Boy meets Specials
姫園東花です。
いわゆるテンプレ四天王(異世界転生、悪役令嬢、ざまぁ、VRMMO)以外で何か書けないか、ということで。
【注意事項】
とにかく残酷設定です。グロいです。人の命が軽い系です。
作中の異能的な力は、すべて「人体のふしぎ」です。
世界はここまで残酷にあれるのです。
テンプレ四天王(異世界転生、悪役令嬢、ざまぁ、VRMMO)に頼らずとも!
さぁ、見届ける覚悟はできましたか?
自分の記憶なんて、世界でいちばん信用できない。
それが彼の持論だ。
桜の香りを感じながら、優人はページをまためくった。淡い青緑の瞳が、縦に並ぶ文字を無機質になぞる。白い前髪は、目に入りそうで入らない。黒い制服と黒いチョーカーが、彼の白を際立たせていた。ただ袖口から、赤いリストバンドがのぞく。
入学式の朝というだけあって、校庭からも廊下からもにぎやかな声が入りこんでくる。
「ここが高等部かー」
「黒十字学園……! やっぱ広くてすごい!」
「今年は特待生も東京校なんでしょ?」
「きっと内務科なんだろうなー。学生論文コンテストで大賞だったらしいし」
「プレゼン選考会の配信とアーカイブ、めっちゃバスってたって! 再生回数一〇〇〇〇超えたらしいよ」
そんな声が校庭や廊下から。
教室の外から。
教室のざわめきにかき消されることなく。
と、いうより。
無言、に限りなく近い。
この教室は。
この教室だけ。
虚しく、校庭からの声が木霊する。
「俺A組だった!」
「あー、執闘科にするって言ってたっけか。『白い悪魔』や『親友堕とし』とは別クラスだといいな」
親友堕とし。
その悪名に、色の薄い唇がわずかに震えた。
優人の脳裏に、茶髪にかざられたリボンがよぎる。色あせたそれは、脳内で少しずつ色を取り戻して――金髪をまとめるものに変わっていた。
金色の三つ編みがきれいだった。例えば、ほんの少しの光を浴びてすらやわらかい輝きを感じるくらいに。
とても優しい人だった。例えば、白すぎる優人も誘いかけてくれるくらいに。
殺生病感染者なのに、薬学の知識にあふれていた。例えば、新薬のアイデアで論文をひとつ書けるくらいに。
とても純粋だった。例えば、受賞レベルの論文を親友とともに完成させて――その手柄を、親友に独り占めされるくらいに。
感情が豊かな人だった。例えば、その場の感情に任せて死刑レベルの罪を犯してしまうくらいに。
優人の手から本が落ちる。
きっと、じっとりと血濡れた感覚がよみがえったからだろう。
この手で、彼女を。
眉ひとつ動くことはない。
それでも、あの面影を。
まだ思い出せることに目を伏せる。
白いまつげが震えた。
「――――蛍」
日記に何度も登場している名前をなぞったとき、ドアが開いた。
「ここが俺らの教室か? 思ったより普通だな」
挑発するように見渡しているのは、自販機より背の高そうな男子。髪も瞳も彩度の高い赤で、瞳孔は真昼の猫のように細い。赤が特徴的なくせに、リストバンドは青である。
「当たり前」
ななめうしろで微笑んでいるのは黒髪の女子だ。ツインテールも瞳も制服も黒。ただし、他の生徒とは違って制服はゴスロリ風にアレンジされている。
文字で書き表せば、赤髪の男子の影にしかならないカラーリング。けれど見劣りしないのは制服のおかげ、というわけではないだろう。特別なデザインすら彼女を際立たせるための衣装でしかない、そう思えるほどに彼女は可憐なのだから。
「だって」
形と色のいい唇が言葉を結ぶ。
「私以外はふつうの生徒。特待生じゃない」
まるで自分だけは特別とでも言いたげなセリフだ。ただし、文字起こしすればの話だが。
当たり前のことを、ふつうに言っている。なぜなら常識だから。そんな感じの表情で、口調で、仕草で、声音だった。
そして、それが当然のことだと。疑う余地すらないことを。
この場にいる全員が悟った。
誰かの口から言葉が漏れる。
「なんで、執闘科に……! 特待生、高嶺天花……!」
特待生。
入試か前年度の学年末テストで、全教科満点をとった生徒にのみ許される称号だ。
彼女が現れるまで、47の分校をとおしても前例なんていなかった。
そして高嶺天花は、中等部三年間ずっと唯一無二であり続けた。
クラス中の人が彼女に注目しているのが、本を開き直す優人にも分かる。なにしろ二十人くらいがいるのだ。視線を本に向けていても、全員の体や顔がいっせいに同一人物に向けられれば気配で分かる。
しかも何人かの首につけられたお揃いのチョーカーからは、動きに合わせて鈴の音と日替わりの香りがするのだから。一人分のそれらは微かなものだが、重なればどちらもそれなりにはなる。
余計なことは考えない。たださっきまで開いていたページを探す優人の耳に、 離れた場所から舌打ちが入り込んできた。
「着飾っちゃって。あのカスタマイズ、学園もちなんでしょ。うちらの学費じゃん」
「いーよね、特待生は。学園生活で必要なお金、ぜーんぶ学園が肩代わりしてくれるっていうんだから。財源は他の子の学費だけど」
「あの子ひとりのために、蒼陰寮の階がひとつ増えたんでしょ。新しい最上階をひとりじめして、お風呂もトレーニングも全部そこでやってるって」
「狙撃訓練、順番待ちの必要ないってこと? ズルっ」
「しかも初日からイケメン同伴とか、ヤバすぎでしょ。絶対性格悪いって」
ささやかれるのは陰口。
優人に対して、ではない。そもそも、そんな度胸のある者など東京校のこの学年にはいないだろう。
優人には関係ない。ただ、自分以外に向けられた陰口が聞こえてしまっただけだ。
そして陰口の対象、高嶺天花その人は素知らぬ素振り。聞こえてないのか、はたまた相手にすらしていないのか。少なくとも傷ついた気配はない。
優人の表情筋は動かない。
ただ、本が再び机に落ちる音がした。
続いて、立ち上がる音が空気を切った。
「ねぇ」
色の薄い唇から、突き刺すような一音。
「言いたいことがあるなら直接言いなよ。それとも」
息だけの笑いがどこからかこぼれる。淡い青緑の瞳には軽蔑を、口元には嘲笑をそれぞれ浮かべて優人は言葉を結ぶ。
「後ろめたいことを言ってる自覚でもあるの?」
息をのむ音。
一文字で書き表すなら「ヒ」がもっとも合っているだろう。そんな明らかな怯えがクラス中のあちこちから聞こえる。優人の視線と言葉を正面から受けた生徒、つまりさっきまで特待生の陰口を言っていた生徒なんかは蛇に睨まれた蛙だ。足はすくみ、指先はふるえ、歯はカチカチと音を立てる。
「……し」
白い、悪魔。
声になるかならないかレベルで囁かれた悪名に、今さら優人は揺らがない。ただ座り直して、本を今一度手に取った。
どこまで読んだか、もういっそ最初から読み直そうか、などと表紙をめくりかけ、手が止まる。ページを思い出したから、ではない。
二人分の気配を感じたからだ。
「ごきげんよう」
微笑みを崩さない特待生と、
「お前すげーな」
特待生の隣で笑う男子。
「あいつら、めっちゃビビッてたぜ」
なんて言いながら優人の肩に腕を回してくる。姿勢よく佇む特待生とは大違いだ。
「さすが、俺の派手髪仲間」
まるで親しい友人に接しているかのような態度。
だが、いや、だからこそ。
眉ひとつ動かなかった優人の表情が動いた。
目が見開かれ、瞳は小刻みにふるえる。
呼吸が、動きが、止まる。
そんな一瞬の後、彼は初対面であろうその生徒を流し見た。
「初めまして、だと思うんだけど。ぼくの記憶違いかな」
冷たい口調に、回された腕が外される。
「そんな怖い顔すんなって。初対面で合ってるからさ。あぁ俺は聖瀬戸。天さまとは」
そのタイミングで天花を見たということは、「天さま」というのは特待生のことなんだろう。横で微笑んだままの彼女を横目で見てから、瀬戸はまた優人へと視線を戻す。
「中等部からの腐れ縁だ。瀬戸でいーぜ、よろしくな」
「ぼくは白道優人。こちらこそ、よろしく――――で」
最低限の答えだけ述べ、優人は特待生に視線を向けた。
視線を受け、彼女は微笑んだまま口を開く。
「私は天花。以後お見知りおきを」
苗字は言わなかった。ただ名前だけ。
静かに、優人は彼女から視線を外す。意味もなく手元の本をながめ、
「――友達は選んだほうがいい」
声を落とした。
「特に天花。きみは、ぼくなんかと関わるべきじゃない」
だれかが開けた窓から、あるいは開けっぱなしのドアから。温かくも爽やかな風が入り込んでは、優人の手をすり抜ける。持っているだけの本にはもちろん、水分も熱さも存在しない。
だというのに、濡れきったような錯覚。
具体的にはねっとりとした手触り。
より具体的には、そう。
右手首から先を人体に突っこんでぐちゃぐちゃにかき乱して腸を指にまとわりつかせて血管を神経を筋線維を引き千切って小骨を粉砕して皮膚を裂いて心臓を握り潰した後に右手を引き抜いた後のような錯覚。
あの日、蛍を殺した日を境に何度も塗り重ねた血の色。あの嫌悪感か絶望しか生みそうにない色が、今も優人の頭から離れない。
血の気のない手で本を置き、優人はゆるく息をついた。
「聞いたことくらいあるんじゃない? 親友殺しの『白い悪魔』って」
表情筋は動かない。ただ淡い青緑の瞳が冷たく鋭くなっていく、それだけのことだ。例えるならば氷の剣。
切っ先が天花を、瀬戸を向いた。
「あれ、ぼくのことだよ。飛火入蛍はぼくが殺した」




