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113 ペッパー魔導爵



 「ところで、おじいさまは?」


 「あぁ、少々無理をしたとかで自室に戻ったよ」



 大公家私有地の『花畑』は、濃い魔力の溜り場。

 今のジキルドにとって毒でしかなかっただろう。



 「なんとっ!?」



 そう言って反射的に立ち上がろうとしたフィリアだが、両側からハシっと押さえ込まれた。



 「姫様どちらへ?」


 「え・・おじいさまの、おみまいに・・・」



 マリアの目は、とてもじゃないが、主人に向けるものではない冷たさを放っていた。

 そして、反対側も・・向けないが、ティーファは時々・・怖い。


 当然だろう。

 自分の状態を見て欲しい。病人が病人のお見舞いなど何の冗談なのだろう。



 「大丈夫だよ。マーリンの薬でぐっすり眠っているし、そのままマーリンに傍に居てもらっているからな」



 朗らかに笑うゼウスにフィリアはおずおずと体制を戻した。

 正確には、込められた力に従っただけだが・・。



 すると、そこにフィリアの近衛の一人が進み出て、膝をつき深く頭を下げた。



 「・・アンネ?」



 普段、愛らしく天然なアンネの、真剣で畏まった姿にフィリアは目を見開いた。



 「――――姫様。此度の事、伏してお詫びを。・・そして我が愚妹の愚行に対し、寛大な沙汰を頂き、感謝致します。・・・本当に、ありがと、う、ござい、ます」



 最後の方は、鼻が詰まったように、つっかえたが、アンネは深い感謝をフィリアに向けた。


 普段、態度が悪いわけではないが、ここまで畏まった姿は珍しい。

 敬いは確かにあったが、どこか抜けたアンネはちょいちょい礼儀を欠く事があり、あまりに今の彼女と差異があった。


 そして、そんな彼女の感謝の意味がわからない。


 いや、流れ的には何となく察しはつくが、いまいち理解が追いつかない。



 「・・いもうと?・・」


 「はい。・・タヌスは、私の妹です」



 うん。そうかとは思った。話の流れ的に。


 だが・・。

 フィリアはタヌスを見てアンネを見た。


 アンネは顔を伏せている為、確認はできないが、普段から見慣れた顔だ。

 鮮明に思い出せる・・だからこそ思う。――似てない。


 顔の造形どうこうじゃない。

 髪の色も瞳の色も・・。寧ろ似ている部分が皆無といってもいい。


 それに何より――――。



 「・・・たしか・・たぬすのなまえは・・・」


 「タヌス・フェアリーです」



 マリアから援護だが、知りたいのはそういう事じゃない。



 「・・あんねは、ぺっぱー、でしたよね?・・それにふたりとも、みこんだったはず・・・」



 アンネ・ペッパー、家名が違う。

 そして、二人に婚歴はない。と言うか、あったらあそこまで口説かれたりなどしない。



 ――――もしかして複雑な事情が?



 「はい。私は、これでも魔導師ですから」


 「ふぇ?・・まどうし・・。なにかかんけいがあるのですか?」


 「フィー。魔導爵のことだよ」


 「まどう、しゃく・・・あ!」



 フリードの助けでフィリアは頭の中の知識を引き当てた。


 魔導爵。それと騎士爵。

 その二つは特別な功績を示した者に与えられる、一代のみの爵位。所謂、準貴族。


 本来の貴族爵とは違い一代のみの爵位だが、それを得る功績は国益に大きく貢献した証であり、人によっては高位貴族にさえ意見できるだけの発言権を持つ。


 『ま、レオハートに意見できる者はいないけどね』とマーリンは軽く流すように教えたのみだった。


 魔術師は、魔術師として研鑽を積み功績を得て、『魔導師』と爵位を。

 騎士は、騎士として研鑽を積み功績を得て、『剣』と爵位を。



 フィリアはそんな埋もれるような記憶を掘り起こした。

 正直、法律方面や社交方面は現在、体で覚えるばかりで、知識との連動が稀薄だ。


・・・と言うかそもそも体で覚える座学とはなんだろう。



 「アンネの『ペッパー』も、『フェアリー』も同じ魔導爵由来の家名だけど、『フェアリー』の爵位はティアラ・フェアリー・サーシスと言う人物に与えられたもので、アンネとタヌスがその家名を名乗る場合、平民と変わらないんだ。そして、準とは言え爵位のある貴族名を平民の家名と並べることは出来ない。だから、アンネは『ペッパー』のみを名乗り、『フェアリー』を名乗ることは出来ないんだ」



 フリードはフィリアのベットに浅く腰掛け、微笑みを向ける。


 そのフリードの臨時授業にフィリアはふんふんと頷き羨望の眼差しを向ける。

 フィリアはフリードに対し普段から憧憬が濃い。



 ――――さすが、兄様!博識が過ぎる!!素敵!!あ、その振り向き方、めっちゃ絵になる!!・・・・っ尊い



 ・・最近では、ペンライトでも振り出しそうな程の、憧れが過ぎる。本人曰くガチ恋勢らしい・・・中身アラサーのおっさんのくせに・・・。



 「ちなみに、貴族爵の家名は過去の貴族名から引用されることが多いが、魔導爵のような一代貴族は、その者が有する二つ名がそのまま付けられる事が多いんだぞ」


 「せ、先生っ!?」



 ニヤニヤと愉しげに嗤うゼウスに、畏まっていたアンネは飛び上がるように顔を上げた。

 その表情には明らかな焦燥が生まれ、手もパタパタと忙しなく動く。敬称も忘れ、普段はそう呼んでいたのだろう呼び方。


 いつものアンネだ。

 天然で、抜けていて、愛らしい。

 小動物のような、庇護欲の高まる女の子。



 フィリアはその姿に微笑み。いつものアンネに安心する。

 そして、ゼウスに加勢する。というよりも、純粋に気になった好奇心だ。



 「おじさま。では『ぺっぱー』とは、あんねの、ふたつなですか」


 「ひ、姫様!?」


 「そうだぞぉ。アンネは今でこそ『狂戦姫(プティ・バーサーカー)』などと武名のように呼ばれているが、その、由来は――――」


 「わぁーわぁー!!先生っもう良くないですか!?やめて!やめて!」


 「――――五月雨の中を無邪気に駆ける少女のように、魔術や銃弾、矢や砲弾、そんなものが飛び交い、降りしきる戦場・・それも前線を、単独で嗤いながら駆けるアンネに恐れを込められて呼ばれた、『鉛雨の中を進む少女(ペッパーレイニー)』が始まりなんだ」


 「今でこそ、騎士鎧を纏ったアンネの『狂戦姫(プティ・バーサーカー)』は武名だけど、当時、まだ年端もいかない少女が愉しげに笑って戦場を一人駆ける姿は、恐怖(ホラー)でしかなかったでしょうね」


 「ぅう・・お師様まで・・・」



 遂には項垂れて涙を流すアンネ。

 だが、二人の師はそんなアンネを目端に捉えるのみで、フォローはない。



 「・・あんね・・・」


 「ぅう・・見ないでください・・・」



 普段から可愛い可愛いとフィリアに褒められていたアンネは羞恥心に赤くなっている。

 最初こそ、フィリアの褒め言葉に複雑な様子だったが、最近では嬉しそうに受け入れ始めていた。

 それだけに、「可愛い」と真逆の蛮勇は黒歴史となり、羞恥に悶える。

 せめて、フィリアにだけは知られたくなかった・・そんな心情。



 「やっぱり、あんねはかわいいです!!」


 「・・はい?」


 「そんなかわいいのに・・『ぎゃっぷ』ですね!!


 「はい?『ぎゃっぷ』?え?姫様?」



 とは言え、フィリアのアンネに対する評価は変わらない。

 それどころか、間違った嗜好で上方修正された。


 ゼウスたちもこんな事でフィリアの価値観が変わるとは思っていなかったのだろう。

 終始揶揄うような笑みを浮かべている。・・そしてそれが、アンネにとって腹が立つ。



 「・・お師様。先せ、ゼウス様の試着写真がお気に召したのは結構ですが、いい加減返して頂かないと、結婚式の衣装決めが遅れてしまいますよ」


 「なっ!?」


 「え・・グレース?」



 呟くような淡々としたアンネの進言に目を見開きグレースは顔をすごい勢いで背けた。



 「・・ゼウス様も、新しい指輪を送りたいのはわかりますが、早く決めていただかないと間に合わないと、サーシス伯がボヤいておりましたよ」


 「アンネっ!?」


 「え・・ゼウス・・指輪は、代々のものだけだって、言って・・・」



 立ち上がり膝についた埃を払うような仕草をするアンネは続けて呟く。

 それに今度は、ゼウスが勢いよく顔を背けた。



 「・・い、いちゃ、いちゃ、して、る」



 そして、リーシャよ。

 その涙は、タヌスの事での感涙だよね。嫉妬からの悔涙じゃないよね。


 リーシャが埋める胸の主、ナンシーは呆れたような困ったような、苦笑を浮かべていた。






 「・・フィリア様。一つだけ、お聞かせ頂きたいのですが、よろしいでしょうか」



 その声に、騎士たちがカチャリと剣に手をやった。

 マリアもフィリアを支える手に力がこもったのを感じた。


 声は床に伏せる罪人サーシスのものだった。



 「なんでしょう」


 「ティアラ・フェアリー・サーシスの事です」



 その名は今聞いたばかりだった。

 フィリアはアンネとタヌスを見た。


 彼女たちの『フェアリー』と言う名の持ち主。

 親族だろうことはわかる。


 だが、さっきも気にはなったが、そうならば、もう一つ――――。


 ――――サーシス。


 目の前で床に伏せる男を見つめる。


 ニコライ・サーシス。


 彼と同じ家名を持つ『ティアラ』という人。



 「フィリア様は・・『転生』なされているのですか?」


 「!?」



 フィリアは息を呑み、目を見開いた。


 転生――――つまりは、生まれ変わり。

 

 綾瀬伸之。三十路目前のアラサー男。こことは全く異なる異世界に生き、死んだ。

 その記憶を持つフィリアの根幹。


 別段隠していた訳ではない。

 それでも、カミングアウトするには抵抗があった。


 疑われる要素がないとは、決していえない。


 だが、まさか、こんな場面で。

 何の兆しもなく、唐突に気づかれると思っていなかった。











 「・・・フィリア様は、ティアラなのですか?」


 「ふぇ?」



 どうやら、全くの見当違いだったらしい。




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