第189話 世界探索者サミットへ
アメリカの空港は、照明が明るいのに空気が重かった。人の波はいつも通りに見えるのに、視線だけが違う。歩くたびに、どこかから「数えられている」感覚が背中に貼り付いた。
「……歓迎ってより検問って感じだな」
臼杵が吐息混じりに呟き、肩の位置だけで周囲を探った。剛志も頷くしかない。ゲートの先にいる警備員の密度が、旅行客相手のそれじゃなかった。
万葉は前だけを見て、短く言う。
「世界が本気になっただけよ」
その言葉は冷たいのに、変に腑に落ちた。昨日まで画面の中だった戦争が、今日から現実の手続きになった。空港の導線が、そのまま証拠だった。
『監視カメラ稼働率、通常時より高い。警備配置も偏っています』
イチロイドの念話は淡々としているのに、逆に心臓に刺さる。剛志は足取りを乱さず、町田所長の背中を追った。迷った瞬間に“弱さ”として記録される。そんな雰囲気がある。
町田所長は歩きながら振り返り、声量を落とした。
「ここからは案内に従って。視線は感じても、反応しないでね」
「了解です」
剛志が短く返す。臼杵も小さく手を上げて同意し、万葉は無言で頷いた。
その少し後ろで百花が、帽子のつばを指で押さえ直す。指先が固く、呼吸が浅いのが分かった。剛志は一度だけ横目で確認して、視線を前に戻した。
空港の外へ出ると、風が乾いていた。路肩に停まった黒いリムジンの横に、さらに黒いスーツが立っている。町田所長が短い合図で一人と目を合わせ、剛志たちは促されるまま乗り込んだ。
ドアが閉まった瞬間、外の騒音が切れた。代わりに、車内の静けさが耳に痛い。
町田所長がタブレットを膝に置き、画面を起こす。いつもの事務的な手つきなのに、爪先だけが微かに忙しい。眠れていない人の動きだ。
「事前に話した通りだけど、今日の立ち回りをもう一度だけ確認するわね」
町田所長の視線が、剛志から万葉、臼杵へと順に移る。視線が止まるたび、圧が増していく。
「表に出るのは剛志くん、万葉さん、臼杵くんの三人。百花ちゃんは私と一緒に、目立たない位置で待機。余計な発言はしない。必要なら、組合側が前に出る」
「大丈夫です」
剛志はそれだけ言って、手のひらを膝の上で軽く握った。自分を落ち着かせるための癖だ。
臼杵も短く返す。
「ああ」
万葉は顎を引いて一言だけ。
「問題ないわ」
百花は小さく頷いた。頷きが浅い分、緊張が伝わる。町田所長がそれを見て、声を少し柔らかくした。
「大丈夫。今日は“見せる日”よ。無理に前へ出る必要はない」
百花は唇を引き結んで、もう一度だけ頷いた。
『周辺監視を強化します。緊急時は即時遮断、退避ルートを確保しておきます』
イチロイドの念話が、いつも通りの温度で届く。それが逆に心強かった。感情が揺れていないというだけで、背中が支えられる。
町田所長は画面を切り替え、指で国名の一覧をなぞった。
「じゃあ、本題。会場に集まる主要メンツをざっと押さえましょう。今日は“会う前に勝手に印象を作られない”ための予習よ」
剛志は背もたれに深く沈まず、姿勢を整える。臼杵も腕を組み直し、万葉は脚を組んだまま視線だけで画面を追った。
「まずはアメリカ。ここは二枠いるわ」
町田所長の指先が最初に止まったのは、鋭い目をした男の写真だった。
「ジャクソン・グレイ。現場の“英雄”。ただし政府と距離がある。従属はしないけど、顔は立てるタイプね」
臼杵が口角を少しだけ上げる。軽い皮肉の笑いだ。
「現場の英雄ってのは、だいたい上から嫌われるんだよな」
町田所長は否定せず、視線だけで肯定する。
「そうね。スキルは☆5【オーバークロック】。身体・魔力・思考を短時間だけ限界突破するみたい。あと【戦術眼】と【対魔障壁】の情報があるわ。剛志くんのゴーレム運用に純粋に興味を持つ可能性が高いわね」
剛志は短く頷いた。
「話が通じるなら助かります」
町田所長が次の写真へ送る。表情の温度が消えた女性。制服のように整った服装が、逆に怖い。
「次がアリシア・モーガン。政府寄りの“管理派”代表ね。合理主義で、探索者を“核と同じカテゴリの危険物”として本気で見てる」
剛志の喉が乾く。理屈の刃は、感情よりも厄介だ。
「スキルは☆5【プロトコル:拘束】。対象の能力発動に“手順”を強制する封殺系。加えて【広域指揮】、【監視網】を持っているわ。会話は丁寧だけど、核心は譲らないから、誘導されると囲い込みの土俵に乗せられると思ってね」
剛志は息を吐き、短く言う。
「一番警戒が必要そうですね」
「ええ、そうね。次は中国よ」
画面には、軍服に近い威圧感の男が映る。目が笑っていない。笑う必要がない人間の目だ。
「リン・シャオロン。国家公務員型の探索者ね。探索者=国家資産の象徴という思想の持ち主よ。スキルは☆5【規律強化】。味方が“自身の命令”に従うほど全体が強化されるとの情報ね。あと【雷槍】、【布陣】なんかも持っているらしいわ」
万葉が鼻で小さく笑う。嘲りではなく、単なる整理だ。
「分かりやすいわね。組織の勝利しか見ないタイプってところね」
「そう。剛志くんを“資産”として見る可能性が高いわ。次は韓国の探索者よ」
そう言って見せられた写真の男は、自信が顔から溢れていた。目線が、最初から好戦的だ。
「ユン・テソン。スピード特化の近接エースね。スキルは☆5【瞬歩連撃】。移動そのものが攻撃になる連鎖攻撃のスキルと聞いているわ。あと【空間把握】、【集中】なんかも情報が出ているわ」
町田所長が指を止める瞬間、万葉の肩がほんの少しだけ動く。心なしか好戦体制のようだ。
「日本勢にライバル心が強いわね。特に万葉さんに燃える可能性が高いわ」
万葉はあっさり言い捨てる。
「関係ないわ。勝手に燃えてればいいのよ」
そんな万葉の発言を受け、臼杵が肩をすくめた。口は悪いが、こういう相手ほど“事故”が起きる。
「燃えたまま突っ込んでくるタイプか。面倒だな」
「面倒ね。でも読みやすい相手でもあるのも事実よ」
町田所長は切り替えた。
「次はイギリス。エドワード・ブラックウッド。紳士的な“結界の王”と呼ばれる人物ね」
写真の男は笑っているのに、言葉の裏が見えそうな目をしていた。
「☆5の【円卓結界】というスキルの持ち主ね。範囲内の味方を“役割分担”で最適化する支援結界というものらしいわ。加えて【魔力循環】、【交渉術】なんかも共有されているわね。半分政府寄りだけど、王道の国代表ではあって筋は通すとの情報を得ているわ」
臼杵が短く頷く。
「話が通る相手ならありがたいぜ。貴重だからな」
「次、オーストラリア代表。ミア・コールマン」
画面の女性は無表情だった。表情がないのではなく、表に出さないタイプの顔といった感じだ。
「遠距離の狩人系の探索者ね。所持スキルは☆5【長距離狙撃】。射程と精度が異常なスキルという話よ。あと【風読み】、【索敵】なんかも持っているらしいわ。寡黙で淡々とした性格。偵察と先制が得意な人ね」
『協働余地ありですね』
イチロイドが短く言った。機械的な評価のはずなのに、なぜか人間味がある。剛志はそれを聞いて、胸の奥が少し軽くなる。
「お次はロシアの代表。ドミトリ・ヴォルコフ」
次の写真を一言で表すなら圧だった。見ただけで距離を取りたくなる。そんな重圧を感じる男性だ。
「重圧系の魔剣士ね。所持スキルは☆5の【重力支配】よ。その名の通り範囲の“重さ”を操作するスキルね。あとは【魔力装甲】、【耐寒】なんかも持っているらしいわ。政府寄りで命令系統が強い人物との評価ね。ただ、筋が通った相手には敬意を払うらしいわ。この人も気難しいと思うけど、気をつけて頂戴」
剛志は視線を逸らさず、短く答える。
「距離感を間違えないようにします」
「お次はインド代表。アルジュン・シャルマ」
そう言って見せらせた写真の男は、今までと異なり穏やかに見えた。だが穏やかさは、強さを隠すための衣でもあるらしい。
「多属性の詠唱を得意とする魔法系探索者よ。スキルは☆5の【魔術連結】の持ち主。複数の魔法を連結して一つの現象にすることに長けているスキルね。加えて【魔力増幅】、【耐性付与】なんかも持っているわ。穏やかで理詰めな性格。独立寄りの思考の持ち主ね」
臼杵が少しだけ身を乗り出す。自分の土俵の匂いがしたのだろう。
「それは話が合いそうだ。向こうも理屈で組み立てるタイプか」
「ええ、そうね。その調子で仲良くしてくれると助かるわ。では次、エジプトの代表よ。レイラ・ファルーク」
その写真の女性は目が生き生きしていた。好奇心で世界を切り取るタイプの目とでも言おうか。
「召喚・使役型の探索者ね。ただし剛志くんのゴーレムとは別系統よ。スキルは☆5の【護衛召来】。短時間だけ守護霊・幻獣を呼ぶことができるらしいわ。あと【回避強化】、【索敵】との情報もあるわね。好奇心旺盛の性格の持ち主でよく話す人らしいわ、剛志くんのゴーレムを見て興奮するかもしれないわね」
剛志は苦笑しないように口元を引き締める。
「それは…ほどほどに受け流します」
「次で最後よ。イタリア代表、ルカ・コンティ」
そう言って見せられた写真の男は陽気に見えた。距離の近さが、画面越しでも伝わるようだ。
「近接で“型”の天才と呼ばれているわ。☆5の【型の継承】というスキルのスキルホルダーよ。一度見た動きを自分の型に落とし込むことができるらしいの。あと【剣技】、【反射神経】なんかも持っているとのことよ。万葉さんの剣筋に惚れる可能性が高いわね。戦闘になると別人みたいに静かという情報もあるわ」
万葉が面倒そうに目を細める。
「距離が近いのはちょっとやりづらいわね」
ここまで一息に説明を仕切った町田所長は一覧を戻し、指先で三人を円で囲った。
「優先して警戒するのは、アリシア、リン、ドミトリの三名ね。この三人は“管理”と“囲い込み”の匂いが強いわ。逆に、ジャクソンやアルジュンは協力の芽があると思う
」
剛志は短く頷いた。
「了解です」
臼杵も同じ速度で返す。
「OK。覚えたぜ」
万葉は言葉を省略して、指先でテーブルを一度叩いた。合図みたいな音だった。
車が減速する。窓の外に、フェンスとゲート、警備灯の列が見えた。施設というより、基地だ。入口へ近づくほど、同じ黒い車が増えていく。世界の“代表”が、同じ場所へ吸い寄せられている。
剛志は窓の反射に映る自分の顔を見る。いつもより目が硬い。自分の意思で硬くしているのか、環境が硬くしているのか分からない。だが、どちらでもいい。今日は柔らかく生きる日じゃないのだから。
ゲートを抜けた瞬間、剛志の肌が粟立つ。強豪達が近くにいる。ここから先は、国の名刺じゃなく、個人の圧がぶつかる世界だ。それが張り詰めた空気によって感じ取れる。
町田所長がタブレットを閉じ、視線だけで全員を見渡す。確認じゃない。鼓舞だ。声は小さいのに、車内の空気が一段締まるのを感じる。
「……ここからが本番ね。気合いを入れましょう」
剛志は頷き、呼吸を一度だけ深くする。臼杵は指先を鳴らして緊張を散らし、万葉は目を閉じて一拍だけ静かに整えた。
百花は町田所長の隣で、両手を膝の上に揃えている。手の甲に力が入って白い。それでも視線は逃げていなかった。怖くても、ここにいると決めた顔だ。
リムジンが止まり、外からドアが開く。そして会場の入口が、剛志達の目の前に立っていた。照明が眩しく、空気が冷たい。世界が集まる場所の温度は、こんなふうに無機質なのか。
そんな中、剛志は一歩、降りる。
次に踏み込むのは、戦場じゃない。
でも、間違いなく戦いの場だ。
世界探索者サミット。
その入口で、剛志たちは静かに息を揃えたのだった。
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アメリカ①:ジャクソン・グレイ/☆5【オーバークロック】/独立寄り(協力可)
アメリカ②:アリシア・モーガン/☆5【プロトコル:拘束】/政府寄り(管理派・要警戒)
中国:リン・シャオロン/☆5【規律強化】/政府寄り(国家資産・要警戒)
韓国:ユン・テソン/☆5【瞬歩連撃】/組合寄り(ライバル型)
イギリス:エドワード・ブラックウッド/☆5【円卓結界】/半政府寄り(国代表)
オーストラリア:ミア・コールマン/☆5【長距離狙撃】/組合寄り(協力可)
ロシア:ドミトリ・ヴォルコフ/☆5【重力支配】/政府寄り(要警戒)
インド:アルジュン・シャルマ/☆5【魔術連結】/独立寄り(協力可)
エジプト:レイラ・ファルーク/☆5【護衛召来】/独立寄り
イタリア:ルカ・コンティ/☆5【型の継承】/組合寄り
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