第12話 重い話
翌日、昨日光里から聞いたことを確認しようと思って奏多の家に行ってみると、やけに深刻な顔をした奏多が出て来た。
しかも、目の下にはしっかりくまが出来ている。奏多に限ってそんなことはないと思うけど、一応聞いてみることにした。
「ねぇ奏多。まさか朝帰りでもしたの?」
「あ? 悠人お前、寝ぼけてんのか? そんな訳ねぇだろ」
「じゃあなんでそんなに眠そうなの?」
「そりゃまともに寝てねぇからだよ。理由は後で話してやるから。さっさと行くぞ」
大あくびをしながらそう言った奏多は、いたっていつも通りに歩き出した。
そして桜がすっかり散ってしまった道を歩いている時、唐突に寝てない理由を話し始めた。
「俺さ、昨日一昨日でだいたいあの転入生のこと調べ終わったんだよ」
「奏多っていつも急に話し始めるよね。まぁいいや。それで?」
「結論から言うと、あいつは光里自身が好きって訳じゃない。っていうか、全然関係ないけどさ。あいつって意外とカッコいい名前してるよな。なんだよ織田翔真って! 信長か!」
「いや本当に全然関係ないじゃん。信長はどうでもいいけど、光里自身が好きな訳じゃないってどう言うこと? じゃああの挑発して来たのは? なんだったの?」
奏多は僕の質問には答えず、ずっとブツブツ「信長みたいな名前のくせにあんなイケメンなのずるくね?」みたいなことを言っている。
全国に織田って苗字の人はいっぱいいるだろうに……。それだけのくだらない理由でそんなに僻めるのは逆にすごいと思う。
いや、奏多の場合これは僻んでるんじゃなくて、ただかっこいい名前(奏多基準)で、さらにイケメンなのが納得いかないっていう現実逃避なのかもしれない。
それより今気になるのは、あの転入生は光里が好きな訳じゃないって言っていたことだ。じゃあなに? あの挑発みたいなこと言ってきたやつは。
「ねぇ奏多。その信長いびりみたいなのは今はどうでもいいでしょ? どう言うことなのか説明してくれない?」
できる限り真剣にそう聞くと、横でずっと文句を言っていた奏多が僕の顔を見た。やっとこっちに帰って来てくれたみたいだ。
現実逃避をやめた奏多はどう説明しようか悩んでいるみたいだった。そんな時、後ろからこっちに勢いよく走ってくる足音が聞こえて来た。
振り返ってみると、光里が全速力で僕らめがけて走って来ていた。
「あ、見つかった!」
「そりゃあんなにドタドタ走ってたら分かるだろ! 俺達舐めてんのか」
「ハルはともかく、奏多は気付かないかな〜って!」
「ふざけやがって……。おい悠人。また今度言うわ」
「え? なになに!? なんのこと?」
「お前には教えてやんね〜!」
さっきまで現実逃避してた奏多は、光里が目の前に来た途端、いつもの調子に戻った。
だけど、僕は2人が笑いながら話している時も、さっきの奏多の話が気になってそれどころじゃ無かった。
そんな僕の姿を見てなのか、1時間目の授業中に制服の内ポケットに入れている携帯が震えた。
先生に見つからないようにこっそり確認してみると、横の席に座っている奏多からのメッセージだった。
別に今送らなくても授業が終わった後とかでいいと思うんだけど……。
そう思っていた僕は、メッセージの内容を見て奏多のさりげない優しさに少しだけ感動した。
「昼休みまた屋上に来い。朝の続き話すわ。それまでにこっちで色々考えとくから、お前はそれまで余計なこと考えずに待ってろ」
きっと、朝のことがずっと頭の中に残っていて授業に全く身が入っていない僕を心配しての配慮だと、僕は思った。
相変わらずあの転入生は光里のことをチラチラ見ているし、あれで光里のことが好きな訳じゃないなんて言われたら、気になるに決まっている。
それも昼休みまでの辛抱だとなんとか自分に言い聞かせて、昼休みが来るのをじっと待った。
そして待ち望んだ昼休みが来ると、お弁当を持って屋上に向かった。
なんで奏多はまだ教室にいたのにそんなことをしたか。
奏多は僕の様子を見ていたしすぐに追いかけて来るだろうと思ったというのが一つ。一番大きな理由は、一刻も早く朝の続きが聞きたかったんだ。
僕が屋上のベンチに座って2分くらいした頃、息切れした奏多がお弁当の包みを持って屋上に上がってきた。
「お前……そんなに足速かったかよ?」
「奏多が遅いだけだと思うよ。ご飯食べながらでいいから早く教えてくれる?」
「お、おう。」
奏多は少し驚いた様子だったけど、僕はそんなことは気にせず、お弁当の蓋を開けて中身を食べ始めた。
中身といっても、適当に冷凍食品を詰め込んだだけのお弁当だけど。
横に座った奏多もお弁当の中からサンドイッチを出して頬張り始めた。
「で、話の続きだけどよ。どこまで話したっけか?」
「はぁ。口に入ってるものが無くなってから喋りなよ。あの転入生が光里のことが好きな訳じゃないってところまで話してて、奏多が現実逃避に走ったところで終わってるよ」
奏多は手に残ったツナサンドの残り半分を一口で食べた後、一息ついてから朝の続きを話し始めた。
僕はお弁当を食べながら気になっていた話の続きをただ聞いていた。
「まず、そもそもの話から言うとな? あいつには妹がいるらしいのな? その妹の名前が〜なんだっけな」
「妹さんは光里の話と関係あるの?」
「まぁ焦るなって! 名前は思い出せねぇけど、とにかくあいつには数年前に病気で死んだ妹がいるって話な?」
「せめて亡くなったとかもう少し柔らかく言いなよ……」
僕が少し呆れていると、奏多はそんなことはどうでもいいと言わんばかりに無視し、そのまま次のタマゴサンドをお弁当から取り出した。
その後、半分口に入れたところで喉に詰まらせて胸を思い切り叩いていた。
とりあえず僕の水筒を渡すと、残り半分くらいあったお茶が、返された時には全部無くなっていた。
「あ〜助かったわ。サンキューな!」
「渡されたお茶全部飲む? 普通……」
「で! 話の続きだけど、その死んだ妹にあいつはぞっこんだったらしいんだよ。病院には毎日通うわ、その妹が死んだ直後は学校でも結構泣いてたらしいぞ?」
「うん僕の話を無視するのは分かったけど、その情報はどこから出てきたのかまず聞いてもいいかな?」
「日曜に音無から聞いた。あいつの従兄弟が転校前の学校で一緒だったらしいんだよ。で、その妹が死んだのがちょうど2年とかそんくらい前の春らしい」
随分軽そうにそう言った奏多は、手に残っていたタマゴサンドのもう半分を一口で食べて、お弁当の中身がもうないことにガッカリしていた。
人が亡くなった話をしているのに、なんで奏多は平気なんだろうと少し感心した。僕は、同情しか出てこないというのに。
誰だって、大切な人が亡くなった時はショックだろうし、泣きもするだろう。ただ、そのことと光里がどう関係しているのかが全く分からない。
光里の両親はどちらも普通の会社員だったはずだし、ここ数年病気にかかったことすらない。だから病院で偶然会っていたなんてことは無いはずだ。
「問題はここからなんだけどよ。その妹、音無の従兄弟があの転入生に写真を見せてもらった感じ……」
「なんとなく分かった。光里に似ていたとか言うんだろ? でもさ、それだけで光里のこと好きになる? ラブコメじゃないんだからそんな話ある訳ないでしょ?」
「いやそんなこと言われても俺は知らねぇよ。ただ音無が言うには、似てるとかそんな次元じゃないくらい激似らしいぞ。動物園のペンギンの群れの見分けが付かないくらい激似らしい」
「そんな訳が分からないたとえ、本当に音無さんが言ったの? そんな微妙なことをあの人が言うとは思えないんだけど」
「お〜! よく分かったな! 今のは俺オリジナルだ!」
ドヤ顔で言うことじゃないんだけど。しかも動物園のペンギンって、分かる人には分かるだろうけど、分からない人には余計に分からなくさせるだけだと思う。
簡単に言うなら、双子みたいに似てるとかそんな感じで言えばいいのに……。
「お! その手があったか!」
「いやたとえの話は今はいいでしょ。じゃあなに? あの転入生は光里と亡くなった妹さんを重ねて好きになってるとでも言いたいの?」
「あ〜音無が言ってたのはそうだな。転入生が宣戦布告してきたって話したら『そんな気がしてた』って言ってたしな」
「それこそ連ドラとかラブコメの展開なんだけど。なにそのドラマで放送されそうな好きになった理由。だいたい、光里とその妹さんは別人でしょ? 確かに同情はするけど、重ねるのはおかしいよ」
「いや俺にキレるなよ。俺と音無もその話で昨日は笑ったわ。それこそ音無も『ドラマみたいだね〜』って笑ってたしな」
僕からしたら、全く笑い事じゃない。
確かに恋愛ドラマにありそうな展開だけど、これはドラマでも無ければ小説でもない。
そんな訳のわからない理由で光里を落とせるなんて思っているなら、あの転入生には絶対光里は落とせない。
なんなら僕が振られたとしても、あっちになびくことは絶対にない。
「ああ。それは俺も音無も同意だ。だけどな? 惚れた理由がなんであれ、本気であいつが惚れる可能性を俺も音無も考えてるんだよ」
「じゃあ逆に聞くけどさ、亡くなった妹さんと光里を重ねてる人が本気で光里のことを好きになると思う? そんな理由で好きになられたら、しかも取られたりしたら僕はどうすればいいの? 告白するのが遅すぎたって思うしかないの?」
「泣くのかキレるのかどっちかにしろや。俺の方がどうすればいいか分からなくなるだろうが」
そう言われて、自分が泣いていることに初めて気付いた。確かに悲しくはあるけれど、怒りの感情の方が圧倒的に強い。
くだらない理由とは言わない。だけど最初は違う人と重ねられて好きになった相手を、本気で好きになったなんて、認められるわけがない。
仮にあの人に取られた場合、僕はどうなってしまうのか自分でも分からない。また昔のように閉じこもってしまうような気がする。
5分か10分くらいそのことを考えていた僕は、とりあえず流れている涙をハンカチで拭って、まだ半分くらいしか食べていないお弁当の蓋を閉じた。
とても残りを食べるような気分じゃない。
「落ち着いたか?」
「こんなに早く落ち着けるなら苦労しないよ。とりあえず、話の続きを聞こうと思っただけ。まだあるんでしょ?」
「まぁな。だけど、俺もバカじゃねぇんだ。もう昼休みも終わっちまうし、話の続きは明日お前が落ち着いてからな。明日は確か光里のバイトはねぇから、いつものとこがまた閉まってても大丈夫だろ」
「なんかごめん。それと、1つ言っておくけど奏多は結構バカだからね? そこだけは間違えない方がいいと思うよ」
「は!? せっかく俺が気を遣ってやってんのにそういうこと言う!? せっかくいい感じに纏まってたのによ!」
そこでちょうど昼休み終了のチャイムが鳴った。
奏多はまだなにか言いたそうだったけれど、僕は奏多の何気ない優しさに救われた。
こんな気持ちで話の続きを聞いても、いつものまともな判断ができていたかどうか怪しい。
教室に戻ると、光里に「なんで目が赤いの?」と言われ、誤魔化すのに苦労した。
学校の屋上で泣いたなんて、かっこ悪すぎて言いたくない。ただ、あの転入生を見る目が少し奏多に似てきている気がする。
妹さんの話には同情するけど、光里に対しての中途半端と言えばいいのか。あの気持ちだけは理解できない。
僕の好きな人にそんな思いを持っている人に、今まで通りの視線を送れという方が無理だと思う。
結局、その日の授業は1日身に入らなかった。




