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風の神話  作者: 夢育美
エルダ・スティル
9/19

八話 別れと旅立ち

※サブタイトルを修正しました


1キュビエ=1.5m位です。

「エルダ・スティル」はこれで完結です。続く話しは後ほど。

 『風船かざふね』の上では、我が身に起きた事を何とか必死に理解しようと、強ばった表情をしている少女と、その表情を見て苦笑しているルマルス、至って落ちついた、しかし警戒を解いていない男の姿があった。


「乗せてもらうのは、二度目だな」

 再び高度を上げた風船が、上昇気流から安定した横風に変ったのを確認して、男が静かに話しかけた。

「これ程巧くいくとは、正直思っていなかった。

 森を抜けた時に、あんたと目が合ったのが、幸いしたよ。

 あまり余裕は無い。嵐になる前に、森の先の街道まで飛んでしまわなければ」

 男は、小さく細身な風船が、3人もの人間を乗せて飛べる事に驚いていた。


「済まないが、ミシュアを安全な場所に降ろした後、戻ってはくれまいか。

 奴をそのままにしては置けない」

 ルマルスは、やっぱりなという顔で男の方を一瞥すると、正面に向き直って愛想の無い言い方で一言だけ告げた。

「余裕は無いと言っただろう。戻ることは出来ない」


 だがそれでは、町に残った彼らを見殺しにするのか、そう言おうとした男に、やっと頬の赤みを取り戻した少女が言った。

「嵐の中では飛べないのです。

 この風船に使われている竜骨翼は、水に濡れると丸められる位に柔らかくなってしまうのです。

 雨に濡れたら、それでお終いです」


 男は少女の話を聞きながら、竜骨翼に触ってみた。

 思っていたよりも遥かに薄く、固いものだった。

 指で押したくらいではへこみもしない。そうでなくては空など飛べるものではないか、妙に納得できる感触だった。

「それに、彼らは私の持つ地星ちせいを奪いに来たのでしょう? 私たちを追って来る事はあっても、無益に人を殺めるとは思えません」


 男はその考えには同意できかねた。

 光帝直属の親衛隊、あまり良い噂は聞かない。しかしここで余計な事を言うより、取り合えず少女の安全の方が大事だと、男は考えていた。

「私は君達の町にいったん戻る。君ら二人と一緒に居ない方が、目立たないだろうからな」

 少女は男の方を見て、抗議の言葉を上げそうになったが、男の考えている事が分かってしまう為、敢えて言葉を引っ込めた。

 確かにオーマとしては、残して来た住民達の安全が気にかかる。

 でも、ミシュア個人としては、男の身が気掛かりでもある。



 西の森を2/3程過ぎた辺りで、突如ガクンとした衝撃が走った。

 何事かと思って振向こうとしたミシュアだったが、いきなり後ろから首を絞められて、呻き声を上げる事しか出来なかった。

「あぅ……」

「ひゃぁ、はっはっはぁ、つぅかまえたぞぉ~!」

 なんと、少女の首を絞めていたのは、置いて来た筈の元部隊長であった。

 血走り吊り上がった眼で、歪んだ引きつり笑いをしながら、少女の首に手を掛けている。


「貴様! 一体どうやって!」

 叫んで飛び掛かろうとした男だったが、縦に細長い船体の上に足場も悪く、バランスをとって立ち上がるのがやっとだった。

 ルマルスは必死の形相で舵紐を操り、振向く余裕さえない。

 3人でさえやっとなのに、突如現れた4人目の所為で、舵を取るだけで一杯の状態なのだ。


 明らかに風船の高度が落ち始めていた。その上、右へ左へと船体を揺らされる為か、進む速度も落ちていた。

 このままではいずれ墜落と言う事になろう。

「こぉの娘はぁ、私のものだぁ! お前らには渡さんぞぉ~!」

 少女は首を絞められている為か、ぐったりしていて生気が無くなりつつある。


 このままでは死んでしまいかねない。

 だが、今の男にはどうして良いかも分からなかった。

 奴を叩き落すだけなら簡単だ。だが、少女も一緒に落ちてしまう。

 いくら高度が下がったと言っても、この高さでは、助からないだろう。

 男は一瞬、神に縋りたい気持ちになった。こんな何も出来ない状態では、もはや奇跡を願うしか無いではないか。

 男が自らの神に祈りを捧げると、果たして奇跡は起こった。


 男の前を巨大な影が過ぎり、目の前にいた二人が一瞬にして消えてしまった。

 急に軽くなった風船が、せり上がる揚力を受けて、男ははいつくばる様にしゃがみ込まずに居られなかった。

 影の去った方向を見ると、そこには男の予想だにしないものの姿があった。

 空に貼り付いているかの様に浮かぶシルエットは、正しく伝説の存在であるドラゴンそのものだった。


 巨大な羽を広げて、ゆっくりと羽ばたきながら、男の方をじっと見ていた。

 その両手には、少女、そして元部隊長の姿があった。

 最悪だ、こんな事なら神に祈るのではなかった。

 そう感じて男は唇を噛み締めていたが、意外にも明るい表情で振り返ったルマルスが男に言った。


「心配することはない。彼らは味方だ。

 姿こそ異形ではあるが、私たちの古くからの友人だ」

 ルマルスは安心したように、空に浮かぶ竜族の姿を見ていた。


 片や、元部隊長は生きた心地もしなかった。

 突然自分を掴み上げた黒い影は、子供の頃にお伽話でしか聞いた事のない、ドラゴンだったからだ。

 鋭い鉤爪の付いた手で、腰の辺りをしっかり掴まれており、爪の先で腹をえぐられるのではないかと、恐怖に顔が引きつっていた。


 ルマルスは上手に風船を立て直し、竜族の一人と並んで飛ぶような格好になった。

 すると突然、ドラゴンが口を開いた。

『この男はどうすればいいのだ?』

 低く嗄れてはいるが、驚くほど流暢な言葉だった。

 伝説のように、唸るような吠え声とは全く異なる。

『オーマは我々の元へ連れて行こう。そこならば安全だからな。

 だが、こちらの男はどうしたものか……』


 ギロリと、手元の男を睨むように見たドラゴン。

 その眼に全身を射すくめられてしまった元部隊長は、ヒィッと言うような声を上げると、溶けるように消えてしまった。

「またか。いったい何者なのだ」

『ほう、不思議な技を持つものも居るのだな……人も成長する訳か。

 さて、我らは戻るとするが、あの男、放って置かぬが良いぞ。

 邪悪だ』

 ドラゴンは諭すように静かに男に語りかけた。


「分かっている。このままにしておくつもりはない。

 済まないが、戻ってくれないか?」

 ルマルスは男の言葉より先に、町に向けて風船の先を回頭していた。

「森の中で気になるものを見た。あんたならあれが何か分かるかもしれない」

 二人は竜族の一人に別れを告げると、もと来た方向に戻り始めた。

 ふと気がつくと、少女を抱えている竜以外にも、数人の竜族が風船の周りに居た事が分かった。


 彼らはあまりにも静かで、その存在は注意しなければ気付かぬ程であった。

 分かれ際に、既に町には別の数人の竜が向かっており、風の民を彼らの地まで誘導してくれていると言う話を聞かせてくれた。

 男は知らなかったが、ルマルスとミシュアは彼らの思念による伝達方を心得ていたので、その言葉に安心したようだった。


『……先程の男だがな……』

 最後にドラゴンが言った。

『確かに肉体はあったのだが、何か不安定な感じであったな。

 本体はどこか別の場所にあると言う感じがした。

 助けになれば良いが』

 それを最後に、大きく一つ羽ばたいて、彼らは飛び去ってしまった。

 男とルマルスは、無言のまま街を目指していた。



 町に戻る途中で、竜族の話し通りに、北に向かう民たちを見かけた。

 親衛隊の姿は既に町の中に無く、全てが立ち去った後のようだった。

 ルマルスは屋敷の前に風船を降ろすと、手招きで男を森の中へと案内した。

 南の街道へ通じる入り口から、東へ森を分け入った所に、それはある筈だった。

 だが、そこには何も無く、何かかなりの重さのある物体がそこに存在した事を示す、押し潰された下草と、刈り払われた木々の枝が落ちているのみだった。


「確かにここにあった。見た事の無い、黒い大きな箱のようだった」

 男は暫く周りを歩きまわって、ここにあった物が何であったのかに思いを馳せた。しかし、男には何も思い付くものは無かった。

「大きさはどの位だったか分かるか?」

 少し考え込む仕草をして、ルマルスは答えた。


「側に3人の男達が居た。

 みんなあんたくらいだとすると、高さはあんたが真直ぐ手を挙げた位はあった。

 縦に長かったから、幅は人二人分位だろうと思う」

 高さ 2.5キュビエ、幅が1キュビエ位だろうと男は推察した。

 すると、中に人が入っても十分な余裕がある。

「側に3人居たと言ったな。皆兵士だったか?」

 ルマルスが黙って頷く。


 護衛を付けていたと言うことは、何等かの重要な装置であることは間違い無い。

 だが、男にはその装置が何であるかは、思い付かなかった。

 元部隊長の行方も気になる。

 真の目的と、神出鬼没な怪しい技術、この二つを確かめねばなるまい。

 男は危険を承知で、本国へ帰る事を決めた。だが、それはまさしく、己の命を賭した危険なものになるだろう。


 男はそこでルマルスと別れた。彼はそのままになっている亡骸をきちんと葬り、その後は皆を追って北へ向かうと言っていた。

 この町はもう捨てねばならないのだそうだ。

 それが彼らの生き方であり、今までも、そしてこれからもそうするのだと言った。



 4人の風見かぜみが、地星の為に殺された。

 4つの地星も、奴等と共に消えていて、その所在は既に分からなかった。

 ルマルスが言うには、彼は風を見る事がどちらかと言えば苦手で、ミシュアなら、地星の運ばれた軌跡を追うことが出来るかもしれないとも言っていた。

 しかし、わざわざそうする事も無い事は明らかだ。

 あの玉石の行き先は、男の本国に違いないのだから。


 南の街道をひた走る男の目に、数刻前に兵士たちと戦った場所が見えてきた。

 予想通り、そこには誰の姿も無かった。

 ただ、人が争った事を表す踏み荒らされた地面はそのまま残っていた。

 走りながら男は、最後に交わした言葉を思い返していた。


 ルマルスと分かれる際に、気になっていた事を尋ねてみた。

 だが、それに対する答えはなんとも判断しようが無く、男にとってはやや不満の残る答えであった。

「まぁ、いいさ。これからの私には、関係無い事だからな」

 呟くとは無しに、ため息のようにそう言って、付近の気配に意識を戻した。

 このまま街道を使うのは考え物だな、そう思っていた時、上空から声がかかった。


「街道の終わりまでなら、送ってやってもいい」

 驚いて見上げた先に、風船に乗ったルマルスの姿があった。

 照れているのか、そっぽを向いたまま目を合わそうとしない。

「せっかくの申し出だが、遠慮するよ。君はミシュアを守っていてくれ」

 男はようやく落ちついた優しい表情に戻り、空の上のお人好しな男に微笑みかけた。

「そうか、だがいいな、死ぬんじゃないぞ」


 ルマルスは真剣な表情に戻って、男に挑むような調子で言った。

 それから急に回頭すると、一気に町へ向かって飛び去ってしまった。

「あぁ、必ずもう一度会いに行く」

 小さく消えていく風船の後ろ姿を見送った後、男は森の中へ進路を変えた。

 藪や小枝に囚われぬよう、獣道を選んで走り抜ける。

 暫くすると水の匂いを感じた。


 湿った風はついに勢いを増し、ぽつりぽつりと大粒の雨が降り始めた。

 無事に町まで戻れただろうか。

 送りに来るような事をしなければ、戻れただろうに。

 そんな考えが浮かんだが、男が心配する事で無いと気付いて、思わず苦笑した。

 それから男は、マントの前をしっかり合わせて、森の奥へと消えて行った。


 男の向かう先は光都。

 「光の帝国」と呼ばれる、本国バイスの中心都市だ。

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