七章・魔王ナデシコ(2)
「どうぞ、味の保証はできないが」
テーブルを囲み、そう言ってナデシコさんが出してくれたお茶に口をつけた私はすぐに眉をひそめます。
「このお茶……うちのお茶じゃないですか」
なんだかデジャブですわ。魔法使いの森に八年ぶりに戻った時にも、モミジに驚かされました。
「あ、本当だ。これ“カタバミ”だ」
「ふふ、引っかからなかったか。流石だなスズラン、ナスベリ。聞いていた通りだ」
「どうしてこれがここに?」
「アイビー達が来るたびに何かと手土産を持って来てくれるんだよ。飲食物が多い。この島でも食糧は作ってるんだが、どうも私の味覚は独特らしくてな。ここで生産したものは彼女達の舌に合わないんだそうだ」
試しにどうかなと言った彼女は、リンゴに良く似た果物の皮をナイフで剥き、切り分けて出してくれました。お皿の上のそれは見た目には美味しそう。香りも悪くありません。
「私はいらないわよ」
「そう言わずに、以前より改良したから」
「嫌な予感しかしないのよ……」
言いつつも渋々腕を伸ばすアイビー社長。私達も一切れずつ手に取って、おそるおそる口に入れてみます。
次の瞬間、全員が顔をしかめました。
「すっっっっぱい……!!」
「独特な苦みもありますね……それと、果汁に驚くほどのとろみが……」
「見た目も香りもリンゴとほとんど変わらないのに、なんで……?」
「ううむ、やはり不評か。せめて一度くらい美味いと言わせてみたかったが」
「え?」
それってどういう意味ですか? 私が問いかけようとすると、一瞬早くモモハルが口を開きました。
「牛肉のにこみに使えるかも……」
「なんだって?」
「お父さんが“かくしあじ”で入れてるちょーみりょうと味がにてるよ。においはもっといいから、こっちを“かくしあじ”にしたほうがおいしいかも」
「ほ、本当か!?」
予想だにしていなかった評価を受け、立ち上がるナデシコさん。
対するモモハルは難しい顔をしています。
「やってみないとわかんないけど……」
「モモハル、君はその料理を作れるのかな?」
「作りかたは教えてもらったけど、まだ一人だとむずかしい……」
「なら私が手伝ってあげるわ。社長、たしか持って来た食糧がありましたよね?」
「ええ、夕飯はナスベリに用意させようと思っていたんだけれど、そういうことならモモハルをみんなで手伝いましょうか」
「そうですね。難しいところは任せてくれていいから、一緒にやってみようかモモ君」
「うん」
そして、なんだか奇妙な流れでお料理をすることになってしまいました。北の大陸まで来て魔王と一緒に晩ご飯を作るだなんて、思ってもみませんでしたわ。
二時間ほど経ち、ようやく出来たそれを全員で試食してみることにします。例の果物はモモハルの言う通り皮を剥いてすりおろし、最後の方で隠し味として少量だけ加えてみました。
「おお……こんなに美味しそうな料理は何百年ぶりだろう」
「アカンサスに失礼よ」
「たしかに彼の料理も美味しいんだが、盛り付け方が少しばかり雑じゃないか。男の料理というか……対してモモハル君のこれは見た目の点でもしっかり気が遣われている。横で見ていたが一つ一つの仕事も丁寧だった」
「モモハルのお父さんはタキアでも指折りの腕前を持つ有名な料理人なんです」
「なるほど、それで……君はちゃんと御父上の才能を継いだんだな」
「えへへ」
褒められて照れ笑いを浮かべるモモハル。わかりますわ、この方、正面から真っ直ぐに賞賛してきますもの。言葉に一切飾りが無くて心に直撃して来るのです。
「では、いただこう。三柱の恵みと食材の命と生産者と料理人に感謝します。まあ、生産者は私なんだが」
「ぷっ」
意外なことにちょいちょい笑いも挟んで来ます。まったく、伝説の魔王がこんなに素敵な方だったなんて、事実は小説より奇なりですね。
食前の祈りを済ませてスプーンを口に運んだ私達は、ギョッと目を見開きました。ただ一人、モモハルだけが「うん」と平気な顔で頷きます。
「やっぱり美味しい」
「本当だ……あのすっぱい果物が、料理に入れたらこんなに美味しく……」
「もちろんまだサザンカさんほどの完成度には至っていません。ただ、それでもこの味は以前食堂で頂いた牛肉の煮込み以上。素晴らしいですよモモハルさん」
「この爽やかな香りのおかげですね。隠し味だけでなく軽く炙った皮を刻んで入れたのも正解だったみたい。甘くて爽やかなこの香りがより一層強くなっているから、お肉の臭みが気にならないわ」
「脱帽。ナデシコの作った果物でこんな味を引き出せるなんて」
「同感だよアイビー。モモハルのこの才能は神子にしておくには惜しい。このままここに私の専属料理人として残って欲しいくらいだ」
いや、流石にそれは困ります。
「よしなさいナデシコ。スズランがうろたえているわ」
「ああ、すまない。今の発言は取り消そう」
「いえ」
別にうろたえてはいません。ただ、そんなことになったら彼の家族が寂しがると思っただけです。私は気を取り直し、もう一度スプーンを口へ運びました。
本当に美味しいですわ、これ。
やがて食事を終えた私達は、ナデシコさんのお宅の中でくつろぎ始めました。正確には年長者の三人がくつろいで、私とモモハルとナスベリさんは皿洗いです。別に構いませんけど、ロウバイ先生はどちらかと言えばこちら寄りではないでしょうか?
「ペルシアとウェルも満足そうだ。ありがとう君達」
「いえいえ」
あの二頭の狼もモモハルの作った煮込みをそれぞれ三人分ずつペロリと平らげてしまいました。人間と同じ味覚なのでしょうか?
洗い物を終えて自分の席に戻ると、年長者達はまたお茶を飲んでいました。私達の分もちゃんと用意されています。
早速一口啜る私。一仕事終えたばかりですしホッと一息つきたいところですが、全員が揃ったその瞬間に空気がピンと張り詰めるのを感じました。
(ここからが本番ですのね……)
そうです、ナデシコさんとしてはただ単に私とモモハルの顔を見たかっただけなのかもしれませんが、アイビー社長はここに遊びに来たわけではありません。もちろん友人の顔を見に来たのも理由の一つでしょうけれど、彼女には別の目的があります。
そして、それはとっくに見抜かれていました。社長が「ねえ」と話を切り出そうとした瞬間、機先を制するようにナデシコさんが頭を振ります。
「私の中の“竜の心臓”を消したいという話なら、断るよ、アイビー」
「……」
社長は、まるでその答えを予測していたかのようにテーブルの上に置いた拳を固く握りました。
「ご存知だったんですか?」
私の質問に苦笑を浮かべるナデシコさん。
「アイビーは四百年も前から、ずっと同じことを言い続けて来たんだよ。私の中の“竜の心臓”を消し去り、どこか別の場所に別の“心臓”を設置して敵を誘導しようと」
「……」
悲しそうに目を伏せるナスベリさん。
私も頷きます。
「そうでしたね……」
社長がこの計画を思いついたのは、一部の人間が魔素の存在に気付き、研究を始めた頃だった。それはおよそ四百年前。彼女はそんなに昔から友達のため必死で彼女を救う方法を探し続けて来た。
なら、そうですよね、ナデシコさんに話しているのは当然。お二人は友達ですもの。
「当時、彼等はすでにある程度なら魔素を操れるようになっていた。人の手で魔素を操作できる。ならその結晶体の除去も可能だと、アイビーは考えた」
ユニ・オーリという実例がすでにあった。
だから人間が魔素の制御を行うことは不可能ではないのだとわかっていた。
世界を守るため、彼等に自由に魔素を扱わせることはできない。だから探し出し、追いかけ、捕らえて聖域に集めていた。
けれどそれは、彼女自身の願いを達成するための行動でもあった。
友達を救いたい。ただそれだけの純粋な願いのために彼女は歩み続けた。
「君のその優しさが大好きだよ、アイビー。しかし、何度提案されたとしても私の答えは変わらない。最後の戦いの場にはこの北の大陸こそが相応しい」
「ナデシコさんは、そちら側だったのですね」
外界でも意見は割れています。この世界に現存する二つの“竜の心臓”……そのどちらを敵に入口として提供するか。どちらから迎え入れて迎撃するのが正しいか、あの七王達でさえ決めあぐねていました。
私も、まだ決められません。
「……少し外に出ようか。全員、防寒着を着なさい」
唐突に立ち上がるナデシコさん。
私達は困惑の表情。
「何を?」
「どのみち、今の君達では“竜の心臓”どころか私に傷一つ付けられないよ。その事実を証明してあげよう」




