレーの生地が尾を引いたように黒くなる。
「知らないって言ってんだろっ!」
近づいてくる彼に立ち上がり思いきり体を回しながら片足を上げれば左腰をそれは捕えて吹っ飛ぶ。
殴った手も飛んだ時に打った肩も腰も、鼻血が出てる鼻だって痛い。
彼は起き上がり袖で口から垂れた血を拭った。
「……もういいっ!!」
血が混じった唾を憎々しく俺に向かって吐きだしてポケットに手を突っ込めば彼はその場から足を引きずって去って行った。
はぁはぁと肩で息をしながら緑色に塗られたフェンスに寄りかかる。
涼が泣いてるって何だよ。
そんな事知らないよ。
だって朝はいつも通りだったじゃないか。
「クソっ!」
フェンスを殴ればそれが揺れて押し返されそのまましゃがみこんで両手で顔を覆った。
何が何だか本当に分からなかった。




