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56 誘惑のお姫様



 「おはよう!たいよう!ふっかつのあさーーー!!」


 「姫様。早朝です」


 「・・・はい。ごめんなさい」



 残念幼女ここに復活。

 と、言わんばかりに両手を掲げ空に叫ぶフィリア。


 お馴染みの自家製露天風呂にて堂々たる姿。


 

 今回、復活するまでは長かった。

 寝込んでから二週間もかかった。


 当然その間、露天風呂はもちろん、湯船に浸かることも出来なかった。

 毎日マリアたちが体を拭いてはくれたが、それだけでは気持ち悪さも完全に拭えない。



 「はふぅー」


 『ふぅー』



 故に二週間ぶりの温泉は格別で、魂さえ抜けていきそうな心地だ。



 「ねぇ。りあ?」


 『なぁにぃ?』



 主従揃って怠惰な、幼女と黒猫。

 そのままお湯に溶けるのではないかと思える程にだらけきっている。



 「ねこって、みずがきらいじゃなかった?」


 『水じゃないじゃん』



 間の抜けた姿で、間の抜けた会話をする主従。

 


 「かわったねこだねぇ」


 『飼い猫は主人に似るんだよ』



 どっちもどっちだ。

 寧ろフィリアだけには言われたくない。


 誰がいつ、作ったのか、いや、誰かは確定か・・。

 リアにはちょうどいいサイズの木桶。リアはその木桶に身体を預けプカプカと湯船に浮かんでいる。

 

 最近、特にリアの聡明さが顕著に見える。

 従魔は主人の影響を大きく受けるとは言え、主人はフィリアだ・・賢すぎる。



 「りあって、まじゅつ、つかえるんじゃない?」


 『僕は猫だよ』


 「でも、りあはすごいかしこいし」



 リアは最近、フィリア以外の言葉にも正しい反応をすることが多い。

 更にはいつもフィリアの膝の上で読書タイムを過ごしていたが、時折、字さえも読めているような気がすることがある。



 『魔法なら珠に魔獣や知性の高い生物も使えるけど、魔術なんて人間だけの技術だよ。僕には無理さ』


 「そうなんだぁ。りあは、はくしきだね」


 『こないだ読んでた本に書いてあったじゃないか』


 「っ!!やっぱり、りあは、じがよめるのね!!」


 『あ・・』



 ざぱん、と身体を起こしたフィリアの目はキラキラと輝いていた。

 やはり、気のせいではなくリアは文字を読めるらしい。



 『・・少しさ。君が読み聞かせてくれた少しだけ・・』


 「・・よみきかせ?いつ?」


 『え?いつもだけど』



 フィリアは本を読んでいるとき、声に出していることが良くある。

 はっきりとした声であったため、わざとかと思っていたが・・。どうやら無意識だったらしい。



 「・・わたし、こえにだしてるの?」


 『うん。いつも。あまりにはっきりと朗読するから、わざとだと思ってた』



 ・・これは中々に恥ずかしい。

 フィリアは両手で顔を覆い、悶えてしまった。



 『君にも羞恥心ってあるんだね』


 

 失礼極まりないリアの発言だが、大いに同意してしまう。

 他に恥ずべき事など、山のようにあるではないか。



 「で、では、りあは、じがよめるのね。なら、まじゅつもつかえるんじゃない?」


 『逸らしたね』



 逸らしたな。明らかに話題を逸らしたな。

 必死に羞恥から取り繕いだした主人に、呆れた息を漏らした黒猫。



 『そもそも魔術は精霊語じゃないか。フィリアが普段読んでいる本とは言語が違うよ』


 「じゃぁ。べんきょうしましょ!」


 『嫌だよ。面倒くさい』


 「・・むぅ」



 相手は猫。にべもなく断られては何も言えない。

 いくらリアが特別とは言え、ペットに算術を仕込むようなもの。

 ましてや、リアの役割はフィリアの魔力安定であって、十分に役目は果たしている。


 あとは猫らしく、寧ろ今のように怠惰な姿こそが普通だ。



 「はふゅー」



 そして、我関せず湯船に浸かるティーファ・・。

 


 そこには身分の差も、生物の差もない。素晴らしい露天だとは思う。

 思うのだが・・。


 この主従は誰も彼もマイペースすぎないだろうか・・。







 「「『ぷはー』」」



 風呂上がりの二人と一匹は仲良く並んで、喉を鳴らし、幸福に満ちた息を吐いた。


 リアは猫であるがために皿に向かい顔を伏せていたが、後の二人は腰に手を当てマグカップを一気に煽っていた。


 ・・・誰が教えたのかなど考えるまでもない。



 「姫様!!ティーファ!!はしたないですよ!!」



 当然の事ながら、マリアからの檄が飛んで来た。

 二人はびくりと肩を跳ねさせた。マリアの視線は鋭く注がれていた。


 フィリアはその視線から逃れようと視線を彷徨わせるが、純粋なティーファはマリアの視線を受けて迷いなくフィリアを見つめた。


 それは助けを求めるようなものではない。

 

 胸を張って教えてもらった事が指摘されてしまった事に対する純粋な疑問。

 ・・・つまりは無意識で犯人を通報している。



 「・・姫様?」



 マリアの声には呆れ以上に仄暗いものが込められている。



 「な、なんで、わたくしたちだけなのですか!りあも、どうざいです!」


 「・・リアがなんですか?」



 横を見ると皿を舐める黒猫。

 何一つおかしな事などない姿。実に猫らしい。



 「りあ!!ずるい!!こんなときばっかりねこのふりするなんて!!」



 いや、振りも何も、猫なのだが。

 

 そもそも風呂上り恒例の息は吐いたが、傍目に見える光景はそのままだ。

 その声を聞けたのはフィリアだけ。周りの者には全く伝わらない。


 日頃からフィリアの傍にいる者には、なんとなく察せてはいるが、それでもフィリアの劣勢は変わらない。それにそもそもの元凶がフィリアであるというのは変わらないのだから、意味がない。


 いつものことながらマリアの溜息が漏れた。



 「・・・姫様、そもそも、それは何ですか?」



 マリアの質問にフィリアは動きを止め首を傾げた。

 示された先、そこにはさっき一気に煽って中身が空になったマグカップ。



 「なにって?ぎゅうにゅうよ?」


 「・・・何故に、牛乳が・・」



 マリアが視線を向けたミミも首を横に振って否定を示した。当然、マリアも知らない。



 「らーすもあからもってきました」


 「いつの間に・・」



 それは決して『いつの間にラースモアから持ってきたのか』という意味ではない。『いつ何処でそれを入手したのか』というフィリアの行動力に頭を抱えたもの。


 マリアは後ろに控えたミリスを見たが、ミリスも首を横に振った。


 追加でフィリアのステレス性能にも頭が痛くなった。



 「しもんがよういしてくれました」


 「シモンって・・」


 「遂に料理長まで陥落しましたかぁ」


 「先日三人の副料理長を制覇しましたからね。時間の問題だとは思ってましたが、思った以上に早かったですね」



 ミミもミリスも諦念の目をして語るが、マリアはその名前に明らかに眉を諌めた。



「ついこの前、釘を刺したばかりですのに・・。相変わらず女、子供には弱いのだから・・」


 「私もこの間、また口説かれました」


 「え!?ミミもですか?ロクサーヌも最近口説かれたと言っていたのに・・私は未だ挨拶しか交わしたことが・・・」



 ミリスも十分に魅力溢れた女性だ。だから気に病む必要はない。

 だが、その呟きは聞かなかった事にしよう。

 

 しかし、マリアは二人の呟きを拾った瞬間、呆れ顔を辞めハッとしたようにフィリアを見た。

 

 そしてフィリアに真正面から近づいた。

 その影にフィリアの肩は震えだした。



 「ま、まりあ?」


 「姫様」



 目の前に立つマリアは影を纏い、禍々しさの篭った声色。

 大きな山を目の前にしたような威圧感は、決してフィリアが小さいからではないだろう。


 フィリアの主観からは、マリアの顔に影が落ち、瞳だけが爛々と光を放っているようにさえ錯覚させられる。

 

 ・・・怖。



 「姫様。何か話さなければならない事がございますよね」



 もはやマリアの中では確定されているらしい。


 そしてフィリアは懲りずに、相も変わらない誤魔化し方。視線逸らし。

 口を尖らせたが笛を鳴らさなかっただけよかったのかもしれない。



 「姫様」


 「・・・おねがいしただけです」


 「ん?ヒメ、まほうつかってましたよ?」


 「てぃー!?しー!!」

 


 そして、純真無垢な裏切り。

 幼女は本日も絶好調の残念さだ。



 「魔法?」



 明らかにマリアの目が鋭くなった。



 「くっ!こうなったら!」



 瞬間フィリアは魔力を溢れさせマリアに面と向かった。

 臨戦態勢となり、構える。



 「・・・」


 「・・・」


 「・・あれ?」



 しかし何も起きない。


 鋭い視線を更に増したマリアと向かい合うフィリア。



 「・・『魅了(チャーム)』ですか」


 「ふぇ?」



 両手を握り締め口を隠し、小さな体を更に小さく纏め少し腰を落とす。

 首は僅かに傾け、上目遣い。瞳には僅かに涙が浮かびキラキラと潤っている。


 あざとい。実にあざといポージング。



 「無駄ですよ。いくら姫様の膨大な魔力であっても、私には効果ありませんから」


 「あ。私にも効果ないですよぉ。姫様はそのままでも十分に魅力的ですが、そう言った魔力効果は意味ないですよぉ」



 ニコニコのミミもフィリアに近づいてきた。そして「可愛いですねぇ」とフィリアを愛でる。・・本当に効いていなのか疑問なほど惚けて。



 「我々、侍女は主人の最も傍に侍る存在ですので、利用される危険性が最も高いため、精神干渉系統に絶対耐性を持つのが必須条項です」


 「ましてや、レオンハートに仕える侍女ですよ?魔力干渉で遅れを取るようでは名折れですよぉ」



 あざとい姿が滑稽に見えてきた。

 しかし、ミミには刺さっているようで、僅かな修正をして、理想的なポージングを目指されている。


 唖然として動かないフィリアなどミミのお人形でしかない。



 「あと、ティーファ。これは魔法でも魔術でもありません。純粋な魔力による特性効果です」


 「え?」



 ティーファが落ち込んでしまった。



 「と言うか、マリア。姫様が使った『誘惑(チャーム)』は種族特性のそれじゃないですか?」


 「はい。そうです」


 「いやいや。その手のモノは先天性の・・・。・・姫様だからですか・・」


 「はい。姫様ですから」



 どうやら最近では『フィリアだから』という言葉が万能にフィリアの奇行を裏付けるらしい。



 「せっかくわたしも、まほうをつかえたと、おもったのに・・」



 寧ろそれ以上に気にかかる言葉がティーファから溢れた。

 思わずフィリア以外の全員が振り返ってしまった。



 「・・ティーファ。貴女も使えるのですか?」


 「はい・・。ヒメがおしえてくれたので。・・でもまほうじゃないんですよね」



 魔法ならまだ良かった。

 まさか生まれ持つ特性を、後天的に習得するなど。

 ましてや、ここ最近を思えばその参考が人外であるのは確実だ。それを人間が後天的に習得してしまった。


 例えば蝙蝠のソナー能力を会得した人間など聞いたこともない。


 フィリアの規格外は確実に伝染していっている。



 「いいですかティーファ。種族特性の『魅了(チャーム)』というのは魔力の波長から生まれる不協和音が生み出す効果です。人間と妖精とは魔力の波長が異なります。そこから偶発的に生まれた効果です。そして、魔力の波長など意識して変えることなどできません。・・普通なら」



 心臓の鼓動を意図して変えるようなもの。

 運動によって鼓動は変わろうが、それは一時的に乱れただけでベースは同じ。

 根本的にリズムを変則的にするなど不可能だろう。・・普通なら。



 「姫様ならともかく、貴女のような普通の子が、体調に異常はありませんか?」


 「わたくしならってなんですか!」


 「はい。・・でも、けっこうかんたんでしたよ?」


 「簡単って・・」


 「わたくしでも、みっかはかかったのに・・。たったにかいで、できてました」



 そもそも出来ること自体が異常なのだが、フィリアには何を言っても無駄だろう。


 そしてその場ほかの人間は皆、絶句だ。

 フィリアの世代が末恐ろしくなってくる。



 「・・メアリィは、どうか・・」



 マリアはそんな中、娘だけはどうにか普通であることを願った。

 だが、メアリィは契約によってフィリアとの繋がりが深い。ティーファ以上に影響を強く受けそうだ。



 「はぁ・・。つまりは姫様はリャナンシーの種族特性である『魅了(チャーム)』を再現したのですね。・・全く、非常識な」


 「できるかなぁ、とおもってやってみたら、できちゃいました」



 出来ちゃいました。じゃないが。



 「姫さまは、どんどん人間辞めていきますね」


 「え!?」



 振り返った先にあるミミの表情はあまりに不憫な子を見るようで、フィリアは直ぐに目を逸らした。



 「よくわかりました。・・シモンであれば実に容易く堕ちたでしょうね。そちらは総料理長に報告致しましょう。あと・・リア」



 我関せず飄々と牛乳を味わっていた黒猫の体が跳ねた。



 「貴方はしばらく、おやつ無しです」


 『っ!?そんな!?』


 「魔力の事ならば貴方の関与が無いわけありませんからね」



 ツイッと視線を逸らした黒猫は、実に主人と似ている。



 「ティーファは一緒に閣下とリリア様に御報告致しましょう。それに今大丈夫だと言っても心配ですから、貴女のお父様とお母様にもお話しましょう」


 「はい。おじいちゃんにもします」



 素直に頷くティーファにマリアは微笑んで頷いた。



 「それでは姫様」


 「ま、まりあ!ちょっとまってください」



 そう言ってベットに駆けたフィリアは、枕元をまさぐりハンカチを袋状にした包みを持ってマリアにかけ戻った。


 

 「これをさしあげます!」



 ・・これほどあからさまな袖の下があるだろうか。



 「・・これは?」


 「くっきーさんどです!あいだには、ていえんでとれたべりーをまぜこんだ、くりーむがはさんであります!」



 牛乳の用途が垣間見れた。



 「また、ご自分で作られたのですか?」


 「あ。・・え、えーと」


 「それに枕元に隠されていたようですが、まさか夜中などに間食していたのではないですよね?」


 「ま、まさか・・いや・・まさかぁ・・はは」



 最早ここまで誤魔化すのが下手なのは才能ではなかろうか。

 そして、ヤブヘビの応酬。わざとではないかとさえ思える。



 「姫様は後でじっくり私とお話致しましょう」



 どう考えても「お話」とは平和なものではなかろう。

 その証拠にフィリアの顔がみるみる青ざめる。



 「まりあ、ちがうの。ちがうのです!」



 何が違うのだろうか。

 何一つ逃れられていない。






 「・・姫様。どんなに魔力を強めても私に『魅了(チャーム)』は効きませんよ」



 全く懲りない残念幼女。

 心の内で鳴らした舌打ちさえマリアには届いているだろう。


 せっかくの革命的な技術も残念仕様にしかならない。



 「どうやら姫様は私と深く話し合いたいようですね」


 「そ、その・・まりあ・・その・・・ちがうのです・・」



 まずは謝ればいいのに。


 残念幼女は今日も平常運転だ。




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