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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第八話 俺と彼女の過去
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8-6 俺と彼女の友達とファミレス

目的の駅に着いて走る。

大きな交差点を抜けて緩やかに伸びる坂を駆け上がりそこにずっと前からあるファミレスの階段を上った。

息が乱れ肩が上下する。

入口のガラスドアを開けながら巻いていたマフラーを取る。

絡みつくそれに舌打ちをしながら店内を見回すが涼の姿は無かった。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


ファミレス特有の安っぽいユニフォームの店員が話しかけてきてそれを無視して店内へと進む。

喫煙席には居ないだろうと禁煙席を見れば窓際の隣の列、プランターの高い植物を背にするようにその顔があった。

目にした瞬間に殴りたいと思う。

それを抑えて歩みよりそれでも笑顔を浮かべた。

沙織と別の女が並んで座り俺を見て頭を下げた。


「お忙しい所お呼び立てしてすみません」


上辺だけの挨拶に奥歯を噛みしめながら何も感じていないふりをして二人の前に座った。

店員がお冷とおしぼりを持って現れ短く珈琲をとだけ返す。

二人の前にもそれがあった。

大して減っていない所を見ると来たばかりなのだろう。


「構いませんよ、涼はどこですか」


すぐに運ばれてきた珈琲が俺の前に置かれる。

何だって言うんだ。

こんな所に呼び出して。

気持ちがあふれて少し視線を外し茶色い水面を見れば白く蛍光灯の明かりが映っている。

その揺れる様が俺の心の中のようだった。


「お返し出来ませんと申し上げたはずです。あまりにお忙しくてお忘れになりましたか?」


笑って言うその言葉は明らかな挑発で何も言わずに沙織を見た。

もう一人の女は黙って穏やかに珈琲を飲んでいる。

それが余計にむかついた。


「忘れてませんよ。涼は私のものだ。帰して頂こう」


なるべく穏便にけれど確実に相手を怒らせる台詞を吐く。

彼女の目が細くなってから俺を見下すように睨んだ。


「ますます返せません。貴方は涼の何を知ってるの?彼女に何を言ったの?」


その言葉に眉をしかめた。

言われてる意味が分からない。

涼が何をこいつらに告げたと言うんだろう。


「質問の意図が分かりかねます。お答え出来ません」


静かにそのままの表情で言えば沙織はへぇと馬鹿にしたように呟いた。

隣に居た女がカップをソーサーに戻して沙織を目で窘めてからそっと口を開く。


「初めまして、萩村有希と申します。涼ちゃんには仲良くして貰ってます。……本当に何もご存じないんですか?涼ちゃんは何も本当に貴方に言ってないんですね?」


その言葉、穏やかな口調に、怒りと焦りが薄れていくような気がした。

俺と違うその本物に中てられて正直に頷く。

彼女はそうですかと口元を覆った後隣の沙織にそれを移しひそひそと会話をした。

沙織の顔がそれに眉をひそめ分かったわとだけ言うとそのまま腕組みをして俺を睨んだ。


「沙織ちゃんは少し怒りやすいので、それも涼ちゃんを思えばこそなんですけど。私がいくつか尋ねてもよろしいですね?」


頷くと冷めないうちに珈琲飲んでくださいねと付け加えてから彼女の顔から笑みが消えた。

元々そんなに大きくない目がすっと細くなる。


「正直に答えてくださいね。貴方は涼ちゃんを大事にしてくださってますか?」


その問いにテーブルに落とした手を握り締めた。

答えはNOだ。

俺は彼女にひどい事をした事がある。

それを許してくれたのは彼女の優しさがあってからだった。

何も言わない俺に萩村が続ける。


「涼ちゃんを傷つけたりしてませんよね?」


どうしてそんな事が分かるんだと目を見開いた。

涼が話したのだろうかと思う。

それならそれで仕方がない。

責められて当然の行為をした。

けれどそれならこんな回りくどいやり方をするだろうか。

手を握り締めタバコを吸いたい欲求が出てくる。


「お答え頂けませんか?では次で最後に致しましょう。……無理矢理自分の物にするような行為をしてはいませんよね?」


体中を覗かれている気分だった。

体が冷たいのはコートの下に汗をかいているからだけじゃない。


どうして知っているのだろう。






植え込みのプランターの陰に私と彩音が座っている。

背を向けているが三人の声がよく聞こえた。

ごくりと唾を飲み込んだ。


「大丈夫?」


と声を潜めて尋ねてくるのは彩音。

ここへ着いた時に有希は別れて座ろうと提案し、彼女が私の面倒をみると言ってくれた。

一人ではとてもここに居られない。

友達も礼も失いたくない。

けれど何も出来ない。

有希の質問ひとつひとつに目を開いた。

出す事を止められている嗚咽が泣き声が漏れそうで必死に両手で口を押さえる。


「大丈夫だから」


そっと涙を拭われて体をびくりと揺らした。

その僅かな刺激さえも今の私には毒針のように感じる。

怖い。

触れられるのも、声を掛けられるのも。

そんな私の様子に四人掛けのテーブルなのに真横に座った彩音はそっと目を閉じた。


頭が壊れる位痛い。

目眩が座っているのにする。

冷や汗は止まらなくて額も背中も濡らしている。


何も彼に言わないで欲しいと心の底から願う。


「無理矢理自分の物にするような行為をしてませんよね?」


その言葉に記憶が溢れてついにそれの蓋が開く。

猛烈な吐き気が私を襲った。

うっと小さく漏らすとその異変に気付いた彩音が自分の脱いだコートを差し出す。


「吐いていいから、ほら」


声を潜めて言う彼女の首を振るが体はそれを許さなかった。

押さえている指から吐瀉物が漏れる。

ぼたぼたと真下にあった彼女のコートが汚れていく。

汚い私のそれが紺色のコートに白く斑点模様を作り、それを見た瞬間にさっき食べた天ぷらも栗きんとんも煮物もゴマ塩も全部胃から逆流した。

音が汚く響き彼女が舌打ちをして私のコートを上から被せた。


真っ暗な中饐えた匂いに包まれる。

その匂いさえも記憶を呼び起こすカギとなって私を襲う。


気持ち悪い。

嫌だ。


感情がぐちゃぐちゃに混じって涙がぼたぼた垂れる。

吐き戻す音が止めばコートが取られ明るくなった。

背後の席から酔っ払いでしょうと沙織が言う声が聞こえた。

彩音が私の体を起して汚れたコートを取ってテーブルの下へ投げおしぼりで口元を拭ってくれる。

お冷を握らされそれを大人しく震える手で飲んだ。

それすらも違う液体を飲まされているように感じて飲み込めず口の端からこぼしてしまう。


「涼」


声を潜めたまま彩音がそう呟き私の手を取った。

びくりと体がまた震えてその手を引っ込めようとする。

しかし彼女は首を振ってそれを拒否し握り締めた。

繋いだそこから何かを伝えるように。

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