57 継承者は問題児
いつもの演習場。
だが、もうそこに降る日差しは暖かく、空気も冷えたものではない。
恒例のランニングを終えた後でも汗が引かない。かと言って暑いわけでもない。
冬の冷たい風とは違い、心地よく涼しい風が頬を撫でる。
そしてそこにはいつもと違う人物。ジキルドがいた。
フィリアと向き合い、ゼウスと並んでいた。
「おじいさま。たいちょうはだいじょうぶなのですか?あまりすぐれないとおききしておりましたが」
「フィーは優しい子だな。大丈夫だよ。寧ろ少しくらい体を動かした方が体にはいいんだ」
フィリアに、ジキルドの事は詳しく伝えられていない。
フィリアだけではなく、リーシャたちにもだが、フィリア以外はそれだけでレオンハートの末路を正しく理解して、察していた。
そんな中ジキルドにはフィリアの無邪気さが心地よかった。
「今日からは私の技をフィーに教える事になった。座学においてもしばらく時間をもらったから、よろしく頼むぞ」
「おじいさまの、とういうことは、あの、おほしさまですか!!」
目を輝かせるフィリアに、ジキルドの愛好は崩れっぱなしだ。
「あぁ。それを中心に教えるつもりだ。その為に今日は先に実技の授業にしたのだ。まずはどんなものかを知ってから、座学で学ぶ方がいいからな」
飛び上がるほどに嬉しそうなフィリアにジキルドは満足気だが、フィリアの心には地獄のブートキャンプと拷問のような詰め込み教育から逃れられた開放感が八割を占めているだろう。
そして、何故気づかないのか。
ジキルドはその二人の父だと言う当たり前の事実に・・。
「では、早速。まずは『天蓋』と呼ばれる私の業から始めようか」
「『てんがい』というと・・あの『けっかいまじゅつ』ですか?」
「うむ。それもだが。その前にこれから始めようか」
そう言ってジキルドが懐から取り出したナイフは、ふわりと手を離れ浮かび上がった。
それはフィリアにとって見慣れた『浮遊』。
「おじいさまも、まほうがつかえるのですか?」
ゼウスもマーリンも『浮遊』を魔術で再現するのはとても難しいと言っていた。
それでもゼウスが時折フィリアの授業をする片手間に挑戦してるのを見たことはある。だが、その成功率はあまりに低く。ジキルドが息をするように使えるのに違和感を持った。
「いや、私も魔法は使えないな。それにこれは魔術でもない。フィー、魔力を見てごらん」
言われた通り目に魔力を巡らすと、浮かんだナイフは魔力の糸で繋がっているのがわかった。
だが、それだけ。
他に何か特別な事など何もない。
「まりょくのいとが、おじいさまとないふをつないでいます・・」
「そう。これは魔力操作によって浮かんでいるように見えるだけだ」
「え!?そんなこと、できるんですか!?」
「簡単ではないけどな」
ジキルドはそのまま魔力の糸を操作しだした。
するとそれ合わせナイフが空中を舞うように駆け巡る。
「ふぁー」
その動きにフィリアは感動さえ覚えた。
フィリアの浮遊で行う操作は、基本強引に引力と斥力を使って行う。
その為、一見は優雅に舞っているようでもおかしな挙動があったり、微細な操作が大雑把になったりしてしまっていた。
だが、ジキルドの操るナイフは滑るように空中を駆け巡り、まるで手足のように思うがままで、緻密な変化にも無理なく対応していた。
「わたくしの、まほうでは、ここまでしぜんにそうさできません」
「そうだったか?」
ゼウスには気にならないほどのものではあったが、やはり本人的には些細なことでさえ気になってしまう。
「まぁ、練度もあるだろうが、魔力そのものので動かしている事が大きいのだろうな」
魔力は言っても自身の一部だ。その操作ならば自身の意思を大いに反映してくれるだろう。
「それに、フィーに今回これをやってもらいたいのは、そういった魔力操作の練度を高めて欲しいからだ。だから、魔法は無しでやってもらう」
「りょうかいです!」
飛び回っていたナイフは綺麗な軌道のままジキルドの元に帰り、そのまま自ら懐に潜っていった。
その手腕にも感嘆の声が漏れた。
「・・しかし、只々、魔力操作の訓練だけでは退屈だろう」
そう言ってジキルドは杖を取り出した。
先日見た仰々しい、ザ・魔法の杖、ではなく、オーケストラで見るような指揮棒。
細長く、純白の杖。
『星屑』
ジキルドが呟いた瞬間、ジキルドの周囲に小さな渦が複数生まれた。
何もない空間に出来たその渦は空気を取り込み続け、次第に黒く染まり、砂のようなものが渦巻いている。
そしてそれは次第に形を形成し、一本のナイフと成った。
「すごい」
無から作り出された一本のナイフ。
しかし、それだけでは終わらず、複数の渦がそれぞれに形を作り出す。
剣にメイス、槍に斧。
多種多様の武器がジキルの周囲に生み出され浮いている。
「これは空気中に僅かに含まれる塵などを凝縮させ形を成す魔術だ。面白いだろう?」
「はい!」
フィリアの好奇心。・・・というより厨二心が大いに刺激された。
「フィーはまだ言葉が拙いから呪文ではなく、術式と陣を教えような」
「はい!おねがいします!!」
輝く孫の視線が自身に向いているというだけでジキルドの顔は否応なく溶けていく。
「・・フィー。言っとくけど一回でこんなに多くの、それも様々な武器を作り出すなんて普通できないからな」
「え!?」
「こらこら。ゼウス。水を差すでない」
「いやいや、事実でしょ。いいか、フィー。この人は『渦』の名を与えられるほど魔力操作が別格に優れてるんだ」
「『でぃーに』ってなんですか?」
「フィーの『ティア』と同じだよ」
「なるほどぉ」
「・・正直この人が好んで使う魔術のほとんどが魔力操作の優劣で、その効果を決めるものばかりだ。この『星屑』だって普通なら小指の爪程度の礫が二個三個作れれば十分に優れているとされる魔術だし。私だって精々片手で数えられる程度の武器しか作れないが、それだって規格外だと言われるんだ。・・なのに、この人は軽く杖を振っただけで数十もの、それも複雑な造りの武器を・・」
レオンハートは魔術の最。
その中でもそれぞれに個性がある。
魔力量の『涙』。魔力操作の『渦』。
ベースが怪物級の者たち、その個性とは・・。
想像だにできない天災級でしかない。
「大袈裟だな。普段はナイフだけだろうが」
「それだって、効率を考えてでしょう。実際、ナイフだけならそれこそ無数に創れるでしょうが」
「私は『天蓋』と称される魔導師だぞ。ならばその名にふさわしいだけの『星』は必要だろう」
ちなみにジキルドが『天蓋』と称されたのはこの魔術が原因で、代名詞でもある。
つまりは、後づけなどではなく元々このぶっ飛んだ術を使っていた。
流石はフィリアの祖父。
自重など全くない。
『星屑』
ズドンッ
「「え?」」
黒杖を構えた幼女の傍に突き刺さった一本の大剣。
ゼウスたち成人男性の背丈よりも大きな大剣。
「できました!」
喜びそのままにはしゃぐ幼女。
ゼウスとジキルドは口を半開きにして動きを止めている。
「でも・・。おじさまのいうとおりでした・・。いっぽんしかつくれませんでした」
いや、サイズよ。
一本しかというにはあまりに存在感のありすぎる大剣。
「・・えー、と。フィー詠唱は?」
おめでとう。
残念ながらこのタイミングで歌唱指導の成果が現れてしまった。
離れて見守るフィリアの側近たちの中、ローグがマリアに耳を抓まれ連行されていった。
「このまじゅつじたいは、まじゅつしょでよんだことがあったので、しっていました」
ミミとロクサーヌがマリアのように頭を抱えている。
「・・というか、何故、消えないんだい?」
「ふぇ?きえる?」
するとジキルドの周りに浮いていた武器たちが霧散するように解けて消えた。
「わぁー」
「・・このように、『星屑』は空気中の僅かな塵たちを集める魔術。鍛え上げたわけでも固めたわけでもないし、そもそも空気中から掻き集めても形を維持できる程に固められる量はないんだよ。だから術式を解除。・・魔力を切れば元に戻る・・はず、なんだけど」
フィリアは既に魔力を切っている。
それは二人の目にも明らかだった。
「きえてませんね」
「消えないな」
「消える兆しすらないな」
そうです。
この子はこういう子なんです。
三人は大きな大剣を見つめ沈黙した。
しかもその大剣、無駄に造りが凝っていて、装飾も複雑。
非常に腹が立つ。
フィリアの非常識は、レオンハートの非常識すら超えたらしい。
「・・ちなみに、浮かせられるかい?」
「やってみます」
フィリアはミミの腕の中で船を漕ぐリアを呼び、杖を構えた。
魔術でも魔法でもない。
純粋に魔力のみに集中する。
眉間に皺を寄せ、脂汗が浮かぶ。
すると、徐々に大剣が動く。
地面から剣を抜く音、ガラガラとした重さを示すような瓦礫音。
その中、重力に逆らい浮かんでゆく。
そして・・。
ブン
影さえ見えず風切り音のみが耳を掠め。
突風が過ぎ去る。
ズドンッ
重々しい音と共に壁が爆発した。
石造りの頑丈な壁。演習場は魔術の使用さえ出来るよう、さらに防護魔術も施されている。
なのに、木っ端微塵に吹き飛んだ。
「んー。やっぱりむずかしいです」
「・・あー、そっか・・。まぁ・・初めてだしな・・」
「・・そうだな・・。・・それに、重そうだし・・」
感想が浮つく二人とは対照的にフィリアは真剣に反省している。
少しは、驚愕から立ち直れない叔父と祖父を顧みて欲しい。
『ねぇ。多分それ以前の問題だと思うよ』
「ん?どういうこと?」
相棒の言葉さえ届かない。
「・・今後は少しずつ、少しずつ、練習していこう。やり過ぎないように」
「そうですね。決してやり過ぎないように」
フィリアの異常さに、さすがのレオンハート親子も自重を決めた。
「ふぇ?」
何故にか状況についていけない元凶。




