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ユーシャハシナナイ  作者: 日暮蛍
灰が残らないほど
23/23

燃えて、燃えた、燃え尽きた。

ジャネットを名乗っていた存在は再びアシバの部屋に訪ねた。

部屋の中は酷い有様。

家具は焦げており、ベッドは今も火が点いている状態だ。

壁や床にはおびただしい量の血痕が付着していた。

部屋の中央でアシバが自分の首に刃物を突き立てていた。


「何を?」


部屋に入ったその存在はアシバに話しかける。

するとアシバは首に突き刺さっている刃物を抜き喉元を押さえる。


「しな、しね、死ねない。」

「そりゃあ、そう造りますたから。なぜ自害を?」

「…ナナのいない世界で生きたくない。」


アシバはそう言って両手で顔を覆う。


「だって、ナナの事が好きだと知って、ナナが死んで。そしたら何もかも嫌になって、何で僕が生きて、他の奴らが生きてナナが死んだのか不思議で。気がついたらこうしてた。」

「これが後追い。愛、恋、深い。」  

 

アシバの言葉を聞いてその存在は一人で頷く。


「ねぇ、ジャネット。」

「あ。もうそう呼ばらず。正体看破されますただ。」

「あぁ、そうなんだ。」


アシバは最初から目の前の存在の正体を知っていた。


「じゃあ【7災シン】って呼ぼうか? あんたそれなんでしょ。」


そして【7災シン】がショーの悪役の親玉として用意された架空の存在ではなく確かに存在している意志を持つ災厄である事もその内の一存在が目の前にある事もアシバだけが知っている。


「それは名前ではなく、くくりの名称。」  

「そう。」


その存在と話しているおかげで少し落ち着いたアシバはようやく顔を上げる。大量の血が流れ出たにも関わらずアシバの顔色はとても良い。傷口もあっという間に塞がっていく。


「まぁあんたの事はどうでもいい。それよりもお願いがあるんだけど。」

「何かな?」 

「死にたいから何とかして。」

「唐突。」

「それかナナを生き返らせて。」

「唐突にそれはもっと無理。」

「だよね。」

「死せる方法は差し出せる。」

「本当?」

「ある。しばし時間割く。追尾頼む。」

「分かった。」


部屋から出て今では自分の研究室として使っている場所へ向かう存在にアシバは着いて行く。



◆◇◆◇◆



「できた。」


研究室で災厄が作り出したものは試験管に入った透明感のある赤い液体の薬。

 

「これ飲み干すば死ねる。」


アシバは災厄の持つ薬に手を伸ばす。

アシバの手に渡る前に災厄は薬をアシバの手から遠ざける。


「注意事項の確認をせねば。これは確かに自害できる薬物。だけどそれは個体名アシバを燃やし尽くす効能。その火力、この世界だけでなく箱庭も燃え尽きる。灰すら残らない火力が放出する事確実でしょう。」


つまりアシバがこの薬を飲めばアシバだけでなくこの世界の人達も箱庭で生きる人達も全員等しく死ぬ事になる。


「それでも飲み干す?」


今度はアシバの前に薬を差し出す。

アシバはそれを手に取り蓋を開けそのまま一気に薬を飲み干した。


「あーあ。飲んじゃった。言ったのに効能真実なのに。」

「どうでもいい。ナナがいないなら、他はどうでもいい。」

「君が守った世界が燃えるのに。君が守った人が燃えるのに。」

「他に、やる事がなかったから。命令されたから、やっただけ。」


薬を飲んですぐアシバは苦しそうに胸元を押さえ、うずくまる。

時間が経つにつれてアシバの周囲の温度が上がっていく。


「では私は個体名アシバが燃え尽きるまで退避せり。」


そう言って今までジャネットの名前を使っていた災厄はアシバを残してその場から立ち去っていった。

もうアシバの耳には何も聞こえない。自分の中にある熱に苦しみながらぽそりと呟いた。


「…ナナと同じところに行けたらいいな。」



◆◇◆◇◆



「だからな! ジャネットはジャネットではない! あいつは偽者だったんだ。」

「突然どうしたんですかボルダー様。」


逃げ出したボルダーはすぐに部下達を集めあの災厄を始末しようと動こうとしていた。

ボルダーがすごい剣幕で部下達に命令している時、慌てた様子で入って来た者が息を切らしながら告げた。


「大変ですボルダー様! あちこちが火の海で。消火が間に合わず多くの被害が」


その報告が最後まで伝えられる事はなかった。ボルダー達がいる場所まで火の手が来た。炎は容赦なくその場にいた者達も燃やしていく。

次々と人がなす術なく燃えていき、最後に残ったのはボルダーだった。


「なんで。なんで。火事? ここがなぜ燃えている。」


目の前で起こった事が信じらず現実逃避をしそうになったが、燃える音と熱がボルダーを現実へと引き戻す。

ボルダーは急いで連絡端末を取り出す。


「おい! 今すぐ火事を消せ!」


ボルダーは登録されている連絡先全てに繋いだ後、大きな声でそう言ったが誰も応答しない。


「なんで、なんで誰も出ない!」


全員燃えて亡くなってしまったからだ。この世界で最後に生き残ったのはボルダーだった。

そうとは知らないボルダーは無我夢中で連絡端末を操作している。


「誰か、誰か俺を助けろ! 早く来い! 誰でもいいから来い! 俺を助けろ聞こえているんだろ。無視をするな!」


他に誰もいないから誰も助けない。


「…嫌だ。死ぬのは嫌だ。」


空気の熱で叫ぶ事すら出来ない。

燃え移った火が勢いよくボルダーの体を焼いていく。


「嫌だ。嫌。いやだ。」


ボルダーは最後まで生存を諦めなかったが、その望みが叶わなかった。



◆◇◆◇◆



箱庭と呼ばれる世界の内の一つ。

ナナが生まれ育った世界にあるカリンナ王国でめでたい事が起きたのか人々はお祝いしていた。


病魔に侵されていたこの国の姫、ラマン・カリンナの病が回復したのだ。

姫の婚約者である青年が姫の治療法を見つけ出したおかげだ。


国中がお祝いしている中、国民の一人であるリナは複雑な表情を浮かべていた。

姫の病のせいで可愛がっていたナナがこの国から逃げていった。

そう思っているリナは姫の回復を素直に喜べなかった。


「あの子元気だといいんだけど。」


ナナの安否を気にし空を見上げた時、リナは驚きで目を見開いた。

先ほどまで青空だったのに今は真っ赤に染まっている。夕方までまだ時間があるにも関わらず。

何事だと人々が空を見上げている時、赤色は炎になりあっという間に世界を燃やしていく。

悲鳴が、助けを求める声が、死にたくないと懇願する声が世界中で響く。


その声さえも燃え尽きていく。



◆◇◆◇◆



燃えて燃えて燃えて燃やして。

人も生き物も建物も自然も歴史も光も世界そのものが燃えて。

何もかも燃やし尽くして、最後まで残ったのは闇と小さな火。


その火はアシバの成れの果てだ。


燃やすものが無くなっても辛うじて火はついたまま。


「まだ残りましたか。」


火に近づいて声をかけたのはアシバを造った災厄。ほとんど何もないこの場所でも災厄は平然と歩き喋っている。

災厄は火のすぐそばに座る。


「燃えて燃えて燃えて。全てを燃やした。何もかも捨てた。ジャネットの言葉を再現したかの如く。」


返事は無い。すでに自我というものすら燃えてしまった。 

「これが、愛。これが恋。ここまでされてしまえば認めざるをえぬ。」


火はだんだんと弱くなっていく。


「いいな。いいな。羨ましい。私も早くなりたい。恋して愛して手に入れたい。」


火は今にも消えそうだ。


「アシバが出来れば私もできる。私から生まれた君ができた。出来ない理由は無い。」


ついに火は消えた。

最後に残ったのは何も無い。何も生まれない闇だけ。


「楽しみだ。」


真っ暗闇の中災厄は嬉しそうに呟き、ここではないどこかへと行ってしまった。


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