↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/214

110 老紳士のハンカチーフ



 「・・ローズヒップティーもいいが、この緑茶というのも中々だな」


 「はい。まだ試作段階で、市場に出回ってはおりませんが、本日そのあたりのご相談もされるそうですので、少々譲って頂けるようお願いしてみましょう」


 「そうだな。・・全く我が家の孫たちは多才で困るな」



 湯気を懈らせ、談笑し合うジキルドとリチャードの主従。



 「はぁ・・。そんな事よりも、まだ帰らないの?」



 溜息とともにじっとりとジキルドを見つめたナンシー。

 彼女はジキルドと並んでカップを傾けているが、ジキルドの後ろに控えるリチャードを見ては、優雅に座っている事に居心地の悪さを感じていた。



 「だから先に帰っていいと言っただろうに」



 呆れたように嘆息をこぼしてみせたジキルドだが、ナンシーはそんな態度のジキルドに怒りさえこみ上げる。



 「護衛もなしで残せる訳ないでしょうが、・・・何よ」



 至極真っ当な事だと、ナンシーは不機嫌を隠さず言ったのだが、そこに返ってきたのは目をまんまるに見開いたキョトン顔の二人。

 それに対して更にナンシーは居心地は悪くなった、そしてジキルドとリチャードは互いを見合って、小さく笑った。



 「お前が心配してくれるとはな」


 「ゼウロス様に良い土産話が出来ましたね」


 「なっ!?・・そんなんじゃっ」



 さっきまでの嵐が嘘のように咲き誇る花畑。

 三人の間に花弁の風が吹き抜けた。


 そこには荒廃したような嵐のあともクレーターも何も残っていない。


 満開の花々。その絨毯は少しの綻びもなく丘全体に広がっていた。




 『それでは先に帰ります』


 そう言ってマーリンたちは急ぎ帰っていった。

 その際、拘束されたサーシスも共に連れられ、ジキルドの護衛はいなくなった。


 そもそもジキルドに護衛の概念が必要かも疑問だし、リチャードだけで十分どころか過剰だと思うが、それでも、気遣ってくれたナンシーの優しさに笑みがこぼれる。


 最近では、ナンシーのその優しさが広く知れ渡り、密かに人気が高まっていたりもする。

 かつては目立たぬよう認識阻害をしていたからこそ、彼女の本当の魅力はあっという間に広がっている。


 そんなナンシーも本当なら友であるタヌスの傍にいようと思ったが、その役目はリーシャに譲り、もう少し残るというジキルドに何も言わず付き添ったのだ。

 親の敵であることは確かだが、もう事情も知り、理性もまともな彼女は、ジキルドに別の感情を抱きつつあるのだろう。その事を本人が認めるのにはまだ時間は必要だろうが、父の心を無碍にするようなことはないと思える。



 ちなみに、焦った様子のメアリィは箒に跨ろうとしたところでマーリンに捕まり、無言で連行されていった。フリードとリーシャはその時決して視線をメアリィに向けることはなかったが、無罪放免はありえないだろう。



 「・・・それで?いつまでここにいるのよ。いくら最近、気温が高くなって来たといっても、もうそろそろ帰らないと体に障るわよ」


 「・・・うっ」


 「ちょっ!?何泣いてんのよ!?」


 「・・兄さん・・義姉さん。・・・ナンシーが優しいです」



 そっとハンカチを差し出したリチャードだが、自身ももう一つのハンカチで目元を拭っている。


 ナンシーはそんな二人から視線を逸らし大きく溜息を吐いた。実に居心地が悪そうに。



 「大旦那様もリチャードもそれでは、ナンシー様が戸惑われますよ」



 三人だけの空間に声が割って入った。

 その瞬間に警戒に魔力を漲らせるナンシーだが、それに対して残りの二人はまるで警戒心がなく、涙を止められずにいる。


 だが、ナンシーもその声の主を振り返り姿を確認すると警戒を緩めた。



 「ミゲル先生・・」



 ゆっくりとこちらに歩み寄るロマンスグレーの老紳士。

 ベージュのジャケットを着こなし、老いではなく渋みを増す、ナイスミドル。


 天体観測所常駐の教授ミゲル。


 彼は花畑を歩む様さえ絵になる。

 ジキルドもリチャードも素敵な年の取り方をしているが、ミゲルと比べればまだまだ深みが足りない様に見えてしまう。



 「そう言うのは、ご自身の顔を鏡で見てからおっしゃってください」



 だが、そんなナイスミドルの精悍な顔もまた、ジキルドたちに劣らぬ崩壊をしている。



 「そんな事おっしゃられましても・・大旦那様も、ゼウロス様も、知っている身としては・・感情を抑えきれず・・・ぐす」


 「・・ミゲル様。よくわかります・・・ふぐ」


 「・・・・ありがとう。ミゲル兄さん・・うぐ」


 「・・・・・」



 いい歳した男たちの男泣き三重奏。

 ナンシーの目から温度が見る見るなくなっていく。



 「・・もういいですか?ミゲル先生がここに来たということは、ディーニはミゲル先生を待ってたんでしょう?・・なら早く要件を済ませて。帰るわよ」


 「ゼウロス様。ご息女は優しく、しっかりした、素晴らしいレディにご成長なさいましたよ」



 いつの間に摘んだのか、たんぽぽの綿毛に語りかけるミゲル。

 と言うか、最早たんぽぽなど枯れているはずなのに、どこから摘んできたのか。



 「・・そうだったな。うん。そうだな・・ぐすっ。ミゲル兄さん」


 「・・はい・・ぐすっ」


 「・・・・・」



 いつまでもハンカチを離せない連中にナンシーの視線は鋭さを増していたが、ようやく本題に入ってくれるようだ。



 全然、涙が引かないミゲルはたんぽぽを口元に近づけ、フッと息を吹きかけた。


 綿毛は吹き散り、空気の流れに添って漂うように流れ、広がる。

 その綿毛と共に風が吹くように花弁も舞い上がり花吹雪が吹き抜けた。


 そして、風が通り抜けた後には、ヒラヒラと舞い落ちる花弁と一人の影が残った。


 誰もいなかったはずの場所に黒衣の影が膝をついてそこにいた。



 「っ!?」



 夢幻の如く、突如として現れた存在。


 だが、それに驚き身構えたのはナンシーのみで、シニア三人組は誰ひとりとして反応をみせない。



 『――――ここは・・・・・っ!ここはどこ!?』



 どうやらナンシーのみではなく、現れた張本人さえも予想外でいきなりの事だったらしい。

 慌てた様に周囲を見渡そうと首を振っている。



 「彼は・・『精霊』?」



 訝しむナンシーは確信が持てない。

 気配は妖精よりだが、その気配は隔絶した様に違う。確実に精霊だ。


 だが、目の前の存在はあまりに傷だらけ。

 精霊が傷を負うなど滅多にない。況して、裂けた黒衣から覗く傷が塞がる気配が微塵もないなど、妖精でさえ有り得ない。



 「・・・ほう。『精霊殺し』の宝花とは・・。とんでもない『呪』を送ったものだな」



 ずず・・と鼻を啜ったジキルドは、少し鼻声で呟いた。

 その呟きはナンシーにも届いた。


 確かに、傷以上に目を引くのは、眩い程の結晶花。

 身体中から吹き出すように咲いている。


 だが、『精霊殺し』などナンシーは聞いたことなかった。



 「ディーニ。『精霊殺し』って?」


 「ん?知らんのか?・・全く、妖精ならちゃんと知っておきなさい。・・リチャード。帰ったらナンシーに家庭教師を手配してくれ」


 「畏まりました。・・ですが、ナンシー様は妖精であることを隠され生きてこられたのですから、そんな責めるような言い方はよろしくありませんよ。せっかく心を開かれ始めたナンシー様から嫌われてしまいますよ」


 「何!?ナンシーすまない!!ごめん!!悪かった!!・・だから、その、その」


 「・・・・あぁ、はいはい、そういうのいいから。で、『精霊殺し』って何」



 まるで緊張感がない。

 目の前に未知の存在がいるというのに、なんでこの一族はこんなに能天気なのだろう。

 そして、その従者も、行き着く先は主人に似てしまうのだろうか。



 『ふざけるなっ!!さっきからっがっ!?』



 当然その事に一番、憤るのは話題にされながらも放置される彼だろう。

 だが、飛びかかろうとでもしたのだろうか。その瞬間、悲鳴のような苦悶を溢し地面に突っ伏した。



 「馬鹿ですね。拘束も何もしないで大旦那様の前に出すわけがないでしょう」



 ミゲルは心底呆れたように溜息を吐いた。



 「拘束?悪魔を?こいつ『禍ノ芽』だろ?腐っても大精霊だぞ?」


 「悪魔!?禍ノ芽!?」


 「あぁ、やはりそうでしたか。どおりで並みの悪魔より抵抗があると思いました」



 あまりに淡々と交わされる会話に、ナンシーの方が追いついていない。

 だがナンシーの方が一般的な反応なのは間違いない。


 目の前に居るのは『悪魔』。

 それも、その中でも『禍ノ芽』と呼ばれる最高位の悪魔。


 先に、フィリアたちに返り討ちにされた『肆ノ葉』と呼ばれていた悪魔。



 「ですが、ちょうどグレース様がゼウス様の為に強力な拘束具をお持ちだったので、少々お借りいたしました」


 「大精霊さえ押さえ込めるようなものとは、流石にゼウスが可愛そうだな・・」



 精霊さえ拘束出来る拘束具はないわけではないが、その稀少性は高く、即席で準備できるものではない。それはレオンハートといえ、例外ではない。



 「ちなみに、マリアさんも購入を検討されておりましたよ」


 「・・・うん。先人を超えてこそ新たな時代を作れるからな、次世代は実に有望だな」



 手のひら返しがあまりにも鮮やかだ。

 最早フィリア基準であれば大抵の事が瑣末なことになりつつある。



 「それで、『精霊殺し』だったな」


 「いや、それよりも悪魔って――――」


 「『精霊殺し』とは言ってしまえば魔力に対する毒のようなもの。精霊や妖精のような存在そのものが魔力で構成されるものにとっては、これ以上ないほどの毒となる。・・その中でもあの、宝花は特に厄介なもので、魔力の元から発芽し、半永久的に魔力を吸い続ける。当然魔力体の存在であれば、そのままにしておけば、存在そのものが消えるだろうな。・・更に吸われた魔力は「無色」となって霧散するため返って来ることはない」



 出血が止まらぬ場合の末路など言うまでもない。

 まさにそれと同様の事が起きる。


 そして、これは魔術師相手にも有効で、単純に魔術が発動出来なくなることも多い。



 「だが、これは簡単に使えるようなものではない。術式自体は単純だが、魔力を吸い上げる性質上、発動に必要な魔力さえ吸い上げてしまう為に、必要以上の余剰魔力が必要だし、ムラもある。その上、術式を対象に刻まなければならず、抵抗されやすい。無機物であれば発動はしやすいが・・。かつて戦術に使われた際、設置する時に多くの犠牲が出たほどに、扱いの難しい術であり、実践では中々使えないのだ。・・・とは言え、妖精にとって脅威であることには変わらないからな。ナンシーも知っておきなさい」



 ちなみにこれを発動させたのはもうすぐ二歳の幼女。

 我らが非常識姫、フィリアである。


 もうそろそろ真剣に、人類の未来のため封印を考えた方がいいような気がする。


 ・・・命を奪えば?誰が?どうやって?無理でしょ。



 「なるほど・・。うん、ありがとう。・・で、そんな事より、悪魔って何さ」


 「なんだ。悪魔も知らんのか?」



 そうじゃないと思う。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。