第3幕 お祭りという名の文化祭あるいは秘密(3)
「実のところ、僕らにもよく判っていないんだ。何故彼らがこの時期に集中してやって来るのか。第一、この土地のどこに墓があって、誰が埋葬されているのか、具体的なことは何一つ報されていない。彼らは墓荒らしと称しながら、例外なく僕ら墓守部に戦いを挑んでくるんだよ。僕らの存在が邪魔なのは疑いえないにしろ、どう見ても墓を荒らすという目的には結びつかない行為だよね。これは月島先生の意見だけど、夜中に人のいないところで校内を荒らしても、彼らには意味がないんじゃないか、ということらしい」
「意味がない……」
〈解体屋〉の名付け親の発言なだけに、枢子は相当複雑な心境だった。
期末テストの回収時に名前を書き忘れたのに気づき、慌てて〈スーコ〉と書いた答案を、『自分の氏名を五画で済ますな』と教科書の角で頭を小突きながら返してくるような心の狭い教師のことだ、鵜呑みにはできないが部長の言い方からすると一考の価値があるのかもしれない。
「要は去年みたいにまとめて蹴散らしちまえばいいんでしょ? だいじょーぶ、問題ないって」
すっくと立ち上がり気を吐く茅逸に、太鳳も調子を合わせて、
「そうだな。今年も優秀な人材が入ったことだし、返り討ちにしてやろうではないか」
最終的にはぴったり息が合うのだ。
枢子も感心すること頻りであった。
「んじゃ、そろそろ自主トレでも始めよっかなァ」
と言ってブンブン腕を振り回す茅逸。
判りやすい。
暴れたくて、もとい動きたくて仕方ないのだろう。
「妾も残ろう。お主らはどうする? 今日は強制でないから、帰ってもよいぞ」
「わたしもやります!」
元気いっぱいに応じる。
憧れの先輩が残るのに、同行しない手はない。
航也も頷いて長机を退かし始めた。
枢子のモチベーションは数倍上がった。
「みんなやる気だね」
言いながらYシャツの第一ボタンを外す部長。
こちらもかなりやる気のご様子。
「そうですわね。たまには受験勉強を忘れて運動に勤しむのも、気分転換になっていいかもしれませんね」
結局全員が残り、各自トレーニングに精を出すこととなった。
枢子に用があるのか、珍しくいつも以上に間合を詰めて航也が近づいてくる。
その顔つきから、周囲に会話の内容を悟られたくないのは明白だった。
意識しないよう己に言い聞かせつつも、胸の鼓動は高まる一方だった。
「なぁ枢子」
「な、なな何よ」
しどろもどろになりながら、どうにか声を絞り出す。
「ボンデージファッションってなんのことだよ」
「う」
無理だ。
その質問に答えられるわけがない。
首を捻り捻り去っていく航也に掛ける言葉もなく、太鳳に呼ばれた枢子は剣術の指南を受けるためにそちらへと向かった。
「どうして答えてやらんのだ」
枢子は心臓が止まるかと思った。
愕然としながら、
「なな、なんで判るんですか」
まさか聞かれていたとは。
大して静かでもないこの教室の、ほぼ端から端までの距離がよもや筒抜けになっていようとは。
この調子だと、一キロ先で針が落ちる音も太鳳先輩なら聞き分けてしまいそうだ。
「唇の動きで判るわ。内緒話はこう口を隠してするように、航也に伝えておけ」
よもや読唇術とは。
改めて畏れ入った。
壁に耳はなかったが、障子にはばっちり眼があったということか。
折も折、センセーさよーならぁ、オスターバーグばいばーい、という女生徒の声と、お前化粧濃いぞー、という月島教師の素っ頓狂な返答が、夕焼けの鮮やかな茜空に澄み渡って聞こえた。
――――――✂キリトリ線✂――――――
相部屋の由良は依然としてシャワー室から戻らない。
キャスター付きの椅子に座った枢子は、久々に彼を喚び出すことにした。
『よう、暫くだな。いつ以来だ? 長いことお声が掛からなかったんで、もう忘れられたかと思ったぜ』
「昨日喚んだんだけど。そっちこそ取り込んでたみたいね、ダイモンさん」
『なんだその名前』
「友達が観た映画に、そういうのが出てきたんだって。ご主人様の近くに付き添う、忠実な守護精霊だってさ。あんたにぴったりじゃない?」
『皮肉かおい。下らねー。不採用に決まってんだろそんな弱っちい名前』
「やっぱりね。まあいいわ、そんなことより」
枢子は挨拶もそこそこに、以前、西側の階段下で話し合っていた現場を盟に見られたようだと打ち明けた。
対する彼……〈変な柄のシャツを着た〉男の返答はというと。
『記憶にねーな。いつの話だそりゃ』
「わたしと同じ反応するな。夏休み前よ、航也のことで口喧嘩したでしょ」
『おーあれか。思い出した』許可もなしに由良の椅子に座った彼は自分の膝をポンと打って、『お前がそのムッツリ野郎とくっつくのくっつかないのって話な。いいからさっさとくっつけよ。応援はしねーけど。あと経過はちゃんと聞かせろよ』
「蒸し返すな。そーじゃなくて、あんたの姿がちゃんと他人にも見えていたってことを言いたいんだけど」
『おーそうか。俺見られてたのか……てことは、おい』
と、彼は突然立ち上がり、眼を剥いて驚く枢子の頭をポカリと一発叩いた。
「イタッ!」遅蒔きながら頭を庇う枢子。「何すんのよちょっと」
『人のこと散々幽霊扱いしやがって! 結局てめえらと同じなんじゃねーか、俺』
「同じなわけないでしょうが。言っとくけど、まだ当分人前には出さないからね」
『マジかよ。この秘密主義者め。今どき俺みてえな知的財産の占有なんて流行んねーぞ。もっとオープンになれっての。世間はどんどんバリアフリー化してんだ。そんな風潮に反するような行いは』
「何が知的財産よ」
ご託が本格化する前に蹴り飛ばす。
『ぐわっ!』
受け身も取れない彼は由良の椅子ごと床に豪快に倒れた。
『やんのかてめー、知らねー間に鍛えやがったな』
「うるさい。時間がもったいないからちょっと黙ってて」
枢子は今日あった出来事を手短に話した。
転校生の編入延期の話、〈お祭り〉の準備と墓守部の活動内容のこと、墓荒らしの謎等々……。
『その転校生は女か? とびっきりの美女なのか?』
「知るか」
予想通りの喰いつきに、枢子は突き放すように言い捨てた。
『百も承知だとは思うが、正直お前のルックスじゃこの俺とは全っ然釣り合わん。どうせならもっとキレーな女の人に召喚されたい』
「判ったもういい。二度と喚ばないから」
『待て待て、今のはウソ。冗談だって。洒落の通じない奴だな』
慌てて取り縋るさまが実に滑稽だった。
二枚目を自認する彼だが、喜劇役者が精々だろう。
気を取り直して彼は、
『転校生ってのは美男か美女じゃなきゃ駄目なんだ。そういう属性なんだ。相場が決まってんだよ』
「何言ってんの。あんた寝ボケてんじゃないの?」
『俺はいついかなるときでも冴え渡ってる。ともかくだ、その転校生ってのは、実は刺客か何かなんじゃねーの?』
急に真面目なことを言い出した。
「刺客?」
わざとらしく語尾を上げて問い返す。
『墓荒らしだよ。どう考えても怪しいだろ。時期的に』
「だったらそんな手間掛けないでも、普通に襲えばいいじゃない」
『潜入捜査の線もあるぜ』
「制服新調して忍び込めば済む話だと思うけど。わざわざそんな目立つ真似しなくても」
知的と自称する彼の思いつきを、こちらも思いつきでやり返す枢子。
長い付き合いなだけあって、掛け合いがスムーズに進んでくれるのは悪いことではない。
『あーそうかい。まーいいさ。人様に見せられないってんなら、俺の出番もないわけだしな。けど、もし女だったら俺にも見せろよ』
「ちょっと、ほかの話については何も意見ないの?」
『ない』
そう断言した彼だったが、記憶の淵を覗き込むように頭を下げたのち、あーそうそう、と顔を上げて晴れやかな表情になった。
『前言ってた〈反則〉のことで、一つ思いついたことがある』
口も挟まず続きを待つ。
『俺がさ、その〈反則〉ってやつなんじゃねーの』
「はあ?」
『お前幾つになっても呑み込み悪いな。俺がお前の〈反則〉なのかもって言ってんだよ』
「……幾つになってもほんっと口から出任せばっかり」
『んだと』
「〈反則〉はね、人間離れした非常識な力を指すのよ。あんたどんな能力持ってんのよ」
『暇なときの話し相手になれる』
「はっ! 発想が非常識なのは認めるわ」
『んだと!』
それが即答できるなら、最初から〈反則〉云々とか言うな。
枢子は思った。
それに〈反則〉というのは、自分でつける名前とは別に、その能力に応じて我らが部長と副部長に特定の神仏や人物名を授けてもらう――正式には〈結縁する〉というらしいけれど――ことで、初めて〈反則〉として認められるのだ。
例えば太鳳先輩の〈反則〉は古代ローマの武芸・技術の女神ミネルヴァの名を冠していて、その形状に応じて〈柔にして剛なる利剣〉あるいは〈柔にして剛なる羂索〉などと名前を変えている。
茅逸先輩の場合は、チカタの反則〈輝きな! 邪魔な奴らをブチ壊す砕破の気合よッ〉となる。
感嘆符といい末尾の〈ッ〉といい、なんとも茅逸先輩らしい名称ではあるものの、チカタという名前が誰を指すのかは先輩自身知らないそうで。
また、航也のように仏教の摩利支天の名を与えられはしたが、自分では〈反則〉に名前をつけない例もあったりして。
確かに、俊敏な動作や気配を消したりという航也の抽象的な能力には名前もつけづらいし、いちいち宣言してから姿を隠すのもバカバカしい話だ。
『判ったぞ!』
他方、枢子に取り憑く名もなき謎の生物は、身を乗り出してやけに声を弾ませた。
『俺様が本体で、お前のほうが無能な〈反則〉なんだよ。ほら、そのほうがずっとしっくり来るだろ。お前非常識なくらい物壊してばっかだし。よっしゃ! これで謎は凡て解けた。発想の転換ってやつだな』
両頬を膨らませた枢子は、腹立ち紛れに向こう脛を蹴ろうとする。
相手は思わず飛びのいて、
『あっぶねーなおい、暴力反対。そういう武力による解決はよくない』
「冗談じゃない、あんたのせいで由良に〈独り言が多い変なの〉って思われてんだからね。どう責任取ってくれんのよ」
『独り言がなくても充分変だろが……け、蹴るなコラ』
「ヤバッ、誰か来た! 早く消えて消えて」
『よくないぞ、そういうのは』
シッシッと追い払う仕種をされ、彼は不承不承姿を晦ました。
それは恰も大気中に溶解したかのような、雲散霧消とでもいうべきあまりに唐突な消え方だった。
部屋のドアが開く。
さっぱりした様子の由良がタオルを肩に掛けて立っている。
部屋の真ん中に転がった椅子と、いかにもたった今取り繕いましたといった体の同居人をじっと見つめたまま。
「……もしかして、お取り込み中だった?」
「ま、まさかぁ。誰もいないのに? おほほほほほ」
「はは……」
引き攣り笑いでお茶を濁した由良を見て、枢子は心の中で溜め息を吐いた。
今度喚び出したら小一時間は説教を垂れてやろう。そう心に誓うのであった。
……〈お祭り〉開催まで、あと二十二日。




