第22話 世界の常識と、失われた英雄たち
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回は、自分たちの『異常な強さ』に向き合うシリアス回です。
レーンの街から続く、鬱蒼とした新緑の森を貫く一本の道。
ハルの『魔法の絨毯』によってあっという間に辿り着いたその道の終点には、ぽっかりと口を開けた巨大な地下への階段が存在していた。
「ここが、『グルナの迷宮』の入り口だよ」
ルカが階段の奥、闇へと続く深淵を指差して言った。
外から見る限りでは真っ暗に思えたが、階段を数段下りると、迷宮の石壁にびっしりと付着した特殊な苔が、淡い青緑色の光を放っているのが見えた。
「この光る苔のおかげで、迷宮内では松明やランタンみたいな灯りの類は必要ないんだ。便利でしょ?」
ルカの説明によれば、『グルナの迷宮』は地下五階層まで続いており、最奥の第五階層には強力なボスが待ち構えているという。
迷宮の推奨探索レベルは十以上。だが、最奥のボスを討伐するには、最低でもレベル二十の冒険者が六人揃ったフルパーティーが必要になるらしい。
現在レベル十二であるルカは、いつも地下一階から三階あたりをうろつき、復活する宝箱を開けて回る「安全な金策」をメインにしているそうだ。
いざ迷宮に足を踏み入れる前に、ケイとハルはルカからこの世界における「常識」をいくつか教えてもらうことにした。
まずは、冒険者ランクとレベルの基準についてだ。
「大体の目安だけど、レベル一から五がD級。レベル六から二十五がC級だね。B級になるにはレベル二十六から四十、A級はレベル四十一から七十……そして、レベル七十一以上がS級って呼ばれてるよ」
「へぇ……ちなみにルカも、S級を目指してるの?」
ハルが何気なく尋ねると、ルカは少し難しい顔をして指を開いて見せた。
「現在、世界でS級冒険者はたったの五人だけだよ。世界最高レベルの人は、レベル八十五だって言われてる。目指したいけど、ボクが辿り着ける領域じゃないよ」
((……えっ?))
ケイとハルは、顔を見合わせて絶句した。
ゲーム『エタコネ』の世界では、レベル百程度のプレイヤーなら掃いて捨てるほど存在した。ケイたちのように、レベル二百のカンストまでやり込む層は流石に少数派だったが、それでも「レベル八十五が世界最高」などという低い水準では決してなかった。
(ゲームの世界と違って、現実の肉体ではレベルが上がりにくい仕様になってるのか……)
ケイは頭の中で素早く計算を巡らせる。
自分たちは、転生前のレベル二百のステータスの「半分」を引き継いでいる。レベル百相当だ。
それだけではない。ゲーム時代、魔法職寄りだったケイはINT(知力)とDEX(器用さ)を、物理アタッカーだったハルはSTR(筋力)とAGI(敏捷性)を、限界突破させるレアアイテムを使って異常なまでに底上げしていた。
たとえレベル一千のプレイヤーが存在したとしても、到達できないほどの異常な特化ステータス。その「半分」を、八歳の肉体に宿しているのだ。
(もしかして……今の僕たちって、ステータスだけで言えば間違いなく『世界最強』なんじゃ……?)
下手に実力をひけらかせば、ただでは済まない。二人は改めて、自分たちの異常性を自覚して冷や汗を流した。
続いて、話題は冒険者ギルドでライオットが口にしていた『大崩壊』へと移った。
「ルカ。六十年前のクナン滅亡のこともそうだけど……『大崩壊』って、何があったの?」
「えっ……? 二人とも、そんなお伽噺みたいな歴史も知らないの?」
ルカは目を丸くしたが、二人が真剣な表情で頷くのを見て、ぽつりぽつりと語り始めた。
この世界には昔、天を裂き海を割るような超人的な強さを持つ『英雄』と呼ばれる人々が大勢存在していたらしい。
しかし、今から六十年前のある日を境に、世界中の英雄たちが前触れもなく一斉に姿を消してしまったのだという。
「彼らが消えた直後、それまで英雄たちの力によって抑え込まれていた魔物たちが一斉に活性化して、世界中で暴れ出したんだ。それが『大崩壊』。いくつかの国は魔物の大群に蹂躙されて滅びちゃった。東方の剣術都市クナンも滅びた都市の一つだよ」
(六十年前の英雄消失……そしてクナン滅亡)
ケイの頭の中で、歴史のパズルが一つに組み合わさる。
消えた英雄たち。それはもしかすると、かつてこの世界をゲームとしてプレイしていた「プレイヤー」たちのことではないのか? そんな憶測がケイの脳裏をよぎったが、確証はない。
そしてもう一つ、ケイには確認しておきたいことがあった。
「ねぇルカ。冒険者ギルドでスキルや魔法を教えてもらう時って、『一人一種類まで』っていう決まりはあるの?」
「ん? そんな決まりないよ。お金さえ払えば、いくつでも紹介状を書いてもらえるはずだけど……それがどうかしたの?」
ルカの無邪気な答えに、ケイとハルは再び沈黙した。
レーンの街の受付嬢、シンディは明確に「一人一種類まで」と言い放ち、紹介状の追加発行を拒否した。
今ならわかる。あれは、初日で異常な力を見せた幼い自分たちに対する、ギルド側の『恐怖』と『牽制』だったのだ。これ以上、この得体の知れない子供たちに力を与えてはならない。おそらく、シンディの独断ではなく、ギルドマスターであるライオットあたりからの指示だったのだろう。
(……追求するのはやめておこう。ギルドを敵に回すメリットは何もない)
大人の事情を察知したケイとハルは、静かに頷き合った。
「でもさ……いくらなんでも、二人とも非常識すぎない? 大崩壊なんて、子供向けの絵本にもなってるくらい有名な歴史なのに」
ルカが、疑念の混じった目を二人に向けた。
いくら見た目が八歳の子供とはいえ、言葉遣いも立ち振る舞いも大人びている二人が、あまりにも一般常識を知らなすぎる。
「え、えっとね! 実はハルたち、記憶喪失なの! 昔の記憶が全然なくて、世間のこともよくわからなくて……!」
ハルが咄嗟に、古典的だが最も反証の難しい言い訳を口にした。
まさか「異世界から転生してきました」などと言えるわけがないし、言ったところで頭がおかしいと思われるだけだ。
「き、記憶喪失……そうだったんだ。ごめんね、無神経なこと聞いちゃって」
人の良いルカは、ハルの苦しい嘘をあっさりと信じ、申し訳なさそうに眉を下げた。
「さ、さぁ! 難しい話はこれくらいにして、そろそろ『グルナの迷宮』を探索しようか!」
ケイが無理やり話題を断ち切り、パンッと手を叩いた。
これ以上のボロが出る前に動くべきだ。
発光する苔に照らされた石造りの階段。
ケイ、ハル、そしてルカの三人は、未知の魔窟と化した迷宮の地下一階を目指し、静かに足を踏み出していった。
第22話をお読みいただきありがとうございました!
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