邪神の動向
「なに? 世界各地の邪神の動きについてだと?」
「そう、現在の邪神の動きについて教えてほしいのよ」
私の質問にまた顔が恐くなるお爺さん。こんな恐い顔でよく商売していられるなぁ……
「そんなこと知ってどうする気だ?」
「えっ……、うーんっと、それは……」
邪神を打倒しますって言っても信じてくれるわけないしなぁ、ますますバカ弟子と思われちゃいそうだ。でも、別に隠す必要はないんだよね。私が邪神を打倒しようと言っても、特に不都合はないわけだし。
「邪神を打倒しようと思って」
「やっぱり、バカ弟子だったか」
すぐさまお爺さんの言葉が飛んでくる。思うどころか、口にまで出しちゃうなんてお爺さんも口が悪いなぁ。
「酷ーい! またバカ弟子って言った!」
「邪神打倒などバカ以外あるか。世界の軍隊が束になっても勝てなかったんだ。お前やレジンスタンスを名乗る連中じゃ勝ち目などない。夢は寝てから見ろ」
確かに邪神打倒などバカげていることだ。現状、私の可能性だって万が一どころか那由多が一ほどの可能性だ。お爺さんが言っていることの方が正しい。でも――
「へへーん、お爺さん! やってみないとわからないよ! 私、ううん、人間には無限の可能性があるんだから!」
「ほー、ずいぶんと自信があるんだな」
「まあね。だから、邪神たちの動きを教えてよ」
お爺さんが頭もポリポリと掻くと、
「いいだろう、別に教えてどうなるものでもない」
ようやく教えてくれる気になったようだ。
「まずは俺たちが邪神と言っている存在、大いなるクトゥルフやハスターなどのことだ。こいつらははっきり言えば活動はあまりしていないな」
「えっ、そうなの?」
「ああ、特にクトゥルフは大戦時に世界の艦隊を薙ぎ払った後は目立った動きはしていない。ハスターも同様に少し暴れた後は姿を消したな。俺の感だが、きっと自身が封印されていたヒアデス星団のカルコサに戻ったんだろう。封印が解けたから根城にすると睨んでいる」
「じゃあ、今、暴れているのは――」
「ほとんどが眷属だろうな」
この辺りの進行が遅れているのも自分たちのリーダーが動いていないから? でも、なんで動いていないんだろう?
「奴らにとって人間など羽虫以下でしかない。だから、本命の相手は同じ邪神と言うことだろ。つまりは領地争いとでも言えばいいのか、いつか訪れるであろう邪神同士の戦いの日まで力を蓄えているはずだ」
本で読んだことがある。私たちが邪神と呼ぶ存在は別名旧支配者と呼ばれていて、太古の昔に旧神と呼ばれる存在たちによって星や空間に封じ込められたと。その時の戦いは苛烈を極めたとのことだった。元から敵対していた邪神たちもその時ばかりは徒党を組んだらしい。
基本的に邪神の性質は人間に理解できないものだが、無理やり理解しようとするなら、星の支配が近いと思われている。
「邪神が力を蓄えているなら、今が奴らを叩くチャンスじゃない!」
邪神同士が戦ったら、それこそ世界の終焉だ。軽く暴れても、その影響は世界を蝕んでいるのだから、本気で邪神同士が戦ったらどうなるかわかったものではない。
「寝込みを襲うと言うことか? それは無駄だ。クトゥルフもハスターも人智の及ばないところに坐している。クトゥルフはルルイエに、ハスターなぞ宇宙のカルコサだ。そこまで行く手段がない」
そ、そうだった……
クトゥルフはまだしも、宇宙にいるハスターの元まで辿りつく手段がない。
「じゃあ、邪神がパワー全快になるときまで手出しできないって言うの!?」
それじゃあ、人類の勝ち目がさらに薄くなってしまう。
しかし、お爺さんは、
「手はある」
と言い、その辺を歩いているレジスタンスの人を指差した。
「あいつらは何をやっている」
?
何をって、それは……
「あの人たちも打倒邪神の為に戦っているんでしょ?」
頷くお爺さん。
「そう、戦っている。だが、防衛が目的ではない」
防衛が目的ではない?
それって……?
「奴らも邪神に手を出せないことに気がついたんだ。そこで考えたのが、眷属の数を削ることだ。邪神たちの戦いとなったら、当然その眷属たちも戦いに加わる。しかし、その眷属の数が少なければ、自然と闘いは不利になる。そこに目をつけた。邪神に手が出せなくても眷属には手が出せる。眷属の数を減らすことで後々の邪神同士の戦いに影響が出るから邪神自らが動くと考えた」
なるほど、要は眷属を倒し続けて向こうから来てもらおうと言うことか。
「でも、そんなことで本当に邪神は動くの?」
「そんなこと俺は知らん。だが、少なくともレジスタンス連中はそれを信じている」
そうなんだ…… でも、方法なんてそれぐらいしかないのかな。
「この二柱以外の邪神はどうなの?」
クトゥルフにハスターどちらも眷属の数なら邪神トップと言われている。それは私も間違いないと思う。現に最初に戦った深きものどもは倒しても倒して数は全く減る様子がなかった。海から次から次へと姿を現して圧倒的な物量を持ってして、私を瀕死まで追い込んだのだから。
それにバイアクヘーも召喚したのは一匹なのに後から三十匹も援軍を呼んでいた。ああも簡単に援軍を呼べるとなるとかなりの数のバイアクヘーが地球の中に存在すると考えていいだろう。
一方でそれ以外の邪神及び眷属についてはあまり知られてはいない。
その原因としてまず圧倒的に先に挙げた二柱に比べて遭遇した報告が少ないからだ。大戦時も地球側に与えた被害のほとんどがクトゥルフの戦果であり、残りはハスターのものだった。
「有名どころで言えば、クトゥグアとツァトゥグアだな。前者はフォマルハウトから地球へと飛来して都市一つを炎で呑みこんだ後姿を消した。その後の行方も全く知らずだ。どうにも他の邪神と比べるとあまり支配的な感じがしないな。あくまで他の邪神同士の均衡を傍観しているのかもしれんが。後者のツァトゥグアはクトゥグア以上に情報なしだ。そもそもこいつは封印が解けてないのかもしれん。それほどまでに情報がないんだ」
火の邪神クトゥグア――圧倒的な熱量を持つ邪神でその姿は巨大な炎の塊そのもの。私も本でしかその姿を見たことがない。
土の邪神ツァトゥグア――見た目は巨大な蛙と言われるが、その他については全くの不明。お爺さんが知らないのだから私も知らない。
「俺が知っているのはこのぐらいだな。俺も商売のために情報は欲しいが、なにせ連絡手段がないからな。こうして市場で店を出して、人から人へと話を聞くぐらいしかない」
お爺さんが知っている情報はだいたいこれぐらいか。本当はもっと具体的に知りたかったが、お爺さんの言う通り連絡手段がないのが辛い。
しかし、地球を救う上で一番の障害となっているのはやはりクトゥルフか……
その魔力は地球の海の大部分を汚染するほどだ。まずはクトゥルフを倒さなければ、食糧などの問題も解決できない。
倒すとなると――
「まずは眷属狩りかぁ……」
「そう言うことだな。本当にそれでクトゥルフ自ら現れるかどうかは保証なんてどこにもないがな。だが、やらないよりはマシだ。こうして市場が定期的に開かれるが、前と比べると回数も減ったのも、深きものどもの断続的な襲撃もあるからな」
早くクトゥルフを倒さなきゃ力を溜めこまれてしまうし、何よりも地球の汚染が深刻だ。だが、手出しできない以上は眷属の数を減らしておびき出すしかない。歯痒いけど、私自身もトラペゾヘドロンの力が少し使えるようになったぐらいでは全く話にならない。まずは地道に眷属と戦い強くなっていくしかない。
これからの指針が決まった。
「おしっ! お爺さん、ありがとう! とりあえず、私もレジスタンスの人たちみたいに眷属を倒して回ってみるよ」
早く師匠の下に帰って支度をしないと!
だが――
「待てぇい!」
首根っこをすごい力で掴まれた。掴んだのはもちろんお爺さんだ。
「バカ弟子。お前忘れていないか?」
「な、何を?」
目玉が飛び出しそうに私を見つめるお爺さん。もはや、それは見つめるよりも睨みつけるだ。
「これだ」
「これ?」
そう言って小瓶――イブン・ガズイの粉薬を私の顔につきつけた。
「ああ、そう言えばそうだった。さっき買おうと思ってたんだ」
もちろん本当に買うつもりだった。でも、邪神の話に夢中になって買うのを忘れてしまっていた。
「まったく…… 情報だけ聞いて帰るつもりだったんじゃないのか?」
「ちゃんと買うつもりだったよ!」
この星の神に誓って言うが、お爺さんが考えていることなんか微塵も考えていない。
「女狐のバカ弟子だ。油断も隙もない」
疑り深いお爺さんだ。こんなにかっかしていたらぽっくり逝っちゃうかもしれないぞ? あ、でも、こんな性格だから今日まで生き残ってきたのかも……? どちらにしても、私と師匠はお爺さんのブラックリストに入っていそうだ。
「ほら、お金!」
やや乱暴に代金を渡すと、
「まいど」
と、こちらもやや乱暴に受け取られた。
客に対する態度じゃない――と、言おうと思ったがあることを思い出した。
「そういえば、透明な怪物が出たって言っていたよね?」
「ああ、レジスタンス連中はそっちの対処にも追われて、今はてんてこ舞いだ。まあ、相手が透明になるとなっちゃ、早めに対処しておかないと後々やっかいだからな。おかげで俺も儲けさせてもらっている」
人の生死が掛かっているのにこのお爺さんはちゃっかりしていると言うかなんと言うか……
「それで透明になる怪物ってどんなやつなの?」
「知らん。俺は見たことがないし、レジスタンスの連中はあまり話をしたがらないときた。兎に角、イブン・ガズイの粉薬が大量に欲しいとのことだ」
うむ……、どうやらレジスタンスの人たちも透明な怪物にそうとう参っているってことなのね。
ならば!
「お爺さん! その怪物が暴れている具体的な場所はわかる?」
「なんだ? お前も怪物どもとやり合おうって言うのか?」
「うん!」
邪神打倒の前に困っている人を助けないなんてありえないよ!
それにどんな相手とでも戦って勝てなければ、邪神には勝てないしね!
「物好きのバカ弟子がいたもんだ。おし、その怪物が暴れているって言う場所だがな――――」
「うわぁああああっ! 化物が来たぞぉおおぉぉおおおっ!!」
突如として、悲鳴が辺りに響き渡る。
それも一つや二つではない。
さっき買い物をしてきた出店の方からだ。
「な、なんだ!? 化物だと!?」
化物と言う言葉に私の身体は反応した。疾風の如く、地を蹴り悲鳴がした方へと走る。身体の力を限りなくゼロとして、一歩一歩に渾身の力を込めて走る。いや、走るよりも飛ぶと表現した方がいいだろう。
私は大声で叫ぶ。
「お爺さんは早く逃げて! 化物退治は私に任せて!」
疾走する私の耳にお爺さんが何か叫ぶが、流れ消えゆく景色と同様に言葉は零れ落ちていった。




