32ティアの野望
「なんで、私じゃなくて、ミワなのよ。」
ティアは、広い式場の通路を、ヒールで蹴るようにして、歩いていた。
思い起こせば、数週間前から不幸が始まったのだ。
最初は、姉のミワとティアの大好きなジャックが結婚する話が決まった。
あまりのことに唖然としていると、今度は母のレイラが、ティアの実父であるジェームズと、いきなり離婚して、しまったのだ。
当然、ティアが大好きだった、あの豪邸は売りに出され、今では狭い高校の寮に、住むことを余儀なくされた。
ティアは怒りに任せて、そんな事を考えて歩いていたせいか、通路を進んでいく途中、毛足の長い絨毯に、足を取られた。
思わず痛みを覚悟したが、いつまでたっても、それはやって来なかった。
「大丈夫か?ケガはないか、お嬢ちゃん。」
気がつくと、筋肉質で、とびっきりハンサムな男に、抱き留められていた。
「あなたは・・・。」
その男は、ティアが大っ嫌いなミワの実父、大だった。
「立てるか。」
大はティアを立たそうと、抱き起してくれた。
「いたっ。」
なんとか立てるが、足首がズキズキして、歩けそうになかった。
「俺の肩に、手を置いて。」
ティアは言われるまま、大の肩に手を置いた。
彼は何を思ったか、ティアの痛む足首を触った。
「折れては、いないようだな。」
「ちょっ、なにす・・・。」
あまりのことに、叫んでいた。
キャァー
叫んでいるうちに、お姫様抱っこで、抱き上げられた。
「ななな・・・なんで?」
「搬送ロボットを呼ぶより、この方が早いからな。折れてないみたいだから、早めに冷やして、テーピングした方がいい。」
大はそう言うと、近くの医務室にティアを運んで、一応、医療ロボットに、センサーで、傷の具合を確認させた。
彼が言っていたように、ただの捻挫のようだった。
彼は医療ロボットが冷やしている間に、棚からテーピングを取り出した。
ベットに座っていたティアの足を持ち上げると、器用にテーピングしていく。
ティアの足首に、彼のゴツゴツした力強い手が触る。
彼女の前には、跪いた色気漂う、大人の男がそこにいた。
治療の間中、彼女の心臓は、ずっとドキドキしっぱなしだった。
「ティア。」
そこに、母のレイラが飛び込んで来た。
レイラは、自分の娘と一緒にいる大を見て、驚愕していた。
「なんで、大がここにいるの?」
「ケガしたようなんで、ここに運んだんだ。」
大が真実だけを淡々と語る。
「後は私がやるから、あなたは先に、ミワの所に行って、ちょうだい。」
「もう、終わったよ。立っても痛まないと思うから、立ち上がって見ろ。」
大に言われ、ティアは彼の手を借りて、おずおずとヒールで立ち上がった。
信じられないことに、本当に痛まなかった。
「一応そのテーピングで、一日は普通に動けるが、無理はするなよ。激しいダンスなんかすると、明日腫れるからな。」
ティアは頷いた。
大はティアを立たせてくれると、レイラがさっき言った通り、広間に向かってしまった。
その姿をティアとレイラは、同じような熱い目で、見送った。
「お母様。」
「なに、ティア?」
「私と大って、血は繋がっていないわよね。」
「ええ、そうだけど、なんで、そんなことを聞くの?」
レイラの顔を見て、ティアは宣言した。
「なら、お母様。私が大と結婚しても、問題ないわね。」
「えっ、ナニ言ってるの、ティア。」
ティアは、母親にそう宣言すると、大が向かった会場に足を向けた。
お母様、今までのことは、全て水に流してあげますわ。
どうせプライドの高いお母様ですから、私の大に対する、素直攻撃には、ぜったいに勝てないわ。
待っていてください、大さま。
今、私が大さまを、お母様の呪縛から、解き放ってあげますわ。
ティアのあつい野望が、燃え上がった。
それから、数年間。
大は、ティアの突撃を受けることになった。
大も最後は涙を呑んで、ティアに自分の気持ちを告げたが、レイラにそっくりなので、結局、大も邪険に出来なかった。
お陰で、レイラから何度も、平手打ちを食らう羽目になった。
とはいえ、ティアの乱入で、レイラは、やっと自分の気持ちを、素直に大に告白できた。