エリア・ベヘモト
前の訓練から数日後。
授業を終えたばかりのエデンとジエルを、天記が呼び止めた。
「……少し、いいかな」
その声は、いつもの柔らかさの中にわずかな硬さがあった。
会議室。
扉が閉まる。
モニターが起動する。
映し出されたのは、赤く染められた区域マップ。
「上層部から直々の任務だよ」
ジエルの目が光る。
「来たか」
天記は一瞬だけ視線を落とし、続ける。
「対象区域――エリア・ベヘモト」
その名を聞いた瞬間、空気がわずかに重くなる。
エイリ星人に占拠された区域。
アモリス地区から少し離れた廃工業地帯。
一般人はいない。
「任務内容は、エイリ星人の掃討」
ジエルは即答した。
「簡単だな」
「簡単じゃありません」
天記の声が珍しく強い。
「ベヘモトは、進化個体の目撃報告がある区域です」
沈黙。
エデンの胸がわずかに高鳴る。
「進化個体?」
「エイリ星人の進化というのは、
何らかの条件によってエイリ星人が
知能と特殊な能力を手に入れる現象なんだ」
天記はその疑問に答える。
「正確な種類はわからない。でも、通常個体より危険度が高い」
ジエルが拳を握る。
「なら尚更行く」
迷いがない。
エデンは地図を見る。
赤い点が複数。
「俺たち二人で?」
「僕も同行します」
天記が静かに言う。
「支援と判断補助を担当します」
ジエルは鼻を鳴らす。
「天記さんの能力は記憶操作だろ。何ができんだよ。」
(記憶操作...そんな能力もあるんだ)
エデンがそう考えていると天記は話を続ける。
「最悪の場合、撤退判断を強制します」
やんわりとした口調だが、内容は重い。
ジエルは嫌な顔をするが否定はしない。
エデンはふと気づく。
天記の表情。
優しい笑顔の奥に、迷いがある。
(……何か引っかかってる?)
ブリーフィングが終わる。
ジエルは先に出ていった。
エデンも続こうとする。
その時。
「エデンくん」
呼び止められる。
振り向く。
天記は少しだけ声を落とした。
「……本来、君はまだ基礎課程段階です」
エデンは黙る。
「上層部の判断は、少し早いと僕は思っています」
正直な言葉。
「危険だってことですか」
「ええ」
間違いなく。
だが――
「ですが」
憶流は目を合わせる。
「君の力は、実戦でしか分からない部分もある」
エデンは静かに頷く。
「俺、行きます」
迷いはなかった。
「守れるなら、守りたい」
憶流は一瞬目を閉じる。
(……ジエルくんと同じ目をしている)
嫌な予感が胸をよぎる。
あの日の任務。
あの日の判断。
(……繰り返させない)
優しく微笑む。
「無理は絶対にしないでください」
「はい」
夜。
装甲車がアモリス地区を出発する。
街の灯りが遠ざかる。
やがて廃工業地帯が見えてくる。
崩れた建物。
歪んだ鉄骨。
空気が重い。
ジエルが言う。
「ここか」
エデンは深呼吸する。
『高濃度反応を感知』
ケイの声。
「来てるな……」
遠く。
黒い影が蠢く。
エリア・ベヘモト。
初任務。
それは――
想像よりも静かに、始まった。
そして天記の胸の奥に残る違和感は、まだ消えていなかった。
(上層部……なぜ今、この二人を?)
夜風が強く吹く。
闇の奥で、何かが動いた。




