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02 「異能力アクション」 「サングラス」 「復讐心」 「執事」

ストックが切れるまでは毎日、投稿します。

切れたら、四題を募集するかもです。

とりあえず、投稿し続けることを目標としています。

頑張りますので、お付き合いお願いいたします。


「あぁ、ダリィー」

 煙草に火をつけ、深く息を吸い込む。肺の中を煙で満たし、ほんの少しの高揚感が俺を掻き立てる。目を閉じると、俺を叱り飛ばすことが趣味としか思えなかったクソババァが現れ、一気に目を開いた。

「チッ」

 俺はサングラスの中央を指で持ち上げる。今はもう誰もいない廃墟のような白い建物、ここには以前の俺たちの家、ババァが作った俺たちの場所。あの男が奪ったババァの命と俺たちの暮らし。

 

 強さを求めようとしていたガキだった俺が、初めて強くなることを必要とされた。本気でそうなろうとした一年。


                    ×


「シディア・アスカルトはここに居るか?」

 二メートルに届くような身長と腰に差した長い刀、男はクソババァを訪ねて屋敷にやってきた。

「あぁ、メイド長か。少々、お待ちください」

「かまわない」

 客向けの顔で応対し、俺はババァを呼びに行った。

「オイ、ババァ。客ぶぅ?!」

 出会いがしらに強烈なボディをもらい、俺の体はくの字に折れ曲がる。

「だ、大丈夫? ジン」

 幼馴染であるセピアが心配そうな顔をして、俺をうかがってくる。

「一条、床の掃除をしておくように。いいですね?」

有無も言わさぬ目で俺を睨みつけ、横を通り過ぎてゆく年増男装メイド長の足を掴もうとするが失敗し

「イダァァァ!」

「おっと、失敬」

 棒読みな台詞とともに悪びれることなく、俺の手は思いっきり踏んづけられる。

「ジン? 懲りないね?」

「あのババァ、マジ殺す」

 俺は起き上がりながら、雑巾を取りに行こうとした。

『全職員に命令します! 今すぐに地下のシェルターへ退避しなさい!!』

 全員に渡されているトランシーバーにらしくもない切羽詰まったババァの声が響く。

「どういうことだ!? ババァ」

『質問を考える暇があるなら退避しなさい! もし、誰かが怪我をしたらあなたの給料はゼロになると思いなさい。一条』

 何かが斬れる音と地面が穿つような音がトランシーバー越しでもはっきりと聞こえた。

「チッ、セピア。ガキども連れて、シェルターに行ってろ! 鷹兄、現場の誘導は頼んだ!」

『って、待て! 刃也。お前、まさか・・・・・』

 トランシーバーを切りながら、俺は外へと飛び出していく。そこにあったはずの中庭はなくなっていた。樹が根元から斬り倒され、門扉がただの鉄の破片へとなり下がり、中央に会った噴水は瓦礫と化していた。今、誰かが地面へと叩き付けられた。

「ババァ!?」

 腕を交差させて、耐えるような姿勢でババァは立っていた。服はボロボロになっているが、大きな傷は見えない。

「退避しろ、と言ったはずですが・・・・・口の悪さが、頭にも影響しましたか。いえ、違いますね。言語理解にも影響を及ぼすほど頭が悪くなりましたか」

 ババァはいつもと変わらないように、俺へとため息をつく。

「それが助けに来たやつに言うセリフかよ・・・・」

「足手まといです。今すぐ、戻りなさい」

 切り返しの早いその断言に、俺はイラつく。

「やってみなくちゃ、わかんないだろう?!」

「これは遊びではありません。そして、今の彼は子どもだから手を抜くような相手では・・・・・ッ! 危ない!! 一条!!!」

 瞬間、ババァは異常な速度で俺へと近づいて、右手で突き飛ばす。ババァの腕が斬り落とされ、鮮血が舞っていく中でオレを無事な左手で抱えながら地面がへこむほどの脚力で岩陰へと身を潜めた。

「ババァ!だ」

 パァンッ

 あまりにも突然の平手に俺は反応できずに、呆然とする。

「何を考えているのですか? あなたという人は! あと一瞬でも遅ければ、あなたの体がこうなっていたんですよ!?」

 ババァは失った右肩から先から血を流して、その傷口を力任せに止血する。止まる様子のない血を一切見ることもなく、俺を叱り飛ばした。

「腕は今の技術でどうとでもなります。ですが、命だけは誰にも戻すことはできない! 死んだらどうするんですか!?」

 不意にババァは胸元の銀の大型のロケットを左手で触れ、ネクタイを直すようにしながら手元を誤魔化す。

「そこに居た者がいなくなるという喪失が、どれほど残した者の胸を穿つかを考えて行動しなさい!」

 血管が浮くほど、力を込めて肩を押さえているというのに血は止まろうとしない。何故、ババァはいつもこうなんだ? 捨てられた、売られた、見捨てられた俺たちを・・・・・こんな力を持って生まれた俺たちをどうして、守ろうとするんだ?

「鷹秋! 聞こえますか?」

『聞こえてますよ、メイド長』

「ソルダが・・・・・眠りから覚めました。私は右腕を失い、最早戦力にはならないでしょう。ですが、二人が来るまでの時間は稼いでみせます。

 本当はもっとあなたたちの成長を見届けたかったのですが、次の時代が私の後ろに控えていたようです」

『先生・・・・・わかりました。で、どうするんで?』

「基礎となるものはあなたも知っているでしょう? それをみんなに教えなさい。一条には私が今、教えます。私が時間を稼ぎきりますが、もし万が一私が死ぬようなことがあった時は鷹秋みんなを頼みますよ。けして、時間を稼ぐことなど考えずに逃げなさい」

 ババァは汗と血で体に吸い付いていた破けた上着を脱ぐ。

「一条、あなたには私が一から直々に能力を開花させたかったのですが、私にそんな時間はおそらくありません。簡潔に言います。一度で覚えなさい」

「あ、あぁ」

「いったいどんな基準で選ばれているか全くわかっていない私たちのこの力は、持って生まれた能力ごとに力のランクが1~10まであるとされています。が、ある例外を除いて最初は誰もが1なのです」

 講義を始めるようにやや早口で、ババァは俺に説明する。

「能力を開花させる方法も様々です。一時的な強いショックを与え、強制的に開花された力は強いとされたこともありましたが、それはデマです。何もなくとも能力は開花もしますし、能力の強弱はその後の本人の修練と努力でどうとでもなります

 事実、私の能力はランク1とされている『身体能力が上がる』程度の物です。あなたの能力もまたごくありきたり『投げた物を刃に変える』だけ。ですが、私は体を鍛えれば能力は肥大し、あなたは投げることへの精度を上げるだけでその恐ろしさは跳ね上がります」

 俺は目を見開きながら、話を聞き入る。ババァが能力者であることも初耳であり、能力自体も凡庸なものに対しても驚かされた。

「うん? じゃぁ、俺への制裁は?」

「あなたへの制裁に能力を使ったことは一度もありませんので、勘違いしませんように」

 こける俺を見て、ババァは少しだけ笑っていた。ガキどもを見ている時、食事をしている時の目と同じ、あの屋敷の中にいる誰もが実の親からは貰えなかった愛というものをくれた存在。叱って、褒めて、巣立った仲間たちからの手紙がくるたびに笑みをこぼし、何十通という手紙に返事を書く姿に、屋敷にいる全員が知る筈もない『母親』という者の偉大さを感じていた。

「―――! 気づかれましたね。あなたはここに居なさい。一条」

 飛び出してゆくババァの姿は、まるで買い物に行くときのようは軽やかな動きだった。

「ソルダ・・・・あなたは眠っているべきなのです。妹のいない世界はあなたにとって、壊すべきものでしかないのならば・・・・・あの幸せだった日々を抱いて、眠っていればいい」

「私を殺すことすら出来なかったお前たちの、甘さが招いたことだ。何故、お前たちは憤らずにいられる?

 何故、お前たちは憎まない?!

 こんな能力を与えた神に!

 それを利用しようとした人間に!!

 あいつらを殺したこの世にどうして怒りをぶつけない!?」

 刀が振るわれるたびに生まれる斬撃をババァはよけながら、あるいは守りながら確実に近づいてゆく。

「あの集団を壊滅させた後、リアに、仲間に人間がしたことを!

 何故、お前は許せる!?

 何故、それでも人間側に立っていられる?!」

 ババァの左顔面がわずかに切れたが、その瞬間ババァの拳は男の腹へと入った。男は飛んでゆき、木へと叩き付けられる。

「あの子を奪った神も、皆を実験体にした人間も、ましてこんなものを与えた世界も・・・・私は一度として許したことなんてありませんよ。ソルダ」

 ババァは優しくも悲しげな表情で空を仰ぎ、何かを見ていた。

「ならば、何故!?」

「ソルダ、ここに居る子供たちは皆、人間には過ぎた力を持っています。リアと全く同じ能力を持つ子すらいる・・・・私はね、この子たちを育て上げ、個性を伸ばして彼らの夢を支えたい。そして、世界がそんな彼らであふれたとき、神はその存在を認めざるおえない」

 ババァは少し間を置き、空の上にいる何かを嘲るように笑った。

「神はもう人間を罰することなど出来なくなる。仲間の死も、妹一人の命すら救うことはできなった無力な私ですが、次は変えられる。もう、あの悲しみを背負う者はいなくなるのですよ。ソルダ」

 男はヨロヨロと立ちあがりながら、刀を握った。

「次だと・・・・・ならば、リアを、あいつらの命は尊い犠牲の一言で貴様が片づけてしまうというのか? 

 実の姉たるお前すら、あいつの死をそんなもので扱うのか!?

 ふざけるな・・・・ふざけるなよ! シディアァ!!」

「聞きなさい! ソルダ。リアが、みんなが最後に望んだのは・・・・」

「黙れえぇ!!!」

 ババァの身に迫る剣戟にオレは堪えきれずに手近にあった石を数個男へと放り投げた。その石は途中で刃に変わり、男へと迫った。

「この程度で、私が止まるとでも思ったか! ガキがぁ!!」

「一条!! ソルダ!」

 俺の攻撃は呆気なく落とされて、男が風のようなスピードで俺に近づきながら飛ぶような斬撃がこちらへと向かってくる。繰り出された数十の斬撃と一振りの刀がオレの体へと落とされる―――――――筈だった。

「目を・・・・開けなさい。一条」

 俺を叱り飛ばすババァの声で目を開くと、ババァは俺の目の前に立っていた。多くの斬撃をその背中に受け止め、一振りの刀を首の真横、左肩で受け止めた姿で。

「本当に・・・・あなたは私の言うことを一々逆らいたがりますね。本当に、あの子には全然似てないのに・・・・・似てるのね」

「シディア・・・・・・・お前は甘くなったな。そんなにお前を弱くしたのは何だ?」

 刀を引き抜きながら男はどこか悲しげに、倒れていくババァを見つめた。

「さぁ? 何で・・・・しょう?」

 それでもなおもオレの前で立ち上がるババァの背は無数の斬撃によってひどい傷を負っていた。内臓と骨にまで達しているものも多数あるというのに、何故立ちあがれるのかオレにはわからない。

「非情では守れなかったから・・・・・かもしれませんね。たった一人の肉親すら、この手で・・・・大事な仲間の心すら、助けられずにのうのうと生きてしまった私が作った・・・・あなたたちに顔向けできるように作った場所だから」

 左手と右足が持ち上げられ、ゆっくり呼吸する

「あなたは私が止めなくてはいけなかった。十六年前に」

「戯言を」

「今日はよくしゃべるのね。ソルダ」

「まったく、十六年寝てたのはそんなに退屈だったか?」

プロペラ音を派手に鳴らしながら、それに掻き消されることのなき言葉とともに二人の男女が降りて来た。

「フロー、ハキマ・・・・・・来てくれたのですね」

「遅れてごめん。シディア」

「さて、ソルダ。まだやるってんなら、俺が相手にするぜ? 十六年ぶりの試合だ」

 がたいのいいおっさんと妖艶な華のような女が立っていた。

「・・・・・・今日はもういい」

 男は背を向けてどこかに去っていく。場の空気がようやく、解き放たれた気がした。

「オイッ! ババァは助かるのか?!」

 オレはババァの傷口を凍結させている女へと怒鳴るように詰め寄るが、女は容赦なくそんなオレの頬をはった。

「あなたが余計なことをしなければ、シディアはこんな怪我をすることなく時間を稼げていたわ。血を流しすぎていることと傷口が深すぎる、もう何をしても手遅れよ」

 そんな女の手を止めるようにババァが掴んでいた。

「フロー、良いんです。これで・・・・・・・今度は守ることができた。あの子にようやく誇れるようなことができた」

「よくないわよ! あなたが死ぬのよ!

 私の友人がたかがガキ一人をかばって、許せるわけがないでしょう。あなたを傷つけたのはソルダでも、あなたを殺したのはこのクソガキだもの!!」

「フロー、お前は言い過ぎ・・・・シディア、あの件はお前だけの責任じゃないだろう」

「彼を殺すべきだった・・・・・・私には、そうすることができた。それなのに・・・・」

 ババァは目を閉じて、一筋の涙を零した。オレが知らない、今まで見たこともないババァの涙。それはこの三人にしかわからない十六年前を思っているのだろう。

「殺せなかった・・・・・再び、目覚めたときこうなることもわかっていたのに・・・彼がまず私を殺しに来てくれることを願っていたのかもしれませんね」

 血を口から溢れさせながら、残っている左手で首元のロケットを開く。懐中時計ほどの大きさの中に入れられた古びた写真、十名の男女がそれぞれの表情とポーズで集まっていた。寄り添う二人の男女、離れて見守る者、包むように背後に居る者、肩に伸び乗って愉快そうに笑う者、漫才をするように集った者たち、本を片手に持ちながら苦笑する者、穏やかに幸せそうに笑う者。寄り添っているのは二人だけだというのに、その写真にあるのは目に見えない何かによって繋がれた一つの家族だった。

「ゴホッ、ゴホッ・・・・・一条・・・・・あなたは優しくあってほしい。強くなっても、その手に何も残らない・・・・私もそう、強くあろうとして何も残らなかった」

 ロケットを胸元に落としながら、オレへと左手が伸ばされる。オレはその手に応えるように掴んでいた。

「あるじゃねぇかよ!! アンタの手にはたくさんのものが、アンタがしたことによって救われて、今頑張って生きてる教え子がいっぱいいるじゃねぇかよ!!」

 ババァが少しだけ驚くような顔をして、満足そうに微笑んだ。

「そう・・・・・でしたね。あぁ、最後にこんなバカ息子に教えられてしまいましたね」

 左手がオレの背中に回されて、包むように抱きしめられる。

「あなたたちの育つ姿を見たかった・・・・・・けれど、見守っていますからね。みんなによろしく伝えなさい」

「あぁ、わかったよ。ババァ」

 オレはあふれる涙に気づかないふりをして、オレたちの母親からそっと離れた。

「フロー、ハキマ、あとのことを頼みます」

「わかってるわよ、また会いましょうね。シディア」

「あいつらとお茶でも飲んで待っててくれよな」

「そうね・・・・・久しぶりに・・・リアの入れてくれた・・・ミルクティーと・・・・カナエが作ったクッキーでもつまみながら・・・・・・みんなでくだらない話をしてた・・・あの日のように」

 遠い過去を見つめるその目はオレたちを見て居たときとも違う、優しい目になっていた。

「あぁ・・・・・・久しぶり・・・ね・・・・み・・・んな」

 ババァは眠りにつくようにして、目を閉じた。体が力を失って、投げ出された。オレはババァの遺体を抱えて、立ち上がる。

「ボーズ、おめぇはこれからどうすんだ?」

「オレは強くなる・・・・・強くなってババァの代わりにあのムカつくおっさんを一発ぶん殴る」

 振り返ることなく言ったオレにおっさんの笑う声が聞こえ、女の失笑が聞こえた。

「なら、私たちがあなたを強くしましょう。あなたを強くすることを名目に、私はあなたに鬱憤を晴らせる・・・・・・・見極めさせてもらいましょうか。あなたにシディアが命を懸けるほどの価値があったかどうかを」

「フローよぉ、どうしてそうお前は言い方が悪いんだ? まぁ、良いんだけどよ。強くなりてぇなら、俺たちがそうしてやるよ。それに俺らの仲間のことだ、ボーズに全部丸投げなんて出来ねぇんだよ」

「でも、その前に」

 オレは言葉を遮って、振り返らないまま言った。

「ババァの葬式が先だ。鷹兄、聞こえるかよ?」

『あぁ、わかってるさ。みんなにも伝えとくし、新しい居場所も俺が責任もって作り上げる・・・・・だから、刃也。葬式が終わったら、やりたいことやった後にちゃんと帰ってこい。良いな?』

「あぁ、サンキュ。鷹兄」

「決まりだな、ボーズ」


                     ×


 そして、オレは一年間の修行を終えて、この場所に帰ってきた。今はもう廃屋でしかない、ババァが作った最初のオレたちの場所。能力なんて工夫次第、使い方次第、それがわかっていてもオレの答えは単純なものにしかならなかった。命を懸けてまで、オレを守ったババァの行動が償いのつもりだったとしても、オレにはもう返す手段のない借りを作られてしまった。

「チッ・・・・・クソババァが」

 ババァが何をしたかったかなんて、わからない。どんな思いを抱いていたかなんて、想像もできない。あの男をどうしたいかなんて、オレには知るわけがない。だから

「オレはオレのやり方で、決着をつける」


                     ×


 大陸から切り離されたある孤島で、あの男は岩に背中を預けて虚空を見ていた。

「待たせたな、オッサン」

 オレはハキマのおっさんからパラシュートなしで蹴り落とされて、そこに降り立った。

「・・・・シディアに守られていたガキか。

 あいつは死んだか。リアの元に行くことも許されずに、その辺りを彷徨っていればいいがな」

 興味もないように、面倒くさそうに立ちあがる。

「お前も死ぬといい。

 ここに来た多くの人間のように、これから始める虐殺の最初の犠牲者になれ」

「やれるもんならな!」

 オレは一年前と比べ物にならない速さと威力をもった石を数個投擲する。

「ほぅ」

 男の頬が斬れ、わずかに血が滲んだ。

「フローとハキマはどうした? まさか、一人で挑むような無謀はせんだろう」

「知らねぇよ」

 男の剣から斬撃が生まれたのが見える。鷹兄、お手製のサングラスであり、フローのババァによってそれ以外の全てが見えなくなるいわくつきの道具にされたままの物を、一年間つけることを義務付けられていた。だから、今なお勘で動くしかないのだ。環境も、物も、その位置も全て。

「あとで来るんじゃねーの? あの年増色気ババァと筋肉おっさんは」

 オレは男の間合いに入りながら、刀を落とさせようと腕を蹴り飛ばす。ついで、常備している袋から大き目の石を顔面にめがけて投げつける。

「甘いな」

 そのまま少し無理のある体勢で剣が振られるが、オレは剣の柄を蹴ることで方向を若干狂わせる。斬撃はオレの前髪を少し刈り取りながら空へと消えてゆく。

「十七年前の話は、聞いた」

 オレは空中を走るようにして間を取りながら、石を数個握り締める。

 力があったから力無い奴らに頼られ、それを数年かけて仲間を失いながらも戦い抜いた後、人間はそれを裏切った。

 死者に対して行われていた非道な実験の数々、それは命がけで帰還した負傷者に対しても同様だった。

 神は命を与えるほど高まった能力を持つ、ババァの妹を殺した。

 人間は仲間の死を冒涜し、人として保たれていない姿とした。

 世界はその存在に嫉妬するように、戦いの中でも確かに存在していた彼らの平穏を壊した。

「でも、オレにはそんなこと関係ねぇ」

 オレは鼻で笑って、中指を突き立てる。

「あんたたちの悲劇も、大切だった日々も、オレは知らないし、興味もない。そうなる筈だったかもしれない日々を、変えるために動いたババァがオレたちに生きていく場所を用意してくれていたからな。

 オレがここに居るのは返せない恩を叩き付けて、とっとと死んだババァへの利子の返済だ。

 人間を救う? 未来を変える? 復讐を止めてやる? どれもオレのすることじゃねぇな」

 オレがここに居るのは、自分のためだ。せめて、借りの利子分くらいは払うためにババァの後悔を片そうと思った。

 石を投げると同時に走り出す。そして、投げてナイフに変わりつつある石をさらに途中で蹴り飛ばす。体勢を直し、走りながらさらに複数石を投げ続ける。そして、男の左顔面に蹴りを入れた。

「ぬうぅぅぅ」

「オレは一条 刃也。ババァに代わって、アンタに十六年越しの拳骨をかましに来た者だ」

「拳骨、だと?」

 男は立ちあがって斬撃を繰り出すが、オレには一つとして当たらない。

「そっ、アンタが知ってるババァがどんなだったかしらねぇけど。オレが知ってるババァは男だろうと、女だろうと度が過ぎた間違ったことした奴には鉄拳制裁! こう」

 オレは男の右顔面へと拳をぶち当てて、空いてる左手でボディにも一発おみまいする。

「やってなぁ!!」

 男は岩に叩き付けられるように、どうでもよさそうに崩れ落ちた。

「乱暴極まりねーなぁ。オイ」

「あなたもアレと大して変わらないわよ。時氷結界、解放」

 ようやく出てきた二人を放っておいて、氷によって押さえられ始めている男の元へ歩み寄った。

「殺せ・・・・・・生きる意味など、とうになくした」

 それは十七年前にか、それとも自分で仲間だったババァを殺した一年前にか、それとも復讐を抱き続けた眠り続けた時間の中でか。

 そう吐き捨てる男に対して、オレは笑ってやった。

「はぁ? オイオイ、何寝ぼけたこと言ってんだよ?

 アンタには、ババァとその妹が作ろうとしてた世界を見る義務があるんだよ。ターコ」

 男の胸を軽く拳で叩きながら、剣の柄に巻き付けれられていた不似合いな十色を使って作られた数本のミサンガを見せるようにオレはそれを肩に置いてやる。

「アンタが勝手に絶望した世界をもう一回見てみろよ。

 アンタが好きな奴と大事な仲間と生きようとしてた場所だぜ?

 生きたかった奴がいなくなっても、アンタの中で全部消えちまったのかよ?」

 そしてさらに、ババァの遺品から発掘された一冊の古びたアルバムを男の服の中に突っ込む。写真を撮ることはババァのたった一つの趣味、料理も家事ができても好きではなかったババァが唯一笑顔でしていたことは何気ない日々の写真を残すことだった。中は確認していないが、きっとそのアルバムの中にもかつての仲間たちとの思い出が残っているのだろう。

「力がある奴らでも何も変わらずに生きていける、アンタたちが願った普通の生活。笑って、泣いて、ケンカして、許し合ったそんな日常をババァの教え子であるオレらが作ってみせる・・・・・もし、それでも壊そうとするならそれでもいいさ」

 オレは背を向けながら、手を軽く振る。

「その時はオレやオレのガキが、何度でもアンタを止めてやるよ」

 オレはほぼ一年ぶりにサングラスを外しながら、太陽を見上げた。

 あまりの眩しさに直視できずに、すぐに目を閉じる。

「あぁ、目に沁みやがる」

 閉じた目の裏にはババァの姿が映り、写真でしか見たことのない数人の笑顔が映し出された。風が舞い、聞こえる筈のない知らない複数人の笑い声が耳を掠めていった。

「・・・・・みんな・・・・」

「まったくよぉ、今も一緒に居てくれんのかよ」

 二人にも聞こえたのだろうその声は、やはり写真に会った彼らのものだったらしい。

 ――――あなたにしてはよくやったんじゃないですか? 一条――――

 そんな言葉だけがはっきりと聞こえ、オレは言葉にできない思いが溢れ出してきていた。

「ケッ、クソババァが・・・・・これでいいんだろ? お袋」

 悪態をついて、オレは目を閉じたまま涙を流した。

 誰かを失うということ、それは一生治ることのない傷を抱えること。

 それに囚われては前に進めず、それを忘れてもきっと前には進めない。

 悲しみと向き合って、苦悩しながら前に進むしかないのだ。

 人生とは残酷で、人にそんな道を歩ませる神はさぞや性格がひん曲がっているに違いない。

「じゃぁな、見てろよ。アンタの育てたガキがどう進んでいくのか、アンタたちが掲げた理想に届いたかどうかをオレがそっちに行ったときに教えてくれよな」

 笑いながら、空を見上げる。雲一つない空にオレは神にすら、挑戦するような笑みを浮かべていた。


どうも、性格ひん曲がっている神様です。

過去のほうが気になるとか、そのほうが題に沿ってるかもしれないというのは完成当初から思っていますが、長編は作者の集中力が持ちません。

コメディ的なのも(作者的には)あるにはありますが、それは番号的にずいぶんあとになりそうです。

これからも頑張りますので、よろしくお願いします。


感想、誤字脱字報告お待ちしております。


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