十四
永野尊を思い出すと、顔に自然と笑みが滲む。ところが、調査結果や亜紀の不審な行動にまで考えが及ぶと眉根が寄り、泉は首を傾げてしまう。
週末の夜に出張マッサージを呼ぶ贅沢は、さすが会長令嬢と言えよう。浮気へと発展したとしても不自然ではない。しかし、自分との婚約解消にまで関係が深まるとは考えづらかった。
亜紀は経営者の娘らしく損得勘定で動くことが多い。泉を婚約者に選んだのも、同期の中では比較的優秀で社内の評判も良く、かつ経営に口を出すほどの野心もない――亜紀にとってマイナスにならないからだ。そんな亜紀が、恋だの愛だのにうつつを抜かし、いわば『浮気』というリスクを負うなんて、実に「らしく」なかった。
(相手の男が亜紀よりもずっと優秀で経営手腕もあって、資産もあるとか?)
だとすれば自宅なんぞで逢引きをする必要はない。都内の高級ホテルなど見つかりにくい場所で落ち合えばいい。
奇妙なのは亜紀に限ったことではなかった。
尊の『依頼主』――正体不明の人物は、亜紀の浮気相手を探るべく尊に追加調査の依頼をしたらしい。既に着手金は支払われており、必要ならば調査に掛かった経費も後で支払う契約を交わしたとのことだった。
「泉さんはいかがでしょうか」
もちろん知りたい。亜紀の浮気相手が本当に存在しているのなら。問題は金だ。二、三十万円ならば払えなくもないが、安い金額でもない。
泉の葛藤を見透かしたように、尊は言った。
「ご興味がないわけではありませんよね」
「そりゃそうでしょう。本当なら浮気に婚約破棄だ」
「例の『依頼主』は、今回の調査結果を無償で泉さんにも伝えて構わないと仰せです」
泉はとっさに返事をすることができなかった。
「……タダで?」
「ええ」尊は深くしっかりと頷いた「仮にも個人情報ですから簡単にお渡しできるものではありません。ですが、依頼主は泉さんならば悪用はなさらないと判断されたようです」
先ほど支払った五万円も、泉がどれだけ真剣なのかをはかるためだったという。
「正直に申し上げますと、五万円ですらも惜しむようでしたら泉さんにとって亜紀さんはその程度の人だったと判断せざるを得ませんからね」
となれば、いよいよ『依頼主』の正体が気になる。泉のことを前から知っている人のようだ。でなければついでとはいえ、見ず知らずの他人にここまでしてくれるはずがない。
「あの、依頼主のことを教えてもらうわけにはいかないんですか?」
「申し訳ありませんが、それはいたしかねます」
丁寧だが、尊は頑として受け付けなかった。
「無償の条件が詮索をしないこととお考え下さい。依頼主からすれば、今は泉さんに余計な行動を起こしてほしくないのです」
「その理由は……教えてもらえないですよね」
「残念ながら」




