122 獣人と妖精の履歴書
「それで、今日二人を呼んだ理由だけど、二人の専属を面接しようかと思ってるの」
お茶会の開始と共に、カップに口を付けリリアは話しだした。
だが二人の反応はそれぞれ。
フィリアのパイを頬張り、リスのようになって、理解していないような表情はさておき。
リーシャは後ろに控えるタヌスを見て、少し苦い顔をみせた。
「リリア様。姫様の側近募集は先送りになったのではなかったのですか?」
「うーん・・、少し手違いがあってね。でも、まぁ、これもまたいい機会かなって」
マリアにすら伝えられていなかった程に、急なもの。
だが、リリアの視線はフィリアというよりリーシャの方に向いていた。
・・正確にはその後ろのタヌスへ。
「リーシャ。本当はフィーの為の募集だったのだけど、いい機会だから、貴女も侍女を選定しなさい」
「・・・どうしてもですか?」
「どうしてもよ」
俯いたリーシャを、申し訳なさを滲ませて見るタヌスには、リーシャはもちろんリリアへ声をかける資格はない。
「タヌスは表向きには、何もなかったかのようにするけども、実際は要観察対象。何かあれば即座にその首を切るわ」
「・・・」
「タヌスもわかっているわね。今の貴女には信用など無いに等しい事を」
「理解しております・・」
「でも、タヌスはリーシャの筆頭侍女で、とても有能な人材だから、単純にいなくなったからと他の侍女で穴埋めするには大きすぎるわ。だから、今のうちに、もしもの備えをしてもらいます」
「タヌスの代わりなんてっ・・・」
「・・・リシィ。これは大公妃としての決定です。・・私情は殺しなさい」
「っ・・・」
見た目は幼い少女でも、彼女は大公妃リリア。
そこにある威厳は確かなもので、有無も言わせない。
だが、リーシャの幼名を呼び、母としても言い聞かせる想いは、真にリーシャを想っての決断なのだろう。
さらにタヌスがそこで頭を深く下げた。それは全てを委ねる意味をもち、そんなタヌスの態度に、リーシャにはそれ以上、何も言うことができなくなった。
密かに唇を噛み締め、俯くのが精一杯の抗議にしかならなかった。
そこでリリアが軽く手を上げると、その意を汲んだリリアの侍女が、マリアとタヌスを仲介に書類を、それぞれに手渡した。
しかし、リーシャに比べ、フィリアに渡された書類は少ない。
マリアも、その書類を確認と共に捲り、首を傾げた。
「これだけ、ですか?」
計三枚と少ない書類は、たった一人の履歴書と調査報告書のみ。
「えぇ面白いでしょ?」
「・・面白い?」
その姿での、あどけない笑みは、普段以上に様になっていると同時に、普段以上の悪寒が走る。
ましてや、誰よりも付き合いの長いマリアは、その嫌な予感を敏感に嗅ぎとり、書類隅々にまで目を通した。
「なっ・・・・・獣人」
「「「「「獣人!?」」」」」
「らんかんすろーぷ!」
溢れ漏れたような声は、確かに響き、周囲からは焦りと驚きの声が上がった。
だが、フィリアだけは目を輝かせ、喜色満面。
はしゃぐ様な声を上げた。
「どう?面白そうでしょう?」
そして、もう一人。
確かな、フィリアの母である、リリアも周囲の焦燥を他所に愉しげに微笑んだ。
「・・・調査結果にも不備はないようですね」
「裏なんかもなかったから、安心して」
魔導の最たるレオンハートへ出仕を希望する獣人など、裏があると思っても仕方ない。
怨み辛みを抱えた、復讐や報復もありえる。それだけの恨みを魔術師は生んできたのだ。
だが、調書の中に、そんな事は微塵もない。
「とても優秀で、優しい娘みたいよ」
「ですが・・」
学園からの後ろ盾を得ているのだから優秀なのは確かだ。
その上、貴人にまで身元保証できる程ならば、主席相当の優秀な人材なのだろう。
だが、だからこそ、それだけ優秀な獣人の娘が、何の裏もなくレオンハートへの出仕を希望するなど俄かには信じられない。
「もう、時代は変わっているのよ。先入観で差別するべきではないでしょ。調査でも問題はなかったし・・・と言うか、調査の内容だと、その心配は全くないと思うわよ」
調書の中に書かれた一文。
『おっちょこちょい』。
大凡、調書の報告には似つかわしくない表現。
だが、それを敢えて記すということは、それがその娘を表すのに、最も適した言葉だとされた証。
事実、調査書の詳細な内容には、それを裏付けるユニークな彼女の行動が記されている。
「・・寧ろ、大丈夫ですか?この方」
マリアの後ろから、その調査書を覗き見たミミが零した声に、マリアさえ無言で、肯定も否定も出来なかった。
――――雨上がり、泥はねを避けようとして、池に落ちた。
――――中身の入ったグラスを手に持ったまま、勢いよく挙手した。
――――支払いを済ませたのに、商品を忘れて帰った。
等等・・・。
真剣に、心配な娘だった。
「面白い子でしょ」
いや、色々と面白すぎないだろうか。
「・・もしかして、この方・・応募も、そんな理由なのではないですか?」
「えぇ。私も多分そうだと思います・・」
今後確実に関わりが深くなるであろうマリアとミミの嘆息には、確信があった。
彼女たちの肩の荷は日々増し続けている。
「え、くまさんですか!」
「そうよぉ。耳も尻尾も小さくて可愛いらしいわよ」
そして、この親子は、少しでいいからそんな侍女たちの嘆きを汲んでくれないだろうか。
「お母様・・これって」
そんな賑やかな中、もう一人のレオンハートもマリアたちの嘆きに気を止めてはいない。
だが、その理由はポンな二人とは違い、真面目な声。
震えるような声で、驚きに考えが着いていかない。
そんな様子。しかもそれは、リーシャのみならず、タヌスら、リーシャの側近たち、皆が同様だった。
リリアはそんなリーシャらを見て、優しく微笑んで見せると、穏やかで優しい声を発した。
「リーシャ。これから貴女の妖精術を解禁します」
「え・・」
「本来予定より一年早いけれど、今回のことでその方がいいと思って、アークにお願いしたの」
リーシャの手元にある資料はフィリアより明らかに多いが、それでも決して多くはない。
大公妃の専属の選定だ。本来ならこの程度の候補しかないわけがない。
それでも少ない理由。それは選出された者たちの共通点。
妖精。
リーシャの社会的献身の成果、それと新たにレオンハートの迎えられたナンシーの存在。
そういったきっかけのおかげで、レオンハートに出仕を希望する妖精族も少しながら増えてきている。
だが、それでも、まだ何の恐れもないわけではない。
その為、希望者は確かに増えてきてはいるが、決して多くはない。
その中でも、さらに調査とリリアからの書類審査で振るいにかけられた、者たち。
それが、今、リーシャの手にある資料の者たちだった。
「貴女が『ウル』である以上、貴女は精霊に愛され、妖精に傅かれるでしょう。・・それは成長と共に増してゆき、いつか貴女を止められる者は居なくなる・・例え、レオンハートでもね。・・まぁ貴女の場合、『ティア』が同じ世代に生まれてくれただけ幸運でしょうけど。それでも、貴女自身で、自身の力に溺れないように努めなければなりません」
「はい。常日頃、戒めております」
「えぇ。知っているわ。貴女は自慢の娘だもの。だからこそ、妖精術の件と、専属の件に許可が下りたのよ。・・貴女なら『ウル』の力に負ける事も、妖精に利用される事もないでしょう。・・・更に言えば、歴代の『ウル』のように、妖精を無碍に扱うようなことも、貴女なら無いと信じられますから」
リリアの慈愛に満ちた微笑み。
だが、そこにある威厳は、やはり王族。
「これまで、管理下の中での訓練をしてきたでしょうが、今後は貴女の判断に委ねます。・・その理由はわかるわね?」
「・・・。・・妖精の・・支配、ですね」
「そうよ。・・それが『ウル』たる貴女の役目」
支配と言えば聞こえが悪いだろう。
だが、それが、リーシャの役目で、更には妖精を守る事にもつながる。
妖精は相変わらずこの土地での、地位は低い。忌み嫌うものも少なくない。
そして、妖精にも、また、人には容認できないな様な慣習があったりもする。
それらが共存しあうなど、容易いことではない。
だからこそ、その仲介となれる者が必要だ。
そして、その仲介は時に両者を屈服させる事さえ、必至。
それ故に、力や恐怖での屈服などではなく、個人の気配や人柄で為すことのできる『ウル』は、畏れを抱くと同時に、その者の意思によってはこれ以上ない、優しき支配だった。
「これからは、より一層、妖精を統べる術を学びなさい」
そして、その力は、リーシャにとってこれ以上ない程に、味方となってくれる力。
理想を叶えるために、必要な力。
天の采配のように、与えられた、リーシャにこそ必要で、リーシャ以上に相応しい者がいないような力。
リリアは、空気を変えるように、放つ気配を和らげた。
そして、視線を広げた。リーシャに目を向けたままではあるが、その視界にはフィリアを含めるような広いものに変わった。
「それと、来年。リーシャとの魔塔訪問だけど・・・フィー。貴女も一緒に行かない?」
「リリア様っ!?」
焦り以上に咎めるような声色を含んだマリアの声が響いた。
「リーシャが大人になったお披露目も兼ねた外交だけど、せっかくだったら、場所も魔塔だし、フィー初めての外遊にはちょうどいいと思って」
「リリア様!姫様はまだ2歳です。早過ぎます!」
「マリア。これは私からの提案で、決めるのはフィーよ。マリアが決める事ではないわ」
それを言われてしまえば、それ以上の言葉を飲み込むしかないマリア。
普段な、馴れ馴れしいまでに、友情を押し付けるくせに、こういう時ばかり、その立場を前面に出すリリアに、不満はあれど、そこは侍女として口を噤んだ。
フィリアもそんなマリアの様子を伺いみて、本心は即答で行く、と叫びたいのを堪えた。
「・・・でも、せんれいしきまで、そとにでては、いけないのですよね」
悲しげに呟く、フィリアにリリアは愉しげに笑みを見せた。
「フィー。アランは何歳?」
「・・・え・・あれ?」
洗礼式は五歳。そして記憶が正しければアランは六歳。
そこには、何一つおかしな所はない。
だが、直ぐに気づく。
アランはいつから、騎士の訓練に混ざっていたのだろう。
当然、その訓練は、敷地内のものばかりじゃない。況してや、最近など、騎士の任務にも同行していると聞いている。
そして、それに、疑問を抱くことがないほど、常態化している事。
「アランが騎士に同行して初めて遠征したのは、3歳の頃だったかしらね」
「え・・・」
「領内ではあったけど、野外泊も含んだ数日の行程だったわ」
想像は正しく。
アランは、洗礼式より前に、外に行くどころか、外泊まで果たしていた。
「フィーの習った通り、基本洗礼式までの外出はできないわ。でも、公務であれば別よ」
レオンハート大公家。国の要人。
そこには当然、国の役目たる公務だってある。
アークなど個人がこなすべき公務がほとんどではあるが、その中には大公家に与えられた公務もある。
職ではなく家に与えられたもの。そして、それは子供だろうと関係なく、レオンハートの公務だ。
「もちろん。私やアークの許可があっての話だけどもね」
フィリアの目が輝きだし、好奇心に染まっていく。
それを見てマリアの絶望は濃くなった。
「ですがっ・・、姫様はお身体が丈夫ではありません。・・あまりに早いのではありませんか?」
「そうね・・――――」
マリアの頭に過るのは、あの日。
フィリアが街に降りた日の不安。
まるで、生きた心地がしなかった日。
「――――そこで!フィー。お友達を作りましょう!」
「・・おともだち?」
マリアの想いなどこの親子に届くはずがなかった。




