9-16 私と涼ちゃんと佐久間さんと
その後ティラミスも食べましょうという彼女に従ってデザートを取り、結婚式の予定の話とかドレスの試着の話なんか聞いた。
私に元気がないと言ったけれど何も答えなければそれ以上追及しないのはきっとCAとしてキャリアを積んだ成果なんだろう。
「それでね祐樹ったらタキシードは着たくないなんて言うのよ。私がドレスで彼が紋付じゃねぇ、困るじゃない」
うんうんと頷き駄々をこねる祐樹さんを想像して吹き出す。
「で、妥協点が前撮りはドレスとタキシードで式と披露宴は白無垢打ち掛けで文金高島田にしたの。それが決まれば次は引き出物で」
うんうんと相槌を打ちそれを聞けば他人の話なのにすごく幸せな気分になる。
きっと高松さんのドレスも白無垢も素敵だと思う。
「割れ物は駄目だとか意外と古臭くてね、困っちゃう。私は食器が良いと思うんだけど」
無難な線だなと思いながらそうですねとちょっと間を置く。
それから食器で割れないのって何だろう。
「それなら漆器にされたらどうでしょう。漆器はおめでたい時に使う物が多いですし、朱は色あせずずっと残りますし、割れませんし」
その言葉に彼女は目を開いてからうんうんと頷いた。
そうね、それ頂きだわと呟きさっそく祐樹さんにメールをしている。
「涼ちゃんは、佐久間さんと結婚しないの?」
メールを打ち終わった彼女にそう聞かれ困った顔をしてしまった。
それでつい、ついポロっとこぼしてしまったのだ。
「さく……礼は私と結婚したくないみたいです」
たぶん気が緩んだんだ。
礼以外の人と会うのも久しぶりで彼らの幸せに中てられたんだと思う。
涙が浮かんでしまった。
俯いてそれを必死に隠そうとするも彼女は息を飲んだ。
「それは……どういう事?本当に何かあったの?」
いつもよりずっと優しい声で彼女は私を気遣ってそう聞いてくれて、礼以外の人の、それでいて礼を知っていて深くないその人に打ち明けてしまった。
自分の過去もそれを聞かれた事も、それでも受け入れてくれると言ったのにプロポーズは出来ないって言ってた事も。
それでも4月の結婚式が終わったら出ていくとはそれだけは言えなかった。
嗚咽混じりに話す私の言葉を辛抱強く彼女は最後までちゃんと時々質問を入れながら話し易いように聞いてくれた。
「涼ちゃん……」
ひっくひっくとしゃくりあげる私にハンカチを差し出してくれてそれを有難く受け取りそっと涙を拭う。
「何て言ったらいいか分からないわ。でも、同じ女として過去の男は最低だと思うしそれでもがんばってる涼ちゃんはすごいと思う」
お代わりの珈琲を彼女はふたつ頼んでくれた。
熱々のカプチーノが来てそれに砂糖も入れずに口を付ける。
甘いミルクと苦い珈琲がもっともっと涙を誘った。
まるでそれは礼とあの人のようで堪らなかった。
仕事中にメールが来てもあんまり見ない事にしてるんだけど、それが婚約者である由香里なら話は別で一通目は引き出物に漆器はどうかという話でそれはとりあえず無視。
次のメールはそれから一時間後だった。
片手間に開いて思わず携帯を机の上に落としてしまった。
「……え?」
そう呟いて何度も画面を見ればやっぱりそこにはたった一文、彼女からのメッセージが映っている。
涼ちゃんが泣いてる
彼女が笹川と会っている事も知らない俺にはまさに青天の霹靂。
今日は確かに快晴ではあったけれどそんな天気じゃなかった筈だ。
思わず立ち上がりその場を部下に任せて歩き出し廊下を抜けて階段を駆け上がり屋上のドアを開けばそこには先客がいた。
その姿を見て舌打ちをすれば視線の先の礼はなんだよと不満そうに呟く。
「何でもねぇよ、クソッタレ」
吐き捨てそれから電話をすれば1コールもしないうちに由香里が出た。
もしもしと声を潜める様子からするにどこかの飲食店にでも居るんだろう。
それからちょっと待ってねと誰かに言う声。
それは笹川に対してだ。
「で、どーいう事だよ」
苛立っているのは由香里じゃなく礼に対してなのだけれど怒りやすい俺はそこまでコントロール出来なかった。
その声にむきになるように由香里が言う。
車の音が聞こえる所を聞けば外に出たのだろう。
『佐久間さん居るの?』
と聞かれ礼を見れば二本目の煙草に火を点ける所でまた舌打ちをして彼女に居ると答えた。
『じゃあイエスかノーで答えてくれればいいわ。私もあんまり席を外したままにしたくないし。祐樹から見て佐久間さんは彼女を本当に愛してるのよね?』
なんじゃそりゃと言いたくなるのを我慢してあぁ、そうだなと答える。
彼女はそうと短く返してから次の質問に移った。
『彼は……全部知ってるの?』
それを俺に聞くのはルール違反じゃねーのと思わず言えば彼女は祐樹も知っていたのねとだけ言う。
墓穴掘ったかと思い、ただどちらにも肯定の返事をした。
『じゃあ彼も知ってると見て間違いないわね。……最後よ。彼は彼女とは結婚しないつもりなの?だったら私許せないんだけど』
はぁ?と思わず聞き返してしまった。
その声に礼が何事かと首を傾げて俺を見る。
その顔に背を向け、んなこたぁねぇだろうよと答えれば本当に?としつこい。
「くどい、何が言いてぇんだよ」
と、もっと苛立って聞けばそんなの慣れっこだというように彼女は気にせず言った。
『じゃあなんで彼女は誤解してるの?礼は私と結婚する気は無いみたいですって言ったのよ?』
知らねぇよと思った。
それから背後の礼の方を向いて目を細めて睨む。
何なんだまったく。
どうした?という顔をしてこっちを見たまま彼は動かない。
「礼がそう思ってるかどうかは知らねぇよ、マジで。けど本当にそうなら俺も許せねぇな」
聞こえるようにわざと大声で言えばその場の空気は一瞬で張り詰めた。
礼が俺をゆっくりと睨みそれをもっと力を込めて睨み返す。
こいつは女を泣かすような奴じゃないとさっきまで信じてたんだよ、俺は。
誰にでも優しくて誰にでも尽くすタイプなんだから好きになって惚れた女だけは底抜けに幸せにするって思っていたんだ。
由香里が佐久間さんが居るんでしょ?何言ってんのよっと叫ぶから五月蠅くて通話を切った。
ポケットにそれをしまえば睨んだまま礼が口を開く。
「何が許せないって?」




