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03 「切り裂きジャック」 「ロボット」 「雨」 「学園もの」

どうもです。三つ連続の投稿です。

今こうして読んでくださっている皆様本当にありがとうございます。

一つ目を読み直してから、名前の読みは前にあったほうがいいと思い今回からそうしたいと思います。


紫雨(しぐれ)


前回のあとがきに書いたコメディは順番的にまだまだ遠いです。

気長にお待ちくださいませ。


 僕の一度目の稼働は人を壊すためだった。

 創り主だった父の嫉妬の赴くままに、体を売る女性たちを殺してはその体の一部を盗む。

 目的も、その理由もわからず、わかる必要もなく、父に命じられるがまま行動した。

 そして、父の寿命と同時に僕は倉庫の隅で動かなくなった。

 動く理由がなくなった。

 指示がなくなった。

 それを考える物などなかった。

 何が正しいかもわからない稼働時間、何もわからないまま作られて、人を壊すためだけに作られた僕。

 生きてなどいない、ただ稼働しているにすぎない僕。

 血も、肉も、感情も、感覚も何一つとして持ち合わせることのない。

 僕の最初の記憶。


 時間の流れもわからなくなるほどの長い時間、僕はただそこに置かれていた。僕が次に目を開けた時、二人目の父は僕を笑顔で迎え、言った。

「君は今日から私の息子だ。ジャック・・・・・・・私が創った学園で君は生徒として人間と学び合う。そしてお前は」

――――そこで心を手に入れるだろう。

 理解できないその言葉に、僕は目を閉じた。

 人形である僕に、殺戮人形であった僕にこの人は何故笑顔を向けるのだろう?

 僕は、僕の中から凶器だった物の全てが抜かれていることもわかっている。

 僕の体の全ては、以前よりもずっと人間らしい見た目にされていることも知っている。

 ただ一つ、僕にもよくわからないものが胸の中央奥につけられていた。

 そしてそれは―――――初めて聞いた『息子』という言葉に反応して、僕の脳や体へと何かを伝達していっていた。


 僕がそれの正体を理解するのは、その五年後。

 雨の日に一人の少女に恋をして、彼女と出会ったことで僕はようやく僕になれた。


                   ×


 放課後、よく話しかけてくれる彼らが部活に行くのを見ながら、僕は一人屋上に向かった。 入学するときに父に言われた『無駄だと思うことを何か一つでもやってみなさい』という言葉によって、僕は毎日屋上に向かうようにしていた。階段も疲れることなく登りきれるし、誰もいないそこは言葉に反することはなく、なおかつ誰も傷つけることはない。外は雨だが、僕は人形。風邪をひくことはない。屋上へとはいるとそこには

「世界で一人 あなただけが私を見つけてくれた」

 雨にぬれることもかまわずに、歌う少女。

「あの喜びと感動を 出会うこと叶わない今だけはどうか 歌声だけでもあなたに届きますように」

 歌詞には喜びが満ちていた。これは確か、new moonの『天使』。天使とある男の叶わない恋をうたったこの曲は悲恋でありながら、悲しみだけじゃなく、再会を約束し、それを果たすという物語。穏やかなテンポにあわせて、楽しげに踊る少女に僕は本で描かれていた森の妖精に重ねた。少女に気づかれないように、音をたてずに注意しながら僕は雨の中で立ち尽くした。

「あなたに望まれたあの日に私は生まれ あなたが願ってくれたその瞬間 あなたに出会うことができた」

 クルクルと回りながら、雨と戯れるようなその姿に僕は見入っていた。

「あなたの傍でずっと見ていました あなたの幸福を 色鮮やかな感情を」

 黒く長い髪がぬれ、顔に張り付いているのに喜びと満足げな笑みが浮かべる少女は美しかった。

「!? 初めてあなたに触れ合うことのできた日々を忘れない 私が望んでいたことが叶った大切な日」

 少女はようやく僕に気づいたようだった。それでも一度驚いたような表情をして、諦めたように歌うことをやめようとはしない。それどころか、僕へと手を伸ばしてきた。

「あなたとの食事 会話 生活 あなたと共にいた全てのことが宝物」

 歌いながら空いている手を、口の前で動かす。妖精のように見えていたその顔は、今はいたずらをしている時の父と同じ顔をしていた。

「君が居てくれた日々は 僕の何にも代えられない宝物」

 首をかしげて続きを男側の歌詞を歌いだす僕に、少女の笑みはさらに深まっていた。どうやら正解だったらしい。

「愛していました 誰よりも あの日々も あなたも あなたを包むこの世界の全てを」

「好きになることができた たった一人 君という存在がいるだけで全てを」

 何故、僕はこんなことをしているのだろう?

「あなたと離れなければならなかったあの日」

「零れる涙の中で 交わしたくちづけは切なく 甘い」

 何故、僕はこの少女から目を離せないのだろう?

 何故、僕は歌おうと思ったのだろう?

「でも 私は知っている あなたがまた私と出会ってくれることを」

「僕は信じている 僕と君がまたいつか会えるだろうことを」

 僕と少女は雨の中で歌に沿うように手を取り合って踊り、歌っていた。

 僕の中の疑問すら薄れさせるような奇妙な時の流れを、僕は歌いながら見ていた。

「会いにゆきます 何度姿が変わっても 私にはあなたがわかる」

「探し続けるから 何度生まれ変わっても 僕は君と出会うために」

 互いに一度、一呼吸入れるように間を置く。

「「やっと 会えたね」」

 歌い終わるとどちらともなく、笑みがこぼれた。

 僕は自分の中に宿る心地よい何かを抱いて、今までしていた意図して笑うことなく笑顔を作ることができた。

「はぁー、気持ちよかった」

 深呼吸をして、彼女は改めて僕へと向き直った。

「今更だが、君の名前は? 私は黒澤 紫雨。ちなみにクラスは3-Bだ」

「僕はジャック。ジャック・リハード。クラスは3-E」

 何故だろう? 顔が熱い。

 彼女の名前を聞いただけだというのに、これは何だろう?

 彼女を知りたい、そう思うのは何故だ?

「君はどうして屋上に?」

「いや、ちょっとした息抜きにね。いつもは先客がいるから遠慮していたんだが、今日はこの雨だし誰もいなかったのでね。久しぶりに歌ってしまった」

 歌っている時とは違う大人びた口調と態度に、僕は呼吸を忘れて彼女を見ていた。

「この曲は好きなんだ。女性のパートだけでも歌になってくれるし、その心情が心地いい・・・・だが、やはり男性のパートもあった方が映えると、改めて・・・・おーい、ジャック君? 平気かね?」

「・・・・・・・あぁ、ごめん。君に見惚れてた」

・・・・・・・あ

「と、突然、何を言うのかね?」

 彼女の上ずった声と緊張と恥じらい、少し赤くなった頬、忙しなく動き出す瞳、顔を隠すような動作、そんな彼女の様子を僕はずっと見ていたいと思った。でも、僕は僕で自分の言動に対して、混乱状態に陥っていた。

「君を見ていたら、伝えたくなった・・・・・・・僕は君のことが好きなんだと思う」

 よくわからないものが頭の中で行き来を続け、顔が熱くなっていくのがわかる。

 胸あたりが激しく動き、それなのに言葉だけははっきりと伝えようと口が動いていた。

「初対面で、とても不思議な出会いをしたけど・・・・・・僕は君のことが好きだ。ずっと君の傍に居たいと思う、君を見ていたい。君に手を握られて、一緒に歌って・・・・・これが『幸せ』なんだと、僕はようやく理解できた」

 僕は一体、何を言ってる?

「だから、僕は・・・・・・

「ちょっと、ちょっと待ってくれ!」

 両手を僕の前に出す彼女の顔は真っ赤で、雨が上がりつつある空を見上げるようにして顔を逸らした。

「これでは褒め殺しだ・・・・・・それに君ばかり言って、私だけが赤くなるのはその・・・・卑怯だ」

 彼女のどんな表情も忘れないように目に焼き付け、耳が彼女の言葉を忘れぬように記憶していく。

「私も・・・・・・君とこうしていることが楽しい。異性には抱いたことのない感情もあるので確かで、その・・・・・だから、私も君のことが好きなんだと、思う」

 おずおずと彼女から手が伸ばされる。僕の顔が熱くなり、体中がそわそわしていた。だから僕は、その衝動に身を任せて彼女を抱きしめていた。

「きゃっ、突然すぎるぞ! ジャック」

「ありがとう、ありがとう! 紫雨」

「まったく・・・・・君は本当に突然だな。ジャック」

 呆れた口調だが、彼女は僕を拒むことはしなかった。僕は自分の中のものに戸惑いながらも、手の中にある理解しきれないでいる幸せをはなしたくないと初めて思った。


                    ×


「父さん」

 父にコーヒーを出しつつ、口火を切った。

「うん?」

「彼女ができたんだ」

「ブフー!!」

 父はテレビ画面へとコーヒーを吹き出しつつ、僕を見つめる。

「母さんがコーヒーの分量、間違えたかな? 見てたけど角砂糖1、牛乳1でいつも通りだと思ったんだけど?」

「コーヒーの味が悪くて吹き出したのではなくてだな・・・・・彼女? だがな、息子よ。彼女は一日、二日でできる物でなければ、自分でも作る物でもないことはわかっているよな?」

「名前は黒澤 紫雨。今日、始めて出会って告白して、OKしてもらった」

 僕はソファに座りながら、両手を見る。彼女を抱いた感触が忘れられない。もっと彼女に触れていたい。彼女と共に、生きていたい。

「3ーBの委員長の子か・・・・・・・母さん! 今日は寿司を取ろう!!」

 出前の広告を片手に電話へと走る父を無視して、母はにっこりとほほ笑んでいた。

「ジャック、おめでとう。それが喜びと愛よ、今ならわかる?」

「少しだけ、ね」

 手に残る彼女の温もり、それが消えないことが不思議で心地いい。

「注文は終わった! さぁ、父さんにも話しておくれ! その恋の話を!!」

 何コレ、うっとうしい。

「父さん、ウザい」

「母さん! ジャックが反抗期に! ヤバい、ちょっと嬉しい!!」

「あなた、ご近所迷惑よ。少し加減して騒ぎなさいな」

 母がいさめる光景を眺めながら、『両親の愛』を感じる。そして、今日ずっと抱えているこれが『喜び』というもの。


 その夜、僕は生まれて初めて夢を見た。

『きゃあぁぁぁ、助けて。お願い、殺さないで』

『何をしたっていうのよ・・・・・・お願い、誰か助けてよぉ』

 命乞いをする女たち、かつて僕が殺した『切り裂きジャック』の被害者たち。恐れ、命乞いをしながらただ立ったままの僕の足や胸にしがみついてきて、僕が殺した方法で血が零れ、死んだはずなのに立ちあがって僕に怨嗟の言葉を吐く。

『人形が幸せになる? ふざけないで!』

『あたしたちを殺したのに、あなたは血も通っていないその手で女を抱くなんて許されると思っているの?』

『冷酷な人形、玩具としても扱われることのなかったただの凶器の寄せ集めが!』

「あぁ」

 夢の中で自分の手を見る。彼女の温もりはここにはなく、血で染まった僕の手がある。手だけじゃない。足も、腕も、体も、血のついていないところの方が少ない。

「僕は人形だ」

 人を殺すために生まれた殺戮人形、笑うことも、泣くことも知らない物だった。否定できる所なんてない。

「僕は・・・・・・どうして、『切り裂きジャック』だったんだろう」


 夢から覚醒する。汗が止まらず、僕は喉の渇きを覚えて台所に行った。

「僕が・・・・・・・誰かを愛する権利なんてないんだろうなぁ」

 ミネラルウォーターを注ぎ、僕はコップをじっと見た。夢の中で言われたとおり、僕は人形だ。紫雨だってそんな僕を知れば

「・・・・・・アレ?」

 注いだコップに波紋が生まれ、何かが零れていた。

目元をぬぐうと冷たい水がついてきて、僕はそれが何かわからなかった。

「ジャック、起きてるの? 涙を流して、どうかしたの?」

「涙? これが涙なのかい? 母さん」

「そうよ、それが悲しいときや嬉しいときに流れる人の心を表現する感情の一つ。何かあったのか、聞いても平気?」

 僕は頷きながら、夢の話をした。

 この涙の理由がわからないことも全部、包み隠すことなく。

「そう・・・・・あなたは人間になることは確かにできないし、罪は消えることはないでしょう。でもね、ジャック」

 母はそっと僕を抱きしめ、頭を撫でてくれる。

「あなたは初めて自分の罪に気づいて、それを苦しいと感じることができた。それだけで、あなたはもう殺戮人形だった『切り裂きジャック』なんかじゃない。私たちの息子よ」

『罪に気づくことができた、苦しいと感じることができた』

 母の言葉を頭で繰り返しながら、僕はさらに母に問うた。

「紫雨は・・・・・・こんな僕を受け入れてくれるかな?」

 今もなお残り続ける『切り裂きジャック』の伝説とそれにより派生された物語たち、それは大元をたどれば謎と惨たらしい死への恐怖。僕はそれほどのことをしてきてしまった。

「それは私にもわからない。でもね、ジャック。この五年間、閉じたままだったあなたの心を開くことのできたその娘なら、あなたをきっと幸せにしてくれるでしょう。私たちが五年かけて変えることのできなかったあなたを、その娘は出会うだけで変えてしまったんだからね」

 母の嬉しそうで、少しだけ悔しそうな声に頭をあげた。

「母さんと父さんがいなければ、僕はいまだに倉庫に居たままだったよ。それを見つけて、育ててくれたのは間違いなくあなたたちだ」

 僕は母から離れながら、部屋に戻ろうと立ちあがった。

「決めたのかしら?」

「うん」

 抱き始めた感情は並べられた原石のように輝いていて、それはひどく恐ろしいものにもなる。

もちろん、怖い。

紫雨に拒まれてしまったら、僕は・・・・・・。

それでも彼女を偽ることはもっと、辛い。

だから、向き合おう。過去にも、彼女とも、この感情とも。


                    ×


 僕は一通の手紙を彼女の下駄箱に入れ、理事長である父の権限を使って授業を初めてサボった。彼女がいつ来てもいいようにずっと屋上に居るため、そのためだけに僕は初めて両親にワガママを言った。

「ジャック、君は意外と不真面目なんだな?」

 苦笑交じりに現れた紫雨を、僕は笑顔で迎えることができただろうか?

「こんなことしたのは初めてだよ」

「ならいい。それで大切な話とは?」

 僕は僕の隣に座るように彼女を促した。

「僕はね、紫雨。人間じゃないんだ」

「? 何を言っているんだ?」

 口元に指を立て、僕は僕の罪を告白する。

「紫雨は『切り裂きジャック』って、知ってる?」

「ん? あぁ、イギリスで娼婦ばかりを殺した伝説の殺人鬼だろう?」

「あれはね、僕だったんだ」

 不思議そうに首をかしげる彼女の前で僕は、手首を回転させて取り外す。

「な?!」

「僕はね、名も知らない一度目の父によって創られた。命令されるがまま、人を殺した。彼の寿命が尽きたとき、僕もまた倉庫の隅に置かれたガラクタになってた」

 手首を元に戻しつつ、立ち上がる。

「今の父が僕を拾ってくれて、僕は体をより人間らしく人間として学べるようにこの学園に入学したんだ」

 今も真っ赤に染まったままに見える自分の手、昨夜見た悪夢。

 僕なんかに、彼女に触れる権利なんてないのかもしれない。

「心を手に入れるため、と父は言った。でも、僕は昨日、君に出会うまでそれがまるでわからなかった。人形のまま、ここに居た」

 彼女の目に恐怖の色が見えたが、僕はかまわず続けた。

「君と出会って僕は、初めて自分のことがわからなくなった。感情というものが僕を包んで、僕は自分が人形であることを忘れて、ずっとこの笑顔を見ていたいと、君の傍に居たいと願ってしまったんだ」

 昨日の告白に偽りなどなかった。心が思うがまま、口と体が動いた。そして、今も何一つとして偽らないと決めていた。彼女を愛したから、これからも愛していたいと思ったから。

「すまない・・・・・・考える時間をくれ」

 そう言って僕と間を作る彼女に、僕は手を伸ばそうとしてその手が止まる。罪という血がついた手で触れることを、僕は躊躇った。

「・・・・・・・ごめん。紫雨」

「君が謝ることはない。君はそんな辛そうな顔をして、自分の過去を語ってくれたんだ・・・・ただ、私がすぐに受け止めることができないだけなんだ。

 明日、ここで会おう。私の考えがまとまったらしっかりと伝えるから・・・・どうか、待っていて欲しい」

「わかった」

 互いに目を逸らして、彼女は屋上から去っていく。

 僕は授業が終わるまでずっと、彼女に居ない屋上でただ空を見ていた。


                     ×


 いつもの帰り道、偶然彼女の後姿を見つけた。声をかけようとも思ったが、彼女はどこか上の空で考え事をしているようだったので微妙な距離感を保って歩くことした――――そして、突然彼女の右方から猛スピードで突っ込もうとするトラックが見えた。

「!?」

 声をかけても今からでは声に気を取られて、避けることはできそうにないだろう。まして、トラックを止めることなど出来そうにない。

僕は人形、彼女は人間。なら、とるべき行動は一つ。

「紫雨、ごめん」

 僕はトラックにぶつかる寸前だった彼女を、背中から突き飛ばした。

「えっ」

 彼女の驚く声が聞こえ、一瞬で遠ざかる。トラックから巻き込まれないように向こう側に行けたんだろう、僕は右腕を中心にして空気と鉄の衝撃を受けた。住宅街の壁とトラック、そして路上駐車されていたもう一つの車に挟まれながら、僕は力なく笑った。

 こんな状況でも彼女が怪我をしていないかが心配で仕方がなくて、トラックにぶつかりはしなかったとしても突き飛ばしてしまったことで怪我をしていないかが気になってしまう。自由がきく左手と左足だけが挟まれずにいるが、人間に近く作られている僕の体から血のようなものが流れ出ていた。

 窓からは気絶しているのか、眠っているのか、昼間だというのに酒の原因だとわかってしまうほど顔を赤らめた運転手が眠っていた。

「ジャック!!」

「紫雨・・・・・」

 彼女の目には涙で濡れていた。そんな彼女の表情すらきれいだと思ってしまう自分に対して呆れてしまうが、それよりも強い安堵の思い。

「無事で・・・・よかった・・・・けど、ここは危ない。早く離れたほうがいい」

 でも、少しだけ嫌だな。

「君がこんな目にあって、私が無事でいい筈がないだろう!! 離れるなら君と一緒に、だ!」

 彼女には笑顔が似合う。

 人形の僕ですら見惚れてしまうようなあの笑顔が、また見たい。

 ガラスや瓦礫、鉄塊へと触れる彼女の手をそっと掴んで離れさせる。

「ジャック?」

「君が無事なら・・・・・僕はそれで・・・いいんだ。紫雨」

 ガソリンの匂いがする。万が一、何かの拍子で火がついてしまったら彼女は怪我では済まない。今の状況では彼女をかばうこともままならないだろう。

「ふざけるな・・・・・君がいない世界で私が生きていたいなんて思うなよ! 私が前を向いて生きていくなんて思うな! 私はそんなに強くなんてない。君と出会った二日間、それだけで私が君を好きになったか・・・・・」

 僕の目の前で涙を零して怒鳴る紫雨、弱い拳が僕の左肩をたたく。

「人形でも、『切り裂きジャック』だってなんだっていい。私は君を好きになったんだ! ジャック・リハード!!」

「・・・・・・あぁ」

 言葉にならない感動とは、こういうものなんだろう。

 どこかをまっすぐと矢で射ぬかれたような衝撃、この満足感は確かに言葉になんてできない。

 救急隊が突入して、紫雨との距離が離れていく。僕はゆっくりと目を閉じて、この思いと共に眠りについた。


                     ×


 目覚めるとそこは自室で、僕は右手に妙な感触を覚えて右側を見た。

「・・・・・・紫雨?」

 僕の手を枕にして安らかに眠る彼女には毛布が掛けられていた。父か、母が掛けたのだろう。長い時間いたのかそこには差し入れられたと思われるカップと食事が置かれていた。

 何故だろう? 口元が緩んで、彼女に触れてみたくなる。

「起きたか? ジャック」

「父さん・・・」

 部屋にノックなしに入ってきた父を見て、僕は問わずにはいられなかった。

「紫雨はいつから、こうしていてくれたの?」

「ずっとだ。お前が運ばれるときも、治療をしているときもお前の傍を離れようとしてくれなくてな。少し困ったよ」

 困ったと言っていながら、父の顔は嬉しそうだった。

「僕は人形だよね? 父さん」

「あぁ、そうだ。お前は人形さ。でも、同時に私の息子だ。好きになった女を守りきった一人前の男でもある。この二つは、おまえが人形であったとしても何も変わらずにあるんだ」

 父は僕を指差し、初めて会った日のように笑った。

「私は今、お前の父親になれたことをとても誇らしく思っているよ」

 父はそういうと部屋から出ていった。それとほぼ同時に紫雨が目を覚ました。

「・・・・・ジャック? ジャック、ジャック!」

 寝ぼけながら、半ば覚醒、覚醒という順に僕の名を呼び、確かめるように体中をぺたぺたと触りだす。

「大丈夫なのか? どこか痛いところは? 私がわかるか?」

 やや早口で言われた問いと、本当に心配そうな彼女の様子が嬉しくて少しおかしくて

「フッ、クククククク」

 おもわず笑みがこぼれた。

「何がおかしい? ジャック」

「いや、紫雨は可愛いなぁって思ってさ」

 僕は彼女の長い黒髪に触れながら、彼女を見つめた。あぁ、きれいだなぁ。暗くなっている部屋の中でも、黒髪と白い肌、吸い込まれてしまいそうな黒い瞳を僕は見入っていた。

「そ、そんなに見つめるな! 照れてしまうだろう」

 そんなことを言っているのに紫雨は僕の手を振り払おうとはせず、逆に僕の手を大切そうにとって自分で頬の方へと持っていった。

「君の手は大きいな・・・・それに温かくて、とても落ち着く」

「こんな手でよければ、君にならいくらでも貸すよ」

 僕らは互いに見つめあい、微笑みあう。

「紫雨、僕は人形だよ。

 でも、君のことを誰よりも幸せにしたいと思ってる。だから、もう一度告白するよ。

 僕は君のことが好きだ。一生、傍に居てくれないかい?」

 僕はもう僕だ。

 ジャック・リハードという一人の男でしかないし、それ以上にも以下にもなれない。

「まったく・・・・・・君はいつも突然すぎる。では、私からも言わせてもらおう」

 彼女は僕の肩に手を回し、抱きついてきた。僕もまた、そんな彼女を優しく抱きしめた。

「私は人間だ。

 君に一目ぼれしたただの人間であり、君とこうしている少しの時間が幸せな実にチョロイ女の子だ。だから、私は君の告白に応えよう。

 私も君のことが大好きだよ。そして、私も君とずっと居たいと思っている」

 顔を赤く染めているだろう彼女を抱きしめながら、僕はこの世の幸せを噛み締めた。


                    ×


「どうかしたのか? ジャック?」

 式の最中だというのに小声で話しかけてくる紫雨に、僕は笑顔で答えた。

「いろいろあったなぁ、と思ってさ」

「そう、だな・・・・・・でも、私はとても幸せだぞ? ジャック」

「僕もさ」

 純白のウェディングドレスを纏った美しい紫雨、もちろん衣装など関係なく紫雨はきれいだが、今日は特別な日だから。

「愛しているよ、紫雨。この世界中の誰よりも」

「私もだ、ジャック。私は君の傍を決して離れない」

 互いに求め合うように唇を重ねる。式の最中、しかも進行を無視した僕らのキスに周囲は呆れとからかいの言葉を向けてくるが、僕は幸せだった。

「何やってんだよー! 新郎、新婦」

「誓いのキスまで待ちきれないとでも言うのかー」

「キャー、紫雨。よ、この幸せ者!」

 僕はからかいの声から紫雨を隠しながら、笑って言う。

「仕方ないだろう? 僕の大切な紫雨で、誰よりも大好きなんだからさ!」

「みんなの前でそんなことを大声で言わなくていい!! きゃっ」

 口を押さえられた僕は、そのまま紫雨を抱きかかえた。

「「「「キャ~~~~~、羨ましい~~~~~~!!」」」」

 女性陣の黄色い悲鳴を受けながら、僕は男性陣の前を通り過ぎていく。

「君たちも早く見つけるといいよ。運命の人をね」

「「「「大きなお世話だ!!!! 妬ましいわ! ボケ!!」」」」

 僕はそれを満足そうに笑って通り過ぎ、もうどこか諦めた表情を浮かべている紫雨を見る。 結婚式だというのに堅苦しいものは何一つとしてなく、流れる曲は僕らの出会いの曲であるnew moonの『天使』。その歌に合わせて、歌詞の一文を口ずさむ。

「好きになることができた たった一人 君という存在がいるだけで全てを」

 紫雨は微笑んでそれに応えてくれた。

「あなたとの食事 会話 生活 あなたと共に居た全てのことが宝物」

 この歌のように僕らは在りたい。

 何度生まれ変わろうと、その姿を変えようと彼女と共になりたい。

 そして、この出会いもまたそんな多くの中の一回だったとしても、僕は彼女を精一杯幸せにしてみせる。


 死が何度 僕らを別とうと

 再会を果たすその日まで僕らは何度生まれ変わっても

 私には君がわかる

 僕は君を探し続けるだろう


  また 会えたね


いかがでしたでしょうか?

・・・・話に出てくる曲は作者が作り出した妄想の産物です。そして、一応詩としても作成してあるのでここに載せます。

上が女性パート、-を引いた下が男性パートとなります。最後のところは合わせて歌うという感じです。

が、読んでいただくとわかるのですが、当初は女性パートしかありませんでした。男性パートはこの話のためにだけ付け足されたものです。


世界で一人 あなただけが私を見つけてくれた

―こんな世界で僕は 君に出会うことができた

あの喜びと感動を 出会うこと叶わない今だけはどうか 歌声だけでもあなたに届きますように

―あの幸福と美しき日々を 出会えない今もただ この胸に抱えて


あなたに望まれたあの日に私は生まれ あなたが願ってくれたその瞬間 あなたに出会うことができた

―初めて出会った筈なのに溢れる懐かしさと喜び 僕はただ君を抱きしめていたかった

あなたの傍でずっと見ていました 貴方の幸福を 色鮮やかな感情を

―君の全てを知らなくとも 君の笑顔をずっとこうして見ていたいと思ってしまう

初めてあなたと触れ合うことが出来た日々を忘れない 私が望んでいたことが叶った大切な日

―君と出会えて日を忘れるわけがない 僕の生活が変わった大事な記念日

あなたとの食事 会話 生活 あなたと共にいた全てのことが宝物

―君が居てくれた日々は 僕の何にも代えられない宝物

愛していました 誰よりも あの日々も あなたも あなたを包むこの世界の全てを

―好きになることができた たった一人 君という存在がいるだけで全てを

貴方と離れなければならなかった あの日

―零れる涙の中で 交わしたくちづけは切なく 甘い

でも 私は知っている あなたがまた私と出会ってくれることを

―僕は信じている 僕と君がまたいつか会えるだろうことを

会いにゆきます 何度姿が変わっても 私にはあなたがわかる

―探し続けるから 何度生まれ変わっても 僕は君と出会うために


  やっと 会えたね


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