114 白いカトレア
キョトンとしたアラサー転生幼女。
そんなティアラに、真剣な中に縋るような感情を灯した瞳を向けるサーシスは、焦れる様にフィリアの言葉を待っていた。
「それについては私が、お話ししましょう」
フィリアを支えるマリアが代わりに答え、そしてフィリアに視線を移した。
「姫様は、『転生』というものを知っておりますか?」
はい。誰よりも。身を持って。
とは、答えないが、僅かに頷き肯定を示した。
「精霊信仰では、魂は肉体を離れたあと、世界を巡り、浄化されると、また肉体を得るとあります」
輪廻転生。前世でもあった教え。
無信教であった伸之でも知っているような概念。
「この土地は、魔術師のメッカであることもあり、特に精霊信仰が根付いた土地です。その考え方も当たり前のように信じられ、・・再び生を得た『転生』も当たり前の事と信じられております。・・・当然、前世の記憶もなく、容姿も魔力も違う、全くの別人であって、故人と同じなのは魂だけです。・・その魂も、浄化され、新たな生で、新たな形を成す為、同じとは、言えませんが・・・」
めっちゃ記憶はあるが、『転生』という事象に関してフィリア以上に理解のある者はいないだろう。
故にフィリアの頷きに、これ以上ないほどの重みを感じる。
「でも、わたくしは、てぃあらさん、じゃありませんよ」
「え」
「はい。存じております」
思わず声を漏らしたのはサーシスだけだが、同じように驚きに目を見開くのはタヌスも同様だった。
そして、マリアは当然の事のように肯定して、そこに疑い一つ無い。
「だがっ、マリア。貴女がメアリィに伝言させたのではないのかっ!」
「・・貴方はよほど、娘に嫌われているのですね。・・ですが伝言を正確に伝えないのは怠慢ですね。今はセバスから小言を浴びているでしょうが、私も後で向かいましょう」
メアリィは誰よりも早くフィリアの安否を心配し駆けたが、フィリアの顔を見る前にセバスに捕まり連行されていった。
今回ほぼ蚊帳の外だったセバスは、同じ『一輪の花』契約者であるメアリィだけが役目を得ていた事が気に障ったらしい。
その為、またしてもフィリアの対面は果たされなかった。
「どういう・・」
「私は、『ティーファに贈るため、『月桂の髪飾り』を姫様に欲しい』と伝えたのですよ」
フィリアを害そうと、ティーファに傷を与えた者を、メアリィが嫌うのは当然。
そして、またしても親友が害されるのではと、私情を挟んでしまった。
「てぃー?」
「はい。姫様の手からティーファに贈って欲しいのです」
目をパチパチと瞬くティーファとフィリアは視線を合わせ、揃って首を傾げるとマリアに視線を戻した。
「・・リリア様と、私から。・・親友へ。・・リリア様の手ずから贈る筈だったものでした」
「おかあさまと、まりあの・・しんゆう」
フィリアはそっと視線を戻す。
話の流れで察せないほど、鈍くはない。
ティーファは、きっとそのティアラという人の『生まれ変わり』だという話なのだろう。
マリアとリリアの親友であり、サーシスの姉か妹。
「ティーファに受け取って欲しいのです。これはリリア様とも決めたことです。・・ですが、どうせ贈るのなら、ティーファは私どもより、姫様の手から贈られた方が嬉しいでしょうから」
キョトンとしたティーファの様子から、フィリアと違い、彼女に前世の記憶などない。
ティーファが本当にそのティアラの生まれ変わりなのかはわからない。
だが、マリアは確信を持ったように語る。
精霊信仰の厚い土地に住まう者とは言え、あまりに妄信的すぎないかと訝しんでしまう。
「・・そんな・・・ティーファが・・」
サーシスが悲痛そうに呟くのは、自身が手を貸した事で、ティーファを傷つけた経緯があったからだろう。
正直、フィリアを危険に晒したという事より、実際に惨たらしく傷を負わせた事の方がサーシスの後悔を深めた。
「タヌス。貴女もまたチェンジリングで、妖精の術が使えますね」
「え・・あ、は、はい」
サーシス同様に後悔に俯いていたタヌスは、マリアの質問に慌てて答えた。
「全てはそれがきっかけです。貴女方の犯行が明らかになったのも、ティーファの事も・・。・・ティアラに見せてもらった事があります。『魅了』は使えますね?」
「・・・はい」
まるで自供するようなタヌス。
それは、後ろめたさがそこにある証拠だった。
「・・内部に手引きする者が居る事は、早々にわかりましたが、そこから先は手詰まり。・・・そんな折、姫様が市井に逃亡しました」
フィリアは聞こえているだろうにティーファの方を向いたままマリアに振り向くことはない。
「そして、帰ってきてからしばらくして姫様は『魅了』を使えるようになっていました。だから事情を訪ねたのです。『どうやって使えるようになったのか』と」
「・・・・」
「え・・ナンシー様では・・」
押し黙るタヌスに代わり、サーシスが聞いた。
その話は聞いていた。妖精が使える術をフィリアが使えるようになったと。
ちょっとした騒ぎとなったその事件。
だが、ナンシーの事もあり、誰もがナンシーの模倣だと思った。
「いえ。ナンシー様ではありません。ナンシー様に『魅了』は使えませんから。・・ですよね」
「はい・・。私が使えるのは、『誘惑』。・・似て非なるもの。・・特性のみならず、波長までよく似た術なので、僅かに異なる『魅了』は、私には使えません」
ナンシーは硬い表情で答えた。
しかしその瞳はタヌスに向かい、不安そうに揺らいでいる。
「・・姫様が市井に逃亡した際、セバスが言ったそうです『洗濯侍女のタヌスと一緒にいるのを見た』と。・・ナンシー様であればリーシャ様の侍女となる為の研修として、下働きや雑務をしていらっしゃいましたので間違いではありませんが、タヌスは違います。セバスも当家の使用人。側近の紹介など何よりも優先してされたはずです。・・と、なれば、認識の阻害、もしくは精神干渉。・・当然、その後セバスは、未熟さを指摘され、再教育となりましたが、それ自体は大きな手がかりです」
「それで・・疑われたのですね・・・」
「・・今回の事は精神干渉の関与が多くありました。その中でもナンシー様の洗脳は特に強いものでした。・・妖精、それもリャナンシーにそんなものをかけられるのは、よほど卓越した術者か・・心を許すほどに親しい者でしょう」
ナンシーは下唇を噛み、色々な感情を押し込めた。
だが、それでも、タヌスを見つめる目には、侮蔑も、怒りもない。
唯一見える負の感情は、哀しみのみだった。
そして、タヌスも、そんなナンシーの視線を背に感じながらも、決して振り向くことはない。
自嘲するように嗤い、俯く彼女の本心は見えない。
それでも、人を騙して喜べる人物でないのだけは、わかる。
「・・そして姫様は、そんな貴女を不信に思い、隠れて貴女を観察・・監視していたそうです。・・その時に『魅了』を見て、覚えた・・・見ただけで・・はぁ、そういうことです」
最後は溜息と共に面倒くさくなったように、諦めにも似た声となっていた。
「ふつかはかかりましたよ!」
その訂正は必要だったか?
「ヒメ、まえは、みっかはかかったって」
しかも、見栄を張って、鯖まで読んで。
「・・・なるほど、それがきっかけだったのですね」
友にまでかけた術。それが、全てのきっかけになった。
因果応報ではあるが、俯いたままのタヌスの声はあまりに痛ましく、ナンシーの胸はさらに締め付けられた。
「そして、ティーファの話ですが・・・この子、その『魅了』を数回で覚えたのです」
「は?」
「にかいです!」
だが、流石にタヌスもそれには、間の抜けた声と共に、顔を上げた。
フィリアの三日での習得も驚きではある。前代未聞の珍事でもある。
それでも、事前に知っていたが為に、驚きはしなかった。
だが、初耳の情報はそれを上回った。
そして、ティーファよ。
その訂正は必要か?
そんな所まで主人に似なくてもいいんだぞ。
「・・・本来、種族特性で、妖精にしか使えないものです。・・姫様もありえなくはあります。・・ええありえないのです。・・・ですが、そこは・・姫様ですので・・・」
「まりあ、まりあ、それってどういう――――」
「ですが、ティーファは普通の女の子です」
「まりあ!?わたくしも、ふつうの――――」
マリアとティーファに視線が集まる。
だが、その二人に挟まれている筈の存在には誰も気を向けない。
「・・ただ、ティーファは、トリー家の者です。・・祖先には精霊や妖精がいた、とさえ噂される一族です」
「・・本当に噂なんだがね・・・」
ティーファの保護者として、部屋の隅に控えていたマルスが小さく、嘆息と共に呟いた。
「我が家と同じく、建国の・・・いや、それよりも以前から続く、歴史ある一族だからな。・・いろんな噂も生まれるさ。それに、トリー家が精霊や妖精の術を使える精霊師を多く輩出するのも事実だ。実際、マルスの姉は精霊師だったしな」
ティーファには元より妖精の術を使うための素地があった。
だが、あくまで素質の話。訓練も研鑽もなく習得した異常さは変わらない。
況してや単なる術ではなく、種族特性などという本能に近いような技など、前代未聞だ。
「さらに、これです。・・・ティーファ。『花』を見せてください」
「あ、はいっ」
ティーファは腰から、わたわたと黒杖を抜くと、その先に魔力を集めた。
すると、高速再生でも見てるかのように、杖の先端に翡翠の結晶が蜂起して、宝花が一輪咲いた。
「「!?」」
「・・・フィーより発動が早いな」
「・・それに、翡翠の宝花とはね」
二人の罪人は目を見開き、ゼウスとグレースさえその見事な術の手腕に驚きを零した。
だが、その中、アンネだけが気まず気に眉を寄せた。
「・・軽く、こんな術もあるよ、くらいの感覚で教えたのに出来ちゃいました・・・」
「・・・アンネ安心なさい。ティアラも同じでした。・・リリア様と三人。こんな術が使えたら素敵ね、などと言い合っていたら、何の気なしに使っていたのです」
「すごいね。宝花なんて、最高の習得難易度なのに、初見で使えるなんて」
「ヒメのほうがすごいです!!はじめてで、いっぱいおはなをつくれたんですよ!!」
目の前で規格外を目の当たりにした事のある二人は哀愁を滲ませたが、そんな二人の想い、その空気を読まずフリードとティーファの純粋な称賛が疎ましい。
そして、少し鼻の伸びたフィリアのドヤ感は非常に腹立たしい。
ちなみに、フィリアに宝花を教えたのもティーファ。
しかも、教えたといっても、一度術を見せただけ。それだけでフィリアは、マスターしてしまった。
ティーファは間違いなく非凡な少女。それどころか、才に溢れている。
だが、あまり表立たないのは、この、規格外が服を着て歩いているような化物が傍にいるせいではなかろうか。
・・薄々気づいてはいたが、今改めて、本人に代わり謝罪しよう。
しかし、だからこそ、マリアの説明の中で、ティーファは特出していない。
フィリアと二人並んでの評価にしか聞こえない。
ティーファの魂こそが、そのティアラだと思う様なきっかけも、フィリアの非常識に霞むんでいる様な気さえする。
「そして・・・」
マリアは視線を周囲に飛ばした。
それに察して、ゼウスとフリードは即座に視線を逸らすように背を向けた。
さらにそれに続くように、フィリアの男性側近たちも。
事情を知らぬサーシスだけは少し遅れたが、男性が皆、同じように背を向けるのを見て、空気察して自身も目を伏せた。
マリアはそれを確認して、ティーファに視線を向けた。
「ティーファ。『花紋』を見せてください」
「え、あ、は、はい」
マリアの言葉に、ティーファはベットに膝立ちとなり、背を向けると、上着を捲し上げ、ズボンを少しだけずらした。
「!?」
それを見てタヌスが息を呑んだ。
「ティーファたちが従えた従魔は、どうやら聖獣だったらしく、聖痕が刻まれたようです」
褐色の肌に、白い線で描かれた、花紋が映える。
「・・ほんとうは、ヒメとメアリィと、おなじ、ひまわりがよかったです・・」
「てぃーのかもん、きれいですよ!それに、てぃーのおはなは、わたくしのおはなでもありますよ。だって、わがやの、『れおんはーと』の、おはなだもの!」
「・・『カトレア』」
タヌスの小さな、思わず漏れたような呟き。
それを耳に掠めた瞬間、サーシスの肩が揺れた。
「右の腰付け根・・場所まで同じです」
「・・・か、母さ、ま・・」
ツー、とタヌスの頬を伝う涙だが、タヌス自身もその存在に気付けない。
思わず漏れた言葉さえも、無意識に漏れたもので、タヌスは放心したようにティーファを見つめたまま力を失った。
そして、その隣からは、押し殺し咽び泣くような気配が漏れている。
「・・精霊信仰にある転生では、姿かたちも、魔力も、全てが全く異なる存在になると教えられます。・・だから、偶然と言われてしまえばそこまでです」
マリアはティーファに服を直すよう促した。
「・・・ですが、妖精の術を使え、翡翠の宝花を咲かせ、花紋もそれを刻まれた場所も同じ。・・・レオンハートに縁深い家に生まれ、・・リリア様とアーク様の愛し子の親友」
「魔力こそ、少し多い程度ではありますが、その才は十分将来、魔導師を目指せるものです。さらに言えば、魔力制御に関しては、同年代どころか、姫様以上の腕前です。・・ティアラ様も、多大な魔力量よりも、ジキルド様が師だった言うこともあるのでしょうが、魔力制御の正確さで名を馳せておりましたね」
アンネはベットに寄り、フィリアと共にティーファの服を直すのを手伝いながら、マリアの言葉に、師として見た、ティーファの所見を述べた。
アンネにとっても、何も感情がないわけではない。だが、アンネがティーファにその影を望むことはない。
「・・・それらを、単なる偶然と割り切ることは出来ず・・ティアラが帰って来てくれたのだと、願望を抱かずにはいられませんでした。・・私たちも貴女方と、何ら変わりませんね・・・」
だが、マリア、そしてリリアはティーファに別の影を見てしまった。
眉根を寄せた表情は、辛く、後悔すら滲んでいた。
「ティーファはティアラではない。それはわかっているのです。・・だから、『月桂の髪飾り』を贈るのは、自分たちの身勝手な自己満足です。・・更に、姫様にそれを押し付けようなど、私どもの我儘以外の何物でもありません」
マリアが見つめる二人は、寄り添い、過去の光景と重なるが、同時に、彼女たちは別人なのだとも、改めて思う。
「・・ですが、私どもでは、駄目なのです。・・ティーファの親友は姫様ですから、ね」
そう言ってフィリアに視線を合わせたマリアは深々と頭を下げた。
「・・・姫様。こんな我儘を言いまして申し訳ありません。あまつさえ、利用しようとなど――――」
「ありがとうございます」
「え・・」
返ってきたのはティーファからだった。
照れるような、嬉しいような、少し頬を染めた表情でマリアに感謝を述べた。
「ヒメからのプレゼントです。うれしいです!」
「まりあ。てぃーも、よろこんでいます。・・なら、もんだいなしですね」
死んだ親友に重ね合わせ、身代わりのように扱ったのだと、後ろめたさがあったのに、小さな幼女たちは、贈り物を素直に喜んでいる。
ティーファはともかく、フィリアはそんなマリアの気持ちにも気づいていた。
だが、当のティーファが喜んでくれるならそれで良かった。それに、ティーファはフィリアから贈られる事実にこそ価値を見出している。ならば、フィリア自身もリリアやマリアの代換えで何の異論もない。
そもそも、前世とは違い、まだ宝飾品が、手軽ではない。そこに、関係のない他者の想いがあることなどよくある話だ。寧ろ、そういう想いが込められた物ほど価値が有る。
マリアもリリアも真面目すぎるのだ。
当事者であるからこそ、余計になのだろうが。黙っていれば知らなかったのに。
フィリアは、マリアを見て、少し呆れたように微笑んだ。




