三十三
泉達也が尊に連絡したのは、あの夜から一週間近く経ってからのことだった。月末をあと三日に控えた日でもあった。
『お久しぶりです』
悪びれることなく電話に出た尊を泉は心底憎らしいと思った。こんな外道に熱を上げていた自分が許せない。それでも、泉が頼れるのはこの男だけだった。
「……小川泉さん」
『ご明察』
泉は歯噛みした。中学校の卒業アルバムを実家から持ち出し、浅岡にも確認してようやくたどり着いた名だった。結婚したのか知らないが性が「小川」から「山田」に変わっていたので余計に手間がかかった。
『思い出しましたか?』
おぼろげながらも記憶が蘇る。いつもクラスの隅で息を潜めるようにしていた女子。陰気で臭くて汚くて、蔑まれても仕方のないような中学生だった。
(逆恨みじゃねえか)
彼女を虐げていたのは泉一人だけではない。当時のクラスメイトほぼ全員が、小川泉を見下していた。
(そりゃあふざけて揶揄ったりはした。でも十年以上も前のことだ)
それを根に持つ異常性。忘れた頃に背後から仕掛けて陥れる卑怯さ。どう考えてもこれはやり過ぎだ。
「山田さんは何が望みなんですか?」
納得はできない。理不尽だと思う。とはいえ頭を下げる程度の罪悪感は泉とて持ち合わせている。それで山田泉の気がすむのなら謝罪してもいい。五百万円に比べたら安いものだ。
『あなたには何も求めていません』
「え?」
『まだご理解いただけていないようですね』
尊の呆れた声がした。
『これは単なる腹いせですよ。ただ、あなたが気に食わないから策を練り、陥れただけです。あなたから何かを得ようなどとは思っていません』
スマホを持つ手が震えた。気に食わない。腹いせ。そんなことのために自分はこの二ヶ月振り回され、窮地に陥っているのか。そんな、軽い理由で。
泉の怒気を知ってか知らずか、尊は悪びれもせず『そうそう、忘れるところでした』と言ってのけた。
『山田泉さんから伝言を預かっております。絶対に赦さないが、それでも謝りたければ聞いてもいいと仰せです。いかがいたしましょう。後日改めて場を儲けましょうか?』
会ってどうなるというのだろう。向こうは泉を赦す気などさらさらない。泉がもがき苦しむ様を見て喜んでいるようなサディストだ。
「お前ら、頭おかしいんじゃねえのか」
口をついて出た言葉が、偽らざる本音だった。山田泉も永野尊もどうかしている。
『おっしゃりたいことはそれだけですか?』
「待て。あの写真を送れば、あんたの素性も公表されるぞ。北海道の実家にも」
『これはまた陳腐な脅しですね』
尊はあからさまに声を荒げたりはしない。ただ冷たかった。泉に対する侮蔑を隠そうともしない。
『構いませんよ。私は「あの家」を捨てた者ですから。それで、他にはないのですか?』
耳が痛いくらいの沈黙。答えるだけの十分な時間的余裕を与えた後、尊は結論付けた。
『謝罪をする気も、五百万円を支払う気もないようですね。ならば致し方ありません。一条家の方々に、あなたがどういう人間であるかを教えて差し上げなくては』
「お、覚えてろよっ!」
『無茶をおっしゃる』笑みを含んだ声音で尊は言った『仕留めた鼠の数をいちいち覚えている猫がいるとでも?』




