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172 特等席の準備



 静かな小波が、青草を揺らす湖畔。

 湖上の街を望める対岸にあるその場所にまでは宵の帳も降りておらず、擬似的な暁の境が空に広がっていた。


 水際ギリギリまで木々が並ぶが、濃い翳は薄暗いのではなく、はっきりとしたコントラストで、一枚の絵画のような明るさを蓄えていた。


 そんな場所にカチャカチャと甲冑を鳴らす、人影が複数あった。



 「もう、そろそろかな」


 「間に合いましたね」


 「ここからですと見晴らしもいいし、特等席っすね」



 湖ごしに湖上の街を見つめて、その中でも体躯一際小さな少年。アランがワクワクを隠しきれずにいた。


 そんなアランを近衛ではない、ファミリアの騎士たちが微笑むように見守り、足元に転がる()()を一箇所に集めていた。

 その際にも、確認を含めて足先で突き、更には剣や槍を単純作業のように突き刺す。


 そこに転がっている死体は、動物や魔物ではない。

 人の・・それも武装した上に、それを偽装した人間の死体。


 一人二人などではなく、集めた山だけでも複数できるほどの数。



 「ガキがッ!こんな事をして――――――――」



 生き残りはしたものの、拘束されて膝をついていた男は、耐えかねたかのように、血走った目と凶相滲んだ表情を向けて、激情そのままにアランに襲いかかる――――が、言葉を言い終わるよりも早く・・それどころか、一歩さえ踏み出す前に、男の首は宙を舞い身体は地面に落ちた。


 アランが握った剣を払うと、剣に付いた血が地面に払い落とされる。


 だがアランはそんな男に視線を向けることはない。それどころか関心すら向けず、まるで煩わしくまとわりつく羽虫を払い避けた程度の感覚しかない。


 非情、無情・・そんなものさえもなかった。



 「・・しかし、あれは何ですか?巨大な竜巻が消えたと思ったら、今度は巨大な山が浮かんでますよ」


 「流れ星だよ」


 「・・流れ・・星?・・・私の知っている流れ星とは少し、いえ、だいぶ違うのですが」


 「うちのフィーは特別だから」


 「いや・・確かに特別・・というか、規格外では、ありますけど・・・」



 胸を張り、誇らしげに言うアランだが、騎士たちが求めているのはそういう答えではない。

 レオンハートは家族狂いで、色眼鏡どころか、曇りきった眼鏡ではある。だが、その中でも、特にフィリアを溺愛するアランの眼鏡は油性ペンキに浸けて鉄板を溶接した並みに盲目なものだった。



 「バ、バケモノがぁッ!?」



 少し離れて、未だ抗い、騎士たちに剣を向けられている生き残りの一団がいるが、そこに平静さなどなく、恐慌状態で怯え震える叫びをあげている。

 そんな彼らが恐怖に満ちた視線を向けるのは、対面し、剣を構える騎士ではなく、離れたところに立つ、まだ幼い少年、アラン。


 だが、その目には見た目通りの少年など写ってはいない。

 寧ろ、未知の、理解すら及ばないものを見るような、まさに怪物を見るような目。


 彼らは震える手でライフル銃を構え、定まらない照準をアランに向け、そのまま引き金を引いた。


 全てを切り裂くような破裂音が響く。

 当然、騎士たちは男たちが銃を構えると同時に動き出しはした。


 だが、そんな騎士たちよりも・・弾かれた弾丸よりも早く。


 その場の空気が灼ける。



 「は、ひっ・・ひゃひっ、ひぃ!?」



 呂律どころか息さえまとも出来るか怪しい悲鳴をあげたのは、ライフル銃を向けるどころか、立つことさえ出来ず腰を抜かし、繊維を喪失していた者たち。

 彼らは、目の前の惨状に一層怯え、完全に恐慌した。


 ドサりと音を立てて彼らの横に転がったのは上半身のない、下半身のみの仲間だった者たち。


 血さえ噴出さないその断面は黒焦げて、灼き断たれている。

 それは一つではなく、ライフル銃を構えていた者たち全てが同じように上半身を失っている。



 「・・・新調したばかりなのに・・また、ダメにしちゃったなぁ」



 そう悲しげに呟いたのはアラン。


 アランの手に握られた剣は、紅と言うよりほぼ白に近い熱を持ち、グツグツと煮立つように歪み、所々溶解して落ち、地面を焦がしていた。



 刹那の出来事。

 銃弾と同等かそれ以上の速さで動く騎士も十分におかしくはあるが、それ以上。いや、比較にさえならないほどの速度でアランは剣を振り抜いた。

 銃弾も騎士もまるで止まっているかのように感じるほどの速さで振り抜かれたアランの剣は煌々と熱を放ち、それが波紋となって広がり、銃弾ごと男たちの上半身を灼き払った。



 「レオンハートに『銃』を向ける、その意味わかってんの?」



 呆れたように嘆息を零すアラン。

 まだ少年とういう年頃の子供にさえ呆れられるほどの愚行。


 アランはレオンハートと言ったが、それはそのまま『魔術師』という意味でもあった。

 そして、更に言うのであれば、この土地に住まう者もまた『同じ』。


 この地で硝煙の香る銃など、忌むべきを超え、殺してくれと大声で叫んでいるようなもの。


 それ故に、息苦しい程の敵意を放つのはアランだけではなく、周囲に立つ騎士たちも。

 寧ろ、アランよりも強い圧を纏い、放ってさえいる。


 最早、男たちは戦意のみならず、悲鳴すらも失くし、強大な獣を前にしたような圧に只々怯えていた。



 目の前にいる怪物は、まだ未熟なアラン。

 レオンハートとはいえ、まだ子供・・・。


 自分たちは・・ガダン(自国)は何を相手にしようとしているのか。


 そんな基本的なことに今更、ようやく、その身を持って知ることとなっている。



 「さぁ皆!ちゃちゃっと仕事をすますよ!!もうそろそろ始まっちゃうからね」



 アランは早々に彼らから興味を失くし、騎士たちに声を張り上げてそわそわとしだした。

 騎士たちもその声に応え、腕を振り上げながら、アランの子供らしさに笑みを零していた。


 その中、一人の騎士が腰を抜かし廃人となりかける男たちに近づいた。



 「そういう事だから、尋問には手間をかけさせるなよ。情報を得るだけなら別にお前らでなくともいいんだ」



 そう告げた騎士の言葉は、死刑宣告というよりも断頭台での最後の告解といった方が正しい程に、絶望に満ちたものだった。











 ふわりと着陸した絨毯から優雅に・・いや、何処か弾み、人の目がなければ間違いなくスキップでもしていただろう程に軽い足取りで降り立ったフィリア。


 ただ、心というかテンションは隠しきれずに弾み、にやけて、鼻歌まで漏れている。


 だがその背後、降り立った絨毯の上ではフィリアと真逆の、言うならば死屍累々の面々がいる。

 主人であるフィリアに付き従い立ち上がる事はおろか、せり上がるものを堪え、力の入らない四肢にどうにか力を込め地面に伏せないのが精一杯の様子。



 「おじさま!」


 「フィー、来たか」



 綻ぶ表情でフィリアを迎えたゼウスだが、その視線は時折、その後ろへチラチラと向かう。

 だが、それを問うことはない。何故ならその中の一人は自身の愛妹。


 歴戦の強者である妹でさえ、立ち上がれない状況・・聞くのも怖く、見ないふりをする事に決めた。



 「フィー、早かったな」


 「ちょうとっきゅうで、きました!!」


 「・・・うん・・そうか」



 それに何より、満面の笑みで胸を張るフィリアの一言で説明などいらなかった。


 フィリアがゼウスに歩み寄ると、それが自然であるかのようにゼウスの腕に抱き抱えられた。

 フィリアもそれを当たり前のように受け入れ、ゼウスの腕に収まる。


 そしてフィリアは周囲を見渡した。


 途中苦しげなリーシャと、遠目でしか見たことのないルーティアに視線を止めたが、それを問う前にまずは視線を巡らせた。



 「おじさま。アクマは?」


 「・・逃げてしまったよ」



 少し苦い表情を見せたゼウスだが、それに対しフィリアは「そうですか」と軽く飄々と返した。

 単なる確認だけとでも言うように、元から興味のなかったようなフィリアの様子にゼウスは苦笑を溢し、自身の悔しさを笑った。



 「まずはルーティアさまに、ごあいさつをしたいところですが・・さきに――――」



 フィリアが黒杖を掲げる。


 それと同時に頭上の彗星が眩く光を放ち纏う。

 そして、地響きのような低い轟音を響かせ、少しずつ動き出した。



 「――――っ」



 リーシャの歯を食いしばったような声が漏れる。

 それはジョディたちも同様で、何人かの魔術師はその場に倒れた。


 フィリアは頭上に円を描くように、ゆっくりと黒杖を動かす。


 彗星はそんなフィリアの黒杖に誘われるように高度を下げ始める。



 「フィー!?」



 ゼウスは自身に・・正確には腕の中に抱き抱えたフィリアに向かい、徐々に落ちてくる彗星に目を見開きフィリアを咎める。

 だが、フィリアから返って来たのは無邪気な微笑み。

 それに、何の心配もいらないのだと察しはするが、安心など出来ようもない。


 ゼウスはフィリアを抱く腕の力、強めた。


 湖上では、ルーティアだけでなくユミルでさえも狂気を忘れ、苦痛を堪えるかのように呼吸を乱し項垂れている。



 「・・フィー・・・」


 「リーシャおねえさま。おつかれさまです。ゆっくりやすんでください」



 虚ろな目でフィリアを見つめたリーシャは、フィリアの微笑みを最後に意識を手放した。

 それを騎士が慌てて受け止めた瞬間。


 彗星が氷の檻に触れた。



 「くっ・・」



 その瞬間、氷は一瞬で消えた。

 いや、消えたというよりも、彗星に()()()()()()


 それと共に残りの魔術師たちもバタバタと倒れた。

 何とか、ジョディだけは意識を保ってはいたが、強く奥歯を噛み、口端から赤い筋が溢れている。



 「「「っ――――」」」



 そして、奥歯を噛み締めたのはジョディだけではない。


 氷の檻が消えたと同時に、目眩や頭痛、思わず膝を付きそうな程の症状が、全員を襲う。



 「あ、やば」



 その中、唯一平気な様子のフィリアが発した自供。

 やはり天災。


 フィリアは黒杖の動きを早め、強く力を込めた。



天井の星(オーラリー)



 フィリアが唱えると同時に、頭上の彗星が形を崩壊させ、光の洪水となって凄まじい勢いでフィリアへと向かう。

 光の奔流は渦巻くように頭上を流れ、黒杖の先に吸い込まれ集束していく。


 長い時をかけず、あっという間に黒杖へと飲み込まれ、彗星は一つの光球へと姿を変える。


 まるで、巨大な彗星の存在自体が夢だったかのように、姿を消し。

 その名残りで、周囲には、溢れ漏れた光の飛沫が、光の雪となってゆっくり舞い降る。




 そして、フィリアの周囲に漂う球体が七つ・・一つ増えた。

 



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