7-10 彼と私と終幕
「起きて、ねぇ、涼ってば」
沙織の声がしてはっと起き上るとみんなが私をみてにやにやしていた。
わ、わっと赤くなりながら上がってしまった前髪を直す。
顔を上げれば沙織が吹き出した。
「何寝てんのよ」
そう言われごめなさいと立ち上がる。
頭を下げてもみんなは笑ったままだった。
礼までも吹き出すのを堪えている。
「お疲れ様でした」
そう告げればみんなは大丈夫だと答えてくれてほっとする。
その顔に笑顔があるのだから本当に上手く行ったのだろうと胸を撫でおろし座ってくださいと促した。
コンコンとノックがして責任者の彼が顔を出して私を見て目を開いた。
それから視線をわざと外して言う。
「お料理をお運びしてっ、構いませんか」
途中で声が震えたのはどうしてだろうと思いながらお願いしますと告げれば足早に頭も下げずに去っていく。
それから前菜が運ばれグラスにワインが注がれた。
だからどうしてみんな私の顔を見ては視線を逸らすんだ。
中央の席には礼、その横に私、あとは銘々好きな席に座ってる。
酒井さんは一番端の席に座った。
同席させて頂けるだけでも恐れ多いのだそうだ。
ウェイターが居なくなり礼がグラスを持った。
それにみんなが倣う。
「さて、乾杯の音頭は座長からかな」
だからなんでそんなににやにやしてるんだろう。
指名され立ち上がる。
「今日はありがとうございました。新年と皆様のこれからに、乾杯」
そう告げれば吹き出しながらみんながグラスを合わせた。
一口飲んでは俯いて飲みこんでいる。
「そろそろ良いんじゃない?」
くすくすと笑いながら言ったのは高松さんでそれを受けて礼が笑いを噛み殺しながらハンカチを出してからそっと顎に手を当てて私の鼻の下を拭った。
それが黒く変色して首を傾げる。
「……えっと?」
顔を上げ彼を見ればその隣の祐樹さんが携帯を差し出した。
そこには眠っている私が映し出されている。
しかしその顔には立派な髭が描かれていた。
「ふえっ?!」
思わず声を出したらみんなはまた盛大に吹き出した。
それからばんばんと机をたたく。
髭?髭?なん……あっ!!
「本当に、お疲れさまでした、座長」
礼がそう言って私の鼻元をハンカチの面を変えてまた拭ってくれた。
怒り狂った彼女をみんなで宥めて食事を終え、酒井が一組ずつ送るのを待ってから彼の車で自宅へと帰ってきた。
それにしてもと思う。
レストランの手配をしていた事に、まず驚いた。
車内で祐樹の電話から電話をすれば伺っておりますとの答え。
それに思わずえっ、と呟けばいつもの彼は声を潜めて言う。
『中々鋭い方のようですね』
予約が取れてたと祐樹に告げればげらげらと笑った。
帰る時にはレジへと預けていた菓子折りを取りだしたのも彼女だった。
それを二組に丁寧にお礼を述べて渡し大したものではないのでお返しは結構ですとまで伝えた。
その用意周到さにもうただただ圧倒された。
こうして彼女の企みのすべては滞りなく終わった。
自室へ戻りきちんと充電されたそれを手に取る。
スーツを脱ぎ私服へと着替えてリビングへ向かえばすっかり化粧を落とした彼女がぴかぴか光る顔でお茶を淹れていた。
「お疲れ様です」
どうぞと置かれた席にそのまま座って湯のみを持てばじんわりと手の平が熱くなっていく。
彼女が向かいに座って同じようにお茶を持って微笑んだ。
「今日はすみませんでした。出しゃばった真似ばかり致しまして」
その言葉に慌てて首を振り湯のみを置いて頭を下げた。
それに驚いた彼女が顔を上げてくださいと言う。
「涼が全部やってくれたから俺は何も考えずに両親に会えた。それはねすごい事なんだ」
詰めが甘いのはあったけれどと付け加えると彼女は怪訝な表情を浮かべる。
それに苦笑いをしつつ説明すればあわあわと慌てた。
「や、本当、すみません。気を付けているんですけど、たまに。あぁ、どうしよう」
泣きそうな顔になっていくのを見て笑みを浮かべる。
安心させたくて、完璧な彼女がそういう小さなミスを犯すのが嬉しくて。
「大丈夫だよ、大丈夫」
言えば項垂れたまま動かなくなる。
だから立ちあがってそっと後ろから抱きしめた。
「疲れたでしょ。お風呂一緒に入ろうか。背中流してあげるよ」
腕の中で小さくなった彼女の耳は真っ赤でそれでも小さく頷いた。
無性に彼女に尽くしたくなった。
その体の隅々まで洗って綺麗にして抱きしめて一緒に湯船に沈みたかった。
水滴が天井から落ちて私の髪の毛に吸い込まれた。
三回目の一緒の入浴はそれはもう恥ずかしい限りだった。
彼は頑として私の背中を流すと主張し、結果的には頭まで洗って貰う事となった。
そして今は浴槽で後ろから抱きかかえられている。
彼は私の頭に頬を擦り付けてくる。
「……佐久間さん?」
その意外な姿にそう尋ねれば溜息混じりに言葉が降ってくる。
「ぶー、不正解です。やり直し」
そう言われるや否や彼の両手は私の顔を挟んで上を向かせた。
その先には彼の顔がある。
寂しいとか切ないとかじゃなくただつまらない顔をしている。
「礼、あの、今日ちょっと」
と言いかけて言葉が止まる。
彼が変だと言うのを伝えて良いのだろうかと。
「……変?だめ?」
そう聞かれ頭を振ると彼の手が離れた。
その場で体を曲げて向きを変える。
細く着痩せする体は意外にしっかりと筋肉がついていて彫刻を想像させた。
頬をそのしっかりした胸板に当てて抱きつけば彼の体は反応し、それを避けるように腰をそっと後ろにずらす。
彼に頭から体を預けるようにして心臓の音を聞いた。
「駄目じゃないですけど、外では佐久間礼で居てくださいね。その名前が背負っている物を蔑にはしないでください。どっしりと今までのように穏やかに構えていてください。家で私の前でならいくらでもそれを外して構いませんから」
静かに告げれば彼の鼓動は少し速くなった。
背に手を回して抱きしめるとそれに同じように応えてくれる。
速くなった鼓動はまたゆっくりと元の速さに戻っていく。
外で佐久間礼で居ろというのは彼にとっては嬉しい言葉では無い筈だ。
けれど彼の下にいる人を困らせるような失望させるような事はあってはならない。
彼にはずっと佐久間の名を名乗るのならば役者で居て貰わなければ出会った事をいつか必ず後悔してしまう。
彼の手が背中を通って私の頭に上がってそのままぐっと胸へと押し付けた。
「本当に涼には敵わないな」
そう小さく呟く彼の声は震えていた。
第七話 私と彼と芝居小屋 終
六話がちょっと重めだったので今回は軽めにしてみました。
本編よりもこちらが本編のようになってますね。
タグ追加しておきます。




