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192 飛空挺ヲタな医者



 広く開かれた草原の中、大きく立派な作りの飛空挺が煩いほどの機械音を鳴らし、周囲に風を生んでいた。


 行列を成す馬車から次々と荷が運び込まれ、飛空艇へと詰め込まれるのを傍目に、そこから少し離れた場所にアークを始めレオンハートの面々とエラルドが集まっていた。



 「態々見送りまでしていただき、すまんね」


 「いえいえ、我々も飛空艇など滅多に見れませんからね。ちょっとした物見遊山気分ですよ」


 「ははは。ならば特と見てくれ。私、自慢の飛空艇だ」



 子供のように目を輝かせ、自慢気に誇るエラルドに苦笑が溢れる。



 「全く・・エド爺は相変わらずだな。まぁ男心が擽られる気持ちはわからなくはないけど、態々自分で炉に火を入れる為に先行するなんて大公としてはどうなのさ」


 「私の飛空挺だぞ。その炉に他人が触れるなど・・想像するだけで嫉妬に狂ってしまいそうだ」



 言葉通り剣呑な雰囲気を強く纏ったエラルドに更なる苦笑が溢れる。

 正直、対するのがレオンハートの者たちだからこそ苦笑で済んでいるだけで、一般人であればその気迫に恐慌してもおかしくない程。

 レオンハートでその偏愛さは知っているつもりだが、改めてこの男もレオンハートと同じ五大公なのだと、不本意な納得をしてしまう。



 「・・・大公の船を任せられる程の腕前だと言うだろうに、船長が可愛そうで仕方ないよ」


 「大丈夫だ。船長は我が家の騎士団長だからな」


 「より不憫だよ」



 アークでさえここまでの軽口の掛け合いは出来ないというのに、ゼウスの大物具合もアークたちの苦笑の理由の一つだろう。



 「アークフリート君、夫人」



 そんな掛け合いに一区切り付けたようにアークとリリアにエラルドは視線を向けた。

 その表情は先ほどの剣呑さとはまた違った鋭い、真剣なもの。



 「フィリア嬢の事だが」



 急に変わったその雰囲気にアークたちも緊張を浮かべて向き合った。

 そして、フィリアの名に緊張を深め、唾を飲んだ。



 「気をつけて見てあげたほうがいい」



 今はルリアと城で待っているだろうフィリアの話。


 それはフィリアの驚異的な被害に向けた忠告ではなく、バレーヌフェザーの・・『医師』としての言葉だった。

 それ故にアークとリリアは表情を強ばらせるような緊張を見せた。



 「あの子が倒れやすいのは元々の体質が原因の大半ではあるが・・・それ以上に、あの、類稀なる才能も一つの原因だ」



 いつも規格外のフィリア。思い当たることは多い・・などというだけの単純な話で済む話ではなさそうだ。


 エラルドがそう言って視線を向けたのはゼウスの隣に立つグレース。

 その視線にグレースもまた心当たりがあるのか、一瞬バツの悪そうな表情を見せた。



 「・・魔術と魔法・・・ですね」


 「あぁ。・・フィリア嬢は、魔術も魔法もとても優秀で、既に現時点で一介の魔導職の者たちより実力もあるのだろう」


 「・・・だから、ですね」


 「そうだ。あの子は技量が優れすぎている」



 そしてグレース以上に渋い顔を見せていたのはマーリンだった。



 「あの子は魔術師として、並みの魔術師はおろか、レオンハートが認める魔術師の基準さえも超え、その上、魔女としても、魔法を手足のように扱えるだけの技量を持っている。・・レオンハートとしては歓迎する所だろうが・・これは、あまりにも早熟すぎる」



 それは、エラルドに言われるまでもなく、皆が思っていた事。


 レオンハートの中にあっても、フィリアはあまりに異端。

 だが、頭を抱える以前に、その才は羨望のものであり、余計な事をするよりも黙って見守る方がフィリアの為になる筈だと、自由にさせてきた。



 「魔術と魔法は似て非なるもの。だが、あの子はその違いがわからぬ程に、『魔力制御』の技量が優れている。・・たとえ、レオンハートと言えども、異常なほどにな」


 「・・・私のせいだわ・・」



 奥歯を鳴らす程に顔を歪ませ後悔を強く滲ませたマーリンの呻くような声にレオンハートの面々は顔を少し伏せるがはっきりと首を横に振った。



 「おねぇのせいじゃないさ。最終的に頼んだのは私の判断だしな。・・・それに、フィーの才能を能天気に喜んで、放任していたのは皆同じだ」


 「そうよ。それに、それを言うのならば実技担当はゼウスなんだから」


 「はは・・まぁ、そうだな」



 アークとグレースのフォローに顔を上げれば、誰ひとりとしてマーリンに責める目を向けていない。


 優しく。寧ろ何処か感謝さえ感じる視線。


 ゼウスだけは気まずげに頬を掻いて視線を逸らしてはいるが、マーリンのように思いつめた様子のなさに何だか毒気が抜かれる。



 「マーリンちゃんは、優秀な魔術師を育てたのだから、恥じる事はなにもないでしょ」


 「そうですよ。・・寧ろ、お転婆な娘が迷惑をかけて申し訳ないくらいですわ」


 「それに、今は私もいるでしょ。私、これでも結構、高名な魔女なんだから」


 「そうだぞ。何せ『死にがッ――――」



 マーリンの悔恨は本人だけの事。フィリア故の想定外だっただけで、マーリンの教育は本来であればこれ以上ない最優なもの。

 皆、感謝こそあれど、恨む事などない。


 ただ、何かを言いかけたゼウスは足を踏み抜かれ悶絶し、そんなゼウスにグレースは蔑むような冷淡な目を向けた。



 「貴方は少し反省しなさいよ。仮にも国家魔導元帥なんだから」



 相変わらずのレオンハートの掛け合いを見て微笑むように目を細めたエラルドは再びアークに視線を戻した。



 「正直、あの魔力制御の技量はジキルドを彷彿とさせる程のものだ。魔術師だろうと魔女だろうと、確実に大成できる才が確かにある。・・だが、まだ身体も心も未熟で出来上がってもいない現段階では過ぎたるものだ」


 「父様の・・・。それは、確かに穏やかじゃないですね。稀有な才能が引き継がれた事を喜ぶべきなのでしょうが、父様の魔力操作はあまりに規格外のものですしね」



 魔導師の頂点に立ち続けるレオンハートの一族。

 そんな歴代のレオンハートの中でも別格の魔力操作を誇ったジキルド。

 それが唯一無二、そして絶対的なジキルドの力。


 そんな力をフィリアが継承してくれた。

 ジキルドの力が失われる事もなく、次代へ受け継がれたのは間違いなく喜ぶべきことではある。


 だが、かつてジキルドが命を守る為に培った力が、孫の健康を脅かすとはジキルド本人も本意ではないだろう。



 「現在のあの子は、未成熟の身体に反して、魔力制御が優れすぎているせいで、魔力が留まりづらい状態になっている。・・ただでさえ、レオンハートは魔力の器を持たないというのに、このままでは魔力枯渇が常態化してしまう恐れもある。・・それに、最悪の場合、生命維持に必要な最低限の魔力さえ留めておけなくなる可能性もある」



 過ぎたる事は及ばずが如し。

 思った以上にフィリアの状態は悪い・・・。


 エラルドの診断にマーリンは再び顔を俯かせかけたが、そんなマーリンにグレースが寄り添い、いつの間にやら固く握られていた手を解した。

 そして、そのままエラルドへと視線を向けた。



 「今は私が魔法を教えてはいますが・・おそらく、魔術と魔法の混同については、少し時間がかかるかもしれません。口頭での説明だけならばいくらでも出来ますし、フィリアちゃん自身も頭ではわかっています。ですが、それを感覚として理解するには・・今の感覚が当たり前となっているフィリアちゃんには戸惑いしかないでしょうから」



 フィリア以外誰も知らない事だが、フィリアは前世の記憶を持ち、その時の感覚のままこの世界に生まれた。

 だからこそ、前世では無かった魔力というものを、違和感のような感覚ではあるが、他者よりも強く感じ、認識することが出来た。


 そんな、異なる感覚が故に、魔力を当たり前の感覚として生まれたこの世界の者たちよりも、フィリアは魔力というものを正確に捉え、そして扱うことができた。


 しかし、同時に。

 だからこそ、魔術と魔法の差異がわからなかった。


 フィリアにしてみれば魔術も魔法も、異業の力。

 同一視も何も、差異云々以前に、そもそも違うものだと言う認識すら持たずにいた。


 それを急に、皆と同じ感覚、認識を持てと言われても、はいわかりましたとはいかないだろう。



 「・・一応、魔女として、師として、手は尽くします。ですが、何か、エラルド様の・・医師(バレーヌフェザー)の知識で対処法があるのならばお教え頂きたいのですが」


 「んー・・あれは病ではないからな。・・一応、薬効治療自体は存在するが、それも根本的なものではなく、緩和する程度の効果しかない。何より特殊な体質であるレオンハートでは、そもそも、その僅かな効果すらないだろう」



 グレースに出来るのは、あくまで魔女としてのもの。

 薬学についても多少は知識があるが、それならばマーリンという世界指折りの錬金術師がここには居る。


 だからこそグレースはエラルドに意見を求めたのだが、エラルドが語ったのはその薬学分野。

 マーリンの前でそれを語るという事は、それ以外の方法をエラルドも持ち得ないという事。


 おそらく、医師として出来る事はあるはずだ。

 だが、フィリアその目で診断した上で、それ以外ないと下したのだ。


 世界一とも呼ばれる『医療の頂(バレーヌフェザー)』現当主の診断。


 フィリアがレオンハートである故か、それとも、フィリアの特異性故か。

 とにかく、エラルドが下した最善に、医師として出来る事はないという判断なのだろう。



 「魔力の粘性を高める。もしくは魔力圧縮を習得させる・・だが、圧縮はかなり高度な技術だし簡単ではないだろう」


 「あ・・・それなら、教えるまでもなく、出来ておりました」


 「え、あ、そう・・か・・・・・」



 これがフィリアクオリティ。

 魔力という前世から考えれば未知の力に対し、未知が故に前世の知識から想像を膨らませた結果、教わるまでもなく、独学にて周りの想像を超える。


 そのせいで、身体の不調を生みながらも、その対処手段もまた、そのおかげで、会得している。


 とんだマッチポンプだ。



 「・・まぁ、とは言え、これはあくまでこれ以上悪化すればの話だ。現状、無理をさせず、成長を待てば心配ない程度だからな。いきなり魔術も魔法も使うな、レオンハートの訓練も取りやめろ、という話ではない。・・ただ、少しペースは落としたほうがいいがな。大体、洗礼式の頃になれば、その時の診断次第ではあるが、成長との均衡も取れるはずだ」



 すなわち、自重せよという話。


 しかし、それが何よりも難しい。・・・何せ、フィリアだ。


 レオンハートの面々が視線を逸らすが、それは先程までのものとは違うもの。

 悲嘆ではある・・・悲嘆ではあるのだが、あまりにも悲しみが薄い。





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