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悪魔の洗礼  作者: 東方博
34/35

三十三

 泉達也が尊に連絡したのは、あの夜から一週間近く経ってからのことだった。月末をあと三日に控えた日でもあった。

『お久しぶりです』

 悪びれることなく電話に出た尊を泉は心底憎らしいと思った。こんな外道に熱を上げていた自分が許せない。それでも、泉が頼れるのはこの男だけだった。

「……小川泉さん」

『ご明察』

 泉は歯噛みした。中学校の卒業アルバムを実家から持ち出し、浅岡にも確認してようやくたどり着いた名だった。結婚したのか知らないが性が「小川」から「山田」に変わっていたので余計に手間がかかった。

『思い出しましたか?』

 おぼろげながらも記憶が蘇る。いつもクラスの隅で息を潜めるようにしていた女子。陰気で臭くて汚くて、蔑まれても仕方のないような中学生だった。

(逆恨みじゃねえか)

 彼女を虐げていたのは泉一人だけではない。当時のクラスメイトほぼ全員が、小川泉を見下していた。

(そりゃあふざけて揶揄ったりはした。でも十年以上も前のことだ)

 それを根に持つ異常性。忘れた頃に背後から仕掛けて陥れる卑怯さ。どう考えてもこれはやり過ぎだ。

「山田さんは何が望みなんですか?」

 納得はできない。理不尽だと思う。とはいえ頭を下げる程度の罪悪感は泉とて持ち合わせている。それで山田泉の気がすむのなら謝罪してもいい。五百万円に比べたら安いものだ。

『あなたには何も求めていません』

「え?」

『まだご理解いただけていないようですね』

 尊の呆れた声がした。

『これは単なる腹いせですよ。ただ、あなたが気に食わないから策を練り、陥れただけです。あなたから何かを得ようなどとは思っていません』

 スマホを持つ手が震えた。気に食わない。腹いせ。そんなことのために自分はこの二ヶ月振り回され、窮地に陥っているのか。そんな、軽い理由で。

 泉の怒気を知ってか知らずか、尊は悪びれもせず『そうそう、忘れるところでした』と言ってのけた。

『山田泉さんから伝言を預かっております。絶対に赦さないが、それでも謝りたければ聞いてもいいと仰せです。いかがいたしましょう。後日改めて場を儲けましょうか?』

 会ってどうなるというのだろう。向こうは泉を赦す気などさらさらない。泉がもがき苦しむ様を見て喜んでいるようなサディストだ。

「お前ら、頭おかしいんじゃねえのか」

 口をついて出た言葉が、偽らざる本音だった。山田泉も永野尊もどうかしている。

『おっしゃりたいことはそれだけですか?』

「待て。あの写真を送れば、あんたの素性も公表されるぞ。北海道の実家にも」

『これはまた陳腐な脅しですね』

 尊はあからさまに声を荒げたりはしない。ただ冷たかった。泉に対する侮蔑を隠そうともしない。

『構いませんよ。私は「あの家」を捨てた者ですから。それで、他にはないのですか?』

 耳が痛いくらいの沈黙。答えるだけの十分な時間的余裕を与えた後、尊は結論付けた。

『謝罪をする気も、五百万円を支払う気もないようですね。ならば致し方ありません。一条家の方々に、あなたがどういう人間であるかを教えて差し上げなくては』

「お、覚えてろよっ!」

『無茶をおっしゃる』笑みを含んだ声音で尊は言った『仕留めた鼠の数をいちいち覚えている猫がいるとでも?』


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