055 追跡開始。
……土臭い。私また地面で寝てる……二回目?
薄目で周囲をうかがうと、地面よりは高い場所にいる。
周囲は暗く、空はまだ星空。つまりそう時間は経っていない。
私はゆっくり上体を起こした。
そこは馬車の荷台だった。焼け残った木箱の上に同じく焼け残った毛布を敷いて寝かされていたようだ。
少し離れた場所に柔らかい光が見える。魔法の光だ。
光の中に人影がある。私は荷台を下りてそちらへ向かった。
まだ少し体に違和感がある。
激しく振り回されるジェットコースターから降りたすぐ後みたい。
明かりの中には、杖の先に光を点した神官がいた。
その足元には人の体が並べてあった。
肩から上には毛布がかけてある。毛布はべったりと地面に広がっていた。
女傭兵が傍で嗚咽していた。
「起きたね。具合はどう?」
「まだ少し気持ち悪くて……」
ほとんど回復していたけど、一応そう申告した。
何がどうなったのか、この神官がどういう認識をしているのか判らないから、ケロッとしてるよりかはヘロヘロしてる方がいい気がして。
「あっあっ、ありが、ぐすっ、ござます、お助け、いただ、いて」
突然女傭兵が足元に転がり込んて来てビックリした。
地面近くに蹲り、泣き濡れてくしゃくしゃになった顔で私を見上げる。
うっ……そうだよね。どんな顔をしていようが相手に自分の顔を見せ、また相手をしっかりと見るのが正式な礼儀。更に子供の私を見上げる形にするためにだいぶ頑張って地面近くに位置取っている。
つまり最大限の感謝を表してくれているということなんだけど。
判る、判るんだけどいたたまれない。
てか、私が蘇生したってバレてんの?
それ大丈夫?? 私の保身的に。
私は思わず神官を見上げると、神官は不思議そうに私を見返した。
「え、だって君、ミニステルだろう?」
まさかまたその単語を聞くとは!
私がポカンとしてるのを見て、神官も「えっ?」と困惑している。
足元では女傭兵がわんわん泣いていて、その後ろには死体が並んでいる。
どうしよう。
とりあえず女傭兵を落ち着かせて、私達は現状把握と情報共有をした。
並ぶ死体は五つ。赤鰐傭兵団の女傭兵――ジーナを除いた全員の四人、そして緑の蔦の戦士だ。
おっさん達は一人は殺ったんだ。
首は緑の蔦含め全て無かった。私は死体にそっと触れていって心の中でシェルリにたずねてみたが、反応は無かった。
シェルリ本人がこの場にいたならまた話は違ったのかもしれないけれど、子機みたいな私ではやっぱり「見て」ないとダメなんだ……。
子供達や館長他子供の家の大人組の死体は無かった。
だから無事だとは言い切れないが、望みはある。
正直、何が起こったのか、まだ判ってないけれど。
少なくともひとつだけ確定しているのは。
緑の蔦のクソ共は高く吊るさなければならないということだ。
◇ ◇ ◇
神官はヒューと名乗った。
「僕はヒューベルテュス。ヒューと呼んでね。君の師が誰かは知らないけど、同門だよ。よろしくね」
「同門 ?」
「あれ? 君の師は何も教えてないのかな」
知らない……かな。別に知りたいわけでもなかったし。必要なら教えてくれるだろうし。ついでに三人いるしなあ。
魔法の師匠なら主に酒ばっか飲んでて朝が弱くて綺麗好きの裸族で料理が上手くて魔法が篦棒に強いエルフ顔の元密偵だと思うけど。
で。ミニステルとは。
なんと「神官見習い」のことだった!
なーんだ! それならそうとグラディも言ってくれればいいのに!
……何がひっかかったんだろ……って私、神官見習いなの?! いつどこでそうなった?
「僕は君がミニステルだと判るけど……どうして判るかは説明し辛いなあ。うーん、判るから判るとしか……」
神官固有の能力かな?
そもそも神官ってどうやって免許皆伝するんだろう……。
そんな風に私達がまず自己紹介やら何やらをしていたら、風に乗って遠くからまた新たな馬蹄と車輪の音が近づいてきた。
この世界、基本的に夜は出歩かない。単純に暗いのだ。
だから夜に走る馬車なんて何か特別な目的があるとしか思えない。
場に緊張が走ったが、ヒューが「大丈夫」と言って明かりを持って街道へ出た。
ほどなくしてやってきたのは、いかにも農家で使っていそうな簡素かつ丈夫な荷馬車だった。
そこはいい。だが御者がある種、異様だった。
二人の人物が乗っていた。
二人とも足首まであるたっぷりとした布量のマントで体を覆い、見えている部分はスリットから出ている腕ぐらいだが、その腕も革の長手袋で覆われている。
更に頭はフードを被り、顔の前には薄いガーゼのような透け生地のベールが下りていた。怪しすぎるんですけど。
二人は馬車からひょいと身軽に飛び降りると、ぴしりと直立不動で並んだ。
片方は黒いマントに黒いベール、片方は白いマントに白いベールと、オセロのようだ。
身長は大人の女性ぐらいある。この場の人間でいうとヒューより小柄でジーナよりがっちりしてる。
「これは僕の連れだから安心して。イルミカ、自己紹介を」
ヒューがそう言うと、黒い方の人物がかくんと動いた。私達に向き直る。
「ワタシはイルミカ隣におりますのはミカルタでございますワタシ達は同じ工房同じ技師の手によって生み出されました最新型の魔動人形でございますイルミカとミカルタは外的にも内的にも同じ規格と性能でございますがイルミカは発話と身体表現にやや優れミカルタは状況分析や予測にやや優れます外装は現状イルミカは黒ミカルタは白で設定されておりますが変更は可能でございます動力は魔力でございますれば定期的な充填が必要でございま」
「止まれ」
ヒューがぶった切るとイルミカはピタッと止まった。
私とジーナは呆気にとられていた。
「魔動人形だって?! うわあ、は、初めて見た」
私もだよジーナ! 私の心の声とジーナの声が被った。
「いえ魔動人形でございます」
「気にしないでくれ。これらを作った技師のこだわりだから」
面倒そうな顔のヒューが手を振った。機種の違いかな?
ジーナはもの珍しそうにイルミカとミカルタの周りをぐるぐる回っている。犬か。私も見に行……ってる場合じゃなかった、これからどうするか決めなきゃ。
そう思ってヒューを見上げると、判っていると頷いた。
「状況を整理するね」
ヒューが話し始めたのでジーナも慌てて戻って来た。
「街道から外れていく馬車の轍の跡があった。無くなってるもう一方の馬車だと思う。あとこれは僕の神官としての感覚を信じてもらうしかないんだけど、その馬車には神官が乗ってるね。だから今ならなんとなく方向が判るんだ。つまり後を追えるかもしれない」
ギリ、とジーナの歯が鳴った。魔動人形に目を輝かせていたのが嘘みたいに、その目には暗い闘志が宿っていた。
「または、急ぎセルバに戻ってしかるべき機関に通報するか」
敵は少なくとも緑の蔦四人に、どうせ仲間もいるだろう。未知数だ。
ここにいるのは神官一人と傭兵一人と特に戦闘力はない子供一人。
どう考えても戦力不足。
でも今、追わないと行方が判らなくなる可能性がある。
それになにより。
あいつら、私の鞄持って行きやがった!!
私の鞄というか、子供達の私物の入った箱が無かったんだよ!
私の収納板返せ!! あの中には金で買えないものから金そのものまで、どんだけ入ってると思ってんだ。
うわ、今更ながらに腹の底から怒りが湧いてきた。
同じくジーナもとっくにキレてる。なんせ仲間の仇だ。
「「追う!」」
私とジーナの声が揃った。
ヒューは「だよね……」と苦笑した。
◇ ◇ ◇
おっさん達はこの場に仮埋葬した。
早く追いたいけど、さすがに放置はできない。獣に荒らされるから。
それぐらいの時間は誤差だから大丈夫、とヒューも言った。
ヒューが大雑把に地面を掘り返し、イルミカとミカルタが土を戻す。
神官は土の魔法も使えるの? と何も判らんふりしてたずねると「そりゃ、埋葬はたまにあるからね」と言った。
そういえば色んなことがあり過ぎてよく考えなかったけど、そもそも何でヒューは私達を追ってきたんだろう? 遅かったとか言ってたし。
「ヒューは私達が襲撃されることを知ってたの?」
「いや、僕はある理由で君達に同行していたと思われる神官を追っていたんだ」
あの中年のおっさん神官だろうか。
「その理由はちょっと話せないけど、今はおそらく連れ去られたであろう子供達の救出が優先だね」
「おうともよぅ。あたしも護衛対象持ってかれたまんまじゃー、団に戻れねぇ。任せなあ、もうあんなヘマはしねえ」
ジーナがおっさん達の荷物から抜いた道具や装備を整理しながら言った。
聞いてると赤鰐傭兵団はパーティではなくもっと大きな団体のようで、任務ごとにメンバーを選出してパーティ編成をしてるのだそうだ。
「今回のおっさん達はこんでもよう、結構腕はたつ方だったんだぜ。だから緑のクソ共も無事じゃあねえよ」
ぐすっとまた少し鼻を啜りながらジーナは言ったが、拉致られた中に神官おっさんがいるので、治されたと思う。無常だ。
神官がいると消耗戦になるなあ……。
それからヒューはイルミカに馬を任せ、セルバへ向かわせた。
一人(一体?)で大丈夫なんだろうかと思ったけど、ヒューが大丈夫だというので、大丈夫なんだろうなと思うしかない。
そしてミカルタ(白い方だ)が私達と同行することになった。
「ワタシ、ミカルタ。命令、従う」
「ミカルタの方が索敵に優れているからね。ただ戦闘力は期待しないでくれ」
屋敷の中で働く想定で作られているんだ。そうヒューは言った。
メイドロボかな。
そういえば、イルミカと私でセルバに戻るのが普通なのでは? と今更思ったんだけど、ヒューに聞いたら「イルミカと馬なら馬の都合だけで走れるけど、そこに人間を連れてると色々時間とられちゃうからね。それに君だって魔法は使えるんだから戦力だよ」とのことだった。
そりゃそうか。ロボット、いやゴーレム? なら飲まず食わず眠らずだものね。
いや私達だって食料どうするの。水は手から出すけど。
と、思ったらイルミカ・ミカルタの乗ってきた馬車に積んであった。
クルパンが。
かくして、前衛一名、斥候一名(一体)、ヒーラー一名、ヒーラー予備一名での即席パーティで追跡を開始することとなった。




