第45話 僕のワンちゃんは悪い子だ
「アービス、君が大好きな大好きな僕でも、僕が着替えてる最中に他の娘に気を取られるのは嫌だな」
「だ、だよな! 仮にもデート中だし!」
俺は後ずさりながらまったく表情も目も曇り切ったアニスを見て固唾を飲んだ。
「一回、外、出よ?」
「ふ、服は?」
「全部買うから良いよ」
即答で答えたアニスは俺が用意したワンピースを店員に渡し、金を支払いだした。この際、逃げようかとも考えたが逃げた後が怖いから、俺はじっと待っていた。本当は奢るつもりだったが、怖くて口が動かない。
「逃げなかったんだ。偉いね。アービス。でも悪い子だ」
「矛盾してるぞ、アニス、大体さっきのはだな――――」
「さっきのは先輩後輩のコミュニケーションだったんだろ?」
ニコニコしながら俺の発言を予知したかのように当てるアニス。だが、その目は笑っていなかった。
「あはは、そうなんだよ」
「そうか、なら幼馴染同士のコミュニケーションをしようじゃないか」
「え? あ、ああ、家に帰ったらな?」
暗に甘やかせと言っているのか。それとも別の意味なのか。どちらにしても今の状態のアニスが俺になにをしてもおかしくない。
「いや、今だ」
「い、今は、店の中だし……」
「もう出るんだろ?」
「あ、うん」
そうだった。俺は威圧されるかのようにアニスに腕を絡めとられ、歩き出す。店員さんの仲が良いカップルだったな~とかいう声も聞こえた気がしたがどこを見たら仲が良いように見えるんだ。
――――
店を出て、しばらく雑貨屋や食料店などに挟まれた石畳の道を歩いていた。通り過ぎる国民たちが勇者様だと尊敬を込めた眼差しで見てくる。時たま、あの人誰だっけなどという声が聞こえてくるが誰の事だろう。
一応、俺たちが異人種トリオを倒した経緯は街の人が知っており、そのせいか尊敬を集めるようになっていたが、俺の場合は知名度がちょっと上がったくらいだ。まぁ、あの中の一人を倒したわけじゃないし、良いけどネ。良いけどネ!!
そんな理不尽に苛まれているとアニスは立ち止まってこっちを見た。あれ? なんか雰囲気が柔らかくなってるな。
「それじゃあ、アービス、四つん這いになって?」
まぶしい笑顔でなんて事を言う女なんだ。それじゃあってなんだ。
「は?」
「いや、は? じゃなくて四つん這いだよ」
「なぜに?」
「幼馴染のコミュニケーションだよ、分かるだろ?」
わかんねえよ、なんでコミュニケーションで四つん這い? それはコミュニケーションじゃなくていじめだろ。
「いや、意味がわから――――」
「四つん這いになるのか、監禁されて下と上のお世話を僕にされるかだ」
「今すぐ四つん這いにならせてもらいます!」
俺は人が少なくない通りで、露店の店主が見ている中、プライドを投げ出し、四つん這いになった。地面は熱かった。当たり前だ。どれだけ暑い日だと思ってるんだ。両手がひりひりしだした。
「も、もういいか?」
「ダメだ、まだ僕の命令は終わっていない」
「え……ええ」
これ以上、何するってんだ。もう充分俺は辱めを受けているぞ。見ろ、奥様方がドン引きだ。ゴミを見る目どころじゃないぞ。
「さて、僕の物だと証明するために首輪をしよう、アービス」
「え? あのですね、それは人道的な問題では……」
「僕は勇者だ」
だからなんだ。勇者だからなんでもしていいのか!?
「く、首輪を買いに行くまでこのままはつら――――」
「さっきの装飾屋で買った」
「いつのまに!?」
アニスがポケットから取り出したのは赤い首輪だった。人間用の首輪とか売ってるとかやばすぎだろ! あそこ!
にしても準備が良すぎるだろ。どんだけ用意周到なんだこの女! マジでするのか?
「一応、魔獣ウルフ用の首輪だから人間にも合うぞ」
魔獣ウルフってあの森とか山とかに住んでる狼みたいなやつ?あれと一緒にされてるのか!?
うっとりとした目で俺と首輪を交互に見てるとこ悪いが、どんなプレイだこれは。勘弁してくれ。俺の人間としての尊厳を奪う気か!
「い、いじめ反対! 解放を要求する!」
「君が悪いんだろ、僕が居るのに他の娘とイチャイチャしてさ、殺されないだけマシだと思えよ」
なぜ、他の女の子と話しているだけで殺されなきゃいかんのか。しかも断ったら監禁とか、四つん這いの首輪しか回避方法しかない。
「ほら、付けてあげるよ」
ま、まじかー、すげーすんなりハマったなこの首輪。しかもリードまでついてやがる。アニスがリードを持ってニヤニヤしている面を拝まなきゃいけないなんて……。
もう通行人が誰一人としてこっち見ねえぞ。いや、主婦の皆さんが井戸端会議してやがる。
ひそひそ話のつもりかもしれないが、勇者様にあんなプレイ強要させるなんてとか、勇者様も付き合ってあげることないのにとか、あいつ誰とか、井戸端会議をしだすやつらは声の音量を知らないのか? しかも俺が悪者確定しているのはどういうことだ。
「こんなところ知り合いにあったら――――」
「ぷははははっ!! あんだよそりゃ!! 犬か!? 犬のマネか!? ぷはははっはは!!」
「もう嫌だ……」
俺の格好を見て大笑いしだしたのはどこから現れたのか、シャーロットさんだ。本当に一体どこから沸いたというのだ。あの酒場村で飲んだくれてれば良いものを……!! あ、シャーロットさん喧嘩だけで飲めないんだった。




