↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
185/214

180 狂愛と母の愛



 眩い閃光と共に壁が吹き飛び粉塵が舞う。


 吹き飛んだ壁の向こうに、開かれた夜空と灯りの灯った湖上の街の夜景。

入り込む肌寒い空気は、秋よりも冬をの訪れを予感させるものだが、室内に満ちた空気はそんな情緒を感じる余裕などなく、寒いような熱いような、その場にいる者たちでさえ、自身の鈍い感覚と向き合う余裕もなかった。



 城の上層、その一室。


 瓦礫に舞う粉塵の中、体格に合わない美しいドレスを纏った一人の少女が絶対的な迫力を纏って悠然と立っていた。

 今にでも破裂してしまいそうな怒気を限界まで滾らせたのは少女姿のリリア。


 晒されている白く細い腕は、力を抑えきれず、血管を浮き上がらせ小刻みに震えている。

 せめてもの救いは、リリアが武器を持っていない事だが、武器を持った際の怖さを知る者はこの場にも数人しかおらず、安堵するには足りない。



 そんな煮えたぎる怒りを正面から受け、更にはすぐ背後の壁を吹き飛ばされたのは、表情一つ変えることなく、リリアの視線からも逃げず見つめ合う、大公アーク。


 激昂することもないが、穏やかではない空気を纏いリリアを執務机の椅子に腰掛けたまま対峙するアーク。

 一見、物静かな沈黙だが、肌に感じる一触即発の空気はあまりに鋭く、その場にいるだけで、ナイフで滅多刺しにされているような感覚を幻視してしまう。



 「前々から思っていたのだけど、レオンハートは『家族狂い』と称される程、異常な愛を持ちながら、時折、他人にでも戸惑うような無情な扱いをするわよね」



 息する音や鼓動の音さえも潜めるように、誰もが怯える一室。

 その中、リリアは、嘲笑や蔑みを隠さず含ませ、鼻で笑うと、いつもと同じ口調で、アークに問いかけた。



 「・・フリードは、いずれ大公位を継ぐのだ」



 リリアは返答など求めてはいなかった。

 どんな言葉であれ、許す気など毛頭ない。


 だが、そこに僅かでも望んだものが・・と思わなかったわけではない。


 しかし返ってきた硬い声は、望んだものとかけ離れていたどころか、リリアの感情を逆なでるような言葉。



 バキッ



 リリアが踏み砕くように一歩踏み込む。


 それと共に床は、リリアを中心に蜘蛛の巣状に亀裂とクレーターを刻み、周囲を震わす。

 だが、それは副次的なもの。


 踏み込みによって生まれた力はそのまま地面を裂いて迷いなく進み、アークの執務机を吹き飛ばし、粉々に砕いた。


 変わらず眉一つ動かさないアークは当然無傷だが、その瞳に映る愛妻は、外傷などなくとも満身創痍に見えた。



 「あの子がいずれ大公となる事はわかってる!!次期大公としてフリードが一人でも対処できなければならないという事も・・わかってる!!・・・だけどせめて、一言・・教えてくれていてもいいじゃない・・・」



 尻窄むようなリリアの言葉は、慟哭のような叫びだった。


 そこでようやく、アークも苦しげに表情を僅かに歪めた。



 「お前に言ってしまえば、お前自身が出張ってしまうだろうが」


 「それはっ・・だって相手はサバトよ!?あの子は優秀だけど、まだ八歳なのよ!!まだ幼い我が子を死地に送って何もせずにいられる母親などいないわ!!」



 リリア自身もわかってはいる。

 元は王女であり、今は大公妃。


 アークの選択は大公として正しい事ぐらい、誰に言われるまでもなくわかってはいる。


 だが、このレオンハートという、高位な家格でありながら、あまりに情の深い家の中にいれば、そんな貴人として当然なことでも、受け入れがたくなる。

 それは、レオンハートの家に染まった証ではあるが、生粋のレオンハートからしてみれば、その上で貴人として立つことが当たり前で、リリアの感情との齟齬が生まれた。



 「フリードは見事役目を果たした。意識こそまだ戻らないが、外傷も軽度のものだそうだ」


 「見た目はそうでも、中身はボロボロよ!!魔力枯渇に、魔力暴走、そのせいで魔力神経も傷ついて・・」


 「エラルド公曰く、後遺症は残らないそうだから心配はいらないだろう」


 「そういう事じゃないわ!!」



 普段、重すぎる愛の代名詞になるほどに、深く重い愛を恥ずかしげもなく晒すレオンハート。

 だが、リリアが感じたように、時折、その感情自体がハリボテだったと疑ってしまうほどに、あまりに情に欠けた、行動を見せる。

 更に言えば、その時のレオンハートは、まるで自身の冷酷さを理解はおろか、認識してさえいない様子を見せる。


 それがあまりに異様なちぐはぐさで、周囲へ恐怖を抱かせてはいるが、そもそも、その異様さを知るのは、本当に近しい者たちだけだった。



 リリアは再び床を砕くような勢いで踏み出した。

 今度は踏み込むのみに留まらず、一瞬姿を見失うような速度でアークへ腕を振り上げて距離を詰めた。



 ――――ッ



 リリアの平手はアークの前で見えない壁に阻まれ、ガラスを砕いたような激しい音と嵐のような余波が暴れるように周囲を荒らす。


 とても、平手とは思えぬ音と衝撃。

 その一撃は見えぬ壁に亀裂を作り、そこから細かな破片を散らした。



 「街に張られた結界はどれも特殊なものだ。同系統の術式は互いに干渉し合うため重ね掛けはもちろん、修正や改変もできず、もしするのであれば、一度完全に術を解いてから組み直すしかない。・・その中でも『魔除け』は、術者の魔力に連動している為、死後、精霊の身元に招かれ、魔力を完全に還元させない限り、術者以外に解くことは出来ない」



 アークは阻んだリリアの手を優しく気遣うように包み込むと、少し表情を歪ませて苦笑を漏らした。



 「・・悪魔と言えど、精霊。魔術師の為の土地であり、ルーティア様の庇護下にあるこの街が、精霊を拒むことはない・・悪魔とて拒めない。・・だから、せめて悪魔との邪なる契約ぐらいは通さぬよう『魔除け』を張っている。・・これは、その時の大公の役目であり、それを助けるのも大公の補佐・・今であれば、おにぃとフリードの役目だ」



 リリアの手に滲んだ少し赤くなった箇所を癒すように撫でるアークはいつもの慈愛に溢れたアークの姿だった。

 リリアもそんなアークの手を払うこともなく、アークのしたいように手を差し出したまま、動かなかった。



 「・・今回は悪魔が襲来する可能性が高かったから、ルーティア様に許可を得て、おにぃが精霊を遠ざける為の術を特別に貼ってはくれたが、それは強ければ強いほどに効果のあるものである反面、微精霊や、契約を結んでいるとはいえ、そもそも精霊ではない者には効果が軽微な上に、特殊で難しい術が故に術者であるおにぃに大きな負担がある。・・その為、その役目を担えるのはフリードだけ・・公的にはアランもそうだが、『三代継権』の戒律上、大公の役目を実際に担うことは出来ない」


 「私ならば余裕だと言ったのだがな」


 「おにぃ・・余計なことは言わないでくれるかな?」



 荒れ果てた室内の中、不自然なまでに無傷の一角。

 そこで優雅に一人掛けのソファーに腰掛けカップを傾けるゼウスは、言い訳がましい無実を呟いた。

 隣で立つグレースはそんな夫の頭を無言で一撃、しばいた。



 「それでも・・それでも、教えて欲しかったわ・・・」



 か細く、消え入りそうな呟きを零したリリアの腕をアークは引いた。


 いつもより、小さなリリアの身体は、アークに容易く引き寄せられ。

 勢いに浮かび上がり、ぼすり・・とアークの膝の上に抱き抱えられるように着地した。


 そして、アークは膝の上の幼いリリアの手を取り、再度その手を優しく包み込んだ。


 夫婦とはいえ・・いや、夫婦が事実が故に、アークに良からぬ疑惑が生まれそうな絵面だが、幸いにもここにはリリアの普段の姿を知る身内だけだから、疑念も生まれないだろう。



 「可愛い手をこんなに赤くして」



 ・・・疑念ぐらいは生まれるかも。



 「・・でも、フリードは幸せだな。こんなにも母の愛を受けられるのだから」


 「あぁ・・そうだな」



 噛み締めるようなアークの呟きに、ゼウスも同じように柔らかい声色で同意し、

マーリンも微笑んで頷いた。

 そんな三人の様子からアークたちも同様のものを受けて育ったのだろう事がわかった。



 「レオンハートは自他共に認める程、家族への愛情が逸脱している。・・だが、お前が感じていた通り、その愛情は何処か歪なものだ。・・だからこそ、リリィ、お前のような愛情を注いでくれる存在がどれほど大きいか。・・レオンハートではない、母から注がれる愛情。それは、フリードに掛け替えのない特別なものの筈だからな」



 アークたち三人の兄弟は微笑んで頷き合った。

 それは、ここにはいないアンリにもらった確かなものを噛み締め、フリードにとっても・・リーシャやアラン、そしてフィリアにとっても掛け替えのない物をリリアが与えてくれる安堵と喜びを歓迎したもの。


 リリアはアークの肩口に顔を埋め、静かに沈黙した。

 アークはそんなリリアに微笑みを浮かべ、そっと抱き寄せるように腕を回し、リリアの頭頂部に唇を落とした。


 レオンハートの家族愛は有名だが、それは何も血縁に限ったものではない。

 夫婦とて家族、それ故、レオンハートは愛妻家でもある、確かに優先順位は血縁の方が勝るが、それを差し引いても余りある程に愛情深い。


 その証拠に、四人の子がいる程に年月を重ねたと思えぬ仲睦ましい光景。

 新婚さんや付き合いたてのカップルさえも理想とするような、物語の一幕そのままのバカップルがそこにはあった。


 ・・ただ、やはり、何処か香る・・犯罪臭。

 うん。・・合法、合法・・・そう合法。



 そこにノックの音が響いた。

 それにアークが応えると、ロバートが一礼をして部屋に入ってきた。



 「フリードたちの様子はどうだった?」



 凄惨な部屋の有様にさえ、眉一つ動かす事もなく無反応なロバート。

 それは、レオンハート大公家に長らく仕えてきた故の哀しい慣れ。



 「お二人共、魔力さえ回復すれば目を覚ますだろうとのことでした」


 「・・そうか、リーシャは?」


 「リーシャ様は先程、目を覚まされ、今は自室にてお食事をなさっております」


 「今日は子供たちが頑張ったからなぁ」


 「えぇ、本当に」



 フィリアはいつもの事ながら。フリードは予想以上の敵と相対して。

 フィリアが派手ではあったものの今回一番の功労者、リーシャ。


 ジキルドの旅立ちの為、いつも以上に力の篭ったレオンハート。

 その中でも子供たちは、一層自身の出来ることを全力で行った。


 そして、その中にはもう一人。


 態々先頭にたち、不埒な侵入者を一網打尽にした、自称魔導騎士。



 「で?・・アランは?」


 「・・・・・現在・・地下牢にて・・見学中でございます」



 何を?・・とは、聞くまい。

 あえてとか、今はまだとかではなく、聞きたくない。


 というか、幼い少年が何を学んでいるのか・・。


 だが、皆も、本意ではなかったのだろう。

 視線を逸らすように咳払いをしたアークと、その心に気づきながらも無言を貫いた面々。



 「・・それで何か情報が?」


 「はい」



 ロバートは肯定したが、それ以上に言葉を続ける事はない。


 この場にいるのは、謂わばレオンハート大公家の首脳陣。

 基本的に聞かれてまずいものなどありはしない。


 しかしだからといって、大公であるアークを通さず情報を共有するのは違う。


 だからこそ、アークが立ち上がるのを待っていたが、アークは動かない。



 「・・・・・閣下?」


 「あ、うん・・ちょっと待って」



 他の面々に下がってもらう訳でもない事から、流石にこの荒れた部屋で話す訳ではないようだが、それでも動かない。



 「・・足が震えて力が入らないから」



 平気な顔どころか、余裕綽々で飄々としているように見えたアークだが、しっかりとリリアの覇気に当てられていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。