053 信用度。
翌朝。普通に目が覚めた。
生きてた……おお、感動するね。生きてるだけで感動だ。
辺りはまだ暗い。空の端に朝の気配を感じるぐらいだ。
しかし寒いな。毛布を体に巻き直した。体が痛い。地べたつらい。
馬車の下から周囲をうかがうと、焚き火とその周辺に毛布の小山がいくつか見えた。夜番の子供達だろう。
護衛の皆さんもどこかしらで歩哨に立っているのだろうか。
私は毛布を背負って焚き火ににじり寄った。
火はたいぶ小さくなっていたけど、あったけえ。
痛む体を温めながらぼんやりした。寝直そうかなあ、起きようかな。
そんな心地。
昨日の調子ならどうせ馬車の中で爆睡できるので、起きるべきか。
新顔の傭兵団の皆さんの観察もしたいな。
喉乾いたなあ。
水……手のひらに出して飲むか。毛布の中で啜ればバレないかな。でもイマイチ出力調整が上手くできなくて。
こんな寝ぼけた状態じゃ、だばーっと出しちゃいそうで不安だ。
私がもぞもぞしていたら、隣の毛布の小山から声が掛けられた。
「アレアか……」
フリアンだった。
年度末の経理部みたいな顔をしていた。うわあ。
「おはよ。……ずっと起きてたの」
「いや……少しは寝たよ。夜中に起こしてもらって、それから起きてる」
乗り物酔いはなあ……魔法で予防できないんだよね。
だって怪我でも病気でもないから。
症状を和らげることは出来るんだけど、定期的にかけ続けなきゃならない。
シェルリが「殺してから運んで、到着後に蘇生すればいい」とか言ってたぐらいだし。いやその論法なら普通に眠らせればいいだけでは?! あの人達は死の概念が軽すぎる。
こういうのは「薬」の分野なんだよね。
しばらく無言で二人して火を眺めていた。
焚き火の向かいにも毛布の小山があるけど、あれはもう寝ちゃってるなあ。
薬って高いのかな。
「アレアは……ぼくの家に行ったんだっけ」
唐突にフリアンが喋った。
訥々と、独り言をつぶやくような調子だった。
「最初は知らなかったんだけど」
嘘だが。でも確証も無かったからグレーだ。
「近所の子供から話を聞いてたら『あれ?』って。色々あって、家の中確認したら名前があったからさ。他所のフリアン君かもしれないけど、まあ十中八九うちのフリアン君だろうなって」
あれがどういうシチュエーションの書き付けか判らないけれど。
他人がゴミとして片付けていいとは思えない。
「どこにあったんだ?」
「敷き布団の下に押し込んであった」
「そっか……」
沈黙。
火の爆ぜる音と、風に葉の擦れる音。時折遠くで聞こえる足音。
ダメだこれ寝ちゃいそうー。
「アレアは……どこから来たんだっけ」
再びフリアンが話し掛けてきた。
お前も寝てしまいそうなのか。わかるわー。
「辺境。村の名前は知らない。拾われてから第三村に寄ったから、そっちの方角じゃないかな」
知らんけど。マジであの村がどこにあるかもう判らない。
「ぼくはセルバ生まれだ……セルバの外に出るなんて、考えたこともなかったな」
「また帰ってくるし。公費で領都旅行だと思ったらお得じゃん」
「旅行か……。なあ、アレアは子供の家のこと、どう思った?」
「えー? 想像よりいいところだと思ったけど」
最初の想定がド底辺過ぎたともいうけど。
前もその話したなあ。
「個室があるって破格の扱いだよね。ちゃんとベッドがあるし、ご飯いっぱい食べられるし。セティづくしなのは勘弁して欲しいけど。あれってセルバの郷土料理なの?」
「そんなわけあるもんか!」
私としては地元民に確認したかったぐらいの軽い気持だったんだけど、思いの外激しい反応が返ってきて吃驚した。
一気に目が覚めた。こんなところにフリアン君の地雷が?
「お、おう……どうした」
「いや……ごめん、何でもない……ああ、そういえばさ、ぼくの家で『緑の蔦』と会ったんだって?」
あからさまに誤魔化されたな。
なんだなんだ、俄然気になってきたじゃないの。
「緑の蔦? ああ、あの冒険者達か、会ったというか、襲撃されたな」
「襲撃?」
驚いた顔で振り向いたフリアンを見て、さてどう答えたものか考える。
一応、本当に家族ぐるみで知り合いだったみたいだし。
年齢的にフリアンの友達ってわけでもないだろうから、おそらく父親か母親の友達なんだろう。
つまり、亡くなったご両親の友達を悪く言うのは如何なものかって話。
私の信用度の方が低いからね。
事実を述べても私が言い掛かりつけてるみたいに思われるじゃん、どうせ。
どうでもいい連中のことで無駄な軋轢発生させたくないなあ。
うーん。
こういう時は曖昧に流すのが大人の社交術だけど、逆にそんな社交する相手でもないんだよなあ。
よし、私は子供だし正直者だぜ。
「家の中ズカズカ踏み込んでいって、乱暴にひっくり返して汚いとか罵倒した挙句、何か見つけたものはないかって今度はこっち脅してくるんだもん。態度悪過ぎ。なんもねえわ。探し物なら自分達で探せっての」
フリアンは複雑そうな顔をしていたが、結局何も言わず、また焚き火を見つめる仕事に戻った。
怒るかと思ったけどそうでもないあたり、何か心当たりがあったのかな。
私は体が温まったので頑張って水を飲みに行くことにした。
やっぱり毛布の陰で、っていうのは難しい。
馬車に置いてあった水瓶、まだ残ってるかな……残ってなかったら柄杓だけ借りて自前で出すか。
しかし、エマもフリアンも肝心な所で口が重い。
さっきも思ったように、私の信用度が低いんだよね。
まあ同じ施設で寝起きしてるってだけで、熱心に親交を深めたわけでもないし。
クラスメートみたいなもんだよね。
毎日挨拶ぐらいはするし、用事があれば話もするし別にケンカもしないけど、全員と等しくプライベートの話までするかっていうと、そんなことはない。
それぞれにより近しい友達グループがいるわけで。
こっちがその輪に入っていこうとしてないのに「何でも話して!」っていうのは、無理があるよな。
この辺は私のヒューマンスキルの低さもあるんだろうなあ。
エマとはそこそこ交流したと思うけど、結局そこそこ程度では壁を抜けなかったっていうか。
付き合った時間なんて関係なく何でも話したくなるような、また会いたいな、一緒に遊びたいなって思わせる人っているじゃん?
人間としての魅力があるっていうか。あれ理屈じゃないよねえ。
理屈でどうにかしてる人もいるけど。
なんかそんなような話になった時に、シェルリが見本を見せてくれたことがある。寄り道ばっかしてた時に立ち寄った村の酒場で。
普通の旅人風の服に着替えたシェルリがいつもの無表情なんて嘘のように軽薄かつ人好きのする笑顔で知らない男の向かいに座る。
もちろん何だお前、と警戒されるんだけど、あれよあれよという間に仲良くなって一緒にカンパーイみたいに盛り上がって、周りのテーブルまで巻き込んで和気藹々と飲んだ後、惜しまれつつ出て行った。
のを、同じ酒場の隅のテーブルで一部始終見学させてもらった。
どっちかというとシェルリの軽薄なニヤニヤ顔に衝撃を受けたけど。
「本職ですわねえ」と、グラディ。そういや元密偵だった。ああいう感じでするっと人の隣に滑り込んで、情報抜いていくんだろうな。
そしてシェルリの普段の顔はニュートラル状態で、ついでに言えば省エネモードなんだなと思った。
馬車の荷台によじ上ると、木箱の上に毛布の包みがいくつか乗っていた。
仲良し同士で寄り集まっている小山もある。かしこい。集まった方があったかいもんね。
水瓶の蓋をそっと外すと、中は空だった。
そりゃまあそうか。むしろ足りないぐらいだよ。
私は水瓶の中で柄杓に水を注いだ。一杯飲んでふーっと息をつく。
この魔力水の現状での欠点は、水温が体温より下がらないという点だ。
なまぬるい……。
誰が出しても基本そうだけど、シェルリに頼んだら冷たい水も出してくれたので、修行次第で克服できると思われ。温度の操作について私が理解した時に。いつになるか判らんが。
ちなみに熱湯はハナから求めてない。
手のひらを火傷する自分が今から見えるからね!
◇ ◇ ◇
そんな感じで長閑な馬車の旅は二晩ほど野宿を重ねた。
寝不足だったり体の痛みだったり退屈だったりメシの不味さだったりで子供達もぐったりし始めた。
マジでなーんもすることないもんなあ。
勿論、休憩時や野営の時に薪拾いをしたり水を汲みに行ったりと作業はしてるけど、馬車が動いてる間は寝るしかすることがない。
カードゲームでもあれば……って、あー、酔うか。どうしょうもない。
あまりのヒマさに外部から来た私に新味のある話題を求められたけど、話せることがない。ヤバい話しかない。村にいた頃は単純労働の記憶しかないし。
休憩や野営の時に一号車の方を見ても、荷台は常に幕が下りていて中は判らなかった。
館長とスサニタさんとおっさんズは体を伸ばすためか時々外に出てくるけど、カリーナは見たことがない。
一度お見舞いに突撃してみたが「眠っています」と追い返された。
その騒ぎで緑の蔦のクソ剣士に見つかって蹴飛ばされそうになったけど、赤鰐の傭兵おっさんが助けてくれた。
赤鰐の傭兵おっさんが緑の蔦を見ながら「……冒険者崩れが」と舌打ちをしていたので、どうも仲がよろしくない様子。
第三者からも低評価じゃん、緑の蔦。
やっぱりフリアン、騙されてるのでは。
個人的にちょっとしたトラブルもありつつ、全体的にはダラッタラにだらけた三日目の夜。
私は殺された。




