8-2 私と友達と彼の話
煮物の京人参を口に入れてから咀嚼をしながら有希が言う。
箸を持つ左手の薬指には光る物が見える。
他の三人にもある。
彼女達は大学を出ればすぐに結婚した。
私だけ短大だったせいもあり参加をお断りした合コンできちんと相手を見つけたいた。
逃した魚は大きいからと三人がいつだったか話していた。
逃さない内に結婚したという彼女らの夫は収入的には平均より少し上だ。
それを佐久間礼ははるかに上回る。
正直自分とてそんな人とお付き合いをするとはこれっぽっちも思って居なかった。
海老を置いてうーんと唸る。
「月とすっぽんかな。大手のグループ会社の本家の御曹司よ」
へ?と声を出して添えられていたミニトマトを弁当箱の中へ落としたのは彩音だ。
さらりと言ったつもりだったけれど余り上手くいかなかったようだ。
有希も御椀を傾けたまま止まっている。
これが普通の反応だと思う。
庶民出の彼女らには雲をつかむような話しだ。
「名前まではちょっと、ごめんなさい」
断りご飯を一口食べる。
ゴマ塩が掛ったそれはしょっぱく香ばしい香りと歯ごたえがする。
御椀を置いて心配そうな顔をしたのは有希だった。
「涼ちゃんそれ騙されてるんじゃないの?大丈夫?」
思わずむせそうになった。
そう来たかと思う。
首を横に振り懸命に否定するとそれまで黙っていた沙織が口を開く。
「それは無いと思う。さっきも言った通り昨日お会いしたけどあれは本物だわ」
私が見れなかった御屋敷と彼の両親に会った沙織は頷きながらそう言う。
それに名刺も貰ったわと思い出したように付け加えた。
「代表取締役って本当に居るのねなんてちょっと感動した。そんな人と顔見知りになれるなんて涼サマサマだわ」
茶化したその口調にほっとする。
二人は沙織を見ていて気付いていない。
「どんな人だったの?」
との有希の問いに沙織が私を見たので小さく頷く。
名前さえ出さなければ多少の事は話しても大丈夫だろう。
大体散々みんなの惚気を聞いた私にそれを拒否する手立てはない。
私の返事を待ってから沙織が少し上を向きながら話し始める。
「背が高かったわ」
「それから?」
「綺麗な顔をしていた」
「それで?それで?」
「立ち振る舞いもきちんとしていたし、口調もとても穏やかだった」
「ふーん、そうなの。それで?」
「そうね、後付け加えるなら」
有希と彩音の交互に出される相槌に促された沙織がそこで言葉を切り視線を私に向けた。
二人の視線もそれを追う様に私を見る。
咄嗟に身構えてしまいそれを待っていたかのように沙織が口を開いた。
満面の笑みを浮かべて。
「とても涼の事を愛してるわね」
最後にうんと小さく頷いて言い切られ顔が赤くなっていく。
やだ、良いわねと二人が声を上げてますます恥ずかしくなり俯いた。
「お土産も下さってね。それも結構高級なお菓子で」
「うんうん」
「高いやつよってアンリに話して二人で半分くらい食べちゃったわ。そういう所もスマートだと思ったの」
「良いわね、私もお会いしたかったわ」
有希の言葉に顔を上げる。
彩音もうんうんと頷いていて困り果ててすっかり冷めてしまった食事に手を付けた。
「お、いいなっ!最新機種じゃねーか」
祐樹が俺の新しい携帯を眺め裏返したりなんかしている。
画面もでけーのに軽いななんて言ってる。
それから徐にロック番号を聞かれた。
俺と祐樹の仲ではそれは普段通り。
四桁の番号を教えると彼はいそいそと立ったままロックを解除する。
互いに信頼しているからこそ余計な所までは見ないのだ。
仕事柄相手の携帯が触れないと困る事態もある。
例えばどちらかが急逝したら、その中に残っているメールやら予定やらを確認しなくてはいけなくなる。
「早いなぁ、動作。俺も変えるかな」
指でスライドさせながらいくつかのアプリを起動してはおおっとかあっとか声を漏らす。
しばらく弄れば気が済んだのか彼はそれを弧を描くように軽く放った。
両手でキャッチすれば涼の寝顔がそこにある。
「それにしてもその四桁、覚えやすいけど何の数字何だ?お前の携帯に今まで無かったぞ?」
そう言われて涼が決めたんだよと告げればふーんと返ってきた。
彼女が設定したのは物凄く覚えやすい数字だった。
1231。
1234では無い所がまた良い。
「何の数字なんだろうね。普通こう言うのにはさ、本人に取って覚えやすい数字を当てるよね」
丼を持ち上げて口を付けながら祐樹がそうだなと同意する。
画面をスライドさせながら考える。
メールアドレスとか銀行の暗証番号とか忘れてはいけない物を人はそういう特別な数字を使うんだ。
「例えばさ、結婚記念日とか付き合った記念日とか。後は……あ、れ?」
浮かんできた一年にある考えられる数字を思い出して言って言葉が止まった。
彼が食べ終わりそんな様子も気にしないように口を開く。
ゲップまみれのそれ。
「そうだな。後は好きな人の誕生日か自分のそれだな」
一年に一度の記念日と言えばそれしか残っていない。
携帯を持ったまま彼を見れば怪訝そうな表情を浮かべた。
そこで気付く。
俺は彼女の誕生日を知らない事に。
そして自分の誕生日は四月だと言う事に。
「……まさか、ね」
呟くと祐樹が笑った。
げらげらと笑いそのまま言う。
「ま、ねーだろ、それは。付き合い始めてすぐに誕生日だったら女はみんな嬉しそうに、今日誕生日なのとか言うからな」
変に声を高くしてその部分を言う彼にそうだよねと同意したけれども笹川涼はそんな女じゃないと同時に思う。
まさか、そのまさかだったら俺は大失態を犯している。




