第165話 臼杵vsジュリア 決着
両者引かない主張のぶつけ合いは、結局のところ実力行使によって決着をつけるしかなかった。
そのため、お互いが自身の勝利を信じ、戦いに挑む。
最初に仕掛けたのは、これまで防戦一方だった臼杵だった。臼杵は今まで最低限の雪生成で的確にジュリアの攻撃を防いでいたが、今回は攻撃に出るためか、今までと打って変わって広範囲に魔法を展開した。
「【雪景色】。この魔法はあたり一帯を雪の景色に変える魔法だ。まずはその火照った体を落ち着けようや」
そう言って発動された魔法によって、一瞬にして周囲に雪が積もった。積もったと表現しているが、実際に雪が降ったわけではない。魔法の発動エフェクトが周囲を包んだその瞬間に、約10センチほどの雪の層が地面一面に現れたのだ。
ジュリアは何が起きたのかを警戒していたが、景色が変わっただけで、他には気温が下がった程度しか変化がなく、肩透かしを食らったような様子だった。
「何? この魔法。なんの意味があるの? 警戒して損した気分。……それに私は炎魔拳士だって言ってるでしょ。この程度の雪、私の近くにいるだけで蒸発して終わりよ!」
そう言いながら、ジュリアは自身の体を覆っている炎の火力を上げる。その熱に連動するように、周囲の雪は彼女の周りから蒸発していった。
それを見ていた臼杵だったが、まったく動じていない。
「まあ、そうなるわな。それは想定内だ。この魔法は、俺が戦いやすくなるためのサポート魔法みたいなもんでな。戦いやすいフィールドを作り出しているだけなんだよ。こんな風にな」
そう言うと、臼杵は手を振った。その動作に反応するように、ジュリアが蒸発させなかった範囲の雪が氷柱状に変化し、ジュリアを目がけて襲いかかる。
これまで臼杵は、魔法を詠唱して新たに雪を生み出し、それを攻撃や防御に活用していた。しかし、【雪景色】の魔法で既に展開された雪を用いることで、雪を生成する工程を省き、発動までの時間を短縮していたのだ。
だがジュリアも動じなかった。さらに強力な炎を纏い、氷柱が到達する前にすべてを蒸発させてしまった。
「なるほどね、確かに意味はあるようね。でも、私の魔法との相性差は覆せないわよ。こうして少し火力を上げるだけで、あなたの攻撃は意味をなさなくなる。これが私とあなたの“戦力差”よ」
そう言って両手を広げて勝ち誇るジュリア。その美貌も相まって様にはなっていたが、言っていることは非常に上から目線だった。
だが臼杵も冷静に反論する。
「まあまあ、そんなに結果を急ぐなって。……まだ俺の魔法の説明は終わってねえんだ。俺の【雪景色】はな、“フィールド型”の魔法ってのはさっき言ったけど、それに加えて“継続魔法”でもある。つまり──」
彼がそう言った直後、エフェクトが再び発生し、臼杵を中心とした範囲に再び雪が降り積もる。
「──10秒ごとに、同じ範囲に同じだけ雪を積もらせるって仕組みだ。だからあんたがどれだけ雪を蒸発させても、またすぐ元通りってわけさ」
確かに、先ほどジュリアに向けて使った分で失われた雪も、今では再び元通りになっていた。
これを見て、ジュリアがこの魔法の“弱点”を突く。
「なるほどね……確かに、何度も雪を蒸発させてもきりがない。でも、これって裏を返せば“あなたが常にMPを消費し続けている”ってことよ? つまり、あなたにとって長期戦は不利ってこと。自分で自分の首を絞めてるわよ」
ジュリアはまたしても、自身の周囲にある雪を炎で蒸発させた。確かに彼女の言う通り、これでは臼杵のMP消費が加速してしまう。
「なんだ、俺の心配をしてくれるのかい? それに俺の魔法、今もあんたにデバフをかけ続けてるぜ。……あんたこそ、そんなに雪を蒸発させ続けてて大丈夫か? そっちのMPも相当削られてるはずだろ?」
臼杵はそう言ったが、ジュリアは余裕の態度を崩さない。
「ふふ、でもね、あなたの方が明らかに早くMP切れになるわよ。私には“ダメージが入らない”って点で圧倒的な優位がある。あなたからの攻撃はすべて無効化されてる。これでもう勝負はついてるのよ」
そう言いながら、死角から飛んできた氷柱も、ジュリアは炎の出力を高めるだけで蒸発させた。
攻撃のタイミングを何度も変えている臼杵だったが、すべてがジュリアの炎に焼かれ、まるで効果を得られなかった。
そして戦況は逆転。以前はジュリアが臼杵に攻撃を仕掛け、臼杵が防戦する構図だったが、今やただ立ち尽くすジュリアに対して、臼杵が一方的に攻撃を仕掛ける状態に。
しかし時間が経つにつれ、徐々に臼杵の額には汗がにじみはじめる。MPの消耗が限界に近いことを示していた。
それを見てジュリアは言う。
「ねえ、なんで魔法を止めないの? 本気でこのまま自滅する気? もしかして何か罠でも仕掛けてるつもり? でも無駄よ。私はここで待ってるだけで勝てる。わざわざ動く理由なんてないのよ。
ほんと、拍子抜けね。てっきり、お互いが手探りでMPを削り合う展開になると思っていたのに──」
ジュリアは肩をすくめる。
「私は魔法も使えるけど、どちらかというと近距離戦闘がメイン。それを見越して、あなたが遠距離からじわじわMPを削ってくると思ってた。でも、まさかあなたが自ら短期決戦に持ち込むなんてね。……そろそろ限界なんじゃない?」
臼杵が片膝をついたことで、ジュリアは勝利を確信し始めた。
しかし──
「……やっぱりな。結構考えて戦うタイプだろ、あんた。俺もそうだから、なんとなくわかるんだよ。……そうするとさ、俺みたいな“からめ手”って戦いづらいだろ? だから今回は、ちょいと力技にシフトしたってわけさ」
臼杵は苦しそうに立ち上がる。
「なあ、俺の雪魔法が他の魔法と違う点って、何だと思う? それは──“雪の形状が保たれている限り、魔法が消えない”って点さ」
臼杵の表情は、苦しげでありながらも、どこか勝利を確信しているようだった。
「はあ? だから何? それが今の状況と何の関係があるのよ?」
ジュリアは困惑する。
「だからさ──一度出した雪は、溶けない限りは“俺の魔法”として存在し続けるってこと。……で、ここからクイズだ。俺はこれまで、どれだけの雪を作ってきたと思う?」
「……なにそれ。ふざけてるの? ここにあるのが全部でしょ? その程度の雪なら、いくらでも蒸発できる。私の火力をなめないで」
そう言って睨みつけるジュリアだったが、臼杵の顔には確信の笑みが浮かんでいた。
(何度も臼杵は雪を積もらせた。でも、その都度私が蒸発させてきた。もし、雪の形が残っていなければ魔法は消えるはず。なら──)
ジュリアの思考が一気に加速する。
(もしかして、“見えない場所”にまで雪を溜め込んでいる? でも、そんなのどうやって……)
その時、彼女はあることを思い出す。
──臼杵が魔法を使うたび、雪がすでに積もっている場所にもエフェクトがかかっていた──
「まさか……!」
ジュリアはとっさに、まだ使われていない雪の領域に炎弾を打ち込んだ。
雪は──ほとんど解けなかった。
「……気づいたか!」
臼杵の声が響く。
「正解だ。俺の魔法【雪景色】は、同じ範囲に“同じだけの雪”を積もらせる魔法だ。で、あんたが蒸発させなかった範囲──そこに毎回“雪を圧縮して積み重ねてた”ってわけ」
「……っ!」
「見た目上は変わらねぇ。でも、実際にはとんでもない密度の雪が、そこに積もってる。圧縮された雪は、まるで別物だ。そしてその場所からあんたを動かさないように、定期的に攻撃を仕掛けてたって寸法よ」
臼杵がそう言った次の瞬間、彼が操った雪がジュリアの周囲を囲み、巨大なかまくらのような“雪の球”を形成した。
「くっ……!」
気づいたジュリアは、すぐさまその場を離れようと動き出す。しかし──遅かった。彼女は完全に閉じ込められてしまった。
ジュリアは迷わず、最大火力で“かまくら”を破壊しようと爆発系の炎魔法を発動しようとする──が、それにすら落とし穴があった。
「っ、ぐっ……!」
かまくら内に充満した炎が、空気中の酸素を一気に消費してしまったのだ。
炎魔法は“魔力”で作られるが、その熱と勢いは空気中の酸素を焼き尽くす。
つまり──ジュリアは今、“炎を自らの手で使うことにより、呼吸できない密室”を作ってしまった。
「ぐ……っ!」
すぐさま臼杵の雪で形成された地面に向けて脱出を試みるジュリア。爆破で地面を破壊しようとするが──その先にも、雪。どこまでも。
完全に逃げ場はなかった。
「……っ……く……」
空気を求めて暴れまわるジュリアだったが、限界が来るのは早かった。
炎は燃える。酸素を食い尽くす。そこに“魔法で生きる”道はなかった。
そして──ジュリアは、爆発を放つ寸前、意識を失った。
「……はあ、はあ……こういう戦い方も、あるってわけさ……」
臼杵はそうつぶやきながら、雪の球の中にジュリアを閉じ込めたまま、魔力でそれをゆっくりと浮かび上がらせた。
そして、独り言のように漏らす。
「……にしても、きつかったな。MP使いすぎたぜ……」
まるで戦いを終えた魔法職らしい、苦味混じりの勝利の台詞だった。
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