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196 悪い蝶



 宙に舞う、緋色の蝶。

 だがそれは、形を保たてずに風に懈り、すぐに掻き消える。



 「・・また、しっぱい・・・」


 「今日も、その魔術を練習していたのですね」



 落ち込んだように、不満気な溜息を吐いたティーファに近づくマリアは両手で抱えるほどの教材を手にやって来た。


 二人がいるのは魔術の修練場。

 とはいえ、その実情は、実験場のような用途で使われる事がほとんどの場所。



 「あ。マリアさ、先生。きょうもよろしくおねがいします」


 「はい。よろしくお願いいたします」



 二人は向かい合って淑女の礼をする。

 これもまたマリアの指導の一貫。



 「・・最近その魔術ばかりを練習しているようですね」


 「メアリィがこれはぜったい覚えなさいって」


 「・・・メアリィが?」



 少し訝しむようにマリアの眉根が寄った。

 我が娘に対して不穏を感じるなど本来ならばおかしなことなのだろうが、その背後に見え隠れする『天使』の影が自然とそうさせる。



 「この魔術は、とくべつだからって」


 「特別?」



 元々、親友(メアリィ)が再現した、親友(フィリア)の魔法だ。ティーファにとっては全て習得して当然の事。

 もちろんそんなティーファの性格をメアリィもよくわかっている。


 それを知った上で、あえて、言い添えたメアリィの言葉。

 マリアの胸に渦巻く嫌な予感が実体を得ていく。











 明るい部屋の中、何人かのメイドに囲まれ、鏡の前でドレスを整えるリリア。


 流石はフィリアとリーシャの母と言うべきか、鏡に映るその姿は天使や女神と見紛うに美しく輝くようだ。


 そこにドアをノックする音が聞こえる。



 「マリアです」



 ドア向こうから聞こえた親友の声にリリアは小さく頷くと、その意を汲み取った侍女が入室を許可した。



 「どうしたの?マリア」



 ドアの開閉する僅かな音を聞きながら、リリアは鏡に向かっって、入室してくるマリアへと声をかけた。

 周囲のメイドたちは、リリアのドレスを整える手を一瞬だけ止めたが、すぐにに邪魔せぬよう気配を消し、再び手を動かした。



 「フィーは?」


 「・・今は、また論文を読んでおります」


 「論文?」


 「はい。姫様が喜ばれるかもしれないとミゲル様が用意された物なのですが、それを、食い入るように読んでおられます」


 「それって、魔術の?」


 「いえ、魔導に関するものは少ないようですが・・申し訳ありません。内容については私も理解できないものが多く・・・姫様は『ニュートン』と呟いておられましたが、それが何かも」



 入室とともにかけられた声に戸惑うことなく答えたマリアだが、何処か言い淀むような気配が滲む。


 マリアの浮かべた苦い表情は、自身の無知を恥じるような不甲斐ないとでも言いたげなもの。

 しかし、マリアをよく知るリリアにしてみれば、それがあまりに意外で鏡越しにマリアを見つめてしまう。


 しかし、鏡越しに見えたのはマリアだけではなかった。



 「マーリンお義姉様!?グレースお義姉様も」



 少し、慌ててしまいすぐに振り向こうとするが、仕付けをするメイド達の手は止まらずその動きを制させられる。



 「私たちより、まずはマリアの話を聞いてちょうだい」



 微笑んだマーリンとグレースは侍女に促されるままソファーに腰掛け、マリアに視線を向けた。



 「詳しい話はまず貴女たちに聞いてもらってからの方がいいと思って」



 鏡越しに疑問符を浮かべたリリアの目を受けて、マリアは視線を周囲に巡らせた。

 その間にメイドたちはあっという間に着付けを手早く済ませて、音もなくその場から離れる。


 そしてリリアは周囲のメイドが下がると鏡越しではなく、ようやくマリアと向き合った。



 マリアの言い淀むような視線はリリアの周囲にも向い、それを汲んで、侍女も含めた使用人たちは皆、無言で下がって壁際に控えた。


 しかしそれでも言い淀む様子を見せたマリアは視線を巡らせた。


 するとマリアは部屋の隅に控えるリリアの侍女サティと目があった。

 リリアの侍女として長く仕えたマリアとも旧知の仲であるサティはマリアの視線の意味を汲み取り、壁に向かうように背を向けた。

 そんなサティの行動に他の者達も倣うように壁に向かって立った。


 その際に、マリアとリリアを包むようにサティが防音の結界を張った。もちろん、マーリンとグレースも含めて。


 術者であるサティには会話が聞こえるかもしれないが、ここでマリアがそんな結界を張るわけにはいかない。


 サティをよく知るマリアがサティを疑うことはないが、それでも、リリアへ改めて視線のみで問い、それにリリアが頷きを返す。

 それで、マリアは覚悟を決めたように一度、瞼を閉じ姿勢を正す。そして再び視線を真っ直ぐとリリアに向けた。



 「・・リリア様は、姫様の『蝶』の魔法を覚えておられますか?」


 「そりゃぁ・・覚えてるも何も、今現在『軍国(ガダン)』の首都を断絶させているのはその魔法が原因かもしれないのよ?」



 ひと月たっても尚、逆巻く風壁は衰える様子すら見せず、何人も近づく事さえ許さない。

 近づかなければ被害もないようにも見えるが、実際は今、中がどんな状況かもわからない。それも、一国の首都だ。少しずつ綻びが現れ始めている。


 例え仮想敵国といえ・・いや、仮想敵国だからこそ、常に『軍国(ガダン)』についての情報を得ているレオンハートには、そんな現状の情報も届けられている。



 「現在、ティーファはその魔術を特に力を入れて練習しています」


 「あぁ・・そういえばメアリィが魔術に起こしたのだったわね」


 「・・はい。・・・それを、ティーファが練習しているのですが・・態々メアリィから、特にこれは必ず会得するように言い含められたようで・・」


 「フィーの魔法ともなれば、何が何でもティーファは会得すると思うけど?」


 「はい・・それをわかった上で、それでも敢えて付け加えたようです」



 周囲が本気で心配するほどにフィリアへの信仰があからさまなティーファ。

 マリアたち同様、呆れや苦言もあることにはあるが、基本的にフィリアへの憧憬が翳ることなどまずない。


 そんなティーファであれば、誰に言われるまでもなく、フィリアに関連するものには執着にも似た勤勉さを発揮するはずだ。


 そして、その事は同じ志を持ち、尚且つ、親友であるメアリィが一番わかってる・・・なのに敢えて、そんな事を言い含めた事に嫌な想像しかできない。



 「・・・そもそも、あの魔法は、『発火』でも『嵐を生む』魔法でもありません」


 「確か・・フィーもそんな事、言ってたわね」



 とはいえ、その時の報告内容は、濃密かつ過多なもので・・・。

 目を背けるように、無意識に頭の隅に追いやっていた。



 「あの魔法は、『事象』に作用するもので、例えば指先を動かしただけで地面を揺らしたり、瞬き一つで雨が降らせたりも出来てしまう・・・」


 「端的に言えば、改変の魔法ね」


 「改変などと、大げさ・・・では、ないですね。実際一国の首都を断絶させていますし」


 「認識阻害や幻術なども改変の系譜ではあるけれど、規模が全く違うわ」



 フィリアの魔法はことごく規格外ではある。

 慣れる事はないが、それでも耐性はついてきたと思っていたのは甘かった。



 「一応術式も確認させてもらったけれど・・末恐ろしい程に完成されたものだったわ。とは言え、当然の事だけどまだまだ改善点も多くある。その一つが、必要魔力量の多さね。だからこそ、幸いな事に現状あれを使えるのはメアリィと、フィーだけ。練習をしてはいても、ティーファにはしばらく難しいでしょうね」


 「メアリィも姫様同様、魔力に関しては鈍感な部分がありますから・・」



 メアリィもまた『キルケーの蕾』。

 レオンハートであり、更には『(ティア)』の名を賜るようなフィリアはあまりに規格外過ぎて比較対象にもならないが、メアリィもまた、現時点でレオンハートの面々に迫るような魔力量を、既に、幼いながらに有している。

 それ故にメアリィもまたフィリア同様、自身の魔力の限界をわからず気付いたら意識を失っていることが多々ある。



 「・・マーリンお義姉様も使えないのですか?」


 「・・・使おうと思えば使えるでしょうね。ただ・・・あれは、間違いなく『禁呪』に指定されるような代物よ」



 我が子が『禁呪』などという不穏なものを生み出した。

 だが、それに動揺することはもうない。フィリアには前科がありすぎる。


 鮮明に思い出されるのは、窓辺に揺れる『てるてる坊主』。


 そのせいで、焦りや動揺などよりも、呆れたような嘆息が自然とこぼれ出てしまった。



 「『禁呪』・・そういうことならばアークにも報告しないと・・全く、フィーは禁呪だらけね」



 呆れた声に冗談交じりの軽さも含めたリリアだが、それに同調できるものはいなかった。

 フィリアは軽い気持ちでラインを超える事が常態化しつつあるが、『禁呪』というものは本来そういうもの。

 軽い感覚で、決して触れてはいけないもの・・というか違法です。重罪です。


 毎度毎度、新作な上に、被害があってからの監査だから、対応が後手に回り、目溢しされているだけで、フィリアを罰しようと思えばいくらでも大義名分はある



 「魔力の操作や制御は完璧でも、魔法の方はまだまだ未熟・・・想像したことがそのまま形になるだけでなく、元の意図すら超えるようでは・・」


 「それは私の役目ね」


 「はい・・押し付けてしまうようで申し訳ありませんが」



 ・・・本当にフィリアが意図していないのかは疑問に思うところではある。

 しかし、それでも『魔女』として未熟なのは事実であり、それを導けるのもグレース以外にはいない。


 只でさえ希少な『魔女』という存在。その上、あのフィリア。

 グレースがいなければ、例えレオンハートといえど、指導は難しいものだっただろう。


 とはいえ、だからとグレースに任せっきりにしてしまう心苦しさがない訳ではない。

 況してや、マーリンなどフィリアの異常な成長速度があったとしても、それを見過ごしてしまった事に罪悪感にも似た負い目を感じ、表情を強ばらせた。



 「とにかくこの事はアークに報告します。・・だけど、『禁呪』と指定されるには時間もかかるわ」


 「分かっております。あの子達にも言い含めておきます」


 「・・・隠れて使いそうね。何せ良くも悪くもフィーの影響を受けやすい子達だし」


 「・・・・監視しておきましょう」



 フィリアの悪影響のせい、というだけではないだろう。

 子供は大人にダメだと言われれば、やりたくなるものだ。


 ただ、今回は『禁呪』という、好奇心で許される範疇を超えたもの。


 頼むから、自重して欲しいものだ。





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