042 女子会と川原の決闘
「小さき明かりよ、我がランプに灯れ」
ランプの芯の位置に光を点す。魔動具とは違って常に魔力を送り込まないと消えちゃうわけだけど、これぐらいなら意識から外れない限り維持される。これも訓練の一環だ。
点呼の後しばらく待って、静かにドアを開けてエマを待つ。
じき、本を数冊抱えたエマが廊下の向こうから現れた。
子供棟の廊下はごく小さな明かりが取り付けられているから、なんとか歩くことができる。トイレに行く為のものだろう。部屋で漏らされても困るもんな。
無言で手を振り合って、無駄にクスクス笑いながら一緒に部屋に入る。
こういうの、寮生活って感じでいいな……えへへ。
◇ ◇ ◇
エマは遠慮なく語った。語り下ろした。
私の部屋は一番端っこで隣の数部屋は空室だから安心して語れる。
「この彼! 絶対、彼女のこと好きだったと思う」
「でも人妻だよ」
「関係ないよー。好きって気持はそういうの関係ないよー」
いやあるじゃろ。
ああ、でもまあ、心の中だけで想うのは自由、かな。
「彼女も彼女の夫も両方好きだったと思うよ。彼なら二人とも養える。丸く収まるわ」
いや収まらねえだろ!
誰を真ん中に挟むかでだいぶ話変わってくるぞ。
エマは図書室の本を広く読むというよりは、気に入ったものを繰り返し読んで理解を深めるタイプの読書をしているようだ。
そしてかなり恋愛に興味があるようだ。つか、カプ厨だ。登場人物片っ端からカップルにしていく強火shipperだ。
これで前後左右上下に言及し始めたらエマとは腹を割って話さないといけないが、今のところロマンスへの憧れの入口程度なので、私は心穏やかにエマの萌え語りを聞くことができた。てかさすが細かいところまで読み込んでるなあ……。
この世界、基本言語パックを頭に刷り込まれるから子供でも文章をスラスラ読めるんだよな。総合的な内容を理解できるかどうかは別として。
そんな感じでエマの荒ぶりが一段落したところで、いったん休憩。
「……そういえば、この部屋、すごく居心地がいいね」
「え、そう?」
「うん……くつろぐ? そういう感じがする」
へー。なんだろ。特になんもしてないけど、そう言われると嬉しいな。
そうしてとりとめもない雑談をするうちに――私はショッキングなことを聞いてしまった。
私、マジでハブられてたらしい。
ファーーー。
「ごめんね、でも、あの、意地悪したかったわけじゃなくて」
他にどんな理由が?!
「えっとね、内緒だよ。私達もうすぐここを出て行くんだって。アレアともすぐお別れになるから、つらくなっちゃうから、最初からあまり親しくしないようにしようって」
そんな理屈があるかァ! と心の中で瞬間沸騰したけど、体はともかく心は年の功、こめかみを押さえてしばらく考え、まあ、ご理解はした。
意地悪のつもりはないという主張には同意しないが、情が移るとつらいから仲良くしない、という判断には一定の理解をする。
確かに挨拶や連絡事項といった面でハブられたことはないし、みんな困惑顔だったし。
つか誰だそんなこと考えた奴!
言葉巧みに誘導尋問で聞きだしたところ、発案者は――フリアンだった。
あのやろう!
はー? どういうつもりだ。え、なに、みんなにハブらせて自分だけ親切アプローチ? どういう狙い? なにか歪んだ性癖が??
考え込んでたけど、エマの気まずそうな顔を見て我に返った。
この件は後で落ち着いて検討しようか。今はエマと女子会が優先だ。
「じゃあエマはつらくなっちゃうかな。私ともうお話しないほうがいい?」
「そっ……そうかもしれないけど……でも……」
「ねえエマ、お別れなんてこれから先いくらでもあるよ。この人とは別れるからお話しない、なんて考えてたらきりがないよ。お別れしてもどこかで偶然会うかもしれないし。今は私と楽しくお喋りしようよ。楽しかったなー、ってことだけ覚えてたらいいじゃない」
実際、私もずっとセルバにいるつもりはないし。
エマとは必ず別れる日が来るけど、一生の間に偶然再会する確率はゼロじゃないのは本当だから。むかつく相手ならまだしも話して楽しい相手ならもったいないじゃん。
フリアンは後日シメるがなァ!
それからまたおしゃべりをして、その夜は狭いベッドで一緒に寝落ちた。
ベッドに寝転がったままでランプの光を消す。やっぱり魔法の方が便利だ。
◇ ◇ ◇
そんなこともあって多少冷静さを欠いていた私が今どこにいるかというと、川原である。
川原で何してるかって?
決闘だよ! バカじゃないの?!
そもそもはテルセロが泣きついてきたことだ。
瓶を集めてたら別のグループに絡まれたんだと。その後は前の私と同じで、邪魔されまくったらしい。
なんと新興グループは難民の子供達だった。へー、頭いいなあ。
なんて暢気に思いながら普通に道歩いてたらテルセロ達が泣きついてきて、その難民の子供達と遭遇して、町中で「お話し合い」はマズイから川原に流れてきたというわけ。なんだそれ。
難民のガキ共のボスはなかなか体格のよい奴で、腕っ節に自信ありと顔に書いてあった。つかお前歳いくつだよ……年端のいかない子供の上前ハネるより普通に下働きできるだろ。
「一応、なんとなーく割り当てみたいなもんがあるの。そこご理解いただける?」
「知ったこっちゃねえなあ。家のあるガキは母親の尻でも追っかけてろよ」
ダメかー。文明人ムーブはダメかー。
周りのガキ共が無駄に騒いでるし。やめてよ、ここ洗濯場に近いから女の人達に見咎められるとめんどくさいことになっちゃう。
ここでテルセロのアホが決闘だ! とか言い出して、めっちゃ盛り上がっちゃうクソバカガキ共。
小学生男子か! 小学生男子だったわ!
しょうがないので、ニヤニヤしながら見下ろしてくるボスガキにずんずん近付く。変わらずヘラヘラしてるからありがたくノールックで股間を蹴り上げた。
敵対してる相手が間合いに入ってるのにボンヤリしてるなんてないわー。
前屈みになって顔が下りてきたところで顎先を拳で振り抜く。もちろん拳には魔力でカバーをかけてあるよ。
よろめいた後頭部を掴んで、足元の砂利に思いっきり叩きつけた。びくん、と四肢が跳ねる。大丈夫大丈夫、これぐらいでは死なない。
掴んだ頭はそのままに反対の手でも襟首を掴み、川原を引き摺っていく。重いなあ!
川に着くと掴んだ頭を水中に押し込んだ。
「ごぶっ……がっ……おふっ…!」
このドサクサで頭は回復させる。タマは……そんなにキツく蹴ってないけど、後遺症とかあったら可哀想だから一応治しとくか。
おっと時々水から上げて息継ぎさせないと。
私はボスガキの背に跨がって頭を水に入れたり上げたりしながら彼が文明に目覚めるのを待った。
心づくしの説得が功を奏したようで、難民の子供達とも仲良くなれた。
私、友達増えてるじゃーん。
あー、今日も空が青い。
◇ ◇ ◇
洗濯場から丸見えのところでやってるとさすがにマズイかなと思い始めて、私達はもうちょっと離れた場所に集まることにした。
町から遠くなったじゃねえか! それもこれも、
「そんなデカい魔獣が出たら生きてねえわ。もっと小さい、これぐらいの山ウサギとかを捕まえて食べるんだよ」
「へぇー! 山のウサギかあ。これぐらい……って大きいな?!」
「力も強いしな。だから狩人はすげえんだよ」
難民のアホガキ共と町のクソガキ共が川原で駄弁っていやがる。私だけに瓶洗わせんな。働け。
難民の子供達のリーダーはロドルフといった。
なんとか村の子供達だそうだ。忘れた。元々小規模な集落だったので被害が出る前に避難してきたらしい。
川原の決闘でボロカスに負けたくせに、なんかちゃっかり合流してて、お陰で人数が増えたのだ。
ロドルフ達はテルセロ達と話して、テルセロ達の境遇を知ったことで瓶拾いからは手を引くことになった。
殴らなくていいのか? とテルセロに聞いたら「もう十分ですからやめてください!」って真っ青な顔で言われた。私に石投げてきたお前が大人になったなあって褒めたら、土下座しようとしたのなんでよ。
ロドルフから難民達の様子が聞けた。
今、町の拡張工事をしていて、難民達は一時的にそこで雇用されるのだそうだ。辺境が落ち着いたら順次戻ることになるが、それまではセルバで暮らすらしい。
それを聞いてテルセロが言った。
「拡張工事やってるところって俺ん家の近くなんスけど、あの辺の畑持ってた家の人が病気で亡くなったんスよね。いい畑だったのにあれ潰しちまうのかな」
「畑……ああ、あったな。いや、畑のまま使うらしくて今耕してるぞ。なんか薬草植えるって。家の方は解体して移すらしい」
ガキ共のおしゃべりを聞くともなしに聞いていたら、ちょっと気になるワードが出たので聞いてみた。
「テルセロ、その病気で亡くなったお家に子供はいた?」
「男の子がいたと思います。うちの親とはあんまり交流がなかったんで遊んだことはないんですが……それこそ子供の家にいるんじゃないっスか?」
いる……かもね。
だからどうだというわけでもないけど……もしそうなら、自分家がすっかり他人の手に渡ってる様子を見るのはしんどいかなあって、ちょっと思った。
それはそれとしてシメるがなァ!




