↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/30

第3幕 お祭りという名の文化祭あるいは秘密(2)

 この高校には、どういうわけか〈墓荒らし〉が毎年のように出没する。

 その理由も判然としておらず、顧問ですら詳しくは知らないらしい。

 ただ、護る側が知らない墓の所在を荒らす側が知っているはずもなく、結局どうするのかというと、墓守部員を見つけ次第、『墓はどこだ?』と凶器を振り回しながら襲いかかるのだそうだ。

 誠に迷惑極まりない話である。

 その上単なる不良グループの特攻とは訳が違うので、風紀委員に取り締まってもらうにも如何せん荷が勝ちすぎる。

 そこで墓守部の出番となる。

 墓守部員は各々の〈反則〉で応戦することが可能だからだ。

 墓守部の真の姿は、超法規的手段を駆使する治安維持のための特務機関なのである。

 本来ならば長期休業時は利用しない学生寮に泊まり込み、二週に渡り行われた夏期合宿も、墓荒らし対策の実戦演習がその大半を占めていた。

 ところが、最終日に太鳳に零したように、本物の墓荒らしと対峙していない枢子には今一つ実感が湧かない。

 思いつきのでっち上げか、はたまたどこか余所(よそ)の国の話を聞いているみたいでどうもピンと来ない。

 講じる対策にしても、運動部の屈強な連中に任せたほうが犬の託宣なんかより数段効果的な気がする。

 いや、最初から警察に連絡すれば済む話じゃないのか?

 どうしてそうしないのだろう。

 警察沙汰になるのがイヤなのか。

 それとも、警察ですら手に負えないほどの大事になってしまうとか……?


 板書された見慣れない文字に、枢子は後方の太鳳を振り返り、「先輩、太鳳先輩」と、ひそひそ声で話しかけた。


「ん? どうした」

「あれ、なんて書いてあるんですか」

「……お主、ここの文化祭の名前も知らんのか」


 やれやれといった様子で、太鳳は噛んで含めるように、


「ま、大抵は俗称の〈お祭り〉で通用しとるからな。〈陵殯祭(りょうひんさい)〉と読むのだあれは」

「りょうひんさい、ですか」

「うむ。ちゃんと憶えておけよ。書けるようになれば尚良しだがな」


 何故にこんな難しい漢字を使うのだろう。

 画数の少ない文字が大好きな枢子にはどうにも判りかねた。

 語感も良くない。

 もっと煌(きら)びやかな名前のほうがとっつきやすいのに。

 自身に課した新名称のお題に内心難儀しているところへ、最後の部員が音もなく姿を現した。


「すいません、遅れました」

「遅い遅い」

「遅刻した罰として、明日からボンデージファッションで部活に出るのだぞ」


 太鳳の不意討ちに、茅逸と副部長の好対照な笑い声が響き渡る。


「……?」


 話題の当事者が狐に抓(つま)まれた形相で棒立ちになるのも致し方ないところだ。

 とにもかくにも、これで久しぶりに部員全員が揃い踏みと相成った。

 航也を好きな席に座らせたのち、文化祭前後の活動について部長自ら語り始める。

 文化祭運営時の主要な仕事は学校敷地内の見回り……これに尽きると言っていい。

 巡回自体は準備期間から行うが、こちらは進捗状況の視察がメインであって、当日はむろん墓荒らしに備えての警邏となる。


「クラスや文化系クラブの発表がある場合、以上の理由でそちらへの参加はどうしても後回しになってしまうんだ」一年生の二人に向かって部長はすまなそうに言った。「墓荒らしに対抗できるのは僕らだけだからね。その点は了承しておいてほしい」


 残念だったね枢子ちゃん、と茅逸。


「い、いいですよ別に」困惑気味に枢子は応じたが、ふっと力なく顔を伏せると、「でもわたしなんかが見回っても、あんまり意味ないような」

「そんなことありませんよ。合宿のときの頑張りは茅逸さんから伺ってますわ」

「心配なようなら、二人一組でやってもらうから。大丈夫だよ枢子くん」


 代わる代わる壇上の二人に励まされ、枢子は不意にこそばゆくなった。


「航也、あんたも誰かと組んだら?」


 すかさず話を振る茅逸。


「俺は独りでいいッスよ」


 航也はあくまで自然体だ。


「まァまァ無理しなさんなって。実力あるのは認めるけど、強がるこたァないからね」

「…………」


 茅逸の軽口を放置して部長は説明を続けた。

 他の多くの高校同様、〈お祭り〉こと〈陵殯祭(りょうひんさい)〉の開催期間は二日間。

 その二日目の最後に、大掛かりな焚き火を囲んでフォークダンスを踊るというキャンプファイヤー風イベントが校庭で催される。

 正しくは〈水取りの儀〉と呼ぶらしいけれど、そんな堅苦しい名称を使っているのは教師やごく一部の生徒に過ぎない。

 墓守部はそれに使う薪(たきぎ)の調達を毎年担当しているのだという。


「あのぉ」控え目に挙手する枢子。「薪って、月島先生が持ってくるんですか?」

「ないない。それはない」翳した手を左右に振りながら茅逸は、「裏山にいっぱい生えてるでしょ。あれ全部学校の私有林だから、必要なだけ伐(き)り倒すんだよ。うちらでさ」

「え! わたしたちが、ですか?」


 伐り倒すって、一体どうやって……。

 心中浮かんだ疑問を察したように、部長は教室後方にずらりと並んだ鋼鉄製のロッカーに眼をやり、


「そのための道具はあそこに揃ってるからね。なに、コツさえ掴めば簡単だよ。運搬(うんぱん)は運動部の人たちにも手伝ってもらうし」

「まあ枢子はやらんでも良かろう、部長よ。妾独りでもできるくらいだしな。枢子、お主は妾の鮮やかな手腕を見ておれ」


 胸を張り、声高らかに太鳳は言った。


「これ以上大事な武器を壊されちゃ堪らないってか?」

「そんなんではないわ。いや、確かにその心配はなきにしも非(あら)ずだが」

「そんなぁ」


 続きを書こうとしていた副部長はそこでふと手を止め、興味深げに二人の一年生を見つめた。


「そういえば、航也くんと枢子さんは、あれについてはご存知ないんですよね?」

「あれって、なんですか?」

「毎年〈お祭り〉の最終日に起こる、不思議な現象のことですわ」


 航也と顔を見合わせる。

 不審そうな表情の航也。

 航也はフォークダンスで結ばれるという噂話を知らないのだろう。


「フォークダンスの件ですか?」

「違う違う」さっきと同じ手振りで否定する茅逸。「枢子ちゃんが気にするのもすっごく判るけどさ、そっちじゃなくてもっと奇妙なやつのこと」


 もっと奇妙?

 他には思い当たるふしがない。


「知らないのも無理ないよ。上級生には箝口令(かんこうれい)が敷かれているからね」

「箝口令……そんなに凄いことなんですか?」

「とてもファンタスティックですわ」副部長は夢見る乙女のように胸の上で指を組んで、「お終いまで参加していれば、きっと体験できるはずです。詳しく話せないのが非常にもどかしいのですけれど」


 なんなのだろう。

 枢子は莫大な数の疑問符に脳内を占領されそうだった。

 仔細を知る四人は皆一様に悪戯っ子の面持ちを浮かべている。

 後々のお楽しみというわけか。


「そのためにも〈お祭り〉を平穏無事に終わらせねばならない。それができるか否かは、凡て僕らの双肩に懸かっていることを忘れないようにね」


 気を引き締めるように部長は語りかけた。

 少々大袈裟ではないかと枢子は思ったが、上級生らの表情は先程までとは比べ物にならぬ真剣なものに変わっている。

 これが墓守部員としての、責任の重さなのか。

 周りの空気が今までになく張り詰めたのを、攻撃の気配には鈍感な彼女でさえもしっかりと感じ取っていた。

 などという、らしからぬ感慨をよそに会議は順調に進み、各種活動の割り振りを決める段となった。

 ローテーションに関しては既にテンプレートがあるので、それに当て嵌める形でトントン拍子にシフトは埋まっていき、三十分と経たずに議題は消化された。

 ……あ(・)い(・)つ(・)の命名会議のときは、結局結論出なかったんだっけ。




――――――✂キリトリ線✂――――――




「どうせなら巫女舞にすりゃいいのにさァ、そう思わない?」


 雑談タイムに突入後、フォークダンスについてそんな苦言を呈したのは茅逸だ。

 部長・副部長共に椅子に座り、何もない中心点を囲んでの、まとまりのない車座(くるまざ)になっている。

 外はまだ明るかったが、廊下を通る靴音は徐々に数を減らし、代わりに開け放たれた窓下を行き交う生徒らの、談笑や挨拶の声がどんどん増えていった。

 こんなありふれた放課後の一コマも、約四十日ぶりとなると多少は懐かしい。


「それだと集団で踊れぬではないか。枢子が泣くぞ」

「泣きません」


 航也はいつもの仏頂面だ。


「でも、太鳳先輩なら巫女装束(みこしょうぞく)似合いますよ絶対」

「フン、おだてても何もやらんぞ」


 その言葉に茅逸はチッチッと舌打ちして、


「判ってないね枢子ちゃん。太鳳はね、こう見えて結構庶民派なんだよ。踊るとすれば、そうだねェ……盆踊りとか、ええじゃないか踊りとかだよ」

「たわけが。お主の趣味に付き合わせるでない」


 愉快そうに微笑む部長と副部長。

 愛し子を見守る親の如き温かい面差しである。


「墓荒らしを撃退する前に、お主を駆逐してやろうか」

「やるかい? 久々に」茅逸がコキコキと指関節を鳴らした。「腕が鳴るねェ。その代わりあたいが勝ったら、巫女さんのコスプレでタコ踊りだからね」

「喧嘩はいけませんよ」やんわり制止する副部長。「保健の先生に迷惑が掛かってしまいますわ」


 そんな中、自分を見る航也の視線に気づいた部長は、切れ長の眼を更に細めて、


「航也くん、どうかしましたか」

「一つ訊きたいんですが」ややあって、航也は静かに言葉を継いだ。「墓荒らしは〈お祭り〉の開催期間以外は襲ってこないんですよね」

「大体そうだね。ごく稀(まれ)に、関係ない時期に来ることもあるけれどね」

「夜中でも来ないんですか?」

「うん。彼らが襲来するのは〈お祭り〉期間の、それも日中に限られている。夜間に校内を荒らされた形跡は、これまでただの一度もない。……さては航也くん、どうして彼らが律儀に昼間やって来るのかが疑問なんだね」


 無言で頷く航也。

 言われてみれば確かにそうだと枢子も思い直した。

 もし自分が墓を荒らす立場なら、間違いなく丑三つ刻を選ぶ。

 夜の墓場なんて想像するだに恐ろしいが、人目も憚(はばか)らず白昼堂々とお墓を暴くような狂気の沙汰に出るくらいなら、発光する燐(りん)を照明代わりに黴(かび)臭い骸骨(がいこつ)とダンスに興じるほうを選ぶ。

 恐怖に戦く脚でステップを踏むのは大変そうだとしても。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。