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幕間 命名会議

 名前を付けたらどうかと提案したのは枢子のほうだった。

 深い意味はなかった。

 今まで名前で呼ばなくてもなんとなく意思の疎通は図れたし、いざとなれば〈すごく昔の人〉と呼び表すことも可能だったからだ。

 かなり実用性に乏しい名前だけれど。

 彼女にしてみれば、ちょっとした話題を提供したに過ぎなかった。

 案の定、相手の反応は鈍かった。


『興味ねーやそんなもの。単なる記号だろ?』


 喚び出す側の成長に応じてか、いつしか彼女の身長を追い越した思春期面の彼はそうぼやいてベッドに寝転がった。

 幼い頃の可愛らしい姿が嘘のように、どんどん態度は大きくかつ不遜(ふそん)になっていった。

 服装はいつも同じ。

 現存するありとあらゆる塗料を面相筆で塗り散らかしたような、どこぞの民族衣装じみたジャクソン・ポロック風お揃いの上下。

 何故かボロボロに破れ肩まで露出した袖口は、透き通るような薄手のショールに包まれている。

 はっきり言って不似合いだ。

 彼は昔からその服を着ていた。

 サイズは当然背丈に合わせて大きくなっている。

 本人曰く、着替えているのではなく『肉体と共に服も成長している』とのこと。

 それが事実なら買い替えの必要がなくて非常に便利だが、実のところはどうせあっちの世界でこせこせと着替えているのだろう。


「じゃあ勝手に付けちゃうけど」

『好きにしろ』

「抹茶モンブラン」

『待て待て待て、正気かお前?』

「おいしそーじゃん。抹茶が苗字で下の名前がモンブラン。ハハッ」

『ざけんなコラ』

「ダメ? じゃ、カリフォルニアロール」

『アボガドか俺は!』

「それを言うならアボカドです」

『うるせー!』


 驚いたことに、彼は自分で自分の名前をつけることができないのだという。

 よく判らないが、とにかくそういう()()()なのだそうだ。

 じゃあこっちで適当に決めるから、と言うと拒否権を行使し頑として首を縦に振ってくれない。

 提案はできない代わりに最終判断は下せるという理屈らしい。


『もっとカッコいい名前にしろよ……却下却下。語呂が悪い……だはははは、なんだそりゃ。お前俺を笑い死にさせる気か』

「…………」

『駄目だダメダメ! あーもうセンスねーなお前』

「わ、悪かったわね」


 命名会議は数日に及んだが、結局名前は決まらなかった。

 取り敢えずの仮名も認められず、彼は三人称単数形のまま、


『なんか、すげー時間の無駄だったな。じゃあまたな』


 と言い残して掻き消えた。

 中学二年のときのことだった。




――――――✂キリトリ線✂――――――




 ……そんなこんなで現在に至るわけである。

 どうして盟やほかの人にも目撃されるようになったのか。

 実体化のせいかも、と彼は言ったが、正直彼女にはどうでもよかった。

 変な奴に取り憑かれていること自体は、紛れもない現実なのだから。

 普段は姿も見せずにただただ寝てるだけ。

 穀は潰さないけれど歯も磨かない。

 当然顔も洗わない。

 髪は今の長さ以上伸びないので散髪の必要もなし。

 食費洋服代に加え散髪代も不要とは、なかなか経済的ではある。

 そのくせ口だけは人一倍達者で、ひとたび出てくれば下らないことばかり言い散らす。

 唯我独尊、独善的な運命共同体。

 これが彼女の知る限りでの、彼に関する凡てである。

 そしてもう一点。

 身体の構造が違うためにそれをしなくとも問題はないのだが、国籍不詳の身なりをした彼が一度も風呂に入ったことがないという本人による証言が、たとえ全くの無臭であるにせよ、彼女の心証を(すこぶ)る悪くしている事実だけはここに付け加えておくと共に、彼の弁明も以下に掲げておくことにする。


『そんなもん月イチだって贅沢だっつーの。これだから現代人とは気が合わねーんだよ』

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