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風の神話  作者: 夢育美
光の帝国
16/19

六話 夜族

※サブタイトルを修正しました

 朝食の後、子供は食べられる野草を摘みに、大人は家を建てる作業を再開した。

 また、数名の男手で周囲の芋類を探しに行った。

 ミシュアとルマルス、ユアイにラサの風見かぜみ四人は、ルマルスが竜から聞いた話を報告すると共に、今後の相談をしていた。

夜族やぞくですか。大きな騒ぎにならないといいのですが」

「イシスさまの事で遺恨が有るからな……」

 草の民の現在の族長、ラギの妻イシスは、夜族に殺されたと考える者が多い。ラギ自身はその考えを否定しているが。


 夜族は気に掛かるが、まずは目先の解決しなければならない事が山積みである。

 竜族の献身的な協力のお陰で、今は食糧事情は悪くないが、自給自足を考える必要はあるだろう。

 町から避難する際、ある程度の穀類や服や毛皮、日用雑貨などの生活物資は持ち出してある。

 しかし、80数名で暮らす事を考えると、良くて三ヶ月持つかどうかだろう。

 いくつかの種子、種芋も持ってきたが、この地で育つかはまだ分からない。


 だがそこは風の民の風見だった。彼らの持つ地星ちせいの力を借りる事で、ある程度自然に働きかける事が出来た。

「コロカ芋は、小川の先の湿地で育てられそう。あっちの丘の上には、アルムに似たお芋がたくさん生えてたよ」

 ユアイが嬉しそうに報告した。彼が左手の甲に持つ『生長ラクス』の地星は、植物に対して生長を促す力が大きい。

「ユアイ、残念だが丘の上の芋には毒素がある。そのままでは食べられないぞ」

 ルマルスは『浄眼オージェ』の力で、物の本質を見極められる。初めて見るもの、予備知識が無いものでも安全に扱う事が出来る。


 えーっと、残念そうな声を上げたユアイを余所に、三人は試しに育てている豆、麦、カンラなどの葉野菜の状況を報告し合った。

 ここクェルは竜族の聖地である。本来は人の手で生活圏を築いて良いものでは無い筈だ。

 それにも関わらず、竜族の代表である銀の鱗を持つ古竜は、土地の利用も含めて自由にして良いと言ってくれていた。

「ナタ豆は育ちそうですね。花麦も生長は遅いですが、なんとか」


 ラサが岩陰に開いた畑での成果を話した。年老いた彼女は風見のみならず、風の民で最高齢になる。重ねた経験は何物にも代え難い。

 また彼女は植物を育てる名手でもあった。地星を次代に譲ったとは言え、その技能は他者の及ばぬものだ。

 続いてラサは、マチシャ、カンラ、ミズなども育っている事を伝えた。その他は芳しくないらしい。


「ナタ豆と花麦が育つのは嬉しいですね。アルムに似た芋も、水にさらして粉にすれば使えるでしょう」

 ミシュアが報告をまとめて、それぞれの担当に向くよう、数名ずつの割り振りを決めていく。こういう時のミシュアの決断は、速く的確だ。

「ルマルス、毎日の見回りご苦労様です。あれから追っ手はどうですか?」

 ミシュアは毎度報告を受けて安心してはいたが、詳しい話しは聞いた事が無い。良い機会なので話してもらおうと考えた。



「あまり遠くまでは飛べていないのだが……」

 そう前置きしてから、ルマルスは自身の考えを語り始めた。

 彼が見回りを始めてから、一度も追っ手らしき兵士の姿は見ていない。

 また、遠くまで出掛けている、竜族の話しでもそれらしき動きは無いそうだ。諦めたのでは無いか、とルマルスは考えていた。

「彼らの目的が、私たちの地星にあるのだとすれば、諦めるでしょうか」


 ミシュアの不安はもっともで、四人ともそれは感じていた事だ。彼らは強引な方法で地星を奪い取ったが、理由は明かされていない。

「彼らは……光都の光帝は、昔から古文書の収集をしていると、聞いた事があります」

 ラサの言葉に、三人は驚いた。そんな話しは誰も聞いた事が無かったからだ。

「三人ともまだ生まれてもいない頃には、余所からの人の行き来も、それ程珍しいものでは無かったのですよ。

 山脈を越えて東の草原から来る人たちも居たし、光都から来る訳者もあったの」

「訳者が? 古代語を学ぶ為ですか?」

「そう。わたしの先代には、古代語を読める風見が多かったの」


 ラサが風見となった時には、風の民以外の他部族に古代語を教える事は、禁止されていた。

 何故なら古代語は、大賢者エルダの秘技を伝える言葉であり、万が一にもその秘密が漏れる事は許されないからだ。

 しかしラサの話しを聞いて、不安は確信に近いものとなった。バイスが地星を求めた理由は、その使い道を知っているからと考えた方が良い。

 もしかしたら最悪の、オーマにしか口伝されていない、『本当の使い道』すら知っている可能性がある。

 それは無いと思いたかったが、ミシュアは表情が硬くなるのを、隠す事が難しかった。


「ふ~ん。また来るかもしれないんだ」

 ユアイは少し不満そうに、しかし、恐れを感じさせない声で言った。

「怖くは、ないのですか?」

「んー、だって、ここには竜族、いっぱいいるしね。近付けないよ?」

 少年のあどけなさが抜けない話し方ではあったが、ユアイの言葉に三人の緊張が解れる。確かにここは竜に守られた土地であった。

 並の人間や獣人種であっても、竜の翼と目を出し抜く事は容易ではないだろう。

「オーマは、あの人のこと、心配なの?」

 無邪気すぎる少年のひと言が、ミシュアの核心を突いていた。あっ、とした顔をして、頬の辺りから耳まで桃色に染まる。


 大人をからかうんじゃない、と窘めるルマルスに、見た目は僕と変わらないじゃないかとむくれるユアイ。

 多くの同朋を失って、険しい山道をたどり、息つく間もなく生活の基盤作りに追われる日々が続いていた。

 二人のやりとりは、暗くなりがちなミシュアにとって、以前の生活を思わせる嬉しいものだった。


「それはそうと、夜族のことは気になりますね……」

 竜の言葉を直接聞いていた為か、ラサは夜族の事が特に気になるらしかった。

「ラサさま、過去にそういう話しは、一度も無いのですか?」

 やはり直接聞いたルマルスが問う。ラサは暫く何かを思い出そうとしていたが、軽く首を振って答えた。

「やはり、わたしの覚えている限り、そういうことは無かったと思うの。

 あなたたち三人は、夜族を見た事があって?」


 風見としては年若い三人は、誰も夜族を見た事が無かった。ただ、夜族に関して言われている事は理解していた。

 言い伝えと言うよりも風聞に近いものであったが、大陸人が夜族と言われて思い浮かべるのは、およそ次のような事柄だった。

 曰く、夜の闇に紛れて跳ね回り、赤い目で見る者の命を奪う。

 曰く、呪いの言葉を撒き散らす、彼らの声に耳をかしてはならない。

 曰く、土地の精霊を喰い尽くし、大地の恵みを奪い取る。


 実際の夜族を知っているものからすれば、言い掛かりもいいところなのだが、これにはマイアのブランを中心とした、異種排斥政策に寄る所が大きい。

 大陸西部の森林地帯を周辺に、穴居生活を営んでいる彼らは、地中の鉱物を採種して加工する技術に優れている。

 中でも彼ら夜族のみが加工可能な、『金属』と呼ばれる物質は、この大陸では殆ど知られていない。

 岩石を直接加工して利用している人類にとって、鉱石を精製して金属を得る技術は未だ知られていなかった。わずかに夜族だけがその技術を持っていた。


 ラサはまだ少女の頃に、一度だけ夜族と出会った事があるという。しかも、怪我をして困っていた所を、夜族に助けられたと言うのだ。

「小さな時から、怖ろしい話ばかり聞かされていたから。

 出会ってしまった時は、それはもう泣きたいくらいだったわ」

 薄闇に浮かぶ二つの赤い目。がさっ、がさっと音を立てる草藪。動く度に揺れる長く垂れた耳。生きた心地がしなかったらしい。

「両親と一緒に、西の森まで出かけた時だったの。父が作っていた、毒消しに使う薬草が無くなってしまって。一緒に採りに行ったんだけど……」


 初めて訪れる見た事も無い森の様子に、すっかりはしゃいでしまった彼女は、気付いた時には日暮れ間近で、両親の姿も見えなかった。

 幼い頃より、風見としての力に目覚めていたラサは、不安な気持ちを抑え付けながら、森の中の両親の風を探した。

 しかしどちらの風も、それ以外の人のものと思われる風も見付からず、次第に暗くなる森と、足下が見えない恐怖に駆け出してしまった。

「運が悪かったのね。転んだ時に樹の根が絡まって、足首を捻ってしまったの」


 痛みと心細さで声も出せずに蹲る彼女の元に、赤い目をした夜族がゆっくり近付いてきた。

 更に身を堅くして、泣きそうなラサの頭を、夜族は優しく撫でてくれたという。

 結局、両親が迎えに来てくれたのだが、それまでの間ずっと頭を撫でてくれていた夜族は、いつの間にか居なくなっていた。

「……聞いていた話と、色々違うな」

 ルマルスは素直な気持ちを口にした。おそらく、この場に居るラサ以外の三人は、いずれも同じように感じているだろう。



 夜族について各々が思索を巡らしている時に、それを中断させる緊張した声が空の上から降りてきた。

 声の主は今朝とは違う、大型で力強い姿の枯葉色の竜だった。見た目よりも軽やかな所作で、四人の目の前にふわりと降り立つ。

『やっかいな事になったぞ。海族うみぞくの襲来が始まった』

 海族の襲来自体は困った事で、出来れば起きない方がいい凶事だったが、“やっかい”と表現する程のものでも無いはずだ。

 今ではバイスを中心とする、守備兵力が迅速に対応するし、さほど犠牲を出す事無く対処出来ている。


「まさか、一度にそんなに!」

 ミシュアだけが竜の言葉を受けて、驚愕の表情を見せた。風見と言えども竜族の考えを読み取る事は難しい。

 彼らの心の有り様が人と異なる為か、普段から念話による会話を行う種族のせいか、竜の心は分かりづらい。

 ただ、ミシュアだけは竜の心であっても、かなり具体的な部分まで理解出来てしまうようだった。

 これは彼らの方が、ミシュアに心を許していると言えるかもしれない。


『我も5千に勝る海族を見るは初めてだ。だが、悪い事にそれで終わりではない』

 竜の言葉はまさに衝撃であった。

 風の民と海族が接触する機会は滅多に無い。交流のある草の民から聞いた話や、時折訪れる行商人がもたらす噂などから知るのみだ。

 ルマルスは何度か目にした事があるが、草の民に頼まれて『風船かざふね』を出した時くらいだった。

『数が多すぎるな。我らも高みの見物とはいくまい。

 しばらく此処を離れる者が増えるが、地竜が中心となって汝らを守る』


 竜はそれだけ語ると、再びふわりと宙に舞い上がって、力強い羽ばたきで山間を抜ける強風の勢いで飛び去って行った。

 ラサの眼が怯えている。誰よりも経験を積み、古の知識を知る彼女でさえ、知らない事が起こりつつあった。

 しかし、ミシュアは瞼を閉じて、何かを思い出すように落ち着いた様子だった。竜がもたらした良くない知らせに、彼女だけが思い当たる。


「落ち着いて聞いて下さい。これは、代々のオーマにだけ口伝えされてきたことですが、皆には話しましょう」

 ゆっくりと目を開けたミシュアは、三人の顔をしっかりと見据えた。

「王の誕生です。海族の王が、新たに出現したのでしょう」

「王の誕生?」

「数百年に一度、海族に王が誕生して、地上のある場所を目指すと伝わっています。」

「ある場所とは、いったい……」

 ミシュアの告げた場所、それは大陸南部の中央、翠の海にある湖の事だった。理由は分からないが、海族の王は必ずそこを目指すという。

 そんな事になれば、大陸南部の沿岸から大草原地域は大混乱になる。突然の凶事が他人事では無いと感じるルマルスであった。


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