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55 晩年の星



 『ジキルド!!お腹の子は男の子らしいじゃないか!』


 『・・はぁ。兄さん何処から聞きつけたんですか?私も今報告を聞いていた所なのに・・』



 呆れた息を吐きながら部屋に飛び込んできたゼウロスを睨んだ。

 まさに今、アンリの口から聞いたばかりの朗報。

 なのに喜びが溢れる前に、水が差された。


 行き場を見失った感情はそのままゼウロスに向かうが、ゼウロスには悲しくも届くことはない。



 『アンリさん。おめでとう!』


 『ありがとうございます。お義兄様』


 『・・・』


 『・・・』


 『・・弟よ』


 『・・なんでしょうか』


 『話してもらえぬか?』


 『そのまま手を引くのならば喜んで』



 ゼウロスは部屋に入るなり真っ直ぐと進み。手を伸ばした。

 大きく膨らんだアンリの腹部へ・・。


 当然止められた。伸ばした腕を鷲巣かみにされ、微動だに出来ない。



 『叔父として自身の甥に触れて何が悪い!!』


 『その前に人の妻の腹部に触れる事を考えろ!!』



 言い争う二人を見てクスクスと笑うアンリと、使用人達。



 『・・時折思うんだが、ジキルド。お前『蒲公英』なんじゃね?』


 『もうすぐ大公を継ごうというのに独身で恋人もいない兄さんに比べたら、何倍もマシだろ』


 『あっ!お前言っちゃいけない事を!!』



 寒さの厳しい真冬。

 だが、そこは暖かな陽だまりに包まれるような、穏やかで、でも騒がしい。そんな日常的な光景があった。



 『そうだ!!赤ん坊には俺の名をやろう!!』













 暗い一室。ランプは灯っているが、その数は意図的に少なくしていた。

 出窓から見上げた夜空は相変わらず美しい。



 「やっぱりルーティアの夜空が世界一だな・・」



 小さく呟いた声は嗄れて響くことさえできない。


 ノックの音が二回なった。



 「ジキルド様。アンリ様がお戻りになりました」



 ジキルドが短く返事を返すと、アンリが執事に促され入ってきた。



 「おかえり」


 「ただいま戻りました」



 アンリは真っ直ぐにジキルドの元へ足を進め、横に並んだ。


 何故に護衛を置き去りにしたのか。帰って早々街で魔術とは何事か。

 言いたいことは山ほどあろうに、しかしそれを問うことはない。



 「やはり、この星空が一番綺麗ですね」



 その代わりに紡がれた声は優しく柔らかな温度でジキルドに寄り添った。


 少しの沈黙が生まれたが、それは決して気まずいものではない。



 「・・・ゼウロス・・兄さんの事を思い出していた」


 「・・ナンシーの事は聞きました」


 「そうか・・。兄さんの置き土産なのだがな・・。私には、時間が足りないな」


 「大丈夫です。・・私がお義兄様と貴方、それと『お義姉様』の分まで愛情を注ぎます」


 「レオンハート二人分・・。中々に大変だぞ?」


 「これでも元大公妃ですから」



 ふたりは夜空を見上げたまま笑いあった。

 その時、再びノックが鳴った。


 それに反応して二人は動き出した。

 アンリは部屋のランプを杖ひと振りで増やし、ジキルドは一人掛けのソファーに深く腰掛けた。



 「父様。母様が帰ったと聞いて・・。お二人からお話を聞きたいのですが」



 アークを先頭にマーリンとゼウスも付いて部屋にやってきた。

 その顔は、先程よりも更に厳しい物になっている。



 「・・あぁ。わかっている」


 「さぁ。まず座りなさい。リチャード、お願い」


 「畏まりました。奥様」



 ジキルドに比べれば若く見えるが、ロマンスグレーのよく似合う老執事は、三人を席へ促すと、流れるようにお茶を並べた。準備などなく、即座に。



 「・・相変わらずリチャードはすごいな・・」


 「恐縮です。ですがこの程度、ロバート様も行えるはずですが・・・。わかりました。しばらく再教育致しましょう」


 「・・お手柔らかに頼むよ」



 アークにそんなつもりはなかったが、口が滑った。

 しばらく政務で『宰相様』は当てにならないだろうと心の中で詫びた。



 「それで、お父様・・・。その・・」


 「右目はもう完全に見えなくなった」


 「「「!?」」」



 言い淀んでいたマーリンの意図を読んでジキルドは答えた。

 当然のことながら三人は息を呑み、アンリはは眉根を寄せた。



 「・・この間は、左目の視力低下が著しくなったと・・。右目に関しては異常なかったのでは・・」


 「老衰の速度が増してきているのだろうな」


 「薬は?」


 「今以上には増やせないそうよ・・。そうでしょ?マーリン」


 「・・えぇ。今の量でも毒性が勝って負担が多いはずよ。これ以上は薬効さえ打ち消してしまうわ・・」



 俯き、奥歯を噛み締める面々。

 普段なら執事らしく表情一つ変えないリチャードさえ顔を顰めている。



 「・・母様はバレーヌフェザーの所にも寄ってきたのだろう?」


 「えぇ・・。それも大公様にお話を聞いてもらえたわ。・・だけどやっぱりここまでの進行に対しての新しい治療法は変わらず、なかったわ」


 「治療は無理でも・・今までのように進行を遅らせるだけでも」



 アークの悲鳴に似た呟きにもアンリは首を振ることしかできなかった。



 「・・それでも唯一可能性があるとすれば、トロネオ抗剤だけど・・」


 「ダメよ・・・。可能性があると言っても数パーセント。それにそもそもあの薬は、薬効が強すぎて今のお父様では体が持たないわ・・」


 「えぇ。同じ事を言われたわ」



 皆が苦しみをそのまま表情に表す中、ジキルドはそんな姿に笑みが溢れた。

 不謹慎ながらも嬉しさが溢れてしまう。密かに抱いていた恐怖さえ消え去る気がした。



 「それで・・時間はどれだけ残されているんだ?」



 いつものはしゃぐ様な声色ではないゼウスの声に、流石にジキルドも苦笑が漏れた。



 「医者の話では持って二ヶ月・・旅を続けるのであればひと月も持たないだろうと言われてしまってな。仕方ないから予定を切り上げて帰ってきてしまった」



 精一杯明るく話したつもりだったが、表情は誰も晴れなかった。



 「そんな暗い顔をするなよ。ついこの間まで四十で大往生と言われていたのに、私は更にそこから八年も生きてこれたんだ。可愛い孫の成長だってこんなに長く見守れたし、旅行だって世界中を巡れた。・・・十分に満たされた人生だった」



 過去のレオンハートに比べ明らかに謳歌した余生。

 発達した医療と、我が子たちの想いが叶えた時間。



 「ゼウス。マーリン。アークリフト。ありがとう。お前たちのおかげだ」



 その唐突な感謝の言葉で不意に涙が溢れた。


 本来ジキルドが治療を受けることは許されない事。

 普通の病とは違う、レオンハートがレオンハートたらしめる根幹。

 魔力器官の遺伝性疾患。


 その治療など許されるわけがない。


 だが、それを可能としたのは三人。



 アークが成人と同時に大公位を継ぎ。

 ゼウスはその後見となりジキルドの役を担った。


 年が十も離れた兄弟であるがゆえに出来た荒業だが、そのおかげでジキルドの楔は解かれた。


 そして、マーリンが治験と称して新たな治療薬の被験にジキルドを指名した。


 世界中を見渡してもこの病気の被験者にレオンハート以上はいない。

 千年近くもの間、共にあった一族だ。


 こじ付けであっても、無視できない案。



 子供たちが作ってくれた時間だった。



 そんな事を想いジキルドの目頭も熱くなった。

 アンリなどすでに音も漏らさず静々と泣いている。



 「だが、最後にもう一つだけ、やっておきたい事がある」



 ジキルドに視線が集まった。



 「フィーに魔術を教えようと思う」



 アークとマーリンは弾けるように立ち上り、ジキルドに詰め寄った。



 「何を考えているんですか!?魔術など!?」


 「安静にするどころか魔力を使おうなんて!?命を縮めるのよ!?」



 そこに重く声を発したのはゼウス。


 

 「・・星、ですか?・・それなら私が教えます。元よりそのつもりでしたし、父様が無理してまで教えることはありません」


 「それもだが・・。私の術を教えたいと思ってな」


 「『天蓋』を、ですか?」


 「あぁ。これからのフィーには必要となる魔術だろう。・・私が生み出した魔術だ。私以上の適任者はおらんだろう?」



 そこでゼウスは口を噤んだ。

 ジキルドはそんなゼウスに心の中で感謝を述べ、マーリンを見た。


 マーリンは視線を逸らし鼻息を漏らしている。



 「・・バレーヌフェザーの元には一緒に行っていただきます」



 納得はできないが、一応は飲み込んでくれた。

 今度は小声にして「ありがとう」と感謝を述べた。



 最後はアークだ。

 視線を向けると、もはや諦めたように頭を抱えているだけで、苦言はない。



 「アーク。フィーに『天蓋』の魔術を教えてもいいか?」


 「・・私が止めても、聞いてくれた試しがないではないですか」


 「すまんな。・・ありがとう」



 溜息を大きく漏らしたアークは座った目をジキルドに向けた。



 「それで?他にはどんな魔術を教えるのですか?・・・星、というと―――」





 「『星を謳う者(スターゲイザー)』だ」


 


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