第108話 師匠を馬鹿にするな
俺は自身の借家に向かって歩いていると、家の前に誰かが立っているのに気づいた。あれは誰だ? 暗くてよく見えない。
「あの……暗くて見えないんですが、どなたですか?」
「アービス様」
誰だ。聞きなれない男の声だ。俺は少し身構え、腰にある柄に手を伸ばした。
「私です。王国の情報管理を任されているロウ・ジーランドです」
「誰だ?」
「え!?」
「え?」
「異臭騒ぎの日に勇者様の自宅に報告をしに行ったロウです!」
「ああ! ロウさんね!」
と覚えてる風に言ったは良いもののまったく覚えていない。だが、なんか居た気がする。王城の人か。うん。思い出した。思い出した。
「何か御用ですか?」
「王があなたに会いたいと」
「王様?」
王様と言えばあの王様としか言いようがない風格の人か。話をした事さえ無いのだが。一体、何の用なんだろ
俺の警戒を含んだ視線を察したのか。ロウさんは少し気まずそうだ。まぁ、ロウさんを疑っても仕方ないしな。
「今からですか?」
「はい、大丈夫でしょうか?」
「こんな夜更けにご苦労様です」
「仕事ですので……」
ロウさんも苦労人だな。仕方ない。大人しく付いていこう。俺はロウさんの後を追って、歩き出した。
――――
ロウさんの後を追って辿り着いた王城。王城庭園を抜け、大きな門から入った王城の中は夜更けのためか、誰もが寝静まっているのだろう。照明の魔法具も動作していなかった。
なんか罠臭いな。疑いすぎだろうか。
「あの、ロウさん」
「大丈夫ですよ。王様が静かな時に会いたいとおっしゃられていたので」
俺の心配を察してか、そう言ってくれるロウさんを信じる事にした。そして、大きな階段を登っていき、ダンスフロアに入り、そこを真っすぐ進んで応対室に入った。
「こんな夜更けにすまないね、アービス君」
穏やかそうな老人が俺に向かってそう発した。この方が王様だ。寝間着姿でやせ細ったただの老人にしか見えないがマントと豪華な服を着た時の王様はそれもう王様だ。
だが、俺は王様よりもやけにプレッシャーを与えてくるそのお付二人に目がいった。一人は、女性で巨乳秘書の様な感じだ。黒いピッタリスーツを着ており、佇まいは立派だ。もう一人は黒髪の根暗そうな男で前髪で目が全部隠れていた。こちらは白服で腰に帯刀していた。
「どうぞ。お掛けなさい」
「は、はい」
俺は王様に対面するようにソファに座った。お付き二人は王様の座るソファの背後に立ち、こちらをガン見している。見た事ないな。だが、王のそば付きということは最上級魔術士だろうか。
「では、私はこれで」
ロウさんは俺を送り届けた時点で任務が終了したのだろう。部屋から出て行ってしまった。ああ。唯一知っている人物が居なくなってしまった。まぁ、結局やんわりとしか思い出せないから良いか。
「それで、私に何か御用でしょうか?」
「まぁ、待ちなさい。お付きの二人の紹介しよう」
されても困るのだが。結構ですとは言えないか。王様はまず視線を女性の方に移した。
「この女性はタルマ・サザウド君。私の補佐だ。上級魔術士だ」
上級? 最上級じゃないのか。だが、補佐なら関係ないか。優秀な人物ならどんな人物でも雇うという事か。
「よろしくお願いします。アービス様」
「ええ、よろしくお願いします。サザウドさん」
にっこりと笑ったサザウドさんに俺は上品な方だなという感想を抱いた。次に王様は男の方に視線を移した。
「こちらはトース・ボルゲ君。私の側近剣士だ。彼は中級魔術士だ」
中級? 剣の腕が立つと言う事か。王様の周りに最上級魔術士が一人も居ないという事か。ロウさんも最上級魔術士ではないようだし。でも確か料理人の方は最上級魔術士だったな。
ボルゲさんは会釈をするのみで口を開かなかった。代わりに口を開いたのは王様だった。
「最上級魔術士を雇っていないのが不思議かね?」
「いえ、私の師匠も下級魔術士ながら剣の腕は最強かと」
「おお、どなたかな?」
「テンカイという魔術学校の教員です」
「テンカイ? 知らぬな。私の見聞もまだまだということか」
「お言葉ながらテンカイという男に聞き覚えがありません。見聞が狭いアービス殿が勝手にその方を最強だと言っているだけかと」
「なんだお前」
俺はボルゲの言葉にキレた。まさかこんな場所で師匠をバカにされるとは思わなかったからだ。俺はソファから立ち上がり、無意識に自身の腰の柄に意識をやる。ボルゲもそんな俺を見て腰の剣に手を置いた。
「ボルゲ君。無礼だぞ」
「はっ」
王様にたしなめられ、ボルゲは頭を下げるが俺の怒りはそんなものでは収まらない。俺はボルゲを睨みつけたまま、ボルゲに近づいていく。
「謝れよ、テンカイ師匠に謝れ、クソ野郎」
「申し訳ございませんでした」
「ちっ」
少し礼儀がなってないとは思うがテンカイ師匠の名誉のために俺は折れるわけにはいかないのだ。
「すまない。アービスくん」
「いえ、こちらも取り乱して申し訳ございません」
俺は謝りながらソファに戻り、座りなおした。
「うむ、では用件を言おう」
「はい」
王様は俺の目を見ながら真顔で見つめてきた。俺は意を決して聞く覚悟を決めると耳を澄ませた。
「君にしか頼めない任務があるんだ」
そう言われた俺は嫌な予感を覚えながら、答えに数分を掛けた気がした。




