121 幼母
フィリアに代わり、マリアが軽く二度、ノッカーを鳴らすと、中からリリアの入室許可の声が届いた。
ただ、その声にフィリアは少々の違和感を持った。
声は同じ。それはわかる。だが、その声は普段より高音で、どこか幼く、一瞬リーシャの声と勘違いした。
だが、口調はリーシャの物ではなく。のんびりとした母リリアの物。
しかし、それはあまりに些細なもので、知らないものであればあまり気に止めない程度の違和感でしかない。
フィリアも、娘であるが故に耳聡く気づきはしたが、リリアが体調を崩しているということを思い、深くは考えなかった。
だが、扉が開かれ、中に入ると共に、優雅なカテーシーを披露しようとした瞬間。
リリアの姿が目に入り、硬直した。
「・・・フィー?どうしたの?」
目を見開き、口をパクつかせるフィリアを見て、首を傾げるリリア。
「・・え・・いや・・・おかあさま・・なの、です・・・か?」
「そうよ?ほかの誰に見えるのよ。おかしな子ね」
ほかの誰にも何も・・少なくとも、よく知るリリアではなかった。
困った子ねと言うかのように微笑むリリアだが、フィリアの驚きは当然だった。
「お母様。フィーは、お母様のその姿を、初めて見たと思いますよ」
「あれ?・・・そういえば、そうだったわ」
先ソファーで寛ぐリーシャは、カップを傾けながらリリアに忠言した。
その声に、リリアは自分の身体を見やると、キョトンとした表情でフィリアに呟いた。
「驚かせてしまって、ごめんなさいね」
上座に深く腰掛け、見慣れた微笑みを向けるリリア。
だが、そこにフィリアの知っている姿はなかった。
フィリアによく似た、稲穂のような色合いの髪も。
レオンハートの色よりも深い蒼の瞳も、その丸みを帯びた目元に感じる慈愛も。
フィリアがよく知るものなのに、同じものには見えなかった。
なぜなら。そこにいたのは、母ではなく少女だった。
一見、リーシャよりも幼く見えるような少女。
だが、少し甲高くとも声は、間違いなくリリアのもの。
「・・・おかあさま」
「えぇ。そうよ」
優しく朗らかな微笑み。
それは間違いなく。母、リリアと同じもの。
「お母様は小人なのよ」
「私が、というより、王族がね」
フィリアもよく知る。ファンタジーな種族。
そんなロマン種族が実母とは、思考が混乱していても、少しばかり心躍った。
さらに言えば、自身もその血を継いでいる。何とも高まる。
「で、でも、おかあさまは、いつも、おとなです」
そう。今の姿は、現実で、疑う余地もない。
だが、これまで、こんな姿など見たことない。
四人も産んだとは思えぬ程の、理想的なまでのスタイルを持ち。
母性と色香を同居させた、美しい大人の女性。
内面や言動に幼さを感じることはあっても、それが彼女の隙や愛嬌となって魅力を増幅させたのは、その目を惹く、大人な姿が相まってのものだった。
「小人といっても、私たちの一族は特殊でね。大体・・七、八歳かしら、そのくらいで成長が止まった姿と、年相応に成長した姿。その二つの姿を持つの。他の小人は、小さいだけで老いも容姿に表れるのだけど、私たちは、その老いがほとんど見えないのも特徴ね」
フィリアはそっと自分の頬に手をやった。
だが、君はまだ2歳間際の幼女だ。それに何の意味もない。
「魔力的要因が大きくてね。魔力制御の訓練次第では二つの姿を自在に操れるけど、そうでないと、体調次第で、自分の意思に関係なく変わっちゃう厄介な体質でもあるの」
「とは言えお母様程の魔力制御でも、今みたいに、どうにも出来ない事も多いですけどね」
他家の人間とはいえ、レオンハートに選ばれた、レオンハートの嫁。大公妃を冠する人だ。
最低でも魔導師級。
魔導王の妻が魔術に関して素人のわけがない。
当然、魔力制御の技量においても、不得手など有り得ない。
そんなリリアであっても、制御しきれない体質。
「・・おかあさま、そんなに、ぐあいわるいのですか?」
だからこそフィリアは心配になった。
だが、そんなフィリアの不安に揺れる目を見て、リリアのみならずリーシャも苦笑を零した。
「・・確かに体調は崩したけど、病気とかではないから、大丈夫よ」
「フィーも女の子だもの。大人になったらわかるわ」
マーリンからは、まだ習っていない。
それでも、フィリアの中身は、決して初心などではない。
・・だって、アラサー男だし・・。
二人の含みを理解出来ないほどに、無知でもない。
況してや、魔術や魔法など、物語の中の架空なものだった世界であっても、魔力と関連して伝えられたりもしていた。
「・・でも、フィーを産んでからは初めてだものね。・・・正直、もう、来ないと思っていたし・・」
小さく呟き、リリアが見た先はマリアだったが、そこには、後ろめたさのようなものが滲んでいた。
マリアはそんなリリアの視線に気づき、穏やかに微笑みを返した。
「・・リリア様。実は、お心を煩わせないよう内緒にしておりましたが、姫様が産まれて間もなく、私にも、月の物が来ておりました」
「え、そうなの?」
「はい。・・至らぬ気使いで逆に、お気を煩わせてしまい、申し訳ございません」
「いえ・・、それなら、よかったわ。・・・本当に、よかった」
マリアの言葉に、リリアは心より安堵したような息を漏らし、憂いのない表情を見せた。
憂いの意味が分からず二人の顔を見つめるフィリアだが、彼女たちがその理由を口にすることはないだろう。
何故ならそれはフィリアに罪悪感しか生まないから。
『キルケーの蕾』。それは魔力過多な胎児を指す。
それを育み生むのは、文字通り、命懸けの事。
さらに、無事産んだとしても、それだけの胎児を宿した母体に何の代償もないわけがなかった。
その、一つにあるのが、子宮への多大な負担だ。
高濃度で過多な魔力を守り続けた結果、その役目を終えてしまう事が多い。
だからこそ、その役目をまだ残している事は稀で奇跡のような事。
それでも、フィリアに弟か妹が出来ることはないだろう。
それはあまりにリスクが高すぎる。
同じ『キルケーの蕾』を宿した二人は、それ故に互いを気遣っていた。
フィリアとメアリィに対しても。
「だから、フィー。何の心配もないわ!」
「・・えーと、なにがですか?」
何故か胸を張るリーシャに、フィリアは首をかしげた。
最初はリリアの体調のことだろうかとも思ったが、リーシャの様子はリリアに向けたものでも、フィリアを安心させるものでもなく、己を誇るように腕を組んで、何処か自慢気だった。
「私たちは小人の血を引いているの!だから、身体的成長が拙くても仕方ないわ!!」
「・・え、あ、はい」
「だからフィーも悩んじゃダメよ!心配ないわ!!」
「・・・・」
えぇ・・それは、フィリアではなく、君の悩みではないだろうか。
事実、リーシャの側近たちが感情のない目で遠くを見つめている。
なんだか、フィリアもよく知る目だ。
「リーシャ。だからいつも言っているでしょう?貴女たちレオンハートに小人の特性は遺伝しないって」
「あーーあーー」
幼子のような聞こえない振りに、フィリアも呆れた視線を向けた。
「魔力器官の不調での制御不良なのよ?レオンハートには無縁でしょうが。・・と言うか、そもそも、貴女、もう十歳でしょ。小人の成長限界だって遠に超えているじゃない」
絶対聞こえているのに、視線を逸らし続けるリーシャの往生際の悪さ。
そこに、後ろで控えていたタヌスが小さく呟きを零した。
「・・今の姿の、リリア様の方がありますしね」
「っ!?タヌス!?」
リリアの声は徹底して聞こえない振りをしていたのに、タヌスの呟きは耳聡く聞き零さなかった。
そして、その場の視線は二人の胸部を行き来した。
「っ!!」
リーシャは恥じらう乙女のように、視線から逃れるように胸を隠したが、もはや皆、比べ終えたあとだった。・・というより比べる必要さえなかった。
リリアの胸部は慎ましい程に膨らむ程度。それはその身体的な年齢から言えばある方だろうが、一般的には相応な程度。
しかし、それにすら及ばぬリーシャの胸部・・・綺麗にストンと落ちている。
本日は身内だけで、自宅の中。
普段のような盛りもなく、簡素なワンピース。
リーシャはスタイルもよく、スラリとした手足と、細いウエストが際立つ。
だが、同時に・・目算などではない、現実もそこにはあった。
「大丈夫よリーシャ。貴女はまだまだ、これからが成長期じゃない」
「・・・」
リリアの励ましは、少なくともリーシャには届かない。
持つものから、持たざるものにかけられる言葉のなんと、空虚なものか。
卑屈な心になど、決して響くことはない。
結果リーシャは視線を彷徨わせ、フィリアの方を見て、心を落ち着かせた。
「リーシャ様!?今、私を見て、心を落ち着けませんでしたか!?前にも申しましたが、私は『それなり』にあります!!」
「何よ!?私は『それなり』も無いって言いたいの!?」
「・・事実です」
「ミリスも現実を見るべきだわ」
二人の間で火花が散ったが、フィリアは、その会話に耳を傾けずリリアのファンタジーな変化を観察するのに、意識を向けていた。
それは英断。真剣に向き合うには、あまりに不毛だ。
そして、そんな風に考えたのはフィリアだけではなく、若干二名を除いた皆が同じだった。
「おかあさまの、しゅぞくはとくべつなのですか?」
「えぇ。そうよ。同じ小人と一口に言っても、多岐にわたるの。文化や住む所、信仰する対象の違いなんかでも分かれるし、私たちのような特殊な体質を持つ者は余計ね」
前世であっても、同じ人間でありながら、肌の色や宗教で人種が別れたりしていた。
同じ国の人間でも生まれ一つで啀み合うこともあった。
数多の人種が入り乱れる、今世では余計にそれが顕著だろう。
「その中で私たち王族は――――」
国、身体的特徴、生まれた土地の特徴や信仰する神の名。
その種族を冠する呼び名は、その特徴を冠ざしたものがほとんど。
そして、希に、その一族が持つ使命や行い、功績を冠する事もある。
「――――『勇者』と呼ばれる一族よ」
かつて魔王を倒し、この国を起こした。
そう伝わる、ルネージュ建国神話。
それが、小人内での、リリアたちの族名。
フィリアの目が好奇心に輝くのも無理がない。
魔王を討った勇者とかいう王道。
最高にファンタジーしているじゃないか。




