第174話 鎌倉ダンジョンその①
横浜第三ダンジョンの深層が「一時封鎖」となってから、数日。
権蔵との死闘と、束の間の観光を経て、岩井剛志たちはようやく心身の疲労が抜けてきたところだった。
もっとも、横浜第三の活動再開にはまだ時間がかかる。
剛志たちの元に届いたダンジョン組合からの正式な連絡も、「復旧にはしばらく期間を要する見込み」という曖昧な文言のままだ。
その朝、横浜第三支部の一角で、四人と一体は簡単な打ち合わせをしていた。
「じゃあ、今日からまたしばらくは別行動ね」
宮本万葉がそう切り出す。
「百花のレベルは、この前よりだいぶ上がってきたけど、まだ私たちの探索についてこれるレベルじゃないし。私は百花と一緒に、近くのダンジョンで経験値稼ぎを続けるわ」
「はい。……お姉ちゃんと一緒なら、どこでも大丈夫です」
宮本百花は、いつもの柔らかな笑みを浮かべながら頷いた。
権蔵戦の直前までとは比べものにならないほど顔色は良くなり、足取りも安定している。
「じゃあ、俺たちは組合に頼まれてた“例の調査”を進めてくるよ」
剛志は、詳しい内容には触れずにそうだけ伝える。
百花には、鎌倉ダンジョンの存在すら知られていない。許可証を持たない者には、名前すら秘匿される、政府の「シークレットダンジョン」だ。
「まあ、あなたたちなら大丈夫だとは思うけど……くれぐれも気をつけて」
万葉は短くそう言い、剛志と臼杵健司、それにイチロイドへ視線をやった。
情報の重さを理解しているからこそ、それ以上は多くを聞かない。
軽い別れの挨拶を交わし、二組はそれぞれの目的地へと歩き出した。
鎌倉。
海からさほど離れていない小高い丘の一角に、その施設はあった。
外観だけ見れば、どこにでもありそうな小規模な研究所か、物流倉庫のような建物だ。
だが、高く張り巡らされた鉄柵、要所に設置された監視カメラ、ゲート前での身分確認――そこに普通の人間が立ち入れないことは、一目で分かる。
身分証と、ダンジョン組合から発行された専用の探索許可証。
それらを提示すると、警備員の態度がわずかに変わった。
「岩井剛志さん、臼杵健司さん。鎌倉ダンジョン探索許可、確認しました。こちらへ」
形式的な案内に従い、三人は建物内部へと足を進める。
白い無機質な廊下を抜け、エレベーターで地下深くへ。
さらに、金属製の重々しい扉を二枚くぐった先――そこに、ダンジョンの入口「ゲート」が存在していた。
床に描かれた、淡い光を放つ幾何学模様。
横浜第三の階層転移陣とも似ているが、それよりも一段と簡素でありながら、魔力の密度だけは濃いように感じる。
臼杵が、その光の円を見下ろして肩を回した。
「ここから先は、完全に俺たちだけってわけか。……何か変な感じだな」
「ここは俺たちしか入ってこないから、好き放題できるね。まあ、深層の横浜第三でも変わらないけどさ」
「こっちはこっちで、政府直轄の監視がついてるだろうけどな。……さて、どんなもんか」
軽口を交わしながらも、胸の奥底には、初めてのダンジョンに足を踏み入れる時と同じ、あるいはそれ以上の高揚が渦巻いていた。
三人は、転移陣の中心へと立ち入る。
足元から立ち上る白い光が視界を満たし――重力の感覚がふっと薄れた。
次の瞬間、世界が切り替わる。
鼻腔に飛び込んでくるのは、湿った土と樹木の匂い。
踏みしめた足裏から伝わるのは、わずかに沈む柔らかな感触。
視界が徐々に明瞭になっていくにつれ、そこが「森」であることだけはすぐに理解できた。
しかし、地上で見慣れた森という概念で語るには、あまりにもスケールが狂っている。
最初に目に入るのは、目の前を塞ぐようにそびえ立つ「壁」だ。
そう錯覚してしまうほど巨大な、それでいて確かに一本の「樹木」だった。
幹の直径は、ざっと見積もっても十メートルは下らない。
粗い樹皮はビルの外壁のように隆起し、その凹凸一つひとつが人間の頭ほどのサイズだ。
さらに視線を上へ滑らせる。
しかし、一定の高さを超えたあたりで、幹は淡い靄によって見えなくなる。
どこまで伸びているのか、どこで枝分かれしているのかも分からない。
ただ、「上にはまだ続いている」ということだけが、感覚として理解できるという感じか。
周囲を見渡せば、同じような巨木が、視界の端から端まで、規則性があるのかないのか分からない間隔で林立していた。
一本一本が、地上の大樹一本だけで観光名所になりそうなサイズを持ちながら、それがここでは“群生”している。
「でけぇ、これが鎌倉ダンジョンか。マジで特殊だな。全部でかいな!」
臼杵の感想は、そのままこのフロアの第一印象だった。
「本当だね。ここでは今までの常識を一回捨てる必要があるね」
剛志は息を吐き、周囲を見渡す。
視界の端から端まで、「巨大」という言葉で埋め尽くされている。
「『環境データを取得します。重力値および空気成分は、既知のダンジョンと大きな差異はありません。ただし、フィールドスケールが極端に大きいですね』」
イチロイドが淡々と告げる。
音は、驚くほど少なかった。
風がほとんどないため、葉擦れのささやきも、枝のきしみも、滅多に聞こえない。
その代わり、一度どこかで何かが動けば、その音は必要以上に大きく響く。
――ドン。
遠くで、低い地鳴りがして、次の瞬間、巨木の幹がかすかに揺れた。
魔物が向こうからやって来たのだ。
はじめは霧によって姿形はよくわからないが、シルエットだけはわかる。とにかくでかい。
最近は50m級というとんでもない化け物を目にしたことで基準が若干ブレ気味の剛志たちだが、それでも今までのダンジョン探索でこれほどの大きさの魔物は見たことがない。
体長はざっと15mほどに到達し、二足歩行で歩いているのがわかる。それも3〜4体ほどの群れだ。
「マジか、いきなりこの大きさの魔物が複数体か。そりゃこのダンジョンが一般に公開されないのも頷けるな。こんなの初心者が足を踏み入れた日にゃ生きて帰れねえぞ」
そう言って迫り来る巨体を見上げる臼杵。剛志もその臼杵の発言を聞きながら完全に同意見だった。
そんな中イチロイドが先陣を切る。
「『マスター。ひとまず私が部隊を指揮して対応してみたいと思います』」
「了解。じゃあよろしく」
イチロイドの発言に剛志も全く疑問に思わずに了承する。それだけすでにイチロイドに対する信頼は確実なものになったという証拠だ。
そうして、剛志はイチロイドが操れるようにとゴーレム鎧を10組ほど召喚した。
このゴーレム鎧。元々は剛志が自身を守るために考えたゴーレムの派生形で、その仕組みから鎧と名付けている。もちろん鎧なので、人が身につけることが可能で、装備者の体を守る素晴らしいゴーレムなのだが、この小さなゴーレムの集合体という特性が、ゴーレムクリエイトと剛志の所持制限無視のスキルの合わせ技でとんでもない威力を誇ることがわかった。
そのため剛志は、このゴーレム鎧をさらに進化させて合体ゴーレムを極めようと考えているのだが、まだそれは構想段階で今はできていない。
そんなこんなで今は単純に戦力として優れているゴーレム鎧が剛志のゴーレム部隊の主戦力に躍り出たのだ。
少し話が逸れたが、剛志が召喚したゴーレム鎧はすぐさまイチロイドの管轄下に置かれ、巨大な影に向かって飛んでいった。
10対のゴーレム鎧が隊列を組みながら飛んでいった先にいたのは大きなゴブリンだった。そう、ゴブリンだ。
見た目はよく見る低階層に出てくる雑魚敵代表格のゴブリン。斯く言う剛志もダンジョン探索の初期にはよくお世話になった魔物だ。
その魔物が本来は120cmほどのはずの身長を10倍に伸ばし、巨大なゴブリンとして出現しているのだ。
その巨体から繰り出される攻撃はかなり強力で、いくらゴブリンだとしてもこれだけ大きければそれなりの威力を誇る。そうなると言われていたように推奨レベルは100くらいになるのだろう。
しかし、ここにいるのはどちらもレベル100など優に超える上位探索者だ。そんな彼らにとってはここの魔物たちは恐るるに足らない。
ゴーレム鎧の一体が、巨大ゴブリンの顔面に迫り、そのまま突進の勢いをつけて殴りかかった。すると、その勢いのまま巨大ゴブリンは後ろに吹っ飛び、そのまま後ろにいた他の巨大ゴブリンを巻き込みながら倒れてしまった。
それからあとはただの作業だ。縦横無尽に飛び回るゴーレム鎧たちの猛攻を受け、あっさりと巨大ゴブリンたちは倒れてしまった。
そしてそのまま煙となり消え、後にはドロップアイテムを落とした。そこにあったのは剛志からすると見慣れたドロップアイテムの、低級魔石だった。ただしその大きさも10倍ほどの大きさを誇っていたということを除くとだが。
「おお!魔物も大きければ、ドロップアイテムも大きいのか!」
剛志がそれを見つけ驚いたように叫ぶ。その叫びを聞いた臼杵も驚いたように続ける。
「マジか!それって結構すごいことなんじゃねえか?長さが10倍の大きさってことは体積で考えると1000倍だろ。これ一体でゴブリン1000体分ってことか!」
臼杵のいうことはあっている。そしてこの事実は剛志にとってかなりの朗報だった。
普段からとんでもない数の魔石を消費しながら魔石変換器を用いて大量のゴーレムを召喚する剛志にとって、魔石を確保するということがもっとも重要だったりする。
それがこのダンジョンだと、普段よりも高効率で回収できそうだということがわかったのだ。
まあ、今の所ゴブリンを1000体倒すよりは楽というだけで、最近剛志が使っている地下60階層のグールやスケルトンが落とす上級の魔石(小)一個よりも内蔵魔力量は少ないため、効率ということだけを見ると、深い階層の魔石をとってくる方が良いのだが、ダンジョンのスタート地点でこれだ。ここから奥に進むにあたりどんどん効率がよくなる可能性に期待しないわけにはいかない。
「『ひとまずこの辺りの調査を行います。マスターと臼杵さんは、ひとまず作戦会議を行いたいのでよろしくお願いします』」
そんなイチロイドの発言に納得した二人は、イチロイドを含めた三人でこの未知のダンジョンについて話し合うことにしたのだった。
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