第180話 調査と判断
鎌倉ダンジョンの巨木の森を進んでいると、ある地点から空気が変わった。
目の前にあるのは、木々の隙間から覗く「平坦な地形」。
巨木が密集していた森が途切れ、視界が横に抜けるようになったことで、これまでずっと圧迫感としてまとわりついていた“壁”が一気に薄くなる。
テトラボードが静かに速度を落とし、剛志たちは巨木の影に身を寄せた。
一歩前に出れば、開けた土地の向こう側に――人工的な構造物が見えている。
「……柵?」
臼杵健司が、思わず声を落とす。
森の端からでも分かるほど巨大な柵が、円を描くように地形を囲っていた。
木材と土、そして何か硬い素材が混じったような、粗いが強固そうな壁。
それが、ここまで来るともう“村”ではなく“要塞”の外郭に見えてくる。
「集落……だね」
岩井剛志が、短くそう言った。
言葉の選び方は慎重だった。目の前にあるものは、今までのダンジョンで見てきた「巣」や「群れ」の規模を明らかに超えている。
『近づかず、まず偵察を優先します』
イチロイドの念話が、二人の頭の中に静かに響く。
当然の判断だ。ここは鎌倉ダンジョン。常識が通じない場所で、さらに“生活圏”の気配がある。
「うん。敵の数も強さも、まずは正確に把握しよう」
剛志は頷き、指を軽く鳴らした。
空間がわずかに揺れ、テトラボードの周囲に小さな“点”が生まれる。
それは羽根もプロペラも持たない、球体に近い小型ゴーレムだった。
表面に刻まれた魔力の回路が淡く光り、次の瞬間――ふわりと、音もなく浮かんだ。ドローンゴーレムだ。
それらのドローンゴーレムは風を切る音もなく、巨木の枝葉の間を縫うように上空へと散っていく。
同時に、剛志はもう一つの戦力を呼び出した。
ブロック状の小型ゴーレム――Cゴーレムが、地面の上に小さく整列する。
「偵察形態、まずは二つ試そうか」
剛志が言うと、ブロック群が吸い寄せられるように組み合わさった。
一つは鳥型。
もう一つは犬型。
鳥型は、細身のフレームブロックで翼と胴体の輪郭を作り、要所にマジックブロックを仕込んで“視界”と“中継”を強化している。
犬型は、地面を走るためにフレームの比率を高め、シールドブロックで脚部と胴体の衝撃吸収を固めた。
『鳥型:コア四、フレーム八、シールド四、マジック四。犬型:コア四、フレーム十、シールド六』
イチロイドが即座に配合をまとめる。
「偵察班がガチすぎて、急に軍隊だな」
臼杵が苦笑する。
「情報が揃えば、勝ち方も“安全策”も選べるからね」
剛志は軽く返し、二体を前方へと放った。
鳥型は空中移動で上昇し、ドローンと同じ高度帯へ。
犬型は地面すれすれを滑るように走り、森の影から柵の外周へと回り込んだ。
それから数分。
上空からの映像と、地上からの索敵情報が、念話で剛志たちに流れ込む。
視界が開けた分、把握は早かった。
柵は想像以上に大きい。
森の端から見た時点で巨大だったが、上空視点では“輪郭”が明確になり、その規模が数字として落ちてくる。
『外周、推定約一キロメートル。円に近い形状です』
イチロイドの声が落ち着いているのが逆に怖い。
「一キロ……?」
臼杵が呆れたように息を吐いた。
柵の内側には巨大な住居が点在していた。
家と言っても、巨人サイズの木材を組んだ箱。屋根の傾斜も緩く、支柱は丸太というより柱そのものだ。
ところどころに焚き火の煙が上がり、作業場のような場所もある。
「……普通に暮らしてるな、こいつら」
臼杵の言葉は、半分が驚きで半分が嫌な予感だった。
ダンジョンの魔物は、基本的に“狩られる側”として配置されている。
だが、この規模で生活感があると話は変わる。
「守るもの」が生まれた瞬間、行動原理が単純な暴力から組織的な防衛に変わり得る。
『門は二箇所。哨戒ルートが存在します。簡易見張り台のような構造物も確認』
イチロイドが淡々と読み上げる。
剛志は頷き、さらに情報を待った。
今回の目的は戦うことではない。
まずは――正確な敵戦力の把握だ。
犬型Cゴーレムが外周を回り込む間に、集落の内側で“動き”が起きていた。
家の中から出てくる個体。
柵の外にいた個体が戻ってくる動線。
武器を持った集団が隊列で歩く姿。
それらを全部合わせたとき、数字が見えてくる。
『総数、百三十五体』
イチロイドの報告が来た瞬間、臼杵が思わず舌打ちした。
「多いな...群れってレベルじゃねえぞ」
「うん。しかも内訳が嫌な感じだ」
剛志が続ける。
見張りや巡回の動きがある。
武器を持つ個体が一定数いる。
そして“働いている”個体もいる。
戦うだけなら相手は単なる魔物かもしれない。
だが、集落を守るとなれば、こちらの常識を超えた連携も取ってくる可能性がある。
『武器・防具を携行する戦士タイプが多数。推定六十前後。生活個体が七十五前後』
イチロイドの分析が冷静で、剛志は逆に頭が冴えていくのを感じた。
「で、強さは?」
臼杵が一番気にしている部分を、短く聞く。
イチロイドが一拍置いた。
『一般個体は推奨レベル三百相当。戦士タイプは推奨レベル四百相当です』
「……一般で三百、戦士で四百」
臼杵が復唱した時点で、剛志の脳内ではすでに階層換算が走っていた。
横浜第三ダンジョンの地下六十階層が推奨レベル三百五十。
つまり、一般個体でも“深層未満だが中堅以上”。
戦士は、その地下六十相当を上回る。
「横浜第三の“深層狩り”みたいな感覚で突っ込んだら、事故るやつだね」
剛志が口に出すと、臼杵も即座に頷いた。
「数が数だ。普通に削られる」
二人の会話が終わるより先に、鳥型とドローンから“中心部”の情報が届いた。
集落の中央に、明らかにサイズの違う建物がある。
周囲の住居が小屋に見えるほどの巨大な家。
長く、太い梁。
入口付近には戦士タイプが固まっており、空気が張り詰めている。
そして、その建物の近くで――さらに大きい影が動いた。
『中心部に上位種を確認。体高、おおよそ二十メートル。体色に赤みが強く、周囲の個体が明確に従属しています』
「……出たな」
臼杵が、低く呟いた。
剛志は目を細めた。
「ジャイアントレッドオーガ……って感じか」
名前は暫定だ。だが、雰囲気が違う。
“強い個体”ではなく“中心”として存在している。
『推奨レベル、六百五十相当と推定』
イチロイドの言葉が届いた瞬間、臼杵が小さく息を呑んだ。
六百五十。
横浜第三の地下六十五相当が五百五十で、地下七十が七百五十。
つまり、地下六十五を超え、七十に迫る。
「……650か。いるだけで、作戦の前提が変わるね」
剛志が静かに言った。
「村を相手にするっていうか……軍勢だろ、それ」
臼杵が吐き捨てるように言う。
だがその声は荒れていない。むしろ冷静だった。
危険を正確に感じ取っているからこそ、感情で突っ込まない。
剛志は、偵察ユニットを回収する指示をイチロイドに飛ばした。
鳥型と犬型が森の影へ戻り、ドローンゴーレムも上空から静かに降りてくる。
そして、巨木の根の陰に三人が集まった。
会議は短く、要点だけ。
「柵の外周が約一キロ。総数が百三十五。一般が300、戦士が400。中心にレッドが650」
剛志が一息でまとめると、臼杵が即座に噛み砕く。
「勝てるかどうかで言えば、勝てる“可能性”はある。でも、安全に勝つってなると――今のままじゃ無理だな」
「うん。同意」
剛志は頷いた。
Cゴーレムの数は、まだ“試験段階”だ。
編成も固定されていないし、集落攻略を前提にした形態も詰めきれていない。
さらに言えば、相手は数が多い。
戦士タイプが多数いる時点で、単純な殲滅戦は“事故要素”が増える。
「ここは一旦引こう」
剛志の言葉は、迷いがなかった。
「情報は揃った。次は“勝つ”じゃなく“安全に勝つ”準備をしてから来よう」
臼杵が、肩を回しながら笑う。
「らしい判断だな。お前は強えけど、無茶するタイプじゃねえ」
『撤退ルート、確認済みです。追跡行動は現時点では見られません』
イチロイドが報告する。
剛志はテトラボードを呼び、巨木の影から滑り出した。
開けた地形を正面から見れば、あの柵は圧倒的だ。
だが、今はまだ戦う時ではない。
巨大樹の森の中へ戻るにつれ、集落の輪郭が枝葉に隠れていく。
それでも、剛志の頭の中にははっきりと“次にやるべきこと”が残った。
Cゴーレムの数を増やす。
集落攻略用の形態を詰める。
門を制圧するか、分断するか、遠距離で削るか。
そして――レッドをどう扱うか。
鎌倉ダンジョンの“普通じゃない”は、まだ始まったばかりだった。
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