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異世界スロー旅~雑草少女の旅するスローライフ~  作者: 鷹山リョースケ
第二章

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064 クソトカゲ

 床に魔法陣のあった部屋で眠っている子供達に最後の挨拶をするか? とグラディに問われて、私は悩んだ。カリーナもそちらの空きベッドへ移したそうだ。

 ちなみに魔法陣は作動しないよう、ひとまず一部を壊したらしい。後でベルレに見てもらうって。

 グラディは思案しつつ言った。


「わたくしはこういうことに意見を述べる立場ではありませんが、見なくてもよろしいのではないかと思いますわ」

「どういうこと?」

「そうですわね……とても安らかに眠っていますから。実感がなくて混乱するだけなのではないかと思いました」


 私は考えた末、特にお別れの挨拶はしないことにした。

 この辺は前の世界の経験を足して照らし合わせても、答えが出ない。

 何としても死に目に会いたかった時もあったし、逆にもう全部終わった後で墓だけ教えて欲しいと思ったこともある。

 便りの絶えた友人の消息を無理に調べたりしないような。そういうの。


 そうこうしているうちにシェルリがさっさと食事の支度をしていて、すごく良い匂いがしてくるもんだから、私はお腹を押さえて苦笑した。


 悲しくてもつらくても腹は減るんだ。

 腹が減るから悲しくても生きていける。

 ごめんね、みんな。

 私は私の人生をこれからも進んでいくよ。

 でも忘れないよ。

 私は執念深いからな。


 久々のシェルリのキャンプ飯を涙と共にかっ込みながら、実家の味……と感慨にふけった。これがこの世界の私にとっての実家の味、ママンの味だわ。


 ところで。


「ぎゃっ」


 あの。

 見慣れないモンスターがいるんですけど……その、あれは。

 緑の鱗、被膜の翼、金色の角、細長い顔、爪。

 ディティールはドラゴンだけど、その……ずんぐりとしていて、何とかモンみたいなデフォルメ感バリバリのあれは。

 羊ぐらいの大きさのドラゴンっぽいものが石筍や石柱をフンフンと嗅ぎ回っている。時々爪とぎみたいにガリガリやっていた。


「あれって……」


 私の視線の先を見て理解したのか、グラディが答えた。


「一応ドラゴンですわ」

「クソトカゲだ」


 吐き捨てるように言ったシェルリから珍しく怒気を感じて驚いた。

 柱の方から抗議するように「ぎゃっぎゃっ!」と耳障りな鳴き声が上がる。


「シェルリにずっと付きまとっていますの。なんだかんだで未だに殺されないのですから、随分うまくやっているものだと思いますわ」


 それってストーカーというやつでは。

 でもグラディもあまり気にしている様子がないので、少なくとも危険ではないのだろう……ってドラゴン?!


「ドラゴンって、人類の怨敵なのでは!?」

「あら、子供の家で習いましたか?」


 習った習った。

 古代、この大陸は突如現れたドラゴンの群れに蹂躙された。

 壮絶な闘争の果てに人類は何とかこの災厄を退けたものの、人は死にまくったわ大地はボコボコにされたわで文明が数世代退化するぐらいの傷跡が残った。

 町や集落も当然焼かれ壊されしたから資料も失われ、詳細は未だに判らないそうだ。


 ただ、遺跡やあちこちの戦場跡、伝承等から当時の様子が伺えるそうで、古代史研究の一分野として、またトレジャーハントの分野で人気があるとかないとか。


 何より生き残りのドラゴンが今でも稀に発見されている。

 勿論大討伐作戦になるのだけれど、実際にドラゴンが存在している以上、古代の侵攻は事実である――というような話を子供の家でもドミティラさんとの雑談でも聞いた。

 古代史研究的なことはお勉強で、トレジャーハント的なことはドミティラさんからだ。それ専門の冒険者もいるって聞いて、ちょっと夢が広がったことを思い出した。


 その生き残りのドラゴンが! あそこに!


「討伐しなくていいの?!」

「そうなのですけれど……」


 グラディは珍しく言葉を濁した。扱いかねているようだ。

 私は犬みたいに嗅ぎ回っているドラゴンを見た。

 寸詰まりボディはボテッとしていて可愛いと言えなくもないが、顔が実にアホっぽい。ギャグマンガ出身の顔をしている。


「よし、討伐しよう」


 シェルリが立ち上がりかけた。途端、ドラゴンが振り向いて「ギャアアアアア」と鳴き叫ぶ。何かを主張するようにバサバサと羽ばたいた。うるせえ。


「落ち着いてくださいまし。一応、生かしておくと決めたではありませんか」


 グラディが諫めると、シェルリはこれも珍しく舌打ちをして座った。

 ドラゴンがホッとしたように小さくなって、また石柱を嗅ぎ回る仕事に戻った。今度はガジガジと齧り付いている。なんだあれ。


「あんな姿でも一応ドラゴンですから。強いですわよ」

「ぎゃっ!」

「シェルリには勝てませんが」

「ぎゃ……」


 グラディの弁にいちいち合いの手の鳴き声が上がるので気が抜ける。

 てか、人の言葉判るんだな。


 古代に侵攻してきたドラゴン達はそれこそ山のようなカイジュウから今そこで犬みたいにフンフンしてる大トカゲまで、大小多種多様だったらしい。

 形も様々で、海には今でもヘビみたいなドラゴンが生き残ってるとか。


 改めてポリゴン数少なくて済みそうなドラゴンを見た。

 あんなんでも古代の生き残りで、最低でも数百年は生きてることに。

 わお、ファンタジー生物だ。

 イマイチ盛り上がりに欠ける見た目だけど……。


「あれをどうするかはシェルリ任せですので、わたくし達は静観しております」


 たまに便利ですし……とグラディがやっぱり珍しく視線を逸らした。珍しい反応ばかりだな。

 ドラゴンというか、あの個体については何か事情があるっぽい。


「名前とかないの?」

「クソトカゲだ」


 それは悪口ではなかろうか。

 遠くで「ギャアアアアア」という抗議の鳴き声が聞こえた。



 ◇ ◇ ◇



 食事をしながらグラディとシェルリの現場検証? の結果を聞いた。

 小部屋の同士討ちの跡は、状況からやはりヒューベルテュスの仕業だろうとのこと。


「セルバで『名前で人を操る魔人』の話を聞いたことがあって」

「ヒューベルテュスですわね。昔、あの子がこの辺で悪さをしましたの。きちんと言い伝えが残っているのですね」


 なんか軽い……大事じゃないの? 重犯罪者では??

 というか、本当に年齢どうなってるんだろ。

 あっ。

 も、もしかしてこの世界の人間って、寿命が二百年ぐらいあるとか?

 いや、丘の神官の寿命が特別長いとか?


「ヒューのことは後でお話しますわ。まずこの神殿ですが……」


 昔はちゃんと神殿として使われていたようだ。

 上の村が廃村になった頃に放棄され、その後でネウロウカリスとかいう連中が入り込んで、増改築してよからぬ研究に使っていたらしい。


「まさかこんな近場にこのようなものがあったなんて」


 グラディは神秘的な光を放つ石柱を見上げて、憎々しげに呟いた。

 その石柱の根元では相変わらず簡略化したようなドラゴンがフンフンしている。

 

 グラディ達は一度遠方に行って用を済ませた後、領都まで戻って来ていたのだそうだ。それで私のメッセージが早く届いて、急行してきたらしい。

 何故急行したかというと、なんとあのドラゴンが襲撃を知らせに来たそうな。

 なんでだよ?!

 グラディが教えてくれた。


「点数稼ぎですわ。あのドラゴン、何らかの理由でシェルリに取引を求めているらしいのですけれど、シェルリが断固拒否しておりますの」


 それでシェルリと親しい私が何らかの事件に巻き込まれていると判断して、ご注進に走った、と。

 てか私のことも把握してるんかい。ずっと見張ってるの? マジストーカーじゃん。キモ。


「シェルリとはある程度意思疎通が出来るみたいなのです。わたくしには何を言っているのかさっぱり判らないのですけれど」


 そしてなんとドラゴンの背に乗って文字通り飛んで来たんだって。

 へえええ! すごい! 乗れるんだ!

 あのサイズで?!

 と疑問に思ったら「大きくなりますよ」とグラディ談。

 可変タイプだった。へええええ。 


 ……もっとも、その騎乗代がシェルリの両足(物理)と後で聞いて、グラディの複雑な心境が察せられたし、名前はクソトカゲでいっか! と思った。

 人食いドラゴンじゃねーの。やっぱドラゴンはクソだ。


 食後にコーヒーを焼いてもらいながら、私はミニステルについて尋ねた。あと丘の神官について。

 グラディは考え込んで、長く長く考え込んで、言った。


「わたくし、知力を使うお話は苦手なのですけれど……」


 ああ、うん。それは……まあなんとなく判る、けど。

 そんなむつかしいお話なんです??


「昔そういう慣習があったんだ。従者として連れ歩き、素質があれば神官にした」


 シェルリが焼けたモダマ豆の表面を石でガリガリ削りながら言った。前と違う煎れ方だ。削ったというか摺り下ろした豆を布で包んで、鍋の湯に入れる。

 じき、紅茶みたいな薄茶色になった。ふわっとフルーティな香りがたつ。

 それをレードルで掬ってカップに入れてくれた。

 一口飲むと、薄い水色とは裏腹に、前の世界で飲んだものに近いコクのある苦味があった。


「うっお……」


 思わず声が出る。

 うひゃー、美味しいたまらん。文明の味がする。

 グラディも無言で堪能しているようで、しばらく二人してじっくりと味わった。


「そうですわ、シェルリにおたずねなさいまし」


 グラディはカップ片手にキリッと丸投げ宣言した。丸投げしててもお美しい。

 でも後片付けをするシェルリに隠れてこっそり耳打ちしてきた。


「あの石柱の装置。あれはなるべくシェルリに見せたくないのです。理由を付けて外に連れ出してくださいませ」


 えー、そんなこと言われたら頑張っちゃうよ。

 私はコーヒーを飲み干すとカップを自分で洗って箱に戻した。

 清水は出せても汚水はまだ消せないので、それはグラディがディスインテグレート。原子分解じゃろ。目指すところは判ってるんだけど、どうやったらそうなるのかが判んないんだよねえ。

 外に行く理由かあ。


「あー、新鮮なお肉が食べたいナー。狩りに行っていい?」

「わたくしが番をしておりますので、シェルリと行ってらっしゃいな」


 のんびりコーヒーブレイク続行中といった体のグラディがすかさず乗る。

 シェルリは頷いて、二人で連れ立ってヒューが走り去った方向へと歩き出した。

 あっちに出口があるみたい。そりゃそうか。ヒューが出て行ったんだし……ってそういえば。


「そういえば、ヒューと会った?」

「会った。これをもらった」


 シェルリは片手に持っていた木の棒を掲げた。先に小さな光が灯っている。

 そういやよく見たらヒューの杖だわ。


「……ええと、ヒューはどうしたの」

「殴ったら飛んでいった。後は知らん」


 シェルリはどこか満足そうに杖を振っている。

 ……それもらってないよね。カツアゲだよね。


「捕まえたりは……しないの?」


 だって明らかに何か悪だくみに加担してるよあいつ。

 直接手を下してなくてもダメなんじゃないの。

 殴った……ってどの程度か判らないけど、結局逃がしちゃうの?

 神官仲間だから? ……いや仲間なのか?

 私は不審と混乱のままシェルリの背を追って細い通路を進み、外へ出た。



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