第13話 会議
翌日の放課後、僕は奏多と一緒に駅前のカフェに向かった。昨日の話の続きをするためだ。
一応いつもの喫茶店にもよってみたけれど、この前と同じ張り紙もなにもない状態で閉まっていた。
そして、学校からなぜか着いてきた音無さんも一緒にカフェまでの道を歩いていた。
「なぁ。なんでちゃっかり着いて来てんだよ」
耐えられなくなったのか、少し機嫌悪そうにそう言った奏多は、音無さんを睨みつけた。
感情に任せてそういう態度をとるのは、本気で彼女が欲しいのなら止めるべきだと何度も言ってるんだけど聞く耳を持たない。
本人曰く「これが本当の俺なんだから、相手に偽ってまで彼女が欲しいとは思わねぇ!」ってカッコつけて言っていたけれど、本当のところただ直すのが無理なのか、めんどくさいだけだろう。
しかし、音無さんはそんな奏多を気にしていないように見えた。眼中に無いとか、気にしても仕方ないみたいな感じ。
光里の親友だからか、奏多のことは光里から嫌という程聞いてこういう時の奏多はスルーした方がいいことは分かっているらしい。
「別にいいでしょ? 迷惑はかけないから。私も光里と同じシフトにして貰ってるから今日は暇なんだよね」
「答えになってねぇよ。良くねぇから言ってんだけど」
「そう? でも悠人君は迷惑そうじゃないけど?」
「こいつは別に良いんだよ。俺が迷惑なんだわ」
「いやさりげなく悪口言わないでくれるかな? 僕は別にこの人なら信用できるし良いんじゃないかなって思ってるだけなんだけど」
そう言うと、奏多どころか音無さんまで驚いたような顔をして僕を見た。
確かに音無さんとはほとんど話したことがないし、そんなに会ってるわけでもない。まぁ奏多と光里以外とは極力関係を持たないようにしてるから当然なんだけど。
ただ、この人はあの転入生の情報を色々持っている張本人だし、光里の親友だから無闇に嫌われてしまうとなにか不味い気がしてるのも確かだ。
「あのなぁ〜! お前、俺達以外友達は作らねぇって言ってなかったか!?」
「そう言って心配してくれてた奏多が言うセリフとは思えないね……。別に音無さんとは友達じゃないよ? ただ、あの転入生の情報を色々持ってそうだなって思っただけ」
「人を情報屋みたいに言わないでくれる? まぁ確かに、奏多君に言われて色々従兄弟に聞いたけどさ……」
「なら別に良いんじゃない? 僕達が今目的としてるのはあの人の情報収集なんだから。奏多がなにか勘違いしてるところとか、まだ聞いてない情報があるかもしれないんだし」
「はぁ〜。お前が良いなら別に良いけどよ……。ただし約束しろ? この話し合いのことは光里には内緒にしろ! 良いな?」
「分かってるよ。私も多分目的はあなた達と同じだし、別の目的もあるからね」
彼女が言う目的の意味はどちらもあまり分からなかったけど、多分あの転入生を良く思ってないってところだけは同じなんだろう。
気に入らないからって、情報を集めて対策を練るなんて卑怯だとは思う。
だけど、あんな人に光里は取られたくないんだから僕が卑怯者になってでもこうしないといけないと思う。
奏多が言ってくれたように、『やるなら全力で、後悔のないように』その言葉通りだ。
全力で、あの時こうしておけば良かったなんて後悔、絶対に残さないようにしないといけないんだ。
「別の目的ねぇ〜。まぁ良いわ。ん? 今日は空いてんな」
「本当ね。珍しい。まぁ良いんじゃない? すぐ入れるし」
「本当に着いてくんのかよ……」
「当然でしょ? ここまで来てなに言ってるのよ」
奏多とも数回しか会ってないだろうに、ここまで僕らに馴染めてるのはある意味すごい。
奏多はともかく、僕は基本光里か奏多相手じゃないと会話しないような人間だから相手にするのは難しいだろうに……。
それがたとえ、光里に僕と奏多の扱い方について聞いていたとしてもだ。
操作方法なんかが書いてあるだけの説明書を見るだけで、激ムズゲームをクリアするくらいの難しさだと思う。
まぁ、音無さんに相手にされてるかって言えば相手にはされてないかもしれないけど。
どちらかと言えば、ずっと奏多と喋ってる感じしかしない。
僕はそこのところを不思議に思いながらカフェのドアを開けた。
この前と同じ店員さんに案内されて、今度は窓側の席に通された。この前と比べると確かにお客さんも少ない方だった。
「奏多君はパンケーキだとして、悠人君はコーヒー?」
「おい待てや! なんで俺がパンケーキなんぞ食わなきゃいけねぇんだよ!」
「だって、この前光里が『奏多の大好物はハチミツたっぷりのパンケーキなんだよ!? 子供みたいでしょ?』って言いながら笑ってたから」
「あの野郎……。もうしないって言ってたのは嘘だってか? なめやがって……」
鬼のような形相を浮かべた奏多は、その後不気味に笑っていた。ちょっとというか、だいぶ怖い。
光里も、普通そこまでする?ってレベルだけど、どっちも子供だなぁ……。
「まぁまぁ。僕はコーヒーでいいよ。奏多は〜安い方のカレーにしてあげて。後、奏多はハチミツが嫌いだからそこだけは間違えないようにしてあげて。今みたいになるから……」
「わ、分かった」
奏多の顔に少しだけ引きながらも、音無さんは店員さんを呼んで自分はメロンソーダを注文した。
奏多も飲み物だけにしておけば良かったと、メロンソーダを注文していた音無さんの姿を見て思った。
ついカレーをお願いしちゃったけど、良く考えたら転入生のことを話し合うんだからカレーはマズかったかもしれない。
てっきり音無さんはパンケーキとかそう言ったものを頼むとばかり思っていた。
「私、今は別にお腹すいてないんだよね。それに、あんまり手持ちないし」
「手持ちねぇなら来るなや……。全部払わせようと思ってた計画が台無しじゃねぇか」
「ねぇ奏多。普通さ、逆なんじゃない?」
「世間様での普通なんざ知らねぇよ。勝手に着いて来てんだから払わせようって思うのは普通だろ」
「いや普通じゃないと思うよ。音無さんは自分の分だけで良いよ。奏多の分は僕が払うから」
呆れながらそう言うと、奏多は目に見えて嬉しそうな顔をして、反対に音無さんは驚いたような顔をした。
カレーを勝手に頼んだのは僕だし、わざわざこんな話し合いをしているのも元々は僕の為だしね。それくらいはしたい。
僕と音無さんの注文した物が届くと、奏多が早速本題に入った。自分のだけはまだ時間がかかると思ったんだろう。
「で、まずはお前からだ。なんか俺に話してないことがあるからわざわざ着いて来たんだろ?」
「まぁ話してないことはあるよ。その時は知らなかったって言った方が正しいけどね。ただ、話してないことがあったから着いて来た訳じゃないよ? 面白そうだなって思って来ただけ」
「はぁ〜? お前って案外暇なのな。家帰ってテレビでも見てりゃ良いのに」
「それは私の勝手でしょ? それを言うなら貴方もそうでしょ? 織田君がどんな人か知りたいってだけでこんなところに来るなんてよっぽど暇なんじゃない?」
光里以外に論破されてる奏多を見るのは初めてで、なんだか笑えてきた。
ただ、音無さんにそんな理由でここに来てるって思われてるのは……なんだか複雑な気分だ。
本当だけど、説明が少し足りてないだけでこんなに意味が違ってくるんだ......。
それから、メロンソーダを一口飲んだ後、音無さんはゆっくりと話し始めた。
「まず、織田君の妹さんの話だけど、名前は姫華ちゃんって言うらしいのね? で、亡くなったのは4年前の春。確か、4月25日だったかな」
「奏多は2年前とか言ってなかった? はぁ。相変わらずなんだから」
「別にそこまで気にするところじゃねぇだろ。てか、もう直ぐ命日なのか。確か、極度のシスコンって言ってなかったか? なら墓参りにも行くんじゃねぇのか?」
「シスコンじゃなくても妹の命日ならお墓に行くのは当たり前だと思うけどね……」
音無さんも呆れながら頷いて同意してくれた。
奏多だけはぽかーんとしていたけど、頼んでいたカレーが届くと忘れたように食べだした。
「それでさっき2人も言っていたけど、妹さんの命日には必ずお墓に行ってるらしいのね? そのお墓にはさすがに従兄弟も行ったこと無いらしいからそこからの情報は無いかな」
「1つ気になってたんだけど、音無さんの従兄弟さんはなんでそんなにあの人の情報を持ってるの? あの転入生が誰かと話してるところなんてまだ見たこと無いんだけど」
「親友だったのよ。ちょうど、貴方達と同じような小学校からの幼馴染だったの。だから、妹さんのこととか色々知ってるみたい。私の学校に急に転校したから心配してるのよ。ちょうど悠人君みたいに、自分から喋るのが苦手な人らしいから」
「はっ! なら楽勝だわ。幼稚園児の手を捻るくらい楽勝だわ」
それを言うなら、赤子の手を捻るじゃ無いかな……。と思いつつ、僕もなんとなくそんな気がした。
自分から話しかけるのが苦手だったら、光里に接触すら難しいと思う。ただ、なんで僕達を挑発して来たのかがますます分からない。
ゲームとかで、負け濃厚なのに全力で煽ってくるみたいな、そんな謎な行動。もしかしたらここから逆転する方法があるのかも。なんて思ってしまう。
「私の従兄弟が言うには、『良い奴だけど、第一印象とかその他諸々で他の奴と友達になれないんだよね。本当友達にさえなれば、あんな奴他にいないってくらい良い奴なんだけどね』ってことらしいわよ? 随分べた褒めだった。つまり、典型的な友達が作れない人って感じ?」
「第一印象とかで敬遠される奴いるよな〜。付き合ってみたら良い奴なのに、付き合うまでが大変な奴とかまじで沢山知ってるわ」
「ちょうど僕の隣にいる人も多分その部類だと思うよ。実際、新入生には避けられてるらしいし」
「可哀想なやつだな〜。誰だそれ?」
本気でそんなことを言ってる奏多に、僕も音無さんも「マジかこいつ......」みたいな顔をした。
本人は全く気付いてないらしいけど、奏多も今話していた部類に充分当てはまる。
第一印象は最悪でも、付き合ってみたら本当に良い人で、少し扱いづらいけど一緒にいて飽きないっていうか、自然と笑顔になれる。
「はぁ。とりあえず、このバカな人は無視して他にはなにかある?」
「他は〜趣味が読書で、休み時間はほとんど図書室にいたってことくらいかな? うちの学校の図書室って狭いから、ほとんど中に居る人なんて見ないけど」
「バカってのが誰のことかめっちゃ興味あるけど、今は置いとくわ。で、問題はこっからだ。図書室で待ってても来るか分かんねぇし、一度あいつと話してみたいんだよな。第一印象が最悪だったのは確かだけど、話して見たら意外と良い奴って可能性はあるしな」
そう言いながらカレーを完食した奏多は、口元を拭きながらどうしようかと考えていた。
僕個人としてはあの人が良い人だなんて信じられないけれど、まだ光里の件で怒っているのも確かだし、冷静な判断ができていないだけかも知れない。
だから、その場は黙っていることにした。どんな結果になっても僕がやることは決まってるんだから。
「同じクラスなんだから、休み時間に話すとかじゃダメなの?」
「教室じゃダメだ。もしもがあったらやばいし、光里がいるところは避けたい」
「なんで光里がいるとダメなのかはなんとなく分かるけど、じゃあどうするの?」
「たとえば、墓参りにこっそり着いて行ってそこで話すってのはどうだ? 別に邪魔はしねぇし、外なら俺は暴走しねぇ自信がある」
黙っていようと思ったけど、奏多が変なことを言い出したからさすがに黙ってはいられない状況になった。
お墓参りに着いて行くなんて、当事者からしたら迷惑以外の何者でも無い。いくら嫌いな人でも、限度はわきまえるべきだと思う。
「お墓参りに着いて行こうって言う時点でだいぶ暴走してる気がするんだけど、気のせい?」
「まぁ、確実に話したいのなら良いんでしょうけど、1人で行くとは限らないでしょ?」
「そん時は帰りの駅とかで偶然会ったことにすりゃ良いじゃん。なにも墓参りの邪魔をしようって訳じゃねぇんだから、ギリ不謹慎じゃねぇだろ? それに、墓の前で話そうって訳でもねぇよ」
「それでも普通にアウトな気がするんだけど、音無さんはどう?」
音無さんは2分くらい唸った後、クリームソーダの残りを飲み干してから答えた。
「いくら邪魔しないとは言っても、本人やその家族の許可を貰わないとお墓参りに着いて行くのは不謹慎だと思う。だから、どうしても行きたいのならちゃんと許可は取ったほうがいいと思う。妹さんのことは私達に伏せてるみたいだし、学校以外のところで許可を取ったほうが良いんじゃない?」
「あの人が許可をくれるとは思えないけどね。それでも行きたいの?」
「それ以外に思いつかねぇんだからしょうがないだろ。てか、悠人。お前も来いよ?」
「え? 僕も行くの?」
「なに言ってんだよ! お前のために行くんだろうが。じゃ決まりな?」
誰も同意してないのに勝手に決められた……。って言うか、僕もそろそろお小遣いがピンチなんだけど。
バイトをしていない僕としては、本当にお墓参りまで着いて行くことになると、電車賃が足りるかどうか不安なレベルだ。
まぁ、どうせ許可は貰えないだろうし、あんまり深く考えなくても良いか。
それから少しだけどうでも良いような雑談をしてから店を出た僕達は、この前と同様お店の前で音無さんと別れて、奏多と2人で帰路に就いた。
その途中に、日曜になんで楽しそうに音無さんと話してたのか聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「金曜あいつと話した時に連絡先交換したんだよ。そしたら、話があるって呼び出されてな? 行ってみたら金曜日の日に聞いた話とは別の転入生関連の話をされただけだ。で、意外と面白かったってだけ。他はなんもねぇぞ?」
「向こうが誘ってきたんだ。意外だね」
「だろ? もしかして俺、モテ期でも来たか?」
「そんな訳無いでしょ……」
家に帰ってから光里にそのことを話すと、僕と同じで意外そうだった。
「もしかしたら、本当に奏多にモテ期が来たのかもよ!?」なんて言ってたし。まぁ、そんなことある訳無いけど。




