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138 不安な未来



 幾数もの剣や槍など、数多の武器が飛び交う中。

 天使とも称される、一人の幼くも美しい幼女が、飛び回る。


 時たま振るう黒杖は、触れた武器を光の粒子へと変えて霧散させ。

 幼女の傍に付き従う純白の軍刀は、触れた武器と打ち合うだけでは足りず、切り裂いていく。


 火花と光の粒。


 まるで、幻想の中を舞うような、神秘に満ちた幼女。



 「・・実際、目にすると・・本当にすごいですね」


 「はい・・。言葉を失いますね」



 目の前で繰り広げられる魔術訓練。

 初めて見た、ルリアとサマンサは並んで、唖然と目の前の光景に遠い目をしていた。


 数多の『星屑(スターダスト)』を生み出すティーファと、それを縦横無尽に舞って去なすフィリア。


 そこにある魔術の演習は、幼い二人には過分。それどころか大人の魔術師でも、引くぐらいの難易度。



 「・・・あれは『星屑(スターダスト)』ですよね。・・確か、かなり難しいものだったと思うのですが・・」


 「術自体はそれほど難しいものではないのですが・・制御が難しく、難易度はその数に比例して大きく上がります」


 「普段からお(ひぃ)様で慣れておりますので、同じ五大公家のフィリア様は、幼いとは言え、まだわかります・・結構、規格外の域ではありますが。しかし、ティーファ様は、普通のご令嬢ではありませんでしたか?」



 マリアが二人の唖然とした呟きに注釈を加えるが、そのマリアの言葉が、より異常性を認識させる。

 それも、規格外は当然の評価であるはずのフィリアではなく、そんなフィリアと肩を並べるようなティーファの異常さを。



 「一応ティーファもファミリアが誇る名門トリー家の令嬢ではあります。庭師の名家とは言えファミリアの貴族ですので魔術に関しては非凡ではあるでしょう。・・ですが、それ以上にティーファは個人として類稀なる魔術の才を持っております。正直レオンハートの方々にも引けを取らないほど・・レオンハートの血を引かない分、姫様以上の天才でしょう。その上、あの子は姫様に信仰に近い憧憬を抱いており、少しでも姫様に近づこうと努力も惜しみません。・・年齢的な問題で今はまだ得られておりませんが、すでにファミリアの魔術師としての基準は十分に満たしているのです」


 「・・その上、『聖痕(スティグマ)』持ちですか」


 「さらに言えば、彼女の師はアンネです」


 「・・ゼウス様の孫弟子、ですか・・・。末恐ろしいどころの話じゃないですね」



 マリアの淡々とした説明に、ルリアとサマンサは恐れを抱き、息を飲んだ。

 フィリアが牽引する世代は、間違いなく魔術師の黄金世代と呼ばれと確信を持って言える。

 例え手に負えない問題児ばかりで、素行がどうであったとしても・・・。











 最後のナイフを捌き終えたフィリアは、ふぅ、と息をついて静かに地面に降り立った。


 ふわりとフィリアはティーファの傍に舞い降り、肩大きく揺らし膝から崩れ落ち座り込んでいたティーファにハンカチを貸した。



 「すごいよ、てぃー」



 息を乱し、声を出すのもやっとのティーファに対して、軽く汗を滲ませた程度のフィリアは、朗らかに微笑んでティーファを賞賛した。


 俯いていた顔を上げたティーファは、疲れきったように力がなかったが、それでも満足気な微笑みが浮かんでいた。



 「ヒメは、やっぱり、すごいです」



 互いの健闘に賞賛を送り合う二人。

 フィリアは、ティーファの目を見張るような成長に。

 ティーファは、憧れのフィリアの絶対的な力を改めて認識できて。


 二人は嬉しさに笑みを見せ合った。



 フィリアが少し視線を上げると、そこにあるのはティーファの背後に浮かぶ月。

 しかし、その月はほとんどの魔力を失し、空のグラスとなって、透明なガラスだけが浮かんでいる。



 「ティーファ。魔力制御が雑になっています。姫様との魔力差を補おうと月盃(マナグレイル)を出したのはわかりますが、そのせいで星屑(スターダスト)の制御まで甘くなっては本末転倒でしょ。その上、制御が拙いせいで消費魔力も無駄に増えて、せっかくの月盃(マナグレイル)もほとんど無意味にして・・。そもそも、姫様相手に魔力量で張り合おうとすること自体が間違いです。『ティア』とは大袈裟でも何でもなく世界一の魔力を持つ証明。どうせ月盃(マナグレイル)を使うのなら量より質で勝負しなさい」



 二人の模擬戦を見守っていたアンネが二人の元へ歩み寄りながら厳しい表情でティーファを見つめ、指導を始めた。


 主人の前とは言え、師弟の熱は抑えられず厳しい叱責が飛ぶ。

 ティーファは微笑みを翳らせ、肩を窄めて小さく「・・はい」と消え入りそうな返事をすることしか出来なかった。



 「姫様相手に持久戦をするのなら、魔力よりも体力です。事実、姫様の魔力は少しも減っていませんが、この短い時間で汗が滲むほど体力は著しく減少しています。大技を使うなり、惜しみなく魔力を込めるなり、せっかくの月盃(マナグレイル)、そうして姫様の動きを増やして体力を削ることに注力するべきです」


 「あんね、そのへんで・・・」



 止まらぬアンネの叱責にフィリアの方が音を上げ、声をかけた。

 その瞬間、慌てて自信を恥じるようにフィリアに頭を下げたアンネは、いつもの可愛い小動物のようなアンネに戻っていた。



 「・・・申し訳ありません。少々熱が入ってしまいました・・」



 そんなアンネにフィリアは苦笑を見せるのみ。

 アンネの姿は皮肉なほどに彼女の師、ゼウスによく似ていた。


 普段のゼウスはフィリアに対し砂糖よりも甘い態度だが、訓練の際は容赦などない。

 熱の篭った指導も少なくないし、反論する隙もない。


 アンネは顔を上げると再びティーファに視線を向けた。



 「・・ですが、星屑(スターダスト)の不規則性は見事でした」


 「たしかに!あれはあせりました」



 優しく微笑んで頭を撫でたアンネの手に、ティーファは思わず目頭が熱くなり唇をキュッと引き結んで堪えた。

 どんなに規格外でもやはり幼い子供。褒められて嬉しくないわけがない。

 フィリアもそのアンネの評価に激しく同意した。



 フィリアに向かってきた無数の武具たちだが、そこに込められた魔力は一定ではなかった。

 紙切れ同然の斧が飛んできたと思えば、壁すら貫くようなナイフが飛んでくる。


 全てを打ち落とすのは難しく必要最低限の対処で済ませたかったフィリアだが、そのせいで気力も体力も想像以上に削られてしまい、思い通りとはいかなかった。

 黒杖と暁の王剣(スケヴニング)のおかげで何とかなっていたが、そうでなければもっと早くバテていただろう。



 「とはいえ、隠蔽や誤魔化しがまだまだ足りません。姫様にも瞬時に見抜かれ、対処されていましたし、それではどんなに数を増やした所で意味がありません。これもまた魔力操作の拙い証拠です」


 「・・あんね・・・」



 折角の褒め言葉も、直ぐに課題へと繋がり、流れるように指導しだすアンネ。

 そんなアンネにフィリアは呆れたような目を向け、ティーファは再び肩を落として表情を俯かせた。


 離れていた黒猫のリアは駆け寄ると、主人の魔力調整よりもティーファの肩に乗って頬を舐めながら慰めた。











 「フィルは身体能力こそ、あまり高くないですけれど、それを補って余りある程、魔術や魔法に優れていますね。流石はレオンハートと言うところですか・・更にはあの魔力ですし」


 「姫様は普段アレなので、忘れられがちですが、元々お身体が丈夫ではないのです。その為、無意識で魔力を運動能力の補助に回してはいるのですが、やはりそれでも拙くはなってしまいますから」



 フィリアは前世を含めて別段運動神経が悪かった訳ではない。

 クラスで一番とかではないし、スポーツで何か功績を残した事もないが、それでも当たり障りない程度には出来ていた。

 それを加味しても、今世は、フィリアからしてみればかなり運動神経がずば抜けている体感だった。


 しかし、それでも同じ大公家の姫からすれば、それほど高くない身体能力という所感。


 フィリア自身も前世の身体との齟齬はあった。

 手足の長さや体幹。そんな部分の感覚など未だに違和感もある。


 それでも、魔力からくる、身体能力のような効果で、前世以上に動けてたから、自身の運動能力が拙いなどと思った事はなかった。


 だが、同時にフィリアは、疲れやすく、よく気を失うように倒れるのもまた事実だった。



 「『キルケーの蕾』ですか・・」


 「はい。それもレオンハートのです。只でさえ多大な魔力を持って生まれる『キルケーの蕾』。それがレオンハートの御子ともなれば、その魔力量は想像を遥かに超えます。事実、姫様は生まれて間もなく『ティア』の名を賜っておりますから」


 「それだけの魔力・・当然、人の身に剰るものです。その為、姫さまはお身体が虚弱となってしまいました」


 「過剰魔力中毒障害・・ですね」


 「本来ならば、成長と共に身体が丈夫になり耐えうるようになるのですが、姫様の魔力は当然ながら成長幅も異常です。ある程度の改善は望めるでしょうが、おそらく虚弱なことに変わりはないでしょう」


 「その所見はお祖父様が?」


 「いえ。マティシス医師です」


 「『キルケーの蕾』の専門家、それも最先端にいらっしゃる第一人者ですね・・」



 切なげに眉を寄せたルリアたちだが、それを語るマリアとミミに表情の変化はなかった。

 しかし、その瞳だけは暗く陰り、彼女たちがこれまで何度も希望を見ては打ち砕かれて来た事を容易く想像させた。



 「・・だからですか。フィルに『暁の王剣(スケヴニング)』を贈ったのは」


 「おそらくは・・。ゼウス様もグレース様も姫さまを心配なさっているのだと思います。・・つい先日、姫さまは魔力覚醒を迎えられましたから・・お二人の目の前で」


 「持ち主に加護を与える神剣、その内の一振りですから、姫様を護り、助けてくれるはずです。効果は僅かなものだと伺っていますが、それでも有るのと無いのとでは雲泥の差です。それに『暁の王剣(スケヴニング)』は魔力媒体としても優秀ですし、『ティア』である姫様にも負けず、とても適していますから」



 長剣ではないのだが、フィリアが腰に差せば地面を引きずる純白の軍刀。


 フィリア自身は、男の子的な童心に喜んだが、そこに込められた想いはレオンハートらしい愛に満ちたものだった。


 しかし、それを持ってしてもフィリアの虚弱体質は改善しない。

 焼け石に水かもしれない・・。それでも皆がフィリアを想うが故の贈り物。




 マーリンの授業の中、少し濁した内容があった。


 レオンハート一族の短命。

 『キルケーの蕾』の負担。


 それを両方持つ者の末路。



 フィリアは、この先、人よりも身体が丈夫になる事はないだろう。

 例え、身体が成長し、強く完成されようとも、共に成長する魔力には耐えられない。


 そして、その結果。

 短命なレオンハートにありながら、更にその時間は短くなる。




 前世は、希望に満ちた最中、突然に失った未来。

 そして今世においても、非情な未来を持つまだ小さな幼女。


 その腰には、純白の軍刀『暁の王剣(スケヴニング)





 かつては『不死ノ魔剣』と呼ばれた神剣。




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