第47話 金が要らないというやつは信用できない、それが例え英雄でも。
「勇者様は奴隷商人だったのかい?」
王城の応対室のソファに深く座り、軽率な態度で俺を見て聞いてくるこの女性。名前をチェーン・ブリッジという。キングオーガが住んでいた鉱山洞窟を王国と隣国で調査するため、送られてきた隣国側の調査員。本業は商人らしい。
白いコートに白い毛皮のファーが付いた服を着ており、黒いロングヘアの年上の女性だった。だが、その表情からはいたずらっ子、もしくはいじめっ子のような印象を伺えた。その隣に人形のように無機質な黄色の長い髪の女性が白いドレスを着ている。いや、着させらているかのような違和感を出しながら、座っていた。名前はエルというらしい。その目はまるで作り物のように綺麗だった。
「いや、彼は僕のだ」
反対側のソファでさもそれが当然、真実と言わんばかりの真顔で言うのは我らが王国の勇者様、アニスだ。アニスは広いソファの真ん中にちょこんと座り、右隣に俺を置き、左隣にアモンさんを置いていた。
応対室の扉に、警戒するように立っているのはシャーロットさんとエア・バーニングさん、それとチェーンさん側の私兵でロックスさんという目や鼻、口に深い傷跡がある傭兵。緑色の迷彩柄のジャケットを着た強面のお兄さんだ。関わらんとこ。
「あー、奴隷を買ったのか、良かったね、君、奴隷の身分で高価な物着せてもらえて」
「違います! 奴隷じゃないです!」
「え? なら、趣味? もしかして、君たち、そういうのが好き系?」
「これは罰だ」
どんな罰だと言うのか、まさか、後輩をからかっただけで人生最大の屈辱を受けるとは。というか、本当にエア・バーニングさんの妹は鬼だ。兄とは大違いだな。そりゃ俺が悪かったかもしれないが、あんな演技までして俺を貶めるとは……。
「罰ねえ、奴隷じゃないけど、君は犬だね、大丈夫、私はこう見えて博愛主義者だ、君の事も平等に扱おう」
豊満な胸を張って、笑い飛ばす彼女を見て、俺は苦笑いどころか早く解放してくれという感情しか湧かなかった。
「私も犬が欲しいです~! 良いですよね~! あの三つある頭~!」
突然、話を振ってきたのはアモンさんだった。いつから飼いたいペット談義になったんだ。
「それは犬じゃなくてケルベロスですよ、ペットじゃなくて魔獣ですよ!」
「え~! 可愛いじゃないですか~! 文献では飼い主に忠実で、甘えてくる事もあるそうですよ~!」
俺のツッコミなどなんのそのだな。相変わらず。
「大体、ケルベロスなんてかなり昔に魔王軍が攻めてきたときに一匹確認されただけの希少種だから無理ですよ」
「いや、そんな事は無いぞ! 犬君! 信じれば居る! 信じなければ居ない!」
話に混ざってきたのはチェーンさんだった。アバウトな論を自信満々に言うな。後、俺の事か? 犬君とは。
「犬君とは俺の事ですか?」
「ああ、君の名前は犬君だ!」
「いえ、俺の名前はアービスです」
「いや、犬君だ!!」
なぜ指を指されて初対面の人間にお前は犬だと言われなければいけないのか。
「僕のアービスを犬扱いして良いのは僕だけだ!」
「え~! 良いじゃないか~!」
人を犬扱いして良い人間はこの世にいないよ! 大体、話は逸れたが、なんの集まりなんだこれは。まさか、洞窟に行くまでこの部屋でこの女性の話し相手になれと言う事か?
「おい、ここでお喋りだけなら俺は帰るぞ」
しびれを切らした人がもう一人。シャーロットさんだ。歯に衣着せぬその態度は今、この状況から抜け出すのに貴重な人材だ。早く帰って首輪を外したい。
「シャロちゃん~! シャロちゃん~!」
そんなシャーロットさんに甘えるように名前を呼びながら立ち上がったのはチェーンさんだった。シャーロットさんは目を細くしてチェーンさんを見つめた。
「んだよ、チェーン、シャロちゃんって呼ぶなっていつも言ってんじゃねえか」
知り合いなのか? いや、シャロちゃん呼びをたしなめてはいるが怒鳴ってないから旧知の仲とか?
「今年も武闘大会楽しみにしてるからな~!」
「今年も金と人材提供すんのか」
ああ、なるほど、チェーンさんはスポンサーなのか、なら三年連続優勝者のシャーロットさんとも面識があっておかしくない。
「そりゃするさ~、この国で数少ないイベントの一つだろ? お披露目会は他の国から来ちゃダメ! って言われて死ぬほど萎えたし」
「お前が萎えたところで知らねえ、それよりこの部屋に籠るなら私兵だけで充分だろ、ロックスまで連れてきやがって……いや、ロックスを連れてる時点でわかってる、お前誰かに狙われてるだろ」
シャーロットさんの言葉に俺はぎょっとした。狙われていると言う事は本格的な護衛任務じゃないか。
「わざわざ勇者パーティー全員を高い金を払って王様から借りたんだろ? そりゃ裏がねえわけがねえ」
「待ってくれ、高い金とは? 勇者業は無償で民や国を守る――――」
「は? エア・バーニング、なに甘い事言ってんだよ、国外追放した時の報奨金だって出るぞ」
エア・バーニングさんはこれまで閉じていた口を開き、あまりそういう否定的な意見を言わないはずが、今日はなぜか食いついてきた。
「それは国が感謝の気持ちから出してくれるものだろう? だが、私たちを国が通して雇うのに金が要るのは聞いていない、勇者とは無償ですべての人を助けるものではないかい?」
「あめえよ! お前、こっち命かけてんだよ、いつ起きるか分からない国からの依頼は謝礼金を貰って、他の民を救うのに自分から行動したとかならともかく、別の国や正式な民からの依頼まで報奨金貰うなとかそんな不安定な収入で暮らして行けってのか!?」
なるほど、エア・バーニングさんは元々、無償で戦ってきた人だ。普通の人からしてみれば理想論だが、それを実行していたエア・バーニングさんには理想論ではないのだろう。エア・バーニングさんは人の善意で生きてきた人だ。
「国から毎月、貰っているだろう?」
「足りねえよ!」
最上級魔術士は国から月額で金を貰っている。彼らは存在してるだけで国防になっているのだから当たり前といえば当たり前だ。金額は分からないが贅沢をしなければ生きていける金額とは聞いた。ちなみに俺は最上級魔術士ではないが、勇者パーティーに加入金が毎月出ている。そう思ったら結構貰っているはずなのにシャーロットさんの足りない発言はすごいな。
シャーロットさんなんかは普段何をしているのかは知らないが、アモンさんも図書館で働いているわけじゃなくボランティアだそうだ。まぁ、借りる時にその本の事を借りる人を置いてけぼりにペラペラ語りだす人を雇う場所は無い。
「ほらほら、君たち~! 喧嘩はダメダメ! エア・バーニングくん、金を受け取れないなら降りてくれても構わないよ、私は商人だからね、金が要らない傭兵は信用ならないのさ」
二人の喧嘩を止めに入るチェーンさんは笑ってはいたが、目が笑っていない。
どんな労働にも対価をか。なるほど、確かに彼女は商売人なんだろう。




